第四話:もう一人の魔法天使 シリアル・アリス
第四話:もう一人の魔法天使 シリアル・アリス
あたしは独りで街を歩いていた。
本当はイリルも一緒に来て欲しかったのだけど、なんか
『ごめん、定香。もしかたしたら、自分が追っている事件は、想像以上に大きな事になっているのかもしれない。しばらく、自分は留守にするけど、絶対に無茶したら、駄目だからね』
とか言って、突然と消えてしまったから、仕方ない。
イリルは無茶しないようにか言っていたけど、あの杖の言うことをあたしが素直に聞くはずもないし、お兄ちゃんの妹として、そして、魔法天使パラレル・ティーカとして、やっぱり自分の目で確かめないとあたしは気が済まない。
あたしはあてもなく街を彷徨う。
彼女については、桜愛理子という名前しかしらない。
何処に住んでいるのか、普段は何をしているのか、あたしは何も知らない。
だけど、あたしには乙女として、そして、魔法天使として、確信があった。
愛理子は決してあたしを見逃したりはしないと。
「あらあら、これは奇遇ではないのでしょうね、妹さん」
人混みの向こうから、桜 愛理子があたしに笑いかけた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あたしと愛理子は互いに何も語らず、人の少ない公園へやって来た。
この公園、デートスポットとして巷じゃちょっと有名だから、お兄ちゃんと何時か来たいと思っていたのに、まさかこんなお嬢様と一緒に来るなんて夢にも思わなかったよ。
「本日は、あの魔法ステッキはお持ちではないのですね」
「うん。アレもアレで、色々と忙しいみたいだからね。今日はあたし一人。もちろん、お兄ちゃんもいない。だから、真実を話しなさい」
「真実? わたしは何一つ嘘は付いておりませんわ。
どちらかと言うと、嘘を付いているのは、あなたの方ではありません事。
兄を恋した自分を偽っている妹さん」
愛理子は牽制も何も成しに、いきなり直球を投げ込んできた。
「偽って……、偽ってなんなかないわよ。
あたしは、お兄ちゃんが大好き。
そうよ、それはあんたの言うとおり、あたしはお兄ちゃんに、実の血の繋がった兄に恋してるわ。
でも、あたしは、この気持ちに嘘をついたことなんかないわよ!!」
「口に出して、相手に伝えられない気持ちの何処が真実だと言うのですか?
秘めた想いなんて、秘め続けているのならそれは嘘と変わりありません。その気持ちを伝えて初めて、真実となるのです」
あたしは愛理子を睨み付け、愛理子もあたしを睨み付けた。
「でも、あんたは、お兄ちゃんを愛してない。それは間違えない」
「いいえ、あたしは誠流様を愛していますわ。心の奥底から、愛していますとも。
だって、そうでなくては、きっと彼を安らかに殺すことなんて出来ませんからね」
愛理子は上品ささえ漂わせる笑みで、そう、まるで社交場で令嬢がダンスの誘いを断るかのような僅かばかりの罪悪感を含んで、そう言った。
確かに言った。
お兄ちゃんを殺すって。
「愛理子。あんた、一体、何を考えているの?」
今、ここにイリルがいたら、今度こそ間違えなくあたしは、パラレル・ティーカに変身して、この女を倒していたことだろう。
だけど、今、ここにはイリルはいない。
「愛した人の事だけですわ。誠流様に恋人はいないので、事は簡単に進む物と考えていたのですが、思わぬ所で、思わぬ人物がわたしの前に立ちふさがるのですね。
しかも、未熟ながら、わたし同様に魔法を使う」
愛理子はそう言うと、右の薬指にはめた桜色の指輪に軽く口づけをした。
それが起動スイッチなのかもしれない。
桜色の指輪が妖しく光始めた。
「愛する人の死に立ち会うなんて、死にたくなるほど辛いことでしょう。なら、その前にあなたから殺して差し上げましょうか?
あなただって、大好きな兄上がこの世から消える瞬間なんて、見たく無いでしょう?」
あの馬鹿イリル。
本当に、空気を読めてないんだから。
こんな時こそ、あんたの出番でしょう。
桜色の指輪が光り、あたしを包み込む。
両手、両足が桜色の光で束縛されて、身動きの取れなくなったあたしはその場に倒れ込んでしまった。
「あらあら、やはり、あの杖が無ければあなたは魔法を使えないのですね。全く、なんであなたのような未熟者が、魔法天使をやっているでしょうかね」
愛理子はそう言って、桜色の指輪をあたしに向けた。
この女と話してみたけど、やっぱりあたしはこの女の事が分からない。
一体、この女は何だって言うのよ。
なんで、いきなりもってお兄ちゃんを殺すとか言い出すの。
訳わかんないわよ!
でも、もしそれが真実だとしたのなら、あたしは黙って見過ごす訳にはいかない。
「お……ちゃんが、かわ……言った……から」
愛理子に伝えるためじゃない、自身に言い聞かせるためにあたしは呟いた。
「あらあら、何か仰いましたか、哀れな妹さん」
桜色の光が強くなる。
そう、あたしは哀れなピエロだ。
絶対に叶うことなんて無い、お兄ちゃんへの愛のためにあたしの全てを賭けて生きているのだから。
でもね、多分これって強がりって言うんだろうけど………、
それでも、あたしは毎日が楽しいし、哀れなピエロな自分が嫌いじゃない!
「お兄ちゃんが、可愛いって言ってくれたから!! だから、あたしは魔法天使 パラレル・ティーカなのよ!!」
あたしの想いが弾ける。
今までイリルがいなければ使えなかった魔法の力。
それが、あたしの中から溢れて出してくる。
がむしゃらなまでの想いを制御は出来ない。
でも、あたしから溢れ出した紫色の光は、あたしを束縛していた桜色の光を裁ち切り、そのまま愛理子へと襲いかかった。
「そんな理由で、あなたは戦っているというのですか?」
愛理子は右腕を一閃。
指輪から放たれた光は紫の光を全て消し去った。
「大好きな人が喜んでくれる。それ以外に何か理由がいるわけ無いでしょう。もっとも、今まで戦ってきたつもりはないけど、これからは違う」
あたしは起きあがり、愛理子を指さした。
「あんたが、お兄ちゃんを殺すというのなら、あたしは、魔法天使パラレル・ティーカは、全力であんたから、お兄ちゃんを守ってみせるわ!」
あ~、ここでイリルがいたら、ビッシと変身して、決まるのにな。
まったく、あの杖は本当に空気が読めていないんだから。
って、あいつの忠告無視して愛理子に会っているあたしに、大きな口叩く資格はないのかもしれないけどね。
でも、やっぱり、このタイミングで変身したいわ。
「あなた様は、本当、哀れすぎますわね。でも、それ以上に幸せそうだわ」
愛理子がそう呟いた瞬間、世界が桜色の光に包まれた。
不意をついて放たれた桜色の光は、でも、攻撃魔法じゃなかった。
光が引くとそこはあまり人通りの多くないとある通りだった。
どうやら、さっきの魔法は瞬間移動系の魔法だったみたい。
ここは何処かな?
信号機に表示してある地名を見るに、お兄ちゃんの学校の近くみたいだけど。
「何をするつもりなの?」
「あなた様や誠流様に危害を加えるつもりはありませんわ。あなた様との対決はまた今度、あなた様が魔法天使に変身出来るときに。
だから、今は大人しくそこで待っていて下さいませ」
そう言って、愛理子はあたしから視線を外し明後日の方向を見た。
あたしも愛理子につられてそっちを向くと、そこではなんとお兄ちゃんが、真っ白なメイド服を着た謎の女性に襲われていたの。
「お兄ちゃん!!」
お兄ちゃんの危機にあたしは駆け出そうとするけど、そんなあたしを制したのは愛理子だった。
愛理子は左手を突き出してあたしの行く末を遮る。
「邪魔よ。早くしなちゃ、お兄ちゃんがあの白いのに殺されちゃう。
それとも、お兄ちゃんが死ぬからあんたは、それで良いって言うの!」
「いいえ。誠流様を殺すのは、わたしでなければなりません。他の方が誠流様を殺すのは、絶対にあってはならないことなのです」
愛理子の指輪がまた光る。
今度の魔法はあたしを中心に円錐を作るように展開され、さながらあたしは鳥かごに囚われた小鳥のような状況になってしまった。
「ですから、今だけは安心して、わたしを信じて下さい」
そんな事言われて、あれだけお兄ちゃんを殺す言っていた奴の言葉信じられる訳ないじゃない!!
あたしは口に出して、そう言ってやりたかった。
でも、どうしてか言えなかった。
それは多分、今の愛理子の瞳が何処か禁断の恋をしているあたしの瞳と似ていたと感じてしまったから。
「白きメイド リトル・ソング。誠流様は殺させませんわ」
愛理子はそう宣言すると、右の薬指にはめた桜色の指輪に軽く口づけをする。
「届け、わたしの想い オーバー キュア ハート」
桜色の指輪から幾条もの桜色の帯が生まれ、愛理子を優しく包み込む繭となる。
「スパーク!」
愛理子の宣言と共に桜色の繭は、蝶が孵化するかのように消え去った。
桜色の繭が消えた後に、そこに立っている彼女は、愛理子であって愛理子じゃない。
彼女は、もう一人の魔法天使。
「秘めた想いが咲き乱れる 魔法天使シリアル・アリス まもなく満開、ね」
桜色と白色が入り交じったコスチュームに身を包んだ、シリアル・アリスは、そうして、舞い降りた。
戦場に舞い降りた桜と白の天使。
彼女の名前は、魔法天使 シリアル・アリス。
そう、このあたしと同じ魔法天使を名乗る戦士だ。
「君は、愛理子君」
リトル・ソングに襲われているお兄ちゃんが、シリアル・アリスを見て、なんか情けない顔をしている。
もう、お兄ちゃんって本当に魔法少女好きなんだから。
でもね、お願いだから、シリアル・アリスには見とれないで。
本当に………お願いだから。
「そうですわ、誠流様。わたしは、秘めた想いが咲き乱れる 魔法天使シリアル・アリス。今すぐ、助けてあげますわ、わたしの誠流様」
シリアル・アリスはそう言うと一気にリトル・ソングとの距離を縮めていった。
白いメイドもシリアル・アリスが敵だと分かったみたい。
魔法天使の方を向くと、口を大きく拡げ、空気が振動して見えるほどの超音波攻撃を仕掛けてきた。
でも、魔法天使はそんなことで負けたりはしない。
シリアル・アリスは速度を緩めることなく一気に真上に跳躍。超音波攻撃を避けた。
って、ちょっと、そうなると超音波攻撃が、あたしに向かって来るじゃないの!
あたしは慌てて逃げようとするけど、桜色の檻に囚われているあたしは身動きが取れない。
そうこうしている間に、超音波攻撃が桜色の檻を飲み込んだ。
でも、流石というか悔しいけど、流石は愛理子。
桜色の檻はリトル・ソングの超音波攻撃を受けても、まったく傷つかなかった。
「一気に決めさせて頂きますわ」
シリアル・アリスが、まさに神々しき天使のように空を舞う。
そんな彼女の左腕に桜色の魔力が集中していく。
「集まって わたしの想い シリアル・シニカル・シークレット」
桜色の魔力を正確に練り上げ、シリアル・アリスは魔力を三日月型に作り上げていく。
「チェリー・ムーンライト。アタック~~~!!」
三日月状の魔力をシリアル・アリスは一気に解き放ち、桜色の光がリトル・ソングを包み込み、大爆発した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
爆発に巻き込まれて気絶しているリトル・ソング(よくもまあ、あれで生きていたと思うけど、その辺りが彼女が人間ではない証拠でもあるわけよね)に束縛の魔法を施し、シリアル・アリスはお兄ちゃんに近づいた。
駄目。お兄ちゃんは殺させない!
っとあたしは吼えるが、今だ桜色の檻があたしを捉えたままだ。
「愛理子君。ありがとう、助かったよ。でも、驚いたな、君も魔法天使だったんだね」
「驚かせてしまい申し訳ありません、誠流様」
そう言って愛理子はお兄ちゃんに手を差し出した。
お兄ちゃんはその手を疑いもせずに握り替える。
あ~~、お兄ちゃんを殺すとかそんな関係なく、ちょっとそれ羨ましいわ。
って何考えるの、あたし。今はお兄ちゃんの命の危機なのよ。
「本当、ありがとうね、愛理子君」
「いいえ。わたしは、誠流様が大好きなのですから、愛する人を身を挺して守るなんて、当たり前のことですわ。………ですが……」
「うん?どうしたの愛理子君」
「愛理子君って、なんだが、他人行事過ぎますわ。ですから、誠流様、わたしのことは愛理子とお呼びください」
その時の愛理子の顔はどうしてだか、とても恥ずかしそうだった。
こんな顔をした女の子がちょっと前にお兄ちゃんを殺すと宣言していたなんて、あたしがその場にいたというのになんだが、嘘のように思えてしまう。
全くもう、何なのこの愛理子という女は、お兄ちゃんが好きとか言ったり、お兄ちゃんを殺すとか言ったり、もう、訳分からないわよ!!