第三話:ライバル登場!? あたしのお兄ちゃんは絶対渡さない。
第三話:ライバル登場!? あたしのお兄ちゃんは絶対渡さない。
ああ、頭が痛い。
夏から秋への急な温度変化に身体がついていけず、あたしはちょっと風邪気味になっちゃった。
熱は下がらないし、咳は止まらないし、頭痛はするし、もう最悪だよ。
でもね、でもね、病人特権でね、お兄ちゃんに優しく看病して貰えてるの。
あぅ、お兄ちゃんが顔がこんなにも近くて、お兄ちゃんの手があたしのおでこを触ってくれている。
お兄ちゃんの手ってヒンヤリと冷たくて、ず~とく気持ちいい。
もう、このままあたしの想いは幸せのあまり弾けて、何処かに昇っていきそうだよ。
「さあ、定香、変身だよ」
この、相変わらず空気の読めない魔法の杖さえ、いなければだけどね。
もう、折角、あたしがお兄ちゃんの肌(手だけど)を堪能しているっていうのに、なんでこう人の快感奪うような事言うのかな?
それに、あたし、今病人なんですけど………。
「イリル、定香は今、病人なんだ。悪いけど、そっとしておけてあげれないかな?
きっと今、定香がパラレル・ティーカになったら、定香の病状はさらに悪化してしまうんだ」
ああ、お兄ちゃんってやっぱり優しい。
その言葉だけで、なんかもう死んでも良いって思えて来ちゃうよ。
ま、実際はまだまだお兄ちゃんと一緒にやりたいことあるから、死ねないんだけどね。
「あ、いや、誠流さん。そのことは自分も重々承知しております。ですが、今、この世界を救えるのは、やはりパラレル・ティーカしかいないわけでありまして………」
うわあああ。
何、この杖、あたしのお兄ちゃんの想いを無に帰すようなこと言って。
もう、最低。
こんな、杖、お兄ちゃんがパラレル・ティーカ萌えじゃ無かったら、絶対にリサイクルシュレッダーの中に、無理矢理突っ込んであげるのに。
「おう? あれ? そんな馬鹿なはずは、でも、確かにもう感じないし。それに、一瞬だけど、あの反応は……」
「イリル、どうした?」
「あ、いえ、あ~~、そうですね。やっぱり、病人に戦わせるなんて、倫理的に間違ってますよね、誠流さん。うん、ここは自分が現場検証してきます。それでは」
言うが、早いかイリルは窓から外に飛び出して行ってしまった。
な~ん~か、もの凄く逃げたって感じなんだけど、どうしたのかな?
まあ、いいや。
どうせ、後でお兄ちゃんの想いを無に帰した発言に対して、制裁を与えてやるんだから、その時に一緒に聞き出せば、良いだけだ。
それに、それに、それに、邪魔者イリルがいなくなったって事は今、この家にいるのは、あたしとお兄ちゃんの二人だけ。
そして、あたしは病人。
いっぱいお兄ちゃんに甘えちゃうんだからね。えへへ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日。
「さあ、定香、現場検証だよ」
やっと風邪を完治したあたしに、イリルは言ってきた。
「嫌だ」
あたしは、迷わず即答。
「どうして、現場検証は今度の戦いを有利に進めていくために、大切だよ。それに、昨日のこともある。
もしかしたら、この世界は自分にも予想外の展開に進んでいるのかもしれない。何であれ、情報は大切なんだよ、定香」
イリルはなんか熱い口調で語りかけてくるけど、あたしは半分聞き流しながしならがら、今日着ていく服を選んでいる。
う~ん、どれも今ひとつなんだよね~~。
「イリル、あなたなんか勘違いしていない?
あたしは別にこの世界を守りたいから、パラレル・ティーカになった訳じゃないんだよ。
あたしはただ、お兄ちゃんがパラレル・ティーカは可愛いって言ってくれたから、変身しているだけなんだよ」
これも、なんか違うな。
あ~、もういっそのこと、パラレル・ティーカの姿で行っちゃおうか?
でも、アレで街角歩くと、流石に目立ち過ぎちゃうな。
あ、そうだ、言ってなかったけど、今日はあたしお兄ちゃんとデートなの。
本当は、あたしの完治祝いにお兄ちゃんが食事に連れて行ってくるだけなんだけど、もちろんあたしはそれだけで終わらせるつもりなんて毛頭無い。
一緒に買い物したり、映画見たり、定番とかステレオ・タイプと言われようともあたしは今日、お兄ちゃんとデートするんだ。
「だから、今日のあたしは、本気なの。調べるならイリルだけでも問題ないでしょう。
うん、そっちの方が邪魔者がいないし、イリル行ってらっしゃい~~」
「あ~~、本人を前にして、よくもまあ、素直に邪魔者って言い切れますね」
「だって、本当のことなんだもん。
ほらほら、あたし、着替えるから、早く、現場検証行ってらっしゃい。もちろん、今日は帰ってこなくていいからね。
ってか、帰ってこないで」
そう言って、あたしはまだ何か騒いでいるイリルを窓から放り捨て、本気モードの服に着替え始めるの。
う~~~~、でも、やっぱり、どれ着れば良いのか悩んじゃうよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
結局、あれから一時間大いに悩んだあたしは、白を基調としてピンポイントで紫を盛り込んだ服装に決めた。
決め手は、やっぱり、この服装がパラレル・ティーカの姿に似ていた事かな。
この服装を見たお兄ちゃんもまんざらでもないって顔してくれて、あたしは心の中で思わずガッツポーズ。
それから、二人で駅まで歩いて、電車に乗って、近くの繁華街へ。
「さあ、お兄ちゃんのためにコースはもう考えているの。コーディネートはあたしに任せてね、お兄ちゃん」
そう言って、あたしはお兄ちゃんと手を握り、今日という幸せな一日を楽しむべく、前に進み出した。
でも、幸せな時間はあたしの予想もしなかったライバルの登場で突然の終わりを告げた。
彼女は、薄桜色のワンピースに身を包んで、見るからに深淵の窓が似合いそうな清らかな雰囲気を持っていた。
あたしとお兄ちゃんが一休みとして、コーヒー店に入ったとき、彼女はいきなり現れて、そして、あたしが言えないその一言を、いきなり繰り出したの。
「久我誠流さん。一目見たときから、好きです。だから、わたしとお付き合いしてください」
その言葉をあたしは全く持って理解できなかった。
誰!?
誰なのよ、この女。
あたしのお兄ちゃん関係リストにも、こんな清楚な人、入ってない!!
これは一体、どういう事、なんの悪い夢なの。
お兄ちゃん、ここで「うん」なんて絶対に言わないよね。目の前にあたしがいるんだよ。
「え~と、ごめん、本当はそんな告白を受けた後に、こんなこと聞くなんて、男としては最低なんだろうけど、ボクには本当に覚えがないんだ。
ボクと君って、前に何処かで会ったことあったかな?」
「いいえ。正真正銘、これがわたしとあなた様との初めての出会いですわ。
ですが、恋に時間や回数など関係ありません。
わたしは、久我誠流さん、あなた様が大好きなのですわ。きっとこれが一目惚れと呼ばれるものなのでしょうね」
い~~~や~~~~。
あたしの前で、そんなに何度もお兄ちゃんが好きなんで言わないで。
あたしは思わず両手で耳を塞いでテーブルに倒せ伏せた。
嫌だ、嫌だよ。
あたしはお兄ちゃんと血の繋がった兄妹で、これって禁断の恋で、でも、あの人はお兄ちゃんとは他人で、ってことは、彼女とお兄ちゃんは恋人になれるわけで、その上、彼女はお兄ちゃんが………お兄ちゃんが…好き、なんだ。
お兄ちゃんとの間にある兄妹という現実にあたしは押しつぶされそうになる。
「あの、誠流さん、一つお尋ねいたしますが、こちらで奇怪な行動を取っていらっしゃる方は、どちら様でしょうか?」
「妹の定香だよ」
「妹様ですか………。ですが、それは、良かったですわ、もし彼女が誠流様の恋人でしたら、わたしのライバルとなって、大変な事態になってしまっていたかもしれませんわね」
そう、妹であるのあたしは、彼女にとってライバルにすらなれない存在なんだ。
あたしなんて、所詮妹。
それ以上でも、それ以下にもなれない存在なんだ。
ああ、これはあたしの悪い癖だ。
こうして、一度落ち込むと全て、嫌な方向にしか物事を考えられなくなる。
「では、誠流様。妹様はおいて、わたくしと二人でお出掛けに行かれませんか?
とても、素敵で、争いなんてない場所へ、ですけど」
まだ名前も知らない彼女がそう言ってお兄ちゃんの手を取った。
このままじゃ、あの女にあたしのお兄ちゃんを取られちゃう。
そう思ったあたしは、本能的に腕を伸ばしてお兄ちゃんの手を掴んだ。
涙で腫れた目でお兄ちゃんを見つめ、行かないでって訴える。
あたしと謎の女性の両方に腕を捕まれ、お兄ちゃんはちょっと困ったような顔を浮かべたけど、それでも、あたしを一人置き去りになんてしなかった。
「ごめん、状況が急すぎて、ボクはイマイチ、頭が整理出来てない。こんな状況で告白とかされても、イエスともノーとも言えない。
ねえ、君は僕の名前知っているようだけど、君と初めて会ったボクは君の名前すら知らない。だから、まずは名前から教えて貰えないから。
それと、出来れば二人とも手を離してくれると嬉しいんだけどね」
お兄ちゃんのお願いにわたしと彼女は同時に手を離して、そして、彼女は小鳥のような澄んだ声で名乗ったの。
「失礼致しましたわ、誠流様。わたしの名前は、桜 愛理子と申しますわ。きっと、そう遠くない未来には、久我 愛理子になると信じておりますがね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
桜愛理子と名乗った謎の女性は、そのままお兄ちゃんの横に座って、色々とお兄ちゃんに質問を始めた。
「まあ、誠流様は、大学で講師をなさっているのですか」
彼女はどうやら、本当にお兄ちゃんとはこの場で初めて会ったみたい。
彼女とお兄ちゃんの話を聞いている内に少しずつあたしの心は落ち着きを取り戻していく。
なんだろう、違和感って言うのかな?
愛理子の事をじっくり見てると何かが非常に引っかかって、あたしの心は落ち着きを取り戻して行くの。
本当、何だろう、この感覚は?
「さあ、お兄ちゃん、もうすぐ映画が始まるから、行こう」
携帯で時間を確認して、あたしは立ち上がった。
嘘なんて言ってないし、これでこのお邪魔なお嬢様ともおさらばだ。
「あら、映画ですの? それなら、是非わたしもご一緒させてください。ねえ、よろしいですわよね、誠流様」
「駄目!」
今にもお兄ちゃんに抱きつきそうなぐらいのむかつく笑顔で、これ名案とばかりに、愛理子は頷いた。
そんな愛理子をあたしは思いっきり睨み付けるけど、この世間ずれしたお嬢様には何の効果も無かったみたい。
きょっとんとした顔であたしを見つめ返してくる。
あ~~、なんかこの女凄く、むかつくわ!
「さあ、定香、変身だよ」
っと、乙女の激情がフルチャージされているときに、またあの空気を読めない杖が忽然と現れた。
いつものあたしなら、お兄ちゃんとのデート中に現れたイリルなんて、何も考えずに投げ飛ばしているのだろうけど、丁度良い機会だ。
このお嬢様を驚かせやる。
ついでに、この収まりのつかない怒りもぶつけてやる。
「イリル、行くわよ!」
「あれ? なんか、珍しくやる気ですね、定香さん」
「あたしにも、倒さなければならない存在って、どうやらいるみたい。たとえば、このお嬢様とかね」
そう言って、あたしはイリルを愛理子の眼前に突きつけた。
「っちょ、定香さん、それ相手が違う。っていうか、犯罪行為」
「うるさい。黙ってなさい! これは、乙女の戦いなのよ! 届け、あたしの想い オーバー キュア ハート」
ここが他のお客もいるコーヒー店だという事も忘れて、あたしはイリルを振り回す。
紫の帯がイリルから飛び出し、あたしを包み込んで………、くれるはずだったけど、おかしいいつもの変身プロセスに入れない。
「イリル。これ、どういう事なの!」
「分からない。自分もこんな事初めてだ。何処からか、ジャミングが入ってきて、自分達の魔法がキャンセルされている」
「誰が、そんなこと………」
初めての事態に混乱するあたしとイリル。
そんなあたし達を愛理子はキョンとした顔で見ていたが、その顔が一瞬、人をたしなめるようなソレに変わるのをあたしは確かに見た。
「あらあら、妹さん、こんな人前で変身だなんて、それこそ騒ぎの元になりますわよ」
そう言う愛理子の右薬指で桜色の指輪が確かに煌めいた。
まさか、こいつも魔法使いだって言うの?
つづく