第十一話:第二段階
第十一話:第二段階
空には満点の星空が輝いております。それなのに、この天井の無くなってしまった教会には雨が、まるで天使の流した涙のように神聖と降り注いでいるのです。
ただ、この雨が普通の雨と違うのは、その色であることでしょう。この降り注いでいる雨の色は黄金。五聖天使達の想いが結晶となり、この黄金の雨となって降り注いでいるのです。
五聖天使の想いの完全包囲されてしまった今のわたし達は、さながら、断首台に首を固定されてしまった処刑者という所でしょうか。
絶体絶命という言葉さえも生ぬるく感じられる絶望の縁に立たされた気分です。
もし、五聖天使が一歩でも動いてしまえば、もう、その瞬間でわたし達の負けが決してしまう。そう確信せざるを得ない、圧倒的という言葉さえ凌駕してしまった想いがここにあります。そして、黄金の想いは膨れあがり、わたし達を包み込む爆発へと生まれ変わったのです。
全方位からくる想いの爆流を防ぐ手だては何もありませんでした。サンドバックですら、もう少し優しい扱われ方をするのではないかと思えるほどの暴力的な想いに翻弄され、わたし達は糸の切れたマリオネットの如く、黄金の想いを全身で受け止め、崩れ落ちます。
魔法天使の衣は惨めに破れ堕ち、体の至る所は切り刻まれ真紅の血を流し続けて、まるで想いが真っ黒に染まるかのような痛みが全身を覆い尽くします。それでも、どんなに辛く、痛くともわたし達はもう引くことが許されないのです。わたし達の信じる幸せを手に入れるために、何度でも立ち上がり、挑まなければなりません。それがわたし達の選んだ道なのですから。
「ああいたたた。なあ、小夜。まさか、これほどだとは思わなかったな」
「そうね。例えるなら、ゴジラを前にしたピカチューと言った所かしらね」
再び黄金の雨が始めるの中、赤と黒の想いが笑い合いました。わたし達の友人は体中傷だらけだというのに、まるで何か付き物が堕ちたかのような清々しい笑顔で、立ち上がるのです。
「良い例えだ、流石、小夜だよ。気に入ったぜ。それで、覚悟は良いのか?」
「もちろん。どんな姿になろうとも、わたしの想いはここにありますもの」
まるで、下校途中の一幕であるかのような声色ですが、その奥には揺るがない熱く優しい想いがあります。
わたしの背中に冷たい汗が流れ、知らぬ間に一滴の涙がこぼれ落ちておりました。
黄金の想いの雨が降り続ける中、五聖天使達が一斉に飛び立ちますが、その瞬間、世界が二人の想いに満たされ、わたし達の視界が赤と黒の二色に染め上げられます。
二人の想いが消え、視界は元に戻った瞬間、わたしは我が目を疑ってしまいました。
刹那の前まで、わたしと定香ちゃんの友人である二人が立っていた場所に彼女たちの姿はなく、まるで入れ替わったかのように炎の剣と、闇の盾が出現していたのです。
………あれは、一体、なんだと言うのですか?
いえ、わたしは現実を受け止めなければなりません。あれこそが、MSデバイサーとなった小夜さんと紅音さんの姿であると。
「愛理子!!」
あまりにも呆気ない別れに呆然となっていたわたしを弾ける想いが呼び起こしてくれます。そうです。五聖天使との戦いは終わってません。むしろ、ここからが重要なのです。
その中で、小夜さんと紅音さんが自らMSデバイサーになった。
わたしは親友としてその想いを受け止めなくてはなりません。
その想いに応えられなくて、どうして親友だと想うことが出来るのでしょうか。
「よろしくてよ!!」
定香ちゃん、そして、小夜さんと紅音さんの想いに応えるようにわたしは叫び、想いを魔法へ変え、飛びました。
五聖天使の黄金の想いが重みを持って、光となりわたし達を押しつぶそうとのし掛かってきます。その想いの圧力の中であっても、わたしと定香ちゃんは想いを秘め、飛び続けます。どれだけ羽根がもがれようとわたし達は飛ばなくてはならないのです。
この手に親友の想いを受け取るために。
わたしは一度、定香ちゃんと目配せを行うと、気力と想いの続く限りの魔力を込め、一気に二つのMSデバイサーの元へ加速を行いました。迫り来る五聖天使達を薙ぎ払い、伸ばした手がついに、友に触れ、想いと想いが今、繋がります。
赤と黒の二つの想いが教会中に重く膨れあがっていきます。それはまるで秘めた想いが弾けたかのようであり、MSデバイサーになろうとも、二人の想いは、確かにそこにあると雄弁に物語っておりました。
愛理子さん。私のこの想い、しっかりと受け止めて下さいね。
E? この声、小夜さんなのですか? どうして、私の胸に直接声が?
だって、今の私はあなたのMSデバイサーで、こうして想いが繋がっているからね。ほら、ボヤボヤしている時間はないわ。定香さんがさっき、言っていたけど、想いは弾けて、砕けて、なんぼのものなんでしょう、愛理子。
ええ、そうですわ。よろしくてよ、小夜さん。この想い、わたしが満開にしてみせまるわ。
桜色と闇色の想い。
紫色と炎色の想い。
四色からなる二つ絆が今、紡がれ、わたし達魔法天使は第二段階へ飛び立ちます。
わたしは闇色の盾から生み出された繭に、パラレル・ティーカは炎の剣から生み出された繭にそれぞれ包み込まれます。二色の想いが優しく編み込まれていき、シリアル・アリスの衣に新たな色が追加されます。
「デュアル・スパーク!!」
わたし達を新しく生まれ変わらせる繭が弾け飛び、そこから新生せしは、桜色と闇色の魔法天使と、紫色と炎色の魔法天使。
新たな衣に身を包んだわたし達は、もはや、シリアル・アリスでも、パラレル・ティーカでもありません。
そう、わたし達魔法天使は今ここに、新たな名前を宣言致します。
「闇桜が秘めた想いを、舞い咲かす 魔法天使 シリアル・アリス・ツヴァイ 二度目の満開、ね」
「紫炎の弾ける想いが、熱く爆ぜる 魔法天使 パラレル・ティーカ・ツヴァイ 二度目の参上、よ」
それぞれが決めポーズを決め、わたし達新生魔法天使は五聖天使に改めて宣誓布告を行います。
…………、愛理子さんって戦闘中、心の中でこんな熱い実況を行っていたのね。
はっ。わたしは闇の盾となった小夜さんと心で繋がっていた事をすっかり忘れおりました。なんだか、秘密の日記帳を見られてしまったかのようで、赤面が止まりません。
だから、その心の独白も私には筒抜けなんだけどね。
「うわああ。やっぱり、心の中が紅音ちゃんの想いで溢れているよ~~。面白い~~」
私と同じく新生した魔法天使パラレル・ティーカ・ツヴァイこと定香ちゃんは何故か嬉しそうにイリルさんと炎の剣を振り回しております。
「それに、この姿。やった~~。パワーアップだよ、愛理子。これは、絶対に萌える。良かった。最近、パラレル・ティーカの姿でもちょっとマンネリ気味でさ、このパラレル・ティーカ・ツヴァイなら、絶対お兄ちゃんも激しく情熱を取り戻してくれるよ!!」
今が戦場だと言うことを完全に忘れてしまったかのように浮かれ上がっている定香ちゃんにわたしは一体なんと声をかければよいのでしょうか。
少なくとも、愛理子さんはこの姿のまま、着衣で夜伽なんてなさらないでくださいね。想いが繋がった身としてはある種の拷問ですわ。
…………、わたしのお兄様はそんな変態ではありませんわ。
なら、良いのだけど。でも、今頃、紅音さんは必死に定香さんに呼びかけていそうね。
でも、愛する殿方の事しか頭にない定香ちゃんは、紅音さんの声なんて聞こえてないでしょうね。
………、本当、あなた達は呆れるぐらいに幸せそうだわ。私達の心配なんて杞憂だったみたい。それよりも、愛理子、右から来るわよ!!
小夜さんの忠告に我に返ったわたしは慌てて闇の盾を右に向けます。
もし、小夜さんの忠告が一秒でも遅かったら、わたしの首は飛んでしまっていたかも知れません。それぐらいギリギリのタイミングで、小夜さんこと闇の盾がオリオンが持つ黄金の剣を受け止めてくれました。
「生け贄が、自らMSデバイサーに変質を行っただと。まだ、審判の儀は始まっていないというのに、何を考えている。貴様らは、神の忠告よりも、己の命よりも、友を助けることに、本当に全てを差し出しただと。馬鹿か!! そんなことで、そんなことで! そんなことで!!!!」
可哀想な人。
え? 小夜さん、今、なんて言いました?
いいえ、何でも聞かなかった事にしてちょうだい。想いが繋がっているってこう言うときはちょっと不便なのかも知れないわね。それよりも、愛理子。残念な事に、もう残り時間が少ないわ。
残り時間ですか?
そう、わたし達はMSデバイサーになったけど、まだ完全ではない。MSデバイサーは意志を無くして初めて、完成される。そうでしょう?
………それは、どういう意味ですか?
言葉と想いの通りよ。大丈夫、私も紅音さんも覚悟の上で”生け贄”に成ることを選び取ったし、あなた達二人と戦ってみて分かったの。あなた達二人の想いなら、きっと神様の決めた運命なんてぶち壊して、超大吉だって作り出せるって。だから、躊躇わないで。私は友達を信じているわ!!
…………。わたしは何も言い返せません。
だから、その心の独白も私には筒抜けだって。ほら、私を友達だって、親友だって思っているのなら、言ってよ。あなたの想いを。
わたしは友の想いを知りました。想いと想いが繋がっているが故に言葉に出さずとも伝わってくる親友の優しい想いに包まれ、満開の想いを決めました。
よし、偉いぞ、愛理子。そして、ありがとうね。
「愛理子。覚悟は良い!!」
先程までの浮かれ気分は何処へやら、魔法天使パラレル・ティーカが真摯な瞳で私達を見つめ返してきます。
………、小夜さん、そこわたしの台詞ですわ。
あら、あなたなら、こう言うかもと思って真似してみたのだけど、駄目だった?
「ふふふ。全くもって、よろしくてよ!!」
定香ちゃんと、小夜さんの二人の想いに応えるようにわたしは叫び、想いを咲き乱せます。
桜と闇。
紫と炎。
二つの二色たる想いが五つの黄金の想いを飲み込む程に膨れあがっていきます。
四色の想いを前にしてオリオンの想いが負けじと膨れあがっていきますが、迷いのある彼女の想いがわたし達の想いに勝てるわけがありません。
やがて、想いの激流に耐えきれなくなったオリオンは、翼の折れた天使であるかのように、わたし達四人の想い飲み込まれ、ステンドグラスへその体を叩き付けられました。
「何故だというのだ!! こんな事で、こんな想いで、われら五聖天使が負けると言うのか。われらが神を信じる想いが何故、負けるというのだ!!」
オリオンさん、何故なら、私達は神ではなく友を信じています。確かに信じる心はオリオンさん達五聖天使達が神を信じる心の方が強いかも知れない。でも、友は私を信じてくれる。この相互たる想いあいがあなた達五聖天使になく、私達魔法天使にある想いの絆です。
小夜さん。いくら堅く願っても、想いは言葉にしなければ伝わりませんわよ。
あら、今のわたしは盾ですから、口がありませんもの。だから、この想いを愛理子さんに託しますわ。
お断り致しますわ。わたしと定香ちゃんは必ず、あなた達を助け出しますわ。だから、伝えたい想いがあるのなら、ちゃんと自分の口で、自分の言葉で伝えて下さい。
あら、手厳しいパートナーであることで。
想いの中で、雑談を繰り広げながらも四色の想いが臨界点を迎えるべく膨れあがっていきます。きっと、こんな雑談をすることもまた、想いを作る源になっていたのでしょう。そうして、四色からなる想いで作られたハート型の光体はわたし達がこれまで作り出したいかなる魔法よりも熱く、そして、優しかったのです。
「闇と」
「炎よ」
想いを真にするために、わたし達は呪文を言葉にして唱えます。
「秘めた想いと」
「弾ける想いを」
五聖天使の想いが黄金の槍へ変質し、まさしく雨の如く降り注いできますが、想いに包まれたわたし達の体に触れると、黄金の槍はまるで飴細工であるかのように、いとも簡単に溶けていきます。
「咲かせ」
「弾けて」
わたしの中で、一つの想いが臨界点を迎えたのを確かに感じました。でも、わたしは想いを涙には変えません。そんな想いがあるのから、魔法に変えてしまえです。
彼女は、わたしが泣くことなんて、絶対に望んでいない。
僅かでも想いが繋がっていたから、分かります。彼女の想いは、ちゃんとわたしの中で生き続けているのです。だから、わたしは彼女の分まで想いを魔法へ変えなければ成りません。
「天使を射る!」
「想いとなれ!」
それでは、さよならですわね。
もう闇の盾に問いかけても応えは返ってきません。わたしが心の中で幾ら想っても、この想いを感じ取ってくれる彼女の想いはもうここにはありませんでした。
彼女がMSデバイサーになってしまった。
つまりはそう言うことなのでしょう。
「「パープルヒート・ナイトチェリー・スプラッシュ!!」」
四人で紡ぎ上げた魔法が離れた瞬間、まるで闇夜を照らし続けてくれた月が忽然と消えたかのような喪失感がわたしを包み込みました。
教会が四色の想いに包まれ、崩壊を始める中、わたしは何時までも闇色の盾に想いをぶつけて続けましたが、答えが返ってくることはやはり一度もありませんでした。




