第六話:二人が決断する未来
第六話:二人が決断する未来
目が覚めると、夕日が差し込んできておりました。わたしは眩しくて手で夕日を遮りますが、その手には包帯が巻かれておりました。何方かがわたしを介抱してくれたのでしょう。なんとか体も動かすことが出来そうです。わたしはゆっくりとした動作で上半身を起こします。
それまで真っ白な天井だけを映していた視界に色々なモノが映り混んできて、ここが何処であるかわたしは思い至りました。
殿方としては当たり前なのでしょうが、あのような企画物が堂々と床に並べられているのは正直、どうかとわたしは常々思うのですが、今はそのようなことを言っている場合ではないようです。
「あ、愛理子君も目が覚めたようだね。君は定香よりも重傷だったから、心配したよ」
そう言って、この部屋の主、誠流様がわたしの方へ近寄ってきます。誠流様と定香ちゃんはいつも同じ部屋で寝ておりますので、この部屋にはシングルベットが二つあります。一つは今、わたしが寝ているベット。もう一方のベットには定香ちゃんが横になっております。わたし同様に体中包帯だらけですが、既に意識はあるようで、わたしと視線が合いますと小さく頷いてくれます。
「誠流様だったのですね、わたし達を助けて下さいましたのは」
「助けたと言っても、校庭で傷だらけで倒れている二人を見つけて、この部屋まで連れ帰って、介抱したぐらいだけどね。あんな所で瀕死の重傷を負っていたんだ。魔法天使絡みだと思って、病院には連れて行かなかったけど、大丈夫かい?」
誠流様はわたし達の高校と敷地を共にする大学に勤めております。誠流様が誰よりも先にわたし達の事を発見して頂いたのは不幸中の幸いでした。
いや、これは都合が良すぎますね。あれだけの騒ぎにもかかわらず、人が一向に集まってこなかったのです。気がつきませんでしたが、あの場にはある種の結界が張られていたと考えた方が自然です。わたしや定香ちゃん程ではありませんが、誠流様も先の一件の後遺症で僅かながらも魔力を持ち合わせています。だから、結界の中に学内の誰よりも先にはる事が出来たと解釈した方が良いでしょう。
「ええ、それが賢明な判断だったとわたしも思いますわ。きっと、あれほどの重傷を負って病院へ行けば、魔法天使のことを話せない以上、話はさらに複雑になってしまっていたことでしょう」
わたしは掌をゆっくりと開いたり閉じたりしてみます。それ程、痛みを感じることもなく動かすことが出来ます。オリオンの攻撃は主に胸や顔がメインでしたから、腕や脚は無事なようです。
「あ~と、ごめん。非常事態とは言えどもだ。愛理子君、一応、今度のためにも謝らせておいて貰いたい」
何故か誠流様が顔を真っ赤にして、わたしの顔から視線を外しました。横顔に当たるチクチクとした視線はきっと定香ちゃんの嫉妬の瞳から出ている物でしょう。
はて? とわたしは小首を傾げます。何故、誠流様はそんなに顔を赤くしているのでしょうか。まるで、知らずに入ったお風呂で異性の方と出くわした思春期の青年の様な顔です。
「あっ」
そこでわたしは気がついてしまいました。わたしの体は傷だらけで今も体中に包帯が巻かれているのです。
そうです。体中にです。
腕や脚は言うに及ばず、服の下までも包帯が巻かれています。そして、わたしを介抱してくださったのは、誠流様なのです。
わたしの顔も一瞬で真っ赤に染まり上げ、今更遅いのですが、シーツを体中を隠すかのように丸まってしまいます。
「………見たのですね」
「あ~と、ごめん。愛理子君」
「………見たのですね」
「あ~と、それは……不可抗力であってだね。間違っても嫌らしいことは一つも………」
「………見たのですね」
「あ~と、はい。すみません、全て見ました。愛理子君の裸体の全てを」
恥ずかしさのあまり、そのまま顔を上に上げることが出来ません。必要な行為であった事は認めます。誠流様の介抱が無ければ今頃、こんな風に恥ずかしがることも出来ていなかったかもしれません。誠流様に感謝しなければならず、誠流様を恨むなんてお門違いも良いところです。
ですが、ですが、ですが、わたしも女の子です。愛するお兄様以外に裸を見られとなると、いてもたってもいられないのです。
「良いじゃん、愛理子。どうせ、その体は元々、あたしの体なんだし。あたしは、ほら、いつでもウェルカムお兄ちゃんだし。お兄ちゃんに前のわたしの体の裸見られたと思うと、あたしは凄く嬉しいな」
なんとも言えない空気の中、定香ちゃんが相変わらずの声でわたしに悲願の目を向けてきます。この嫉妬の想いは間違えなく本心からなのでしょうが、この場の空気をなんとかしようとしての発言であることもまた事実なのでしょう。
そうですね、定香ちゃん。今は裸がどうだの言っている状況ではないのでしたね。
それはもちろん、裸を見られたのはとても恥ずかしいですし、そもそも、お兄様とだってまだ暗がりでしか、その、やったことありませんから、明るい所で見られたのは初めてな訳でして………。
いいえ、いけませんわ。今はわたしの裸よりも大切な問題があるのです。
「あ、愛理子さんも目覚めましたか。い~~や、良かったです。実はね、五聖天使について調べていますと、大変な事実に突き当たりましてね。あいつら、非常に卑怯な奴らで、標的の身近な奴らを生け贄として捉えるんですよ。でも、誠流さんもこうして無事ですし、今、蘭さんの無事も確認してきましたら、とりあえずは一安心ですね」
わたしが気持ちを新たにしたまさにその瞬間、最高なまでに空気を読めていないイリルさんによって再び、部屋の空気が凍り付いたのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
わたしと定香ちゃんはそれぞれのベットに腰掛け、空中に浮かぶイリルさんを挟みあっています。あの後、凍り付いた場の空気を定香ちゃんがお手元の枕をイリスに投げつけることでなんとか壊し、わたし達がそれぞれの昨日の出来事を話し合ったのです。
「そうですか。自分はてっきり、五聖天使が標的にするのなら、誠流様と蘭様だと思っていたのですが、まさか、お二人のご友人が標的にされ、すでに宣告の儀まで済んでいるとは………」
まずはわたしと定香ちゃんの身に起きた出来事を説明いたしますと、流石のイリルさんも言葉を失い、何かを考えているかのように空中をフワリと漂います。
「そ~だよ。もう、紅音ちゃん。昨日まで全く魔力が無かったはずなのに、昨日の放課後会ったら魔力をビンビンに漲らせてさ、火まで生み出してあたしに襲いかかってくるんだから、もうビックリしたよ。馬鹿イリルがいないから、変身も出来ないし。もう、為すがまま、お兄ちゃんが持ってるDVDのヒロインがごとく、気持ちいいぐらいにやられちゃったよ。あ~いうのは見てる分にはまだ良いけど、やっぱり自分がそう言う立場になると嫌だよね」
そのDVDと言うのは、先程からベットの下から出ているそれのことなのでしょうか。
タイトルだけ見れば普通のいやらしい単語とか無く普通な気がするのですが、なにやらパッケージに乗っている写真がすべてヒロインが苦悶の症状を浮かべていたり、拷問されていたり、磔られていたりなど、そのようなシーンと変身シーンしか載っていないのが、非常に気になります。
「変身出来ないなら、逃げれば良かったのですよ。そもそも相手は、相手は魔法をつかったのでしょう。自分が居なくて魔法天使に変身できない定香さんが勝てるわけないですよ」
「あら、あんたも言うようになったじゃない。ま、現実にこうしてボロボロに負けたのだから、あたしも偉そうな事言えないのだけどね。でもね、紅音ちゃんってわたしの大切な友達なんだよね。向こうから襲ってきたと言ってもさ、あたしは友達の前から逃げ出すなんて出来なかったよ」
自らの戒律を信じ切っているあのオリオンのように、見ているこちらがまぶしさのあまり目を背けてしまいそうな程の真っ直ぐな瞳で定香ちゃんはイリルさんに宣言します。
それだけの想いを見せつけられては、わたしもイリルさんも何も言うことが出来ません。
わたしは誠流様のベットの下からはみ出しているDVDから視線を上げ、次の本題に入ることにします。
「それで、イリルさんの方は、どうでしたの。確か、出発の前に大見得きったら成果を出さないと大変な事になると仰っておりましたが、五聖天使について何か分かったのですか?」
「そ~よ。あんたが居ないせいで、わたしはこんなにもボロボロになったんだからね。役立たない情報だったら、分かっているでしょうね」
定香ちゃんが腕をボキボキと鳴らす真似をします。イリルさんから乾いた笑いが漏れましたが、わたしも定香ちゃんと気持ちは同じです。五聖天使であるオリオンと戦い、生け贄となった小夜さんと紅音さんを救い出すためには、イリルさんの情報が頼みの綱なのです。役に立たないような情報なら、再度本部に戻って頂き、さらなる情報活動に励んで頂きたく思っておりましたが、どうやら、それはわたし達の杞憂で終わったようです。
「それはもちろん、安心して下さい。五聖天使と呼ばれる集団についての情報は抜かりなく仕入れてきましたから。ですが、初めに言わせて頂きます。自分はまだ、五聖天使の生け贄は決まっていないと思い、状況を少し楽観しておりましたが、今のお話を聞きますと、状況は最悪です。既に宣告の儀まで終わっているこの状況、定香さん、愛理子さん。あなたがた、二人は選ばなければなりません」
何時にない真摯な口調が事の深刻さを物語っております。わたしと定香ちゃんは覚悟は出来ていると首を縦に振りました。
「それでは、時間がありませんので、重要な部分を語らせていただきます。まず、オリオン・T・オータムが名乗った五聖天使ですが、それはこの次元に存在している一つのカルト集団の事を指しております。集団と言っても実質的な構成人数は、六人です。長として大熾聖天使が一人いて、その下に五名の五聖天使がいる。これが五聖天使と呼ばれる集団の人間の構成人数となります。その行動原理は、大熾聖天使を通じて地上へ届く神の言葉に従い、この世界を神に認められた、清めた世界にすることです」
神という言葉や、清めという言葉は先の戦闘でもオリオンが幾度となく発してきた単語です。表面的に聞けば、崇高な使命に聞こえるかも知れませんが、それは言い換えれば神に従わない者は許さないと言うことです。
「じゃあ、あたし達が狙われたのは、その神の言葉にあたし達が背いていているからだって言うの。まさか、その神の言葉の中には近親相姦は死罪にも均しい重罪だとかあるんじゃないでしょうね」
半分冗談混じりの口調で定香ちゃんが言います。しかし、わたしは笑うことが出来ません。
わたしはあの時、自らの口で秘めていた想いを口にしたのです。あの言葉はオリオンの拷問にも均しい行為の果てに出て来た言葉ではありましたが、ずっとわたしの中に秘められていた想いであったのは間違えありません。
「半分、正解です、定香さん。五聖天使が信じる神の言葉では近親相姦は重罪となっております。しかし、それ以上に、不慮の事故であったとは言え、魔法の力を使い、精神入替を行って、近親相姦の罪を重ねていることが五聖天使には許せない様ですね。五聖天使にとって、魔法とは神の言葉を代弁するための神聖なる力です。その魔法を使い、神の言葉を冒涜している。それが、五聖天使が定香さん達を襲ってきた最大の理由でしょう」
「全く、わたし達はお兄ちゃんと平和に幸せに暮らしているんだから、余計なちょっかい掛けてこないでよって感じだよね、愛理子」
「あ、へ。そ、そうですね、定香ちゃん」
急な振りにわたしはしどろもどろな返答になってしまいます。定香ちゃんが不思議そうに首を傾げますが、そこは相変わらず空気の読めないイリルさんが話を勝手に進めてくれましたから、深く追求されることはありませんでした。
「幸せだからこそ、五聖天使にはお二人が余計に許せないのかも知れませんね。そして、次は生け贄の話です。覚悟は良いですか?」
「諄いわよ、イリル。どんな運命であれ、わたしが進む道は最初から決まっているわ。早く言いなさい」
迷いも、淀みもなく、そんなことを言ってしまえる定香ちゃんをわたしは心の底から尊敬してしまいます。その言葉に偽りが無く、どんな運命であれ、彼女は自分を見失わずに想いを弾けさえ、貫き通してしまうことでしょう。
そんな定香ちゃんに対して、わたしはまだ、自分の進むべき道に迷いを抱いております。
「そうですね、定香さんは、自分の忠告なんて絶対に聞いてくれない方でしたね。五聖天使の言う生け贄というは、神の言葉に背き、汚れてしまった者を清める最終手段です。五聖天使は、清めの儀式を行うために、四つの段階を踏みます。まずは、汚れし者に己の姿を示す邂逅の儀、次に神の言葉を代弁する忠告の儀、この段階までは五聖天使は何の手も打ちません。ただ、五聖天使は観察し、そして、選び取るのです。神の言葉に背き、汚れし者と親しき者を選び、清めの儀式のための生け贄にするのです」
分かっていましたことですが、小夜さんと紅音さんが狙われたのは、彼女たちに非があった訳ではありません。ただ、わたしと定香ちゃんの友人であった。ただ、それだけの理由で、生け贄とされてしまったのです。
わたしは胸にある苦い想いと共に、重い息を吐き出します。
「でもさ、生け贄って言っても、紅音ちゃんも小夜ちゃんもビンビンに生きてたよ。そりゃ、雰囲気少し変わって、魔法が使えるようになってたけどさ。生け贄と言っても、死ぬ訳じゃないんでしょう?」
わたしも僅かな希望を込めて、イリルさんを懇願するかのように見つめますが、その希望は叶うことがありませんでした。
「残念ですが、儀式が最後まで進みますと、永沢小夜さんと月嶋紅音さんのお二人は死んでしまいます」
真実をオブラートに包み込むことなく、ありのままの現実がわたし達の前に突きつけられました。
「話を続けさせていただきます。忠告の儀が終わった後、五聖天使は生け贄を選び、その体を彼女らの神に捧げます。捧げられた生け贄は………その身を魔法の武器であるMSデバイサーへと徐々に変質させられていきます。お二人のご友人が突然に魔力を持ったのは、現在進行形で体がMSデバイサーに変質しているためでしょう」
MSデバイサーとは魔法を制御し、増幅するための道具であり、わたし達が本来持っている魔力をより効率よく使用するための一種の武器です。わたしの右手の薬指にはめられた桜色の指輪もMSデバイサーです。
小夜さんも紅音さんも、やがてはこのようなただの道具へと変化してしまうと言うのでしょうか。
「生け贄を捧げ終えた五聖天使は、再び、汚れし者の前にその姿を現し、宣告の儀を行います。捧げられた生け贄を汚れし者に見せつけ、今度はより直接的な行為で、神の言葉に背き、汚れし者にその身を清めることを強制してきます。おの手口は虐殺的とも言えるほどに非道で………って、この辺りは既にお二人は体験しているから、いまさら辛辣な言葉で述べることではありませんね」
イリスさんは、おそらくわざと言葉を切りました。もったい付けていると言うよりも、彼自身がその言葉の続きを言うのを躊躇っているかのようにも感じられますが、ここまでは既に終わっていること。わたし達が知りたいのは、この先に起こるであろう出来事なのです。
「宣告の儀でも、その身が清められなかった場合、最後に、審判の儀が残っております。これは………、神の言葉に背きし汚れし者を、生け贄が変質したMSデバイサーで清め、その想いを浄化して清める行為となります。審判の儀を行うとき、生け贄はその自我を、体を、想いを、すべてを魔力に変換されて、ただの道具であるMSデバイサーに変質されられてしまうのです」
それがつまり、小夜さんと紅音さんの死を意味しているのですね。
骸も想いも、何一つ残すことなくただの道具へと成り下がってしまうと言うのですね。
ありがとう、ございます、イリルさん。あなたが持って返ってきた情報のおかげで、わたしもどうやら決心が付いたようです。
わたしは左手で、そっと桜色の指輪―わたしのMSデバイサー―に触れます。
「ねえ、イリルさん。確認させて下さい。審判の儀が執り行われては、もはや手遅れなのですよね」
「はい、残念ながら。生け贄の体が本格的にMSデバイサーに変質する時間が審判の儀が始まる時間であり、生け贄の体が完全にMSデバイサーに変質してしまった時間が審判の儀が終わる時間であるのです。生け贄のMSデバイサーへの変質が終わってしまえば、もはやいかなる手段を持ってしても、元に戻す術はありません。それまでに、生け贄に施された魔法を解かなければ、生け贄はMSデバイサーへと完全に変質して、その想いをこの世界から消し去ることになるのです」
昨夜、宣告の儀の最後に、オリオンは24時間に再び会おうと言っておりました。その時間が審判の儀が執り行われる時間であり、わたしの大切な友人がこの世界から居なくなる時間なのでしょう。
わたしは壁に掛けられた時計を見ました。わたし達に残された時間は後4時間もありません。
「では、審判の儀が始まる前に、わたし達が自らの手で、この身を清めれば、審判の儀は行われず、小夜さんも紅音さんも助かるのですよね!!」
わたしは、想いに任せて桜色の指輪を引き抜きました。
「はい。その通りですが………って、愛理子さん。何の真似ですか!?」
イリルさんが驚愕の声を上げますが、わたしは無視して、彼女の瞳に真っ正面から立ち向かいます。わたしの前には弾ける想いがありますが、わたしにだってまだ秘めた想いが残っているはずです。
わたしは、恐れず、魔法天使の証である桜色の指輪を定香ちゃんに差し出しました。




