第二話:仲良し生徒会執行部
第二話:仲良し生徒会執行部
生徒相談室で今日の遅刻についてこってりと搾られましたわたしは、げっそりとした顔で生徒執行部のドアを開けるのでした。
「あら、愛理子さん。お説教タイムはもう終わったの?」
けして広いとは言えないですが、わたし達の想い出が沢山詰まった執行部室には先客がいました。
日本人形の様な美しい黒髪でおかっぱ頭を作っているのは、生徒会執行部書記の永沢小夜さんです。
人手が足りているとは口が裂けても言えないこの執行部において、雑務から時には部会長の代役まで出来る、まさに、この執行部の要といっても過言ではない方なのです。
「ええ、終わりましてよ。桜くんは執行部の副会長なんだから、もっと他の生徒の模本となるべく日々の生活をだねとか、もう耳がたこになりそうなぐらいに同じ事を聞かされ続けましたわ。……………ところで、小夜さん、なんでわたしが先生からお叱りを受けていたことをご存じなのですか?」
小夜さんはわたしと同じ三年生ですが、クラスは別です。それに、わたしが先生に生徒相談室に来るように言われたのは放課後になってからでした。
小夜さんが、わたしがお説教を受けていると知るタイミングなんて何処にも無かったと思うのですか?
「あら。いまさら、そんな愚問を聞くの? だってわたしはこの学校の影よ。わたしにはこの学校の出来事は全てお見通しよ」
やはり、今日の説教はそうとうわたしに堪えているようです。わたしとした事が失念しておりました。
彼女、永沢小夜さんは学校側から専用の生徒相談室を授与されている程に、生徒、はたまた教師からの信頼がとても厚い方でした。
この学校に三年間いれば一度は彼女の相談室へ行くことになる。
いまや、そんな伝説までもが誕生しているほどに、彼女は学校中の誰からも頼りにされているのです。
そんな彼女の姿は、まるでいつでも側に寄り添ってくれる学校の優しき影であるかのようであり、いつかしか小夜さんは”学校の影”と称されていたのでした。
「そうでしたわね。でも、一体どれだけ情報が早いというのですか? わたしが先生に呼び出されてまだ一時間は経っていないのですよ」
「うふふ。実を言うと、私は愛理子さんが生徒相談室へ呼び出されたって話は聞いていないのよ。ただ、今日、模範的生徒であった桜愛理子が友人の久我定香と遅刻したって話は二限目の休み時間には学校中に広まっていたし、愛理子さんに説教をした生徒指導の加登先生は、朝から機嫌が悪いと教師の皆さんが噂していたの。そして、いつもはすぐに来るはずの愛理子さんが一時間の遅刻。直接的な情報を知らずとも、間接的な情報を知っていると自然と答えは結びつくものよ」
わたしは素直に感心しました。小夜さんはさも当然という感じで言っておりますが、わたしならそれらの情報を結びつけることなんて出来るとは出来ません。
「小夜さんは、将来、警察か探偵にでもなれば、迷宮事件を数多く解決できそうですね」
「どうでしょう。私が出来るのは、あくまでお茶を酌んで、話を聞くぐらい。捜査とか、逆に苦手だと思うぐらいよ」
小夜さんそう言って笑いながら、わたしの前に緑茶を出してくれました。慣れないお説教なんか聞いてしまったから、本当に精神がくたくたです。
わたしは温かい緑茶を飲んで心をリラックスさせていきます。
「そう言えば、伊奈川会長のお姿が見えませんが、どちらに行かれたのですか?」
「そっか、会長は愛理子さんには伝えてなかったのね。会長は本日、お休み。なにやら、お姉さんが風邪で寝込んでしまったとのことよ」
「お姉様が………。伊奈川会長は確か、姉妹で二人暮らしだったのですよね?」
「そう。だから、どうしても会長がお姉さんの看病しなくてはいけないらしく、愛理子さんにごめんなさいって言ってたよ」
はて、この生徒会執行部で培ってきました第六感が、なにやら警告音を鳴らしているように想えます。これまでも何度と無くこの執行部で貧乏くじを引いてきたうちに身に付いてしまった予感をわたしは信じることにしております。
わたしは飲みかけの緑茶をテーブルに置き、立ち上がろうとしましたが、それよりも先に、小夜さんがわたしの横に書類のタワーを爆撃するかのように置いたのです。
今、確かに衝撃でテーブルが揺れましたわ。この書類一体、どれだけの重量があるというのですか。
「あの~~、あまり詳しく聞きたくないのですが、小夜さんこちらは?」
「今年度の各部活及びクラブ活動の予算申請書と、体育祭の種目に関する生徒からの陳述書よ。下の方にはおまけで、未集計の昨年度の体育祭のアンケートも入ってるのよ」
小夜さんが笑顔で語りかけてきます。わたしは苦笑いしか出て来ません。
ゆっくりと席を立ち上がろうと致しましたが、私の肩を小夜さんががっちりと握りしめます。
「すみませんね、愛理子副会長。これ会長が溜めていた書類なんです。もちろん、今日は会長が事情により不在なので、副会長の代理印で承認されるように許可はいただいております」
「あら、それは、その……根回しがとてもよろしいことですね……」
小夜さん、その笑顔がわたしにはとても怖いですわ。
「はい。お褒めにあずかり光栄よ。だから、この際に、今まで溜まりに溜まった書類を全部処理しちゃうかなとか思ってます。副会長、お願いします、よ」
永沢小夜。私立聖霞ヶ丘大学付属高校の執行部書記にして、聖霞ヶ丘大学付属高校の影と呼ばれております。ですが、彼女を言い表す通り名はもう一つあるのです。
聖霞ヶ丘大学付属高校執行部、影の執行部会長。
わたしは、項垂れながら書類と向き合う道しか残っていなかったみたいです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はあああああ。小夜さん。終わりましたわ」
自分でもはしたないと思いますが、最後の書類に承認印を押し終えましたわたしは、テーブルの上に倒れ込みました。
途中で数えるのも嫌になるぐらいの書類に目を通し判を押していく。会長が後に後に回していた理由がとてもよく分かりましたわ。次はわたしも本気で逃げることを考えなければ身が待ちそうにありません。
そのためには、この第六感をもっと研ぎ澄まさなければならないことでしょう。相手があの小夜さんかと思いますと、道のりはとても長いものとなりそうですが。
「はい。お疲れ様、副会長。これ経費を誤魔化しつつ、がんばって買った高級ハーブティーだから、疲れがとてもよく取れてよ」
「あ、ありがとうございます、小夜さん。っと言いますか今、さらりと凄いこと言いませんでしたか? 学校側にばれたらどうするんですか?」
「あら、大丈夫よ。これらの高級茶を買った予算報告書はたったいま、愛理子さんが判子を押して承認しちゃったから、気がつかなかったでしょう」
小夜さんがしてやったりと猫のように目を細め、ニヤリと笑顔を作ります。そんな小夜さんの顔を狸のような間抜けな顔でポカンとわたしは見つめ返します。
わたしと小夜さんしかいない執行部室に何ともいえない微妙な空気が流れております。
しっかり三秒はそんな空気が流れた後、
「あはははは」「ははははは」
わたしと小夜さんは同時に笑い出しました。
友達とこんな馬鹿な事で笑い合う事が出来る。たったそれだけのことで、わたしの疲れは波が引くかのように癒えていくのが分かります。
友達って良い物ですよね。つくづくそう想える瞬間です。
「ごめ~~ん、遅くなったよ~~」
執行部で笑い合っていたわたし達は突然の乱入者に思わず目をイルカのように丸くしてしまいます。
「定香ちゃん。もう8時を越えていますよ。こんな時間にどうしたのですか?」
定香ちゃんもわたしと同じ執行部に属しております。ただ、定香ちゃんは何の役職も持っておりませんし、そもそも普段は一週間に一度来るか来ないかの幽霊部員なのです。
そんな定香ちゃんですが、その内に秘める弾ける想いは相当な物で、イベント時などは、その率先力に何度も助けられるのです。
人呼んで、彼女は執行部の宴会部長なのです。
「ほら、愛理子も今日の遅刻で加登っちに呼び出されたでしょう。実はさ、その後、大学の方でお兄ちゃんといちゃいちゃしている所を加登っちに見つかって、生徒指導室に連行されて、そこからはもう大喧嘩だよ。あたしとお兄ちゃんの恋路を邪魔する奴なら総理大臣だって定香は許さないんだからね。何処までだって戦い続けてやるんだからね」
定香ちゃんの事だから、本気で加登先生と喧嘩していたのでしょうね。
あたしはそっと小夜さんに目配せをします。加登先生は先生としてのプライドがかなり高い方ですから、定香ちゃんに言われっぱなしで、このまま引き下がるとは考えられません。
瞳を熱く燃え上がられる定香ちゃんがいる限り、明日もこの執行部は厄介ごとが絶えないのでしょう。
小夜さんは困ったように苦笑いを浮かべておりましたが、そっと視線を動かします。わたしも彼女の視線に従うと、そこには今日は空席の会長席が見えておりました。
困ったときは上に投げかける。これは社会を生きていく上での術です。………多分。
伊奈川会長には悪いとはほんの少し想いますが、わたしと小夜さんは、確固たる意志で頷き合い、今日はもう帰ることにしました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お、紅音ちゃんだ。お~~い」
玄関まで降りた所でわたし達は一人の女性を見つけました。
背中に竹刀を背負い、長い黒髪をポニーテールに結いでいる彼女は定香ちゃんの言葉に片手を上げるだけで応えました。
彼女の名前は、月嶋紅音さん。剣道部で主将を務めており、去年の学園祭に行われましたお姉様にしたい上級生で見事第一位を獲得した方なのです。
紅音さんは執行部には属しておりませんが、小夜さんのご親友と言う事もあり、本当に人手が足りないときなどはボランティアとして何度か執行部の業務を手伝って頂いたこともあるのです。
「ほう。珍しく幽霊部員がいるんだな」
「紅音ちゃん、失礼だよ。確かにあたしは、イベントがないときに月に五回も執行部に出たら雨が降るって言われているぐらいの存在だけど、幽霊部員は幽霊部員なりに、顔は出しているんだからね」
定香ちゃん。そこは胸を張って威張る所ではありませんよ。
わたしは心の中でツッコミを入れます。本当は口に出すべきなのでしょうが、ここはわたしもボケ役に回りたいと思います。
本当に今日はつかれましたから、少しは馬鹿なことでもしないとやってられませんわ。
「確かに、今日の定香ちゃんは、本当に顔出しただけでしたね。執行部の仕事は何もせず、誠流様へののろけ話をしているだけで。わたしなんて、会長の替わりで、一体どれだけの判子を押したことか…………。明日は腕が筋肉痛かも知れませんわ。その上、本日は遅刻の上、加登先生とは宣戦布告して、ああ、明日の執行部は一体何処へ向かおうとしているのでしょうか」
「うわ、愛理子。あんた、あたしを裏切るの。今日、一緒に遅刻した仲なのに、自分だけ善人ぶるって言うの?」
「善人ぶるって。わたしはきわめて真実しか語っておりません。それにわたしは遅刻に関してもすでに加登先生から許しを得ておりますが、何か」
「ううううううううううううううう。小夜ちゃん~~~~。愛理子が定香をいじめるよ~~。ママ、助けてぇぇぇぇ」
嘘泣きの定香ちゃんが、小夜さんに抱きつきます。
「あ、こら、定香。小夜は僕の物だぞ、何勝手に抱きついているんだよ」
「えへへへ。良いでしょう、紅音ちゃん。う~~~ん、小夜ちゃんのおっぱい、柔らかくて大きい。え~~い、顔埋めちゃえ!」
「あへ? 定香さん、それっちょ。はぁぁん。やめ………ひゃんっ」
小夜さんの立派な双球に有言実行の定香ちゃんは顔を埋めております。なんと言いますか、かつての自分の体が目の前であからさまなセクハラをしているのを目撃するのは、とても言葉では表現できない微妙な気持ちになってしまいますわ。
止めさせたいのですが、定香ちゃん、もの凄く楽しそうですし、見ているだけでも小夜さんの胸は気持ちよさそうに弾んでおります。そんな趣味は決してないのですが、わたしの心も思わず、揺れ動いてしまいます。
「う~~~ん。小夜ちゃんの声、可愛い~~。え~いい、もっとやっちゃえ!」
「っしゃんんんん。だめぇ~~~~。紅音さん、たすけぇぇええええ~~」
「羨ましすぎるぞ、定香。そんなの僕だってやったことなんだからな。僕にも変われ!!」
定香ちゃんと紅音さんが欲望丸出しで、小夜さんに迫っていきます。あの二人が会った瞬間に友達になれた理由がとてもよく分かる光景です。
…………やっぱり、楽しそうなので、わたしも混ざって、小夜さんの脇腹をくすぐることに致しましょう。
「きゃっ、愛理子さん、そこぉは、ちがっ。やめてぇぇぇぇ。わたし、そこだけは弱いぃぃのぉぉ。駄目ぇぇぇぇぇ」
誰もいない昇降口で、しばらく小夜さんの嬌声は鳴りやむことはありませんでした。
でも、本当に、良い弾力を持っております。何を食べたら、こんな弾力を持った胸が育つのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それでは、愛理子さん、定香さん。また明日」
「じゃあな、二人とも」
昇降口で適度に(?)じゃれ合っていたわたし達は、校門までくると、二方向に別れます。わたしと定香ちゃんは同じ家に住んでいますけど、小夜さんと紅音さんとは方向が正反対なので、いつも校門でお別れなのです。
「バイバイ。小夜ちゃん、またそのうち胸揉ませてね」
咄嗟に小夜さんは胸を隠します。よほどあの攻撃は辛かったのでしょう。確かに、わたし達から解放された後、軽く息が上がっておりましたし、少々やりすぎてしまったかも知れませんわね。
「小夜さん、紅音さん。ごきげようですわ」
ここで別れの言葉を済ましたわたし達はそれぞれの帰路につきます。
「やっぱり、巨乳って良いよね。最近さ、お兄ちゃんもこの体で巨乳に目覚めてきたみたいでね、挟んであげると喜ぶんだよ。もう、ビバ巨乳って感じかな」
「定香ちゃん。お忘れではないと思いますが、その体は元々わたしの物ですわ。言ってみれば、その巨乳もわたしの物だった訳ですわ。さも自分の物みたいに言われますと心外ですわ」
「でも、この体は今はあたしのだもん。巨乳って良いよね」
そう言って、定香ちゃんは自分の胸を両手で持ち上げて、わたしに見せつけてきます。
なんでしょう、この敗北感は。あの胸をあそこまで成長されたのはこのわたしであるはずなのに、それを誇れないこの悔しさは何処にぶつければ良いのでしょうか。
わたしはそっと両手を胸に当てます。お世辞にも豊かとは言えない貧相な胸しかありません。
わたし、決めましたわ。
これから毎晩、牛乳飲んで、この胸を成長させてみせます。そして、あの膨らみを取り戻してみせますわ。
そのよう誓いを心の中で立てた瞬間、わたしは魔力を感じ取りました。
「!?」
わたしと定香ちゃんの脚が同時に止まります。
わたしは達は同時に目配せをして、視線を前に移します。そこには一人の女性が歩いておりました。中世の魔法使いであるかのような法衣に全身を包み込んでいますが、肩口から流れている煌めく金髪だけは、まるで彼女の存在を誇示するかのように、闇夜の中でも輝いています。
「あいつ、今朝の奴だと思う?」
「この魔力に、あの煌めく金髪。十中八九、間違えないと思いますわ」
今朝、わたしと定香ちゃんを襲撃してきた謎の魔法使い。彼女はわたし達の顔がはっきりと見えるところまで来ると立ち止まり、目元まで被っていたフードを取り、わたし達に素顔を曝します。
「お前達が、魔法天使だな」
その煌めく金髪を見たときからそうではないかと思っておりましたが、やはり彼女は日本人ではありませんでした。
美しいまでに白い肌を持ち、透き通る碧眼がわたし達の姿を映しだしています。ぱっと見た所では欧州辺りの出身ではないかと思うのですが、彼女はわたし達顔負けの流暢な日本語を話しております。
「そうだよ。あんたは何者なの?」
ポケットから携帯電話を取り出して、定香ちゃんは何時でも変身できる様に備えます。 わたしも桜色の指輪をはめた右手を軽く握りしめます。
「われは、五聖天使が一人、オリオン・T・オータム。神の加護もなく魔法を操り、愛欲溺れ禁忌を犯した汚れた天使を清めし者だ。その汚れた想いもここまでだ」
金髪の彼女から明確な殺意を感じ取った瞬間、わたしは右の薬指にはめた桜色の指輪をオリオンに向け、魔力弾を放ちます。本格的な魔法は魔法天使に変身しなければ使えませんが、この程度の簡単な魔法でしたら変身せずとも使うことが出来るのです。
桜色の魔力弾は一直線にオータムに迫りますが、着弾する寸前、オリオンの姿が陽炎の様に揺らめき消えていきます。
「また、逃げるのですか!」
「逃げるのではない。これは忠告の儀である。もし、お前達が魔法天使を止め、己が本来の体に戻るのであれば、罪は拡がらないという警告であった。しかし、神の言葉に耳を貸すことなく、われらが神の言葉を拒絶するとは、なんと愚かしい。われらが神託は、魔女に届くことはなかった。これより五聖天使の名の元に制裁が行われる。神はお怒りだ。その罪、己らだけで清められるとは常々思わぬ事だ」
闇夜の中にオリオンの声が消えていき、闇に溶けるように彼女の魔力と溶けていきます。
魔法教会の五聖天使と名乗っていた彼女の目的がなんであるのか、まだ分かりません。
ですが、わたしと定香ちゃんが、彼女の信じる戒律から外れた行為をしているのだけは間違えないがないようです。
わたしは僅かに胸の奥にある想いが痛んだような気がしました。




