第十話:最終決戦 咲き乱れる想い 弾ける想い
第十話:最終決戦 咲き乱れる想い 弾ける想い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしと愛理子は、次元を司るMSデバイサー、フェイトが一つ、クロートの反応を追って、次元を飛び越えた。
ジェットコースターを成層圏から地上までノンストップで乗り続けているような感覚の末、あたし達は薄桜色に彩られた空間にやって来た。
そこで一番最初に目がついたのは銀色の石を掲げている黒蘭色の人影。
人影っていうのはあくまでたとえだけど、彼は全身が黒蘭色に被われていて、目や鼻や唇とかそんなパーツさえすべて黒蘭色に塗りつぶされていて、人影としか言いようがない。
「あれはクレデター。
しかし、あそこまで他の生物と一体化していればもうクレデターとは別の表現した方が良いのかも。それに、あいつが持っている銀の魔法石は、フェイトの一つ、ラケシスだ。
まずいですよ、定香さん、愛理子さん。既にクロートは起動済み。
今は第二段階に入って、ラケシスで生み出した次元を成長させている所です。
はやく、アトロポスで次元を断ち切らないと、もしかしたら定香さん達の世界にも影響が出てくるかも知れません」
なんか最近、解説役が板に付いてきた(っていうかそれぐらいしか出番がない)イリルが熱い口調で語ってくれた。
うん、こういう説明はあたし苦手だから、こんな時はこの相棒も役に立つわね。
「そう。なら早くしないとね。愛理子。あんたももちろん、この想い感じているわよね」
「ええ、定香ちゃん。誰に言っていると想うのですか? あたしが蘭さんの想いを見逃すわけないでしょう。きっと定香ちゃんより早く、気づいていましたわよ」
「あんたって割と負けず嫌いね。それでは、早い事、決めて、世界も、蘭さんも、お兄ちゃんもみんな救いますか」
そして、あたしと愛理子は黒蘭色に染まり上がった彼を挟み込む形で、薄桜色の空間に降り立った。
「弾ける想いを届けるため 魔法天使パラレル・ティーカ ただいま参上、よ」
「秘めた想いが咲き乱れる 魔法天使シリアル・アリス まもなく満開、ね」
それぞれの決めポーズを決め、颯爽と登場したあたし達。
お兄ちゃん、見てる。
あたし達の今の姿格好いいでしょう。
魔法天使好きのお兄ちゃんなら、こういうシーンは最高に興奮するでしょう。
「ティーカ!」
そんな事を想っていたあたしに、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
あるわけがない、お兄ちゃんはアトロポスとなって消えた。
あたしはその瞬間をずっと見ていたし、アトロポスは今、確かにこの腕の中にある。
でも、愛理子が近衛乱の想いを見逃すわけがないように、あたしがお兄ちゃんの声を聞き間違えるはずがない。
あたしは敵が前にいるにもかかわらず、声のした方を向いていた。
「!?」
そこには、確かにお兄ちゃんがいた。
でも、あたしはすぐに分かった。
あの人はお兄ちゃんじゃない。
お兄ちゃんと全く同じ容姿をしているけど、お兄ちゃんととてもよく似た想いを感じるけど、あの人はあたしのお兄ちゃんじゃない。
「定香さん。間違えないで下さい。あの方は定香さんのお兄様ではありません。恐らく、定香のいる世界と、とてもよく似た別次元に住まわれている方なのだと思います。
どうしてここにいるのかまでは分かりませんが、もう一度、言わせていただきます。
誠流様はアトロポスになれたのです。あの方は定香さんのお兄様ではありません」
イリスが哀愁に浸っているあたしの空気を読まずに、心の突き刺さる現実を言葉にした。
分かってるけど、改めて現実を言葉で聞くと、胸がもの凄く痛くて、勝手に涙が溜まっていく。
「ティーカ」
お兄ちゃんととてもよく似た人があたしの方に向かって駆けてきた。
想いが勝手にありもしない想像をしてしまう。
あのままあの人はあたしを抱きしめてくれるのではないのだろうか?
そして、あたしを抱きしめた瞬間、あの人はあたしのよく知るお兄ちゃんに変わるのではないのだろうか?
想いがあるはずのない未来を描き、やっぱり、世界はそんなに甘くなかった。
「ティーカ」
お兄ちゃんととてもよく似た人が駆け寄った先にいたのは、笑っちゃうかな、あたしと瓜二つの容姿の女性の元へだった。
ただ、ちょっと違うのは”ティーカ”と呼ばれたあたしのそっくりさんの大きさはお人形並みに小さくて、背中から紫色の羽根が生えていて、まるで妖精のような姿をしていた。
彼と彼女は語り合っている。その姿はとても幸せそうで、この戦場とはもっともかけ離れた空気が流れていた。
………こう言うのを、バカップルっていうのかな?
でも、二人は本当に幸せそうだった。
あたしとお兄ちゃんがまだたどり着けていない境地にあの二人はたどり着いている。
そう思うと勝手に想いがあふれ出してきた。
あたしはこんな所で突っ立っている場合じゃない。
こんな事さっさと終わらせて、早くお兄ちゃんを復活させて、あたしもあの二人みたいに、他人からバカップルって思われるぐらいお兄ちゃんに甘えてやるんだ。
そんなあたしの想いに反応して、アトロポスの青銅色の輝きが一際強くなった。
「ねえ、あなた達の名前、教えてくれない?」
あたしは二人から視線を外し、あたしと愛理子が救わなければならない、黒蘭色の彼を見据えた。
「あたしは、ティーカ・フィルポーズよ」
「ボクの名前は、久我流誠だけど………」
名前まで、あたしとお兄ちゃんに似ている。
何だか、もうここまで来るとあたしとお兄ちゃんの愛はやっぱり運命なんだって感じてしまう。
「あたしの名前はね、久我定香。二人とも、そのまま想いを弾けさせて幸せにならなちゃ、このあたしが許さないんだからね」
そして、あたしもきっとお兄ちゃんと幸せになってみせるから。
そう誓って、あたしは黒蘭色の彼に向かって、飛翔した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしが飛ぶのと同時に、シリアル・アリスが飛ぶのも確認できた。
紫と桜。
二色の魔法天使が、黒蘭色の想いにめがけて、翼を羽ばたかせている。
「定香さん。一気に決めましょう!」
黒蘭色の人影との距離を一気に詰めているあたしの腕の中で、イリルがいつも以上の熱い口調で語っていた。
「何なのよ、急にやる気出しちゃって」
「自分は、定香さんを信じています。定香さんは、最高の魔法天使です。定香さんの想いなら、きっとアトロポスも使い切ることが出来ます。だから、弾ける想いで、一気に次元を救いましょう!!」
おかしいな。
今日は別にイリルを殴っても、壁に叩き付けてもいないはずなのに、なんか変なスイッチが入ったみたい。
場の空気でアドレナリンが分泌しすぎたのかな?
それとも、あたしの相棒は一時間に一回は頭に衝撃を与えないと壊れちゃうっていう秘密を抱えていたのかな。
謎だ。
そしてもって、そこまで熱い口調で褒められると、流石のあたしもちょっと恥ずかしい。
「ねえ、イリル………」
「愛理子さんは、その銀色の石、ラケシスを奪って下さい。
その隙に定香さんはアトロポスで今、まさに形成されているあの次元を断ち切って下さい。出来ます!
大丈夫です!!」
あたしはちょっと安心した。イリルはやっぱり、イリルだった。
だって、こんな状況でそんな恋の空気の読めない発言をするなんて、イリル以外の何者でもないもん。
まったく、この相棒は本当に、恋というか乙女心が分かっていないのだから。
やっぱり、この戦いが終わったら、あたしと愛理子でみっちり調教……じゃくて、教育してあげないと駄目ね。
そうやって未来の予定を一つ決めたあたしは、加速を止め地面に着地した。
でも、これって慣性の法則って言うだって、地面に降りてもそれまでの加速度は無くなる訳じゃなく、あたしは靴を焦がしながら地面の上を滑っていく。
「へ? 定香さん 何を?」
イリルが間抜けな声を上げるけど、いつもの如く無視。
あたしは左の羽根をなんとか動かして直進運動を無理矢理回転運動に変えた。
そして、ハンマー投げの選手よろしくイリスを握っている手を真っ直ぐに伸ばす。
「イリル。あんた、相変わらず、分かってないわ。
愛理子が救わなくちゃならないのは、次元とか世界とかそんなモンじゃないのよ。
分かっている? あたし達はただ大好きな人を救いたい、ただそれだけなの。
そのために、次元やら世界やらと言うのを守らなくちゃいけないなら、いくらでも守ってやるわ。
でもね、そんなのは愛する人に比べたら、二の次なのよ!」
「つまり、どういう事ですか? 定香さん?」
生存本能が働いたのか、イリルのトーンが下がったけど、あたしはやっぱり無視。
あたしの相棒なら、しっかり働きなさいよ。
「つまり、あたしは次元を斬る。
そして、愛理子は近衛乱を救う。
残った、ラケシスとかいう訳の分からないものは、イリル、あんたが、どうにかしなさい!!」
そして、あたしはイリスの手を離した。
「いけえええええええええええええ!!」
円盤よろしく、気持ちいいぐらいに回り標的めがけて飛んでいくイリル。
うん、自分というのもアレだけど、惚れ惚れする回転ぷりだわ。
きっとイリルはいつものように叫んでいると思うけど、あたしは聞く耳持たない。
あ、もしかしたら、気絶してるかも知れないけど。
グルグルと回転を続けるイリルの標準は狂ってない。
あたしの相棒は見事、黒蘭色の彼が持っていた銀色の石に当たり、標的を明後日の方向へはじき飛ばした。
よっし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしの手を離れたイリルがラケシスと呼ばれていた銀色の魔法石をはじき飛ばした瞬間、あたしは上空に向かって一気に飛び立った。
前に、直角90度のコースを一気に昇りつめるジェットコースターをテレビで見たけど、そんな感じで、舞い上がる。
あたしが見上げる先には、まるで宇宙空間みたいな暗闇が存在していた。
これが次元か。
これを断ち切るために、お兄ちゃんはアトロポスの封印を解いた。
その想いを届けるためにあたしはここに来た。
あたしはアトロポスを振り上げ次元に向かって一気に振り下ろした。
だけど、アトロポスは次元を断ち切ることは出来ず、見えない障壁に弾かれてしまった。
「駄目なの。あたしの想いじゃアトロポスを使えないっていうの………」
あたしの想いが弱まろうとしている。
駄目だ。
駄目な方向に物事を考えては。
あたしは魔法天使パラレル・ティーカ。
お兄ちゃんに告白して、お兄ちゃんと幸せになって、そして、愛理子と近衛乱とあたしとお兄ちゃんの四人でダブルデートをしてみせるんだ。
「蘭さん!!」
想いが吹き上がってきた。
これはあたしの想いじゃない。
あたしとよく似ているけど、あたしよりもさらに強い桜色の想いだ。
あたしは視線を下に向けた。
そこには、桜色の彼女と、黒蘭色の彼がいる。
あたしはまるで本当の天使になったかのように、一つの恋を見守った。
「わたしは、あなたが大好きです。
ずっと前から、あなたへの想いは満開で、咲き続けていました」
そこでは、シリアル・アリスが黒蘭色の人影に抱きついて、その秘めた想いを語っていた。
「好きです。好きです。大好きです。
だから、お願いします。返して下さい、わたしの蘭さんを。
戻ってきてください、わたしのお兄様。
好きなんです。想いが咲き乱れて、満開なのです。
この想い、受け止めてください」
シリアル・アリスが黒蘭色の人影―いや、クレデターに飲み込まれた近衛蘭の顔を見つめていた。
クレデターに飲み込まれた彼の顔には何のパーツもないはずだけど、きっと愛理子にはその黒蘭色だけに染め上げられた顔に、愛する人の全てが見えているのだろう。
愛理子がそっと目を閉じるのが分かった。
「蘭さん、わたしのお兄様、そしてわたしの愛しい人。
知っていますか、どんなに汚れていても愛する人への想いは変わらないのですよ」
そして、シリアル・アリスが黒蘭色の彼に口づけをした。
それが、シリアル・アリスの魔法。
秘めた想いを咲き乱れさせ、満開にする彼女の魔法。
満開にするのは何も彼女の想いだけではない。
彼の秘めた想いもまたシリアル・アリスは満開にさせた。
そして、想いが魔法に変わる。
彼の身体が、一瞬で桜色に染まり上がった。
それは狂気ではなく、愛情の桜色であった。
二人の桜色の想いが黒蘭色の悪意を塗りつぶした。
彼から桜色の光が消えた時、そこには黒蘭色が全てそげ落ちた、近衛蘭その人が立っていた。
「サク………ラ?」
「はい。お兄様!」
シリアル・アリスが眩しい笑顔で、近衛蘭に抱きついた。
あたしは、視線を再び上に上げた。
そこにはあたしがお兄ちゃんへの想いで斬らなくてはならない次元が存在している。
あたしは再び、アトロポスを構えた。
その次元を断ち切る剣は輝いていた。
紫、青銅、桜、黒蘭、四人の想いをそのまま魔法に変え、光輝いていた。
「いくよ。お兄ちゃん。今度こそ、想いを届けてみせる」
そして、あたしはアトロポスで次元を斬りつけた。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アトロポスと次元の間で火花が散っている。
でも、あたしは負けない。
四人の想いをぎっしりと弾けそうなぐらい詰め込んだこのアトロポスが負けるはずなんて無い。
あたしはさらにアトロポスを次元の壁に押し込んだ。
「あたしは、ただお兄ちゃんが好きなだけなの!!」
真っ黒な次元に少しずつだけど確実に亀裂が走っていく。
もうすぐだよ、お兄ちゃん。
もうすぐ、あたしはお兄ちゃんの想いを届けることが出来るよ。
ねえ、お兄ちゃん。アトロポスになって消えてしまったお兄ちゃんがどうやったら元に戻るか分からないけど、あたしは絶対にお兄ちゃんを蘇らせてみせる。
そして、今度は、あたしの”お兄ちゃんが大好き”っていうこの弾けまくった想いを届けるための魔法天使になるの。
「あたしは、今すぐこの想いを届けたいの。次元だか、なんだか知らないけど、あんたはまさにあたしのお兄ちゃんの愛の障壁なのよ!!」
想えば、随分と遠回りをしてしまった気がするよ。
あたしはただお兄ちゃんが可愛いって言ってくれたから魔法天使になっただけなのに、その後、お兄ちゃんの命を狙うもう一人の魔法天使が現れたり、彼女とガチンコな女同士の真剣勝負を繰り広げたり、はたまた、そんな彼女の想い出の世界で彼女の本当の想いをしったと思ったら、今度はお兄ちゃんがアトロポスになって消滅してしまって、今はお兄ちゃんの想いを届けるために、次元なんてぶっ飛んだ物を斬ろうとしている。
でもね、お兄ちゃん、あたし分かったよ。
あたしは、やっぱり、どうしようもないくらい、お兄ちゃんが好きなんだって。
そんな当たり前の事を言葉に出せる勇気をやっと持つことが出来るようになったの。
だから、
「あたしとお兄ちゃんの恋の邪魔をするな!!!!」
あたしは想いをアトロポスに乗せ、吼えた。
その瞬間、あたしには確かにお兄ちゃんの”定香”って優しい声が聞こえた。
「あたしは、ただ、お兄ちゃんと幸せになりたいだけなのよ!!!!!」
あたしの愛が弾けた。
その瞬間、アトロポスが次元を断ち切る感覚をあたしはしっかりと感じ取った。
あたしの眼前で次元がまるでステンドグラスが砕け散るかのように粉々になって、やがて消えていった。
終わったの?
肩で息をしながらあたしはアトロポスを見つめた。
お兄ちゃんの想いの結晶は役目を終えたかのようにその光を鈍らせていた。
それは、考えたくなんてないけど、まるで死んでいるかのようだった。
「お兄ちゃん? ねえ、お兄ちゃん!! お兄ちゃん!?」
あたしは何度もアトロポスに呼びかけた。
だけど、アトロポスはなんの反応も返してこない。
あたしがどれだけ想いを注ぎ込んでも、まるで枯れた泉であるかのように、輝きを取り戻さない。
それどころか、
「え?」
まるで最初からこの世界に存在していなかったかのように、少しずつその存在が薄れていき、やがてあたしの手の中から完全にその存在を消してしまった。
まるで、あたしの前でお兄ちゃんがアトロポスに変わってしまった時のように、アトロポスも消えてしまった。
「定香さん」
あたしの前にイリルと近衛蘭を抱きしめた愛理子が浮かび上がってきた。
「ねえ、イリル、愛理子。どうしよう。アトロポスが、……消えちゃったよ。
お兄ちゃんの想いが………枯れちゃったよ。お兄ちゃんが、これじゃあ、お兄ちゃんが!
ねえ、助けてよ。お兄ちゃんの想いを……助けてあげて」
あたしは縋るかのようにイリルと愛理子に詰め寄った。
けど、あたしだってこれが意味する答えは分かっている。
でも、分かりたくない。
あたしは諦めが悪い女なの。
こんなの絶対に認めない。
だって、あたしはこれからやっとお兄ちゃんと一緒に、なるはずだったのに。
どうして、こうなるの!!!
愛理子と近衛蘭の二人は目を伏せ、イリルが静かに言った。
「定香さん。アトロポスはその使命を全うしました。これは、誰の目にも明らかな事です。
こんなのは何の慰めにもならないとは思いますが、アトロポスが世界を、定香さん達の世界だけじゃない。もっと多くの世界を救ったのです」
そんなのじゃない。
あたしが欲しいのは、そんな言葉じゃない。
あたしが欲しいのは、ただ、あたしを呼ぶ、お兄ちゃんの声。
それだけなの。
「定香さん。帰りましょう。あなた達の世界へ」
イリルの言葉が聞こえた瞬間、あたしの身体は紫色の光に包まれ、再び次元の壁を渡るのだった。




