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11月3日の朝は、今年一番の冷え込みだった。太陽が昇っても、ろくに気温は上がらない。にもかかわらず市場には活気が溢れ、熱気すら帯びている。
「……ヘルシングフォースは久しぶりだが、ここに異常はないな」
ベールヴァルド=アルノルドソンはそう結論づけた。
彼は中尉の肩書きを持つ軍人だ。義務教育終了直後の十七歳で入隊して、今年で三年になる。その間、極東に留学したり、中東に派遣されたりしているうちに、異例の出世を果たした。
(まあどうせ、親の七光りなんだろうが)
しかし彼は、そう感じていた。
アルノルドソンが見回っているのは、ヘルシングフォース大聖堂で極秘の会談が行われているからだ。
会談の議題は知らない。知らされていない。知る必要が無いからだ。
相手のペルーン連邦は、先の革命の後、周辺諸国に軍事的優位を背景に高圧的な対応をしている。既に併合を『させられた』リヴォニア三国という地域もある。ついに触手がバルト帝国にも伸びてきたのだろう。
危険と見なしたら、まずは平和的に連行しろ。拒否したり刃向かうなら、手段を問わず連行しろ――それが今回アルノルドソンに課せられた任務である。
(何も起こらなきゃ、それが一番良いんだが……)
だが、『何も起こらない』という可能性は、アルノルドソンの中で殆ど否定されつつあった。
リヴォニアの三つの国は、単に軍事的圧力に屈した訳ではない。ペルーン国家情報委員会――一般にはPGBと呼ばれる組織の暗躍が大きいといわれている。
PGBは、言ってしまえばスパイだ。普段はペルーン連邦軍特殊部隊に所属し、任務が下れば、要人の誘拐や暗殺、更には大規模なテロすら平然とやってのけてしまう。成功率の高さは有名だ。
既にバルト帝国にも侵入しているだろう。彼らが何をするかは分からない。いや、予想が出来ないというのが正しいだろう。
果たして、会談が平和的に終わるだろうか。
気が付くと、人通りは疎らになっている。どうやら市場の外れまで来てしまったようだ。
(戻らないとまずいな)
しかし、アルノルドソンが振り向こうとしたその時、
「すいません」
と、どうやら自分に向けられたらしい言葉を後ろからかけられた。
振り向いてみると、そこには一人の少女が黒のロングヘアーをなびかせて立っていた。
東洋系の顔立ちの彼女は、『可愛い』という形容がぴったりだろう。
わずかに見とれてしまった後、
「何でしょう?」
と言うことしか出来なかった。
これが、アルノルドソンと麻賀夏実との最初の邂逅だった。