霊安室にて
夫が体に布団をかけて寝ている。だがいつものように微笑みを浮かべながら寝ている訳ではなく、夫は、顔に真っ白な布を被せられて、呼吸せずに寝ていた。
夫は死んだ。交通事故にあって、都内の大学生が乗っていたトラックに轢かれて、即死だった。私に「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って家をでた、すぐあとの出来事だった。
夫の寝ているベッドの傍で夫の母が泣き崩れているのを見て、私も、持っていたカバンと自分の体を霊安室の床に落とし、泣き始めた。
だが何故か、涙はたった一粒しか流れてこなかった。不思議だ。私は、夫が死んだことを悲しいと思っていないのだろうか――ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
私は何て人間なのだろう。最愛の人と一生あうことができなくなったというのに、一粒しか涙を流さないなんて。
しばらくそんなことを考えていると、独り娘である加奈子が、私のワンピースの袖を弱い力で引っ張ってきた。
「何? 加奈子、どうしたの。お手洗いに行きたいの」
私はできるだけ、感情をださないようにして問う。だが、問いは問いで返された。
「ねぇ、パパは何でママに怒りながらふわふわ飛び回っているの」
体が硬直した。まさか、夫にずっと隠してきていたあのことが、バレていたのだろうか
本当に寝ます。