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第三十二話「墜つ。」

ガキンッ!!!


金属と水晶の弾ける音が、何度も何度もこだまする。

そのたびに火花が咲いて、また冷たい闇へと落ちていく。


異変に気付いたクリスタルバットは、はじめこそ攻撃をやめ、離れた位置から俺の様子を伺っていた。

首をかしげるクリスタルバットと、構えたまま微動だにしない俺。

そんな膠着状態が十分は続いたと思う。


だが、MPはない。

目の前の人間も満身創痍。


このまま押し切れると判断したのだろう。

今はこうして一心不乱に攻撃を仕掛けてきている。


両者が自分の持つ特殊能力を使い、全力を尽くした結果、奇しくもこの戦闘は、純粋な力と力、技術と技術のぶつかり合いとなった。


「ィイッ!!」


ガキンッ!


「ふッ……!!」


左上段から迫る爪を受け流し、右手の裏拳を横薙ぎに放つ。


ブンッ……!


しかし、俺の拳は地を這うように身を屈めたクリスタルバットの頭上を虚しく通りすぎるだけだった。


「っ……!!」


低い体勢からの、右肩を突き出す突進。


ガキンッ!!


振りぬいた右腕を戻しつつ、左側に身を捩ってこれを弾く。


こんな攻防を延々と続けている。


互いに決定打を狙っている。

だが、機を違えば、その瞬間に生まれた僅かな隙を相手に突かれる。


だからこそ、どちらも踏み込めない。


一撃を防ぐ。

二撃目を避ける。

三撃目を受け流す。


その繰り返し。


「……っ。」


腕が重い。


身体も限界に近づいている。

何度も打ち合ったことで、拳や前腕には鈍い痛みが蓄積していた。


それでも、俺は高揚していた。

自然と浅くなる呼吸の中、クリスタルバットの動きだけを追う。

それ以外の景色や音が、水中にいるときのようにぼやけて感じられた。


肩。

肘。

手首。

爪先。


次にどこへ力が向かうのか。

それが血の流れる音や筋肉の隆起する振動でなんとなくつかめるようになってきた。


「…。」


次は…右腕を振り上げる。

こうなるだろうと思った光景に、クリスタルバットの動きが重なる。

まだまだ粗削りではあるものの、これは未来予知に近い。


来る。


俺は一歩だけ前へ出た。

振り下ろされる爪の軌道、その内側へ。


「……ッ!」


ガキンッ!!


右足を踏み込み、腰を捻る。

そして…。


「ふッ!!!」


右拳を叩き込んだ。


クリスタルバットの胸部。

水晶に覆われた身体が、大きく仰け反る。


「イィッ!!!」


痛みからか、光学迷彩がわずかに揺らいで、そしてまた溶けるように消えていく。


追撃はしない。

ここで欲を出せば、反撃を食らうだろう。


案の定、クリスタルバットは身体を捻りながら左の爪を振り抜いてきた。

俺は頭を下げてそれをかわす。


そのまま前へ。


今度は左。

脇腹へ拳を叩き込む。


バキンッ!!!


水晶が割れる高音が弾けるように響く。

硬い。打った拳が痺れる。

それでも確かな手応えがあった。


「はははははっ!」


俺の心は、子供のようにはしゃいでいた。


相手の動きは読めるし、俺の体はボロボロだし、着々とこいつのHPを削っている。

なぜだか、そんなすべてが可笑しくて、思わず笑いがこみあげてくる。


「イ゛ィィッ!!」


クリスタルバットが怒りからか声を上げる。

身体を反転させ、翼を大きく広げた。


まずい。


俺は即座に後ろへ飛んだ。


バサァッ!!


翼が巻き起こした風が、身体を押し流す。

その風に乗るようにして、クリスタルバットが突っ込んできた。


「くッ…!!」


右へ跳ぶ。


ギリギリもギリギリ。

水晶の爪が眼前僅か数センチを通り過ぎる。


心臓がバクバクと鼓動を速めた。


本当に危なかった…だが。

クリスタルバットの身体が僅かに沈んだ。

着地…一瞬だけ、力が抜ける。


ここ…!


俺は心の中で叫びながら踏み込んだ。


ガガガガガッ!!


近づかせまいと突き出された爪。

左手でそれを押しのけると、水晶が削れて閃光を生じさせた。

俺は右肘を引く。そして身体全体を乗せて…。


ガギィン!!!


拳が顔面へ突き刺さった。

水晶の欠片がギラギラと宙を舞い、音を立てて地面へと降り注ぐ。


「ギ……ィ……。」


クリスタルバットはよろめいている。

明らかに動きが鈍っている。


途中、勝利を諦めそうになったが、あと二発。

これをきっちり叩き込めば……倒せる。


まあ、それは俺も同じなんだけど。


高揚する気持ちを現実で鎮める。

俺も当たり所によってはあと一撃で死ぬ。


慢心は人を殺す。俺はそれをよく知っている。

慎重かつ確実に。


「来い……。」


拳を握り直す。


だが、クリスタルバットは、すぐには来なかった。

じっとこちらを見ている。


そして…。


バサッ。


翼を広げた。


「……?」


次の瞬間。跳んだ…いや、飛んだ。

バタバタと音を立てて天井近くまで一気に上昇していく。


暗闇へ消えそうなほど高く。

俺は反射的に目で追った。目で見ても意味がないことはわかっているのに。


そして、翼が折り畳まれる。


「……!」


嫌な予感がした。

クリスタルバットの身体が、一直線にこちらへ向けられる。


まるで、巨大な弾丸。

いや…爆弾だ。


空気を裂いて、クリスタルバットが落下してきた。

あまりにも速い…さっきまでとは比べ物にならない。


横へ飛ぶが、そこで気づく。

こいつはこのまま突っ込むつもりじゃない。


翼の付け根…太い筋繊維の束が、ミチミチと音を立てた。


「ぐッ!!」


ブゴォンッ!!!


全身に衝撃が走った。クリスタルバットが繰り出したのは、落下の速度を乗せた凄まじい風圧による一撃。ダメージはない…が、俺の体が易々と持ち上げられる。


そこへ、水晶煌めく第一指の追撃。

咄嗟に腕を構え、受け流しの発動を狙う。


…だが、失敗。


俺は背中から地面へ叩きつけられる。


「か……はッ!」


肺から空気が抜ける。

岩だった地面が泥沼のように揺らいでいた。

いや、違う…歪んでいるのは、自分の視界らしい。


それに気づくのに少し時間がかかった。


大きく呼吸をして焦点を合わせていく。


「ふぅ…。」


…よし。まだ動ける。


攻撃は構えた腕に当たった。

酷い痺れが波打つように走っているが、折れてはいない…たぶん。


俺は転がるようにして起き上がった。


クリスタルバットは、一度地面に降りて翼を休めていた。

そして、その顔を仕切りに動かしている。


あのアンテナのような耳で、俺の位置でも探っているんだろう。

やがて、捕捉が完了したのか、俺の方をじっと見つめる。


見えるのは翼膜の開く光景…。

もう一度、飛ぶつもりらしい。


「……くっ。」


上空まで飛び、そこから落下することで加速。翼による風圧で受け流しを無力化して追撃。

まったくよくできている。


いくら動きを読めても、あの一連の流れに対応するのは難しい。

そのうえ俺の体は満身創痍。


また受ければ、同じように吹き飛ばされるだろう。

そしてその後の追撃でいよいよ…。


そこまで見えて、俺は走り出した。

クリスタルバットから逃げるためではない…逆だ。


壁際まで来て、足をとめる。


雑な近接戦闘を仕掛けてきていたあいつが攻撃方法を変えたということは、俺を脅威として認識したということに他ならない。


こんなに嬉しいことがあるだろうか。

ゲームのシステムではない。

目の前のクリスタルバットは、一個の生命として俺と向き合い、死力を尽くして戦っている。


全くもって光栄だ。


「ィイ゛ィッ!」


クリスタルバットが咆哮を上げる。


バサァッ!!


音を立てて翼が広がった。

そして…飛ぶ。


俺は背後に意識を向けながら、壁へと向き直る。

逃げ場はない。当然逃げる気もない。


飛翔するクリスタルバット。天井の水滴が風圧で舞う。

そして、翼をたたむ。重力にしたがってゆっくりとその体が落下する。


「…。」


待つ。

ただその時を。


「……。」


距離が縮まり、速度も上がる。


「ッ!!」


俺は一気に飛び上がった。

僅かに湿った洞窟の壁を蹴りあげて。


身体が宙へ躍り出る。

クリスタルバットは、まだ落下を続けている。

俺はその身体へ斜めから飛び込んだ。


「…そこッ!!」


腕を伸ばす。

爪と腕がぶつかる。


ガキィンッ!!


真正面から受け止める必要なんてない。

力の向きを変えることさえできれば…。


受け流しを放つ。


「…ん……ぐッ!!」


重い一撃。腕がもげるかと思った。

それでも気合いで耐え抜き、その軌道を逸らす。

すると、Y軸のみで回転していたクリスタルバットの体にX軸の回転が加わり、ぐわんぐわんとめちゃくちゃな回転を始めた。


「ィイッ…!」


その巨大は俺の横をすり抜ける。

そして…。


ドォンッ!!!


地面へ激突した。


俺も一拍遅れて着地する。

足に電撃のような痛みが走る。

だが、止まらない。


頭を振りながら体を起こすクリスタルバット。

俺は大きく踏み込んだ。

その足音に気づいたらしく、翼を広げて後退しようとするが、もう遅い。


「はッ!!」


ガギィンッ!!!


右拳。今までで一番深く入った。

クリスタルバットの身体がフラフラと天を仰ぎ、そして地面に転がる。


動かない。


「ギ……ィ……。」


いや…動いた。


だらりと垂れ下がった右翼…どうやら落下の衝撃で折れたらしい。

ゆっくりと身体を起こす。


今ので倒せていたらと思うが、やはりだめか。


肩が痛む。

脚が重い。

呼吸もうまくできない。


それでも、目の前の敵から意識を外さない。


あと一撃。

前にもこんなことがあった気がする。


いや、いつもか。


どの記憶を辿っても死にかけている自分に苦笑いが出る。


「…。」


静寂。


俺とクリスタルバットの間に流れるのは、ただそれだけ。


互いに動くことはない。

先に動いた方が勝つ…そんな気さえした。


やがて。


クリスタルバットが、ゆっくりと顔を上げた。


「イ゛ィィィィィィィィィッ!!!」


放つ咆哮は喉が潰れたように掠れている。

それでも、その威厳が失われることはない。


洞窟そのものが震えるほどの叫び声。

そして…光。


クリスタルバットの身体から、凄まじい光が溢れ出した。

まるで身体そのものが、一つの巨大な恒星になったかのように。


それに応えるように、周囲の水晶も輝きを増していく。


目が焼けるほどに眩い。

俺は静かに目を閉じた。


「…。」


翼を体に密着させ、鎧が一層輝きを増す。

クリスタルバットは、身体を低く沈めた。


次の瞬間。


バァンッ!!!


跳んだ。


速い。これまでとは比較にならない速度。

光を纏ったその姿は、一本の流星のようだった。


翼が動くことはない。


正真正銘の真向勝負だ。


なら…俺も真正面から行く。

そう決めて、浅く息を吐き出した。


右足を引く。

腰を落とす。


クリスタルバットが近づく。


五メートル。


三メートル…。


一メートル……。


「ッ!!」


来た。


喰らいつくように伸びた顔面に右腕を放ち、受け流す。

しかし、止まらない。


クリスタルバットの追撃は左翼の第一指。ナイフのように伸びた水晶の爪。

わかっていても速すぎる。間一髪で避けるが、チリチリと舞った髪の毛を見て背筋が凍る。


さらに右の翼が迫る。


…ここ。


俺の思考は思いのほか冷静だった。


右の翼は先の衝撃で折れている。

こいつは、それを無理やりに動かして攻撃を仕掛けた。


これは決定的な隙。


「……ふッ!!」


ガァンッ!!!


クリスタルバットの右爪が、俺の腕に弾かれた。


「ィイ゛ィッ!!!」


瞼を閉じていても眩しい。

そんな光が、切れかけた豆電球のように揺らいだ。


水晶の身体が、俺の脇を掠める。

激痛に身動ぐ巨星に、俺は踏み込んだ。


最後の一歩。


身体に残された全てを、右拳へ集める。

クリスタルバットが振り返る。

目が合うことはない。それでもたしかに視線が交差した。


「これで…。」


拳を引く。


「終わりだッ…!!!」


バギィンッ!!!!


拳が、水晶の鎧を突き破った。

クリスタルバットの身体が、パチパチと点滅する。

そして…ついに、その光を失った。


ゆっくりと目を開く。

ヒビから立ち上った煙が、俺の腕を伝っていた。

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