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第二十六話「緋色。」

それから数日は共鳴洞窟と街を往復する生活が続いた。


三階層はやはり効率が悪いということで、俺とチヤの二人は、あの地下砂丘を抜けて四階層に降りることにした。


どこまで進んでも洞窟。やはり変わり映えはしない景色。

四階層のモンスターは『ストーンワーム』と『ケイブスライム』。

石が連なったような不思議なモンスターと灰色半透明の水滴のような不思議なモンスターだ。


レベル帯は17~20。


流石に油断はできないので、群れとの戦闘を避け、はぐれ個体を狙うようにした。


とはいえ、チヤは非常に優秀な冒険者だ。

数回の戦闘でモンスターの動きに対応できるようになったので、途中からは群れも積極的に狩っていった。


その結果、レベルは二人とも17で揃った。

そうして俺は、ビルド構築のため、本格的なダンジョン攻略の必要性に駆られはじめた。


というわけでサクッと四階層の攻略も切り上げた。

なので四階層については特に思い入れもない。

しいて言うならスライムの感触、面白かった。以上。


そして、ついに今日、第五階層へと到達した。


ダンジョンの最終階層には、基本的にボス部屋があるだけ。

つまり共鳴洞窟の最後の通常エリアは、第五階層ということになる。


といっても今回は本当に到達しただけ。

軽く見て帰ってきたが、少なくとも二足歩行のもぐらモンスター『ロックモール』の姿が確認できた。


ここまでくると、魔石や素材の換金で、所持金にもそれなりの余裕が出てきた。


今から戻って、夕方ごろには街に着くだろう。

そしたら、今日分の稼ぎを受け取り、いよいよ店に行く。


装備を新調したから一文無し…なんて状況にはならなそうなので、俺としてもようやく踏ん切りがついたのである。


いや、俺としてもここまで初期装備で粘るつもりはなかった。

しかし物価があまりにも違うものだから、日和ってしまったんだ。


チヤの存在も大きい。いきなり入ってきた大金にテンションが上がってすぐさま鎧を買うような大人の姿を見せるわけにはいかなかった。


そんなことを思いながらギルドに戻ると、思いもしない訪問者が俺たちを迎えた。


あの、風に揺れる赤いちょんまげ。

間違いない。


「あ!ノインさん!チヤさん!」


俺を見つけるなり、笑顔で駆け寄ってきたのはリゼだ。

いつも頬や服に煤をつけている彼女だが、今日は一段と黒い。


「こんにちは、リゼさん。」


「ノインさん、チヤさん!実はですね!…あっ……こんにちは…それでですね!」


俺が挨拶を言い終わるなり、リゼが矢継ぎ早に話し始める。随分と興奮した様子だ。


内容を聞くに、どうやら俺たちが来るのを待っていたらしい。

親方に呼んでくるよう頼まれたそうだ。


俺も親方のことはあれから気がかりだった。

それはチヤも同じなようで、自然と目が合う。


しかし、向こうからお呼びがかかるとは…。

少し、予想外だった。


まあ、特段忙しいわけでもない。

ギルドで魔石の換金をしてから防具屋を見て回る気ではあったが、それは明日でもいい。

今の俺は自分の予定を自由に決められる。


毎朝決まった時間に起きて、疲れた体を引きずり満員電車に乗る。

意味のない会議、部長の説教、おばちゃん社員の長話。

そしてまた満員電車に揺られ帰路に着く。


そんな生活とはおさらばグッバイ…そう、今の俺は自由なんだ。


というわけで、リゼとともに大通りを引き返し鍛冶屋へと向かう。

燃えるような毛束が夕焼けでさらに赤く輝いている。


リゼはなぜだか上機嫌だ。俺はいつも以上に揺れる房を眺めながら、石畳の上を歩いた。

隣にはチヤ。


二人は友達同士にも見えるし、仲の良い母と娘にも見える。


家族がいたらこんな感じなんだろうか。

黄昏時というのは人の心を感傷的にするようで、俺はそんな馬鹿な考えに耽っていた。


裏路地に入る。

薄暗い小道にところどころ緋色が差していて何とも美しい。


俺の前を二人が歩く。

進むごと、さらさらと流れる小川のように、光が二人の髪を撫でた。


見慣れた荒ら家の前に立つ。

リゼがゆっくりと扉を開いた。


「…おう、来たか。」


相変わらず薄暗い店内。

無骨な声が響く。


穴の開いた屋根から数本の光が差し込んでいて、誇りまみれの商品棚をキラキラと照らしている。


数十年、数百年と人の手に触れていない遺跡。

じっと眺めていると、そんな幻想めいた儚さすら感じてきそうになる。


ここが店…しかも営業中だなんて誰が思うだろうか。


そんな景色の魔力だろうか。

ぼーっとしていた俺は「…何してる。」なんて親方の声で、はっと我に返る。


俺たちは、促されるままにカウンターの前へと進んだ。


腕を組んだ親方と俺たちを挟むようにして、布の敷かれたカウンターが目に入る。

…いや、この表現は正確ではない。

俺を含め、この場の全員の視線はカウンターの上の物体へと向けられていた。


「これは…。」


そこには金属の塊が静かに鎮座していた。


間違いない。

鉄の胴、腕、そして脚装備だ。


「お前さんたち、この前リゼと話してたろ…鎧の…。」


確かに、リゼにいろいろと教えてもらっていた。

その会話が親方のもとまで届いていたらしい。


ということはつまり…。


「まあ、なんだ…命を張ってもらった礼が言葉だけってのは……。」


親方がタジタジながらも続ける。


「………そこで埃をかぶってたガラクタを調整しただけだが…。」


親方が顎で商品棚を指す。

放置されてぐちゃぐちゃになっていた棚が心なしか綺麗になっている。


「俺も随分と腕がなまった」とか、「お前さんたちじゃすぐに無用の長物になるだろうが」とか、「代金はいらんぞ」とか……親方の口から延々と言葉が出てくるが、要約すれば、これはお礼ってことらしい。


なんてこった…。たしかに鉄の装備というのは親方の言う通り終盤まで使い続けるような装備ではない。強化を繰り返せば使えなくもないが…特殊能力がないのでその利点もあまりない。


しかし、当然、布の服よりは上等だし、なによりここらでこれほどの品質のものを手に入れようと思えば相当苦労するだろう。…というか入手自体不可能かもしれない。


俺は感動しながらも鈍色に光を反射するその金属塊に触れようとする。


ズズズ…。


しかし、それは机の表面を削りながら逃げた。

…いや、親方が引いたらしい。


「まだだ…。」


「え?」


話の流れから完全にもらえるものと思い込んでいた。

俺は若干の恥ずかしさを感じつつ、伸ばした手をゆっくりと引っ込める。

頬の赤みが夕日で隠れていることを願いながら。


「これじゃ今のお前さんには不相応だ……洞蟹鋼、持ってたろ。」


まだあるならくれないか、なんて言われる。

たしかに、装備を作ろうと思って売らずに保管していた分がある。


「ああ、はい。」


言われるがままに持っている洞蟹鋼を積んでいく。


「…十分だな。嬢ちゃんもその鎧脱ぎな。」


ある程度積んだところで親方が頷いた。


「えっ。」


まさか自分にパスが飛んでくると思っていなかったのか、チヤが胸の前で腕を構えている。

まあ、たしかに際どいセリフではあったけど、鎧だぞ。そんなに恥ずかしがることだろうか。


後ずさりをするチヤを横目に、淡々と洞蟹鋼を積んでいく。


「あ、いや、あの…。」


「はいはい、大丈夫ですからねー。」


「あ、ちょ、ちょっと…!」


しかし、抵抗虚しく、リゼの絶技の前にものの数秒でその殻を剥かれた。

一際薄暗い部屋の角で「うぅ…ひどい…。」なんて丸まっている。


そういえば、鎧を脱いだチヤを外で見るのは初めてだ。

風呂屋から出てきた時でさえわざわざ鎧を着こんでいたし。

部屋に戻ってから結局脱ぐので少し不思議だと思っていた。


何か理由があるんだろうか。


「鬼人さんはそういうもんですよ。」


「えっ?」


リゼが言う。

心を読まれた?


「本当に信頼できる人の前でしか鎧を脱がないそうです…もともとは古の大戦時の教訓からそうなったみたいですけど、最近の鬼人さんの価値観だとマナーとかモラルの問題につながってるみたいですね。」


「なるほど…もう、そういう文化ってわけか。」


…。


…え、それを知っていながら脱がせたの?鬼畜じゃない?


俺のいた現代日本の価値観だと完全にアウトなんだが、笑ってる。

リゼの笑顔が怖くなってきた。


「大丈夫か…弟子。」


「師匠…。」


布じゃ何の気休めにもならないかもしれないが、黒深卿の襤褸布をかけてあげる。

ちなみにチヤは、ちゃんと服を着ている。それも鎧の下に着るような中綿入りのごてごてしたやつを。


まあ、鎧の修理は必要なことではあるし、ここは耐えてもらおう。


「…こりゃ随分傷んでるな……リゼ、火。」


そんなやり取りを意にも介さず、親方は装備の傷を一つ一つなぞるように確認していく。


「おう!」


リゼがパタパタと音を立てて隣の部屋に走っていった。

炉はすでに赤く熱されている様子だったが、リゼがふいごに脚をかけると、さらにボゥボゥと音を立てて火の粉をあげる。


「明日、同じ時間にここに来な……最高の一領を拵えてやる。」


そう言って親方も振り返る。

そこにあるのは、大きく、威厳に満ちた背中だった。


店を出るときに気づいたが、壁にあの剣がかかっていた。


俺とチヤは顔を見合わせて、口元を綻ばせた。

何とも言えない喜びのような感情が腹の底から湧いてくる。


鎧が無料で手に入るからではない。

…いや、それも少しはあるが。


「リゼちゃん、嬉しそうでしたね。」


「ああ、そうだね。」


親方の心の中でどんな変化があったのかはわからない。

あの剣が力を与えてくれたのかもしれないし、はたまた全然違う何かに起因しているのかもしれない。


まあ、何はともあれ、あの二人が笑顔でいられるのであれば、それは素直に喜ばしいことだ。


俺とチヤの足取りは、心なしかいつもよりも軽かった。

緋色の街、石畳の上を二つの影が揺れる。


「……師匠…恥ずかしいのでくっついて歩いていいですか。」


「…だめ。」


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