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第二十二話「傷。」

「そうか…。」


俺たちは諸々の件を報告すべく親方の元を訪れた。


本当は、先にギルドに向かう予定だったのだが、道中で小さい方のパイナップル、リゼと出会ったので予定を変更して鍛冶屋へと来ることにした。


俺の話を聞いていた親方はぽつりとつぶやく。

リゼは作業があるとかで奥の部屋にいるので、この場にいるのは俺とチヤと親方だけ。


カウンターの上にはあの剣が眠るように横たわっている。

何度か、自らの髭を撫でていた親方の手が、そっと刃の傷に触れた。


無骨な手が金属と擦れて音を出す。


「ああ…間違いない。」


親方の表情は読めない。

ただ、髭の隙間から乾いた声が漏れた。


どうやら、失踪した冒険者のものに相違ないらしい。


「はぁ…。」


親方はため息をひとつ吐き出すと、ゆっくりとした動きで近くの椅子に座った。

木の軋む音が鳴り、そして静寂が室内を満たす。


「…俺はそれなりに腕の立つ鍛冶屋だと思っていた。」


親方は、藪から棒にそんなことを言った。

「今じゃこんな有様だがな…。」なんて皮肉混じりの自虐もつけて。


しかし、ここにある武具を見れば、親方の言葉が驕りや虚栄の類ではないことがわかる。

別に特別飾り気があるわけではないが、どれも高品質で、紛れもない一級品だ。


「まったく…馬鹿だった…。」


だが、親方はそれを見て、蔑むように鼻を鳴らした。


「…本気で思ってたよ、俺はこの街一番の鍛冶屋で、俺の打った武器や防具で救われる命があるって……実際評判も良かった…毎日冒険者が来て、あれを作ってくれ、これを作ってくれなんて金を置いていった…だから俺も毎日毎日鉄を打った。」


穏やかな口調だが、緩んだ口元の奥に自分自身への嘲笑と後悔が見える。


「そんなある日だ…冒険者が一人死んだ。一度武器を作ってやっただけの名も知らん若造さ。そいつの仲間が3人組で来て、仇を取るから武器を打ってくれなんていいやがる、今思えば馬鹿な考えさ…だが、俺はそいつら以上の大馬鹿だった……結果帰ってきたのは一人だけ…田舎に帰るから装備を買い取ってくれってよ…たぶんそのころからだ…こいつがひどく重くなったのは。」


親方が、革のエプロンに刺した鎚に触れる。

年季の入った代物で、かなり古そうだ。


「それでも俺は、自分自身に気のせいだと言い聞かせて、こいつを振るった…来る日も来る日も…忘れようとしてたのさ……そんな時、あいつが来た…随分と気のいいやつでな…大した知識もないくせに、俺の腕を世界一だなんて褒めてたよ。」


目の前の老人の視線は俺たちへ向けられていない。

きっと、見つめたカウンターの先に、遠い記憶の中にある冒険者の姿を見ているんだろう。


「…やめとけばよかったんだ…でも俺はこいつを諦めきれなかった…俺はこの街で一番の鍛冶屋だなんて、そんなくだらん自尊心のために…武器を打った。」


一点を見つめたまま、鎚を強く握りしめている。


「…あいつが帰ってこなかった時、俺は心底焦ったよ…あいつの身を案じたわけじゃない…自分が大した存在じゃないってことを自覚するのが怖かったんだ…それに気づいて、ようやく…ようやくわかったんだ…俺が誰かを救ったことなんて一度もない……俺は…俺はあいつを…あいつらを……俺が作ったものが…人を死地に向かわせたんだ……。」


親方の声は震えていた。


こんなふうに考える鍛冶屋はそうそういないと思う。

でも、何かをきっかけに自信が後悔へと変わってしまったとして…たくさんの人を救えると思っていた自分が、大勢の人間の命を奪ってしまったと、心の底から思ってしまったのであれば、それはきっと想像を絶する苦しみだろう。


かける言葉が見つからない。


通りから離れたこの店には、外の喧騒も届かない。

親方はまた一つ、大きなため息を吐くと、椅子から立ち上がった。

音のない部屋の中に、ギィ…と木の声だけが響く。


「…つまらん話をしたな。」


親方が言った。そして、重い足音とともに奥の部屋へと入っていく。

振り返りこそしないが「お前らには感謝している。」なんて言葉を残して。


今日は炉の火が消えていて、隣の部屋は暗い。

去り行く老人の背中は酷く小さく見えた。


俺とチヤは、リゼに送られて店を後にした。


今日も晴天で、そよ風が気持ちのいい日だ。

しかし、俺とチヤの足取りは心なしか重い。


「師匠、よかったんですか。」


「ん?」


チヤが徐に聞いてくる。


「あの剣、気に入ってたんじゃ。」


どうやら鍛冶屋に置いてきた剣のことを気にかけているらしい。


宿で何度か取り出して眺めていたのを見られていたか。


まあ、確かに本物の剣というものに触れて心が躍っていたのは間違いない。

俺は修学旅行で木刀を買うタイプだったし。


それもただの剣じゃない。あの死闘をともに切り抜けた特別な一振りだ。


だとしても…。


「たぶんあれは、俺の手元にあるべきものじゃない。」


上手く説明はできないが、あれは親方のもとにあるべきだと思った。


冒険者が、自らの命を危険にさらして戦う理由は、多くの場合、金や名声のためだろう。

けれど、人の思いというものは、いつだってそう単純なものではない。

だからこそ、いざ死地に立ったその瞬間、誰かを守りたい、誰かを救いたいと願ったのであれば……それもきっと、偽らざる本心なのだ。


そして、そんな冒険者たちがあの人の腕を信じ、頼った。


自分が誰のことも救っていないなんて…。


実際に親方の打った剣によって救われた身として、端から諦めたような態度をとられているのがなんとなく心のどこかに引っかかった。


だからといって「俺は助けられましたよ」なんて言葉はきっと何の力にもならないだろう。


あの剣の、あの傷の、一つ一つが…誰かを守ろうという思いによって生じた願いそのものだ。

迷惑なだけのおせっかいかもしれない。酷なことをしてしまったとも思う。それでも、あの剣が親方の力になればと思っている。


「そういや防具を買わないと。」


親方のところにいって思い出したが、俺はまだ布の服だ。

いい加減、それなりの防具を誂えないといけない。


「師匠、でも…その前に。」


俺のつぶやきにチヤの足が止まる。

手には小さな革袋が開かれている。


「お金が…。」


「あ…。」


リゼに、防具作成の依頼を出した際の大体の費用を聞いた。

依頼する鍛冶屋や使用する素材によって大きく変わるが、鉄製で素材を持ち込んだ場合は、胴で大体800万~1000万。腕、脚、頭など全身になると2000万~2500万程度とのこと。


ただこれは一から作った場合の話。

そんなことをするのは貴族くらいで、冒険者は店頭に並んでいる既製品を自分のサイズに合わせてもらうという方が一般的なんだそうだ。これだと全身500万程度で揃えられる。


そのお金もない冒険者は隙間に布なんかを詰めてなんとかしてるらしい。


投げ斧の時点で薄々気づいていたが、ゲームの物価とはまるで違う。

鉄の全身装備なんて40万もかからなかったはずだ。


…そんなお金すらないんだけど。

今の俺の手持ちじゃ今夜の宿代すら払えない。


「…ギルド行こうか。」


「…はい。」


まあ、俺たちはまだゴブリンやゴブリンロードの魔石を換金していない。

特にゴブリンロードはレベル30の最上位種。それなりの額になるはずだ。


食うに困るような事態にはならないと思うが…。


そうこうしているうちに、噴水の先にギルドの入り口が見えてきた。

ここも若干の懐かしさを感じる。


噴水の横を通り過ぎ、そのままギルドの入り口をくぐる。


「あ!!!」


バンッ!!


「にゃっ!寝てないにゃ!!!」


中に入るなり、女性の叫び声と何かを叩くような音が響いた。

それまでガヤガヤとした喧騒に包まれていたギルド内が一瞬で静寂に包まれる。

微かな衣擦れの音に交じってミアの「へ?なにごと…?」なんて間抜けな声が聞こえる。


「…。」


「…。」


俺とチヤが目を丸くして音の出所、カウンターの方を見ると、立ち上がったシルヴィアがいた。

こっちを見ている気がする。いや、気がするというか…かなりばっちり目が合っている。


そのせいか、自然とギルド内の視線が俺たちに集まる。


まったく…ここに来るといつもこれだ。

反応からして、何人かはすでに俺の顔を覚えているだろう。


そんな迷惑そうな顔をされても、俺だって騒がせようと思って騒がせているわけではない。


シルヴィアは、隣で二度寝をかますミアを意にも介さず、俺たちのもとへと駆け寄ってくる。


「ノイン様!!あっ…。」


思いのほか自分の声が大きかったことに驚いて口を押えるシルヴィア。

注目が集まらないように気を使ってくれているのかもしれないが、もう遅い。


「ノイン様、チヤ様、お待ちしておりました…奥に部屋をご用意しておりますのでそちらでお話を…。」


「え、あ…はい。」


クエスト完了の報告と換金に来ただけなのに、今度は何事だろうか。

いや、今回については心当たりがないわけではない。


ウハ坑道の件はあくまで練習のために行っただけなので、クエストの受注をしていなかったのだ。ボスの討伐をするつもりもなかったし…。

もしかしたら、それが殊の外大きな問題なのかもしれない。


しょうがないので、大人しくついていくことにする。


「…今度はなにをやらかしたんだ?あいつ。」


今度は、とはなんだ。

今までの騒ぎは俺の責任じゃないぞ。これが初犯だ。まったく。


俺とチヤは、シルヴィアとともに入り口横の階段を上がり、ギルドの奥にある部屋へと通される。

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