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第二十話「勝利の余韻。」

勝った。


音のない広間。聞こえるものと言えば俺たちの呼吸音くらいだ。

そんな静寂の中に、生き残ったという事実だけが反響している。


歓声を上げて喜びを享受するものかと思ったが、皆想像以上に冷静だった。

お互いの顔を見合わせて何度か頷く。戦勝の祝いはそれで事足りた。


誰もがこの後のことを考えていたからだと思う。

そう、喜びに浸っている暇はない。


俺たちはこともなげに脱出の準備を進めた。

幸いなことに、その間ゴブリンたちがこの部屋へ入ってくることはなかった。


奴らも知性ある種族だ。

不敬だとか、そういう感情があるのかもしれない。或いは単純に恐怖か。


致命傷を受けたアレクシアはその後も意識がはっきりとしており、自分で歩くことも可能だった。とりあえずヒールで応急処置だけ施したが、あまりのんびりはしていられない。


その後ルシエラと共に、再度この場で誓いを立てるというので、俺は自分の手当をすることにした。あれは彼女たちの問題で俺がジロジロ見るものでもないだろう。


少し興味はあったけど。


アレクシアは言うまでもないが、俺の体も、自分で想像していた以上にボロボロになっていた。

ヒールでは裂傷や出血といった状態異常を回復できない。


これは俺も教会の診療所に行かないとダメだな。


しかしまあ、悪いことばかりではない。

ゴブリンロードを倒した際にレベルが2も上がった。ほとんどダメージを与えていないのにだ。


やはり格上狩りはおいしい。

…いや、まあ二度とやりたくないけど。


準備を終えた俺たちは、いよいよ部屋にぽっかりと開いた横穴の前に立った。

俺たちが駆けてきた坑道につながる入り口だ。


ゴブリンロードを倒せたとして、あのゴブリンの群れを突破して外に出るだけの体力が残っているのか、戦闘中ずっと気掛かりではあった。


だが、レベルが2も上がったのであれば多少は生存率も上がったはず。…数%くらいは。


そんなことを考えながら部屋の外に出たのだが。

俺たちを出迎えたのは、想像もしていない光景だった。


坑道の先でゴブリン同士が殺し合いをしていたのである。

進んでも進んでも…目に入ってくるのはそんな光景だった。


元々氏族同士の仲が良くないのは知っていたし、ゴブリンロードがいなくなればそのうちこう言う結末になる、というのもゲームの演出で見ていたが、こんなに早いものなのかと呆気に取られた。


こいつらは王の死をどうやって知ったのか。

魔法のある世界だしテレパシーのようなものがあっても不思議ではないが、それでもその光景は俺たちから言葉を奪うのに十分だった。


その後、もちろんアレクシアのHPを確認しながらではあるが、ある程度ゴブリンの数が減るまで待機しようという話になった。


ゴブリンロードの部屋の中は安全だし。

せっかくなら見回ってみようと思ったが、石を削り出しただけの玉座が一つあるだけで、お宝のような物はなかった。


まあゴブリンは実用性至上主義だし、金銀財宝に価値を見出すこともない。

そんなものだろうと思っていたが、ゲーマーとしてはやはり冒険に対しての報酬を期待してしまう。


がっかりしつつも、しばらくして部屋を出た。


坑道の中は死にかけのゴブリンが数体彷徨っているだけになっていた。

ほとんど戦闘という戦闘もなく、外に出てしまう。


ちょうど日が出始めた時間らしく、空が僅かに白んでいた。誰もいなくなったゴブリン集落を朝日が照らしていく。


「朝ですね…。」


「ああ、まさか夜が明けてるとは…。」


チヤがこぼす。俺も、まだ夜だろうと決め込んでいたが、俺たちの時間の感覚はすっかりおかしくなっていたらしい。


「何を言う、私たちなど何日いたかわからんぞ。」


アレクシアが冗談めかして言うが、笑っていいのかわからない。


「そうだ、これを。」


俺が反応に困っていることなど意にも介さず、彼女が大剣を差し出す。

俺が貸していたものだ。


「ああ、ありがとうございます。」


それを受け取る。

ずっしりと重い。


あの激闘を耐え抜いた剣の姿は酷くボロボロになっていた。

売るつもりでいたが、これでは価値なんて無いに等しいだろう。


しかし、今回生き残れたのはこの剣のおかげでもある。

そう思うと、この傷だらけの鉄剣の姿がなんとも頼もしく思えてくる。


この際お守りとして持っていても…。


「ん?」


外の光の下で見て初めて気づいたが、表面にうっすらと刻印が入っている。

これは…。


アレクシアとチヤも覗き込んでくる。


「…あ!これ!!あのお店の!」


チヤも気づいたらしい。


「ん?知ってる店のか?」


「ええ…。」


10年も前に失踪した冒険者だ。

痕跡すら残っていないと思っていたが…あの店の剣が出てきた。


武具の注文は既にやめているとも言っていたし、これが親方の言っていた冒険者のものである可能性は十分にある。


本当にここにいたのかもしれない。


なんとなくだが、これは偶然ではない気がしていた。

…俺たちを守ってくれたのではないか。何の確証もないのに、そう感じた。


まさかの土産ができてしまったな。


「それとこれ…よくわからんがなんかの素材だろ。」


アレクシアが取り出したのは酷くくたびれた布切れだった。


「これは?」


「ゴブリンロードが落した。」


何気なくいったアレクシアの一言で俺の思考が止まる。


「……おい。」


ゴブリンロードから落ちた布…?


「…大丈夫か、おい。」


それって…。


無意識に喉が鳴る。

震える手でそれを取り、朝日の中で広げてみる。


灰をかぶったような色の擦り切れた布。

表面にびっしりと文様が描かれているが、布地との明度の差がほとんどないためよく見ないと気づけない。


この特徴は完全にあれだが…それでも確信が持てない。


恐る恐るサーチをかける。



==========================


黒深卿の襤褸布 ※推定Lv:30

<高品質+++><魔法ダメージ-15%>

<素早さ+10%><地下世界の王>

 遥か昔、大いなる存在が一体の貧弱なモンスターに黒深卿の名と、自らの外套を与えたとされる。これは地下世界を統べるものに脈々と受け継がれてきた神代の遺物。地下世界の王たる証明。(地下世界の王=暗闇の中で装備性能2倍。パッシブスキル『地下世界の耳』を取得。戦技『地下世界の目』を取得。)


==========================



「お前ほんとにどうした…。」


「これ!!貰っていいんですか!!!」


「うわっ、びっくりした!!急に大声出すなよ…。」


いかん、興奮のあまり声量の調整がきかなくなっていた。

まさか、これが一回で出るなんて…信じられん。


俺のビルドには明確な弱点がある。それは魔法だ。

この対策はかなり厳しい。


アイテムでいくら魔法防御力を積んでも、結局基本値が低いので、魔法特化のモンスターのダメージは防ぎきれない。なら速度重視で魔法を避け続ける方がいいとなってしまう。

しかし、ネームドやプレイヤーの中にはとんでもない速度で魔法を発動してくる輩がいる。あれをすべて避けきるなんて所業は到底不可能だ。


それらの問題を解決してくれるのが、この魔法ダメージのカット。

最終的なダメージ計算後の数値からダメージを減算してくれるので、たくさん積めばそれなりに耐えられるようになる。ただ、この効果を持ったアイテムは数が少なく、また極端に取得難易度が高い。そのうえ装備部位もかぶっていたりで、まあとにかく選択肢が限られる。


俺が何十回何百回と、無心でゴブリンロードを狩り続けてようやく出たアイテムが、ただの一度の戦闘で手に入ると言われれば、正直喉から手が出るほど欲しい。


しかし、本当にいいのか?

貰ってしまっても。


アレクシアがいなければ勝てなかった勝負だ。


…いや、いいわけがない。

俺も大の大人。これくらいの分別はある。

黙って貰うには、さすがにレア度が高すぎる。


「アレクシアさん…これはですね…。」


ベラベラベラ…。


というわけで、『黒深卿の襤褸布』について、俺の知っている限りの情報とおすすめ活用法を余すことなくすべて解説する。

アレクシアは俺の手にある布切れを見て「これ、装備なのか!?」と驚愕していた。

なので、胴とは別の外套カテゴリーに属し、鎧の上にも羽織れる便利な品であることも説明した。


「…わかった!わかったから!もういい、それを全部聞いたうえで…これはお前のものだ。」


アレクシアの前に差し出していた手が押し返される。


「…いいんですか。」


「ああ、あんな醜態を晒しておいてドロップ品をもらうなどできるか。」


正直、嬉しい。無茶苦茶嬉しい。

けど。


「この装備の魅力わかってます?そういえば今思い出したんですけど…」


「…しつこいぞ、お前、まじで。」


「あ…はい。」


『黒深卿の襤褸布』は俺が貰うことになった。


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