処刑用のギロチン、今朝の粗大ゴミに出しておきました
王立アカデミーの大講堂は、水を打ったような静けさに包まれていた。
豪奢なシャンデリアの下、壇上に立つ王太子殿下――アルベルトが、私に向かってビシッと指を突きつけている。
「セリアナ・フォン・オースティン! 貴様の数々の悪逆非道な振る舞い、もはや見過ごすことはできん! 男爵令嬢マリアへのいじめ、そして度重なる暗殺未遂! 貴様には、王家の名において『ギロチンによる公開処刑』を言い渡す!」
大講堂に集まった貴族の生徒たちが、ヒッと息を呑む音が響いた。
アルベルト殿下の腕の中では、ヒロインであるマリアが「私のために、そんな……」と涙ぐんで震えている。完璧な断罪イベントのクライマックスだ。
本来なら、ここで悪役令嬢である私は「無実です!」と泣き叫ぶか、「こんな国、こちらから願い下げよ!」と高笑いして衛兵に引きずられていくのがお約束なのだろう。
だが、私は小さくため息をつき、静かに口を開いた。
「アルベルト殿下。一つ、よろしいでしょうか」
「なんだ! 今さら命乞いか? 貴様の首は、すでに死神の刃の下にあるのだぞ!」
「いえ、命乞いではありません。ただの事務連絡です」
私は姿勢を正し、アルベルト殿下の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「そのギロチンですが、今朝の『粗大ゴミ』に出しておきましたので、現在処刑場にはありません」
…………は?
アルベルト殿下の顔が、文字通り間抜けに固まった。
大講堂にいた全員が、私が何を言ったのか理解できず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「……そ、粗大ゴミ、だと?」
「はい。昨日の夜、王宮の中庭に立派なギロチンが設置されているのを見つけまして。あんな血生臭くて物騒なものを放置しておくなんて、景観を損ねる上に公衆衛生上も最悪です。近隣住民の迷惑になりますから、私が責任を持って解体し、規定のゴミ集積所に出しておきました」
「か、解体……? ギロチンをか!?」
「ええ。木枠の部分は『燃えるゴミ』のサイズまでノコギリで細かく裁断し、刃の金属部分は新聞紙で何重にも包んだ上で、赤いマジックで『キケン! 刃物注意!』と明記して『不燃ゴミ』に分別済みです。我がオースティン公爵家は、ゴミの分別ルールには厳しい家風ですので」
私は前世、日本のしがない市役所職員(環境課・ゴミ処理担当)だった。
過労死してこの乙女ゲームの世界に「悪役令嬢セリアナ」として転生してからも、私の根底にある『環境美化とルールの徹底』という精神は全く揺らいでいない。
どれだけ魔法が飛び交おうが、魔王がいようが、ゴミの分別を守らない奴は人間のクズだ。
「な……何を馬鹿なことを言っている! ギロチンは王家の威信を示す歴史的な処刑具だぞ! それを、燃えるゴミだと……!?」
「歴史的だろうが何だろうが、現在使われておらず、通路の邪魔になっている時点でただの大型廃棄物です。しかも刃が錆びていました。あんな不衛生な刃物で首を落とされたら、破傷風になってしまいますよ? 処刑される側の健康と安全への配慮が全く足りていません。労基ならぬ処基(処刑基準監督署)が黙っていませんよ」
「処刑されるのに健康もクソもあるかァァァッ!!」
アルベルト殿下が顔を真っ赤にして絶叫した。
ヒロインのマリアも「えっ? ええっと……?」と、台本にない私の狂った発言に完全にパニックを起こしている。
「衛兵! 衛兵!! 処刑場を確認してこい! この女が嘘をついているに決まっている!」
殿下の怒号を受け、数人の衛兵が慌てて大講堂を飛び出していった。
私は悠然と扇子を広げた。嘘などつくはずがない。今朝のゴミ回収車(という名のスライム清掃部隊)が、綺麗さっぱり飲み込んでいったのをこの目で確認したのだから。
しばらくして、青ざめた顔の衛兵が戻ってきた。
「で、殿下……! 申し上げます! 処刑場にあったはずのギロチンが……跡形もなく消え失せております! 現場には、ご丁寧に『清掃完了』のチェックが入った業務日報が残されておりました……!」
「嘘だろォォォ!?」
アルベルト殿下が頭を抱えて崩れ落ちた。
ざわめきが広がる大講堂。
私は「ふふっ」と優雅に微笑み、扇子で口元を隠した。
「ご理解いただけましたか? つまり、私を処刑するための物理的なデバイスが存在しないのです。処刑具の再発注と納品には、最低でも稟議書を回して二週間はかかるはず。したがって、本日の処刑は『設備不良により延期』ということでよろしいですね?」
「リスケってなんだリスケって!!」
「それでは、私はこの後、領地のゴミ処理施設の視察がありますので、これで失礼いたします。ごきげんよう」
私は呆然とするアルベルト殿下と生徒たちを残し、ヒールの音をカツカツと鳴らしながら、堂々と大講堂を後にした。
***
王立アカデミーを後にした私は、迎えに来ていた公爵家の馬車に乗り込んだ。
「お嬢様、断罪イベント、お疲れ様でございました」
馬車の中で待機していた専属執事のギルが、冷えた紅茶を差し出しながら労ってくれた。
彼は私の前世からの「ゴミ処理への異常な執着」を唯一理解し、サポートしてくれる優秀な部下だ。今朝のギロチン解体作業でも、ノコギリの扱いを手伝ってくれた。
「ありがとう、ギル。殿下ったら、ゴミの分別も満足にできないくせに人を断罪しようなんて、百年早いアサガオよ」
「百年早いアサガオ……? ああ、燃えるゴミとして捨てられるだけの存在、というお嬢様流の皮肉ですね。素晴らしい語彙力です」
「ええ。さて、ギロチンという最大の『死にフラグ』は物理的にスクラップにしました。次はどう出ますかね」
乙女ゲーム『プリンセス・オブ・マジック』における悪役令嬢セリアナの「死にフラグ」は、何もギロチンだけではない。
ここ数ヶ月、ゲームの強制力なのか、あるいは私を本気で排除したい何者かの陰謀なのか、私への暗殺未遂や罠が相次いでいた。
しかし、そのすべてを、私は「家事」と「物理」で解決してきた。
例えば一ヶ月前。
私の部屋のティーカップに、ヒロインの取り巻きが『猛毒のバジリスクの血』を混入させたことがあった。飲めば全身から血を噴き出して死ぬという恐ろしい毒だ。
『お嬢様! 紅茶の色が赤黒く変色しております! これは毒です!』
『まあ、汚い。漂白剤持ってきて。あとゴム手袋ね』
『え? 漂白、ですか? 暗殺者を特定しなくてよろしいのですか?』
『特定するより先に、こんなシミになりやすい液体を放置する方が問題よ。カップは塩素系漂白剤につけ置き洗い。中身は排水溝に流して、ついでにパイプユニッシュ代わりにしておくわ。バジリスクの酸で水垢がよく落ちそうだし』
結果、毒は排水溝のヘドロを見事に溶かし、オースティン公爵家の水回りはピカピカになった。
証拠隠滅された暗殺者は「なぜ毒が効かないどころか、洗面所からフローラルな香りがするんだ!?」と勝手に恐怖し、自滅していった。
さらに二週間前。
私が一人で街を歩いていると、路地裏から黒装束の暗殺者たちが三人も襲いかかってきたことがあった。
『死ね、悪役令嬢! 貴様の首はもらった!』
『ちょっと待ちなさい! あなたたち、その凶器はちゃんと自治体の登録済みなの? 未登録の刃物を持ち歩くのは銃刀法違反よ!』
『は? じゅうとうほう……?』
『それにその黒装束、タグに「防炎加工」って書いてないわね。そんな燃えやすい服で密集したら危険でしょうが! ほら、一列に並んで! 今から防災訓練の指導をしてあげるから!』
私は前世で培ったクレーマー対応のノウハウと、市役所職員特有の「怒涛の規則ラッシュ」で暗殺者たちを大説教した。
相手が刃物を振り回す前に、コンプライアンスと消防法の概念で徹底的に精神を削り、「もう暗殺なんて危ない仕事やめます……故郷で農業やります……」と泣きながらダガーを自主回収(不燃ゴミ)に出させたのだ。
「お嬢様の『物理的フラグクラッシャー』ぶりには、毎度感服いたします」
ギルがクスクスと笑いながら言った。
「当然よ。魔法だの権力だの、そんなふわふわしたもので争うから泥沼になるの。問題の根源を見つけたら、物理的に叩き割る、溶かす、ゴミに出す。これが一番確実でエコな解決法よ」
私は紅茶を優雅に飲み干した。
ギロチンがなくなり、毒も効かず、暗殺者もコンプラ違反で辞職した。
アルベルト殿下たちは、手駒をすべて失った状態だ。
「さて、本日の午後は、私の領地で進めている『スライムを利用したバイオマス発電施設』の視察だったわね」
「はい。しかしお嬢様。アルベルト殿下がこのまま引き下がるとは思えません。ギロチンがダメなら、次は『魔獣の森への追放』や『火あぶりの刑』など、別の処刑方法を用意してくる可能性があります」
ギルの指摘に、私は不敵な笑みを浮かべた。
「火あぶり? 上等じゃない。もしそんな真似をしようものなら、野焼き禁止条例違反と、二酸化炭素の不当排出で、王家に直接罰金を請求してやるわ。魔獣の森への追放だって、不法投棄として訴えてやる」
私を殺したければ、まずは完璧な分別のルールと、環境省が定めるガイドラインをクリアしてから出直してくることね。
私は馬車の窓から、どこまでも青く澄み渡る王都の空を見上げた。
この世界のゴミ(理不尽なフラグやクソみたいな権力者)は、私が一掃してあげる。
王都の郊外、オースティン公爵領が誇る最新鋭の『スライム・バイオマス処理施設』。
そこは、領内から集められたあらゆる生ゴミをスライムが分解し、その過程で発生する魔力ガスを都市のエネルギー源として再利用する、私が前世の知識をフル稼働させて作り上げた夢のエコ施設だ。
「うん、今日の第3レーンのスライムたちも元気ね。発酵ガスへの変換効率も規定値クリアよ」
「お嬢様の徹底した温度管理のおかげです。これで王都の魔力エネルギーの三割を我が領地で賄う計算になりますね」
視察用の白衣とヘルメットを被った私とギルが、巨大なガラス張りの処理プールを見下ろしながら頷き合っていた、その時だった。
「セリアナァァァッ!! 逃げたかと思ったが、こんなゴミ溜めに隠れていたとはな!!」
施設の入り口のシャッターを物理的に吹き飛ばし、鼓膜を破るような怒号と共に現れたのは、アルベルト殿下だった。
その後ろには、王宮の近衛騎士団がズラリと並び、さらに奥には――鎖に繋がれた、見上げるほど巨大な漆黒の魔獣が唸り声を上げていた。
ヒロインのマリアは、砂埃を嫌がって殿下の背中に隠れている。
「殿下? 逃げるも何も、午後の視察の予定は予め王宮のスケジュール共有ツール(掲示板)に入れておいたはずですが。それに、シャッターの破損は器物損壊罪として後でしっかり修理費を請求させていただきますよ」
「黙れ! 貴様がギロチンを勝手に廃棄したせいで、王家の顔は丸潰れだ! こうなれば非公式の手を使うまで! その『獄炎のケルベロス』の餌食となり、骨の髄まで燃え尽きるがいい!!」
殿下が鎖を解くと、三つの頭を持つ巨大な魔犬ケルベロスが、口からドロドロのマグマのようなヨダレを垂らしながら一歩前に出た。
ゴォォォッ! と、三つの口から同時に灼熱の炎が噴き上がる。
「キャーッ! 殿下、すごいですぅ! これであの悪役令嬢も黒焦げですね!」
「ふははは! ギロチンがなくても、我が王家の召喚術があれば処刑などいつでも……!」
殿下とマリアが高笑いをする中。
私は、般若のような形相で手元のバインダーをへし折っていた。
「……ギル」
「はい、お嬢様。防護服と、魔力消火器ですね」
「ええ。最大出力で持っていきなさい」
私はヘルメットの顎紐をギュッと締め直し、猛烈な勢いでケルベロスの前へと歩み出た。
「ちょっとそこ!! 燃焼許可証も見せずに、こんな密閉空間で勝手に直火を使わないで!!」
「……は?」
ケルベロスの炎の勢いが、ピタッと止まった。三つの頭が「え? 俺、怒られてる?」という顔で私を見下ろす。
「いい!? ここはメタンガスと同等の魔力ガスを扱っているバイオマス施設なの! 火気厳禁って入り口のデカデカとした看板が読めないの!? 一歩間違えれば大爆発して王都の半分が吹き飛ぶわよ! 消防法違反どころの騒ぎじゃないわ!!」
『キャインッ!?』
私の圧倒的な剣幕と、正論という名の物理的圧力に押され、伝説の魔獣であるはずのケルベロスが、思わず「ヒンッ」と情けない声を上げて後ずさった。
「そ、それからあなた! ヨダレ! 床にマグマ落とさないで! それ『特別管理産業廃棄物』に指定されるレベルの有害物質よ! 許可のない業者が勝手に垂れ流したら、不法投棄で即時逮捕なんだからね! 自分で舐めて綺麗にしなさい!!」
『クゥ〜ン……(ペロペロ)』
凄まれたケルベロスは、慌てて自分の落としたマグマを舌で掃除し始めた。三つの頭が協力して床をピカピカに磨き上げている。完全に私という『最強の現場監督』に服従した瞬間だった。
「な、なんだと!? ケルベロス、なぜその女の言うことを聞く! 焼き殺せと言っているだろうが!!」
「殿下!!」
私は、床の掃除を終えてお座りをしたケルベロスの前に立ち、アルベルト殿下をビシィッと指差した。
「あなたは自分が何をしたか分かっているのですか! 許可のない特定外来生物(魔獣)の持ち込み、不法投棄の教唆、さらには重要インフラ施設における火炎放射によるテロ未遂! これだけのコンプライアンス違反を重ねて、ただで済むと思っているのですか!!」
「コ、コンプ……なんだそれは! 私は次期国王だぞ! 法律など私が決めるのだ!」
「王だからといって法を無視するなら、それはただの独裁者です! ギル、記録(録音魔導具)は回しているわね!」
「はい、お嬢様。暴言の数々、バッチリ録音しております」
ギルがニッコリと笑って魔導具を掲げた。
「ひっ……!」
事態のヤバさに気づいたのか、ヒロインのマリアが後ずさりをした。
「で、殿下! 私、やっぱり帰ります! 悪役令嬢を処刑して財産を奪うって言ったからついてきたのに、こんなお説教されるなんて聞いてません!」
「あっ、おいマリア! 貴様、私を見捨てる気か!」
逃げ出そうとしたマリアだったが、すでに施設の出口は、私の通報で駆けつけた王立警察と、事態を聞きつけて激怒した国王陛下(アルベルトの父)の直属部隊によって完全に封鎖されていた。
「アルベルトォォォッ!! 貴様、オースティン公爵令嬢に何という真似を!」
国王陛下自らが乗り込んでくると、近衛騎士たちは一斉に剣を捨てて土下座した。
「ち、父上! これは違うのです、セリアナが私に逆らうから……!」
「黙れ愚か者! セリアナ嬢のこのバイオマス施設のおかげで、我が国のエネルギー自給率がどれだけ向上したと思っている! 彼女は国庫を潤す最高の功労者だ! それを火気厳禁の場所で燃やそうとするなど、国家反逆罪に等しいわ!」
国王陛下は、すっかり萎縮している殿下とマリアを冷酷に見下ろした。
「アルベルト。お前の王太子権限を剥奪し、辺境のゴミ処理施設での強制労働百年を命じる! その女も同罪だ、連れて行け!!」
「いやぁぁぁっ! 私のシンデレラストーリーがぁぁ!」
「放せ! 私は王太子だぞ! うわぁぁぁぁっ!」
無様に叫びながら連行されていく二人を見送り、私はふぅと息を吐き出してヘルメットを脱いだ。
「セリアナ嬢。愚息が大変な迷惑をかけた。このケルベロスは、王家の責任で速やかに殺処分……」
「お待ちください、陛下」
私は、私の後ろで「殺されるの?」と震えている巨大な三つ首の魔獣を庇うように立ち塞がった。
「この子は確かに危険ですが、生み出す熱量は莫大です。適切な『焼却炉』として安全基準を満たした上で再雇用すれば、施設のエネルギー効率はさらに三倍に跳ね上がります。殺処分など、もったいない(エコじゃない)です」
私がそう提案すると、ケルベロスは『一生ついていきます、現場監督!』と言わんばかりに、私の足元にすり寄って歓喜の声を上げた。
「……はっはっは! 恐れ入った。伝説の魔獣すらリサイクルするとは。やはりお前を次期環境大臣に任命するべきだな」
「光栄です、陛下。国のゴミは、私がすべて適切に処理してご覧に入れますわ」
***
数年後。
私は国の環境大臣として、そしてオースティン公爵家を継ぐ女当主として、忙しくも充実した日々を送っていた。
王都はゴミ一つ落ちていない美しい街並みとなり、ケルベロスの熱を利用したクリーンエネルギーで、夜も明るく平和に照らされている。
「お嬢様、本日の決裁書類です。それから、ケルベロスの定期健診と、狂犬病の予防接種の予約も完了しております」
「ありがとう、ギル。あなたは本当に優秀な私の右腕ね」
執務室で、淹れたての紅茶を受け取る。
ギルは少しだけ困ったように微笑み、私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「右腕だけでは不満なのですが。そろそろ、戸籍という名の公式書類に、私の名前を共同管理者として登録していただけませんか?」
生涯の伴侶の申し込みすら、事務手続きのような言い回しをしてくる彼に、私はたまらず吹き出した。
「……稟議を通すには、まだ少しプレゼンが足りないわね」
「では、今夜ゆっくりと時間をかけて、追加のプレゼンをさせていただきますよ」
乙女ゲームの強制力も、理不尽な死にフラグも、すべてはルールと物理の力で粉砕した。
私の周りにはもう、燃えるゴミも粗大ゴミも存在しない。
これからも私は、この最高に有能で愛すべき執事と共に、クリーンで完璧な人生をマネジメントしていくのだ。




