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田舎に住む天才魔術師、悪役に仕立て上げられた令嬢を華麗に救う

作者: 夜月紅輝
掲載日:2026/04/15

「アリシア=ローゼンヒルデ。君との婚約破棄を今ここに宣言する!」


 そう高らかにクルス王太子の声が響き渡る。

 その宣言の直後、ここ――王立ラムノルド魔術学校のパーティー会場ではざわめきが起きた。


「僕はついに真実の愛を見つけた!

 身分や肩書に雁字搦めになっていた僕を特別視せずに見てくれる最愛の存在!

 ノルム=アムルファ......彼女こそが僕の人生のパートナーに相応しい!」


 傍らに少女の肩を抱き、クルス王太子が正面に指を突き付ける。

 そこにいる少女こそが、我が友にして幼馴染のアリシアだ。

 クルス王太子の言葉を、彼女はただ黙って受け止めている。

 その青い瞳には愚かな王太子に対する諦念が浮かんでいた。


「もう君の傲慢不遜とした態度はうんざりだ!

 君が天才であることは知っているが、それで一体僕はどれだけ劣等感を抱いたことか!

 そばにいれば比較され、その都度周りからは『無能』と蔑まされ、見下される。

 この日々が僕にとって一体どれだけの地獄だったか君にはわかるまい!」


 その言葉を受け、アリシアは一つ息を吐いた。

 どうやら本格的に愛想が尽きたようだ。

 完全にクルス王太子を見る温度が変わった。


「......わたくしが一度でもクルス殿下に対してそのような言動をしたでしょうか?

 加えて、わたくしはクルス殿下が無能であるとは思っていません。

 確かに、そのような噂が飛び交っていましたが、それでもその状況に屈せず研鑽を続けていたことを、わたくしはしかとこの目で見ております」


 アリシアはクルス王太子のことを評価していた。

 彼女の言う通り、クルス王太子は第一王太子でありながらあまりにも凡である。

 剣の腕も、魔法への理解も、勉学に関してもお世辞にも才能があるとはいえない。


 だから、「実は王の子ではない」という噂まで飛び交っていたことは知っている。

 しかしそれで相手を見下すほど、アリシアは落ちぶれていない。

 むしろ、その環境下でも期待に応えようとしていた姿勢に尊敬していた。

 「自分の人生を預けるに相応しい人物」とすら私に伝えるほどには。


 だが――彼は堕落した。


「わたくしは非常に残念に思っております。

 クルス殿下ともあろう御方が、まさかここまで愚かであったとは。

 これでは百年の恋も冷めるというものですわ」


「黙れ! 本当の僕のことを見ようともしなかったくせに!

 だが、ノルム(彼女)は違う! 彼女こそが僕の心を肯定してくれた唯一の女性だ!

 無能と蔑まれていた僕を支えてくれたんだ! 君すらしなかったことだ!」


 それはアリシアなりの優しさだよ。

 クルス王太子のはいずれ国を導く存在となる。

 国の運命を左右するといっていい。


 そんな彼が弱いままでは、この国が、国に住む全ての民が危険に晒される。

 だからこそ、彼女は心を鬼にしてあえて手を差し出さなかった。

 彼ならきっと自分の環境を乗り越え、偉大な王になると信じてたから。

 .......とまぁ、口を挟みたくなったが、もう今更か。


「......短絡的ですわね」


 アリシアがボソッと呟く。

 もう一度息を吐くと、今度は左手を腰当て、右手の人差し指を突き出す。


「であれば、わたくしもここで断罪しますわ!

 もっとも、それはあなたではなく、その隣にいる女性ですが」


 ついにアリシアが宣言した。

 どうやらこの茶番に決着をつけるらしい。

 ようやく私の出番というわけか。

 若干この空気に飽きていたし、丁度よか――


「そして同時に、リナイト=ロークヴルムとの婚約を宣言しますわ!」


 .......ん?


「え、ちょ、アリシア......? 聞いてないんだけど」


「リナイト=ロークヴルムとの婚約を宣言しますわ!」


「違う違う、そうじゃない。

 ()()()()()()じゃなくて、()()()()()!」


 アリシアの宣言により、パーティー会場にいた彼女の同級生達がざわめき出す。

 先程と違う空気感のざわめきだ。先程のが「驚き」とすれば、今は「困惑」。


 そりゃそうだろ、アリシアはクルス王太子に婚約破棄されたとはいえ、公爵令嬢なんだ。

 建国当初から王族に仕える貴族様の一人娘がしていい発言ではない。

 クルス王太子のバカさ加減に当てられたか?

 っていうか、そもそも――


「私、女なんだが......!?」


「知ってますわよ」


 「何を今更」みたいな顔で肯定された。

 宝石のように美しい青い瞳になんの濁りもない。

 あ、あっさり肯定された.....えぇ、なんでぇ?

 おかしい......おかしいだろ、こんなの。

 おかしいのは、その前衛的な縦ロールの髪型だけにしてくれ。


「思い返してみてくださいまし。わたくし達の懐かしき日々を。

 そしてこの時にために備えた濃厚な一か月間の思い出を」


「お、思い出......?」


 やたら強い眼差しに当てられ、私はそっと目を閉じる。

 それから腕を組み、これまでの一か月をさっくり思い返した。



―――一か月前


 ラムノルド王国から遠く離れた辺境の村。

 もはやほとんどがジジババしかいないような限界集落の一角に私の家がある。


 私の家は魔道具店だ。

 私をスラムから拾った爺さんに作らせた私だけの店。

 商品とはいえ、並べられた魔道具を見れば心が潤うというものだ。

 

 とはいえ、商売相手が基本ジジババなので、売れるのは魔道具とは全然関係ない回復ポーションだったり、塗り薬ばかりであるが。


 そんな店の奥にあるカウンターにて、魔導書を読むのが私の日常だ。

 誰にも邪魔されないこの時間は憩いですらある。

 そんなとある日、私の店に一人の少女がやってきた。


「お久しぶりですわね、リナイト。ガラハト様のお葬式以来かしら?」


 訪ねてきたのは、相変わらず自信たっぷりな目をしているアリシアだ。

 ラムノルド王国の公爵令嬢にして、秀でた剣の才能を持つ淑女。


 私の育て親である爺さんが彼女の祖父と懇意にしていたらしく、その関係で私達は知り合った。

 それ以来、アリシアとは交友関係を結んでいるが......見ての通り、私は一介の村人だ。


 昔は一緒に遊んだこともあるが、成長するにつれ自ずと互いの立場は理解するもの。

 そして爺さんの葬式以降、もう会うことはないと思っていた。


「これはまた随分と珍しい客が来たもんだ。

 魔道具は好きに見てくれていい。

 代金はカウンターに置いといてくれればいいから」


 彼女が公爵令嬢と知っているものの、私は一切態度を変えず本を読み続ける。

 幸い、この店の中には彼女一人のようであるしな。


「あら、随分と寂しい反応ね。

 わたくしはずっと会いたくてたまらなかったというのに。

 この綺麗な濃緑色の髪、真実を見つめるような暗い瞳......見たかったですわ」


「爺さんからは常々『お前の目は死んだ魚のような目じゃな』って言われたけど」


「そして女性にしては高身長であるからこその、その長い足。

 ズボンが良く似合ってますわ」


「好きだからね。苦手なんだよ、スカートみたいなヒラヒラしたの」


 アリシアが勝手にカウンターへと回ってくる。

 それから適当に結んだ髪からリボンを取ると、手櫛で人の髪を整え始めた。


「嬉しいですわ。今もわたくしが差し上げたリボンを使ってくださるなんて。

 あぁ、どうしてリナイトが女性であるのかしら。神を呪いたくなりますわ」


「そんな安易な理由で呪ってやるなよ。可哀そうだろ」


「ちなみに、今もワンチャン男である可能性を捨てきれないでいますわ」


「ねぇから捨てろ。昔一緒にアリシアの屋敷の大浴場に入ったことあるだろ。

 その時に人の体を穴が開くほどじろじろ見てたくせに――特に股間を」


「ですが、あなたは研究が大好きでしたから、その後生える可能性も――」


「で?」


 いい加減長くなりそうだったので、強制的に会話を区切った。

 そして変わらず本に目を通したまま、本題を促す。


「単に思い出話のために来たわけじゃないんだろ?

 いい加減、用件を話せ。もう十分付き合っただろ」


「私はもう少し続けても良かったけれど......そうね。

 単刀直入に言うわ、わたくしを助けて欲しいの」


「.......」


「実はね――」


 それから聞かされたのは、一人の王太子の哀れな物語だった。

 どこぞの女に誑かされ、堕落した王太子が婚約者を蔑ろにするという典型的な破滅。


 どうやら王太子は小さい頃から顔を会わせているアリシアよりも、たった数ヶ月の女を取るらしい。

 挙句、その女の言葉を鵜吞みにし、アリシアを糾弾するそうだ。


「哀れを通り越していっそ喜劇だな。

 ここまで徹底してバカなら、もはや関心すらしてしまう」


「とはいえ、その愚かな行動のせいでわたくしの立場が貶められているのは事実。

 彼は一か月後の魔術学校の創立記念祝賀パーティーにて婚約破棄を突きつけるそうですわ」


 手櫛の動きが止まる。

 表情こそ見えないが、声は先程より覇気がない気がした。


「別に、それ自体は望むところですわ。

 わたくしもあそこまで愚かであれば、愛想も尽きるというもの。

 いえ、愚かなのは嫌いではないですわ。もっとも可愛らしければ、ですが」


「どうでもいいけど、ちゃんと元に戻しておいてね」


「えぇ、もちろんですわ」


 アリシアが私の髪をまとめ、リボンで整える。

 その動きが伝わってくると、私も本を閉じて椅子を動かし彼女と向かい合う。


「にしても、アリシアが私に助けを求めるなんて、王太子を誑かした女はやり手だね。

 君がここまで事態を放置しておくとは思えないし......何があったんだ?」


「簡単に言えば、手口がわからないんですの。

 例えば、今のわたくしにはとある女子生徒を階段から突き落とした罪があるのですが、その目撃者とされる人物に、ガラハト様の傑作の一つである『看破の天秤』を使用しても嘘が出なかったんですの」


 「看破の天秤」とは、爺さんが作った魔道具である。

 白と黒に分かれたそれは、使用者が嘘を答えれば黒い受け皿が下がり、真実を答えれば白い受け皿が下がるというもので、よく相手の供述の真偽を確かめる際に使われる。

 とはいえ、爺さんの言う通り、欠陥品もいいとこだな。


「それになぜか、わたくしが休憩室として使っている部屋に、クルス殿下が溺愛するノルムさんという方の私物が置いてありましたの。

 しかも、その私物というのが彼女の大切なものであったそうで。

 そのせいでわたくしは、村娘から物を奪う卑しい貴族令嬢として黒い噂が絶えませんの」


「最近読んだ悪役令嬢ものにそっくりだな.....」


「ちゃんと聞いてるんですの!?」


「聞いてるよ。で、侵入者の形跡を調べたんだよね?」


「えぇ、もちろん。ですが、何も見つかりませんでしたわ。

 足跡や指紋の類すら一切見つかりませんでしたの。

 指紋は手袋で防げるのでわかるのですが、足跡はさすがに......」


「兵士はいなかったの? 貴族エリアにはそういう存在とかいない?」


「いましたわ。ですが、『何も見てない』と」


 となると、グルか巧妙に姿を隠したか、はたまた......。

 いずれにせよ、これはアリシアを貶めるための計画的な犯行だ。

 私の数少ない友人に随分な真似をしてくれるじゃないか。


「というわけで、絶賛手詰まり中ですの。

 自分で蒔いた種ではないとはいえ、お父様の力を借りるのは出来れば避けたい。

 だから、あなたを頼った――事件解決のために協力してくれないかしら?」


「なるほど......わかった。手伝うよ、久々の友人からの頼みだし。

 ただ、キッチリと報酬は貰うから」


「えぇ、もちろんですわ!」


 今から何の魔導書をせがむか楽しみだ。

 そんなことを思いつつ、私達は早速事件解決のために動き出した。


 実際に魔術学校に行って校内の様子を見たり、痕跡を調べたり。

 学校内の図書室に目を輝かせたり、アリシアと二人で買い食いしたり。

 そんなこんなで証拠をかき集め、私達は創立記念パーティーを迎えた。



―――現在


「......何一つ思い当たる節がない」

 

 そっと眉間を指で摘まむ。

 記憶を掘り起こしたが、どこにも彼女から求婚されるようなやり取りは無かった。

 ごく普通の女同士の会話をしたり、出かけたりしたぐらいだ。

 どれも友達の域を出ない。


「......な、何を言ってるんだ?」


 ほら見ろ、クルス王太子もめっちゃ頭からハテナ飛ばしてるぞ。

 あんな分かりやすい「何言ってんだコイツ」みたいな顔ないからな?


「まぁ、それに関しては追々詰めることとして」


「詰めないが? 詰めるつもりもないが?」


「リナイト......ここからは任せていいかしら?」


「.......ハァ、はいはい」


 アリシアから向けられる力強い目に、私は空気を読んで折れる。

 そして彼女より前に出ると、まずは挨拶した。


「お初にお目にかかります。

 ご紹介に預かりました、リナイト=ロークヴルムです。

 私はアリシアの友人であり、この度は彼女の冤罪を晴らすべくこの場へやってまいりました」


 被っていたトンガリ帽子を胸に当て、一礼。

 そんな私に対し、クルス王子が低い声で返す。


「冤罪.....? 何をバカなことを。

 アリシアがやったことは全て紛れもない事実だ!

 だからこそ、今日まで一切の証拠が出てないのだろう!」


「いえ、証拠ならありますよ。

 というか、それは早々に終わりました。

 どちらかと言えば、それ以外が時間かかっただけです」


 帽子を被り直すと、右手に握っている杖の向きを少し変える。

 それこそ、杖先にある水晶が二人の姿をよく捉えるように。

 この水晶の先には、二人が顔を真っ青になる人物が監視中だからだ。


「証拠がある? ハッ、何を言い出すかと思えば.....アリシアも落ちぶれたものだ。

 こんなどこにでもいそうな魔術師を捕まえてこの状況を覆せるとでも――」


「あ、バカ王太子には用ないんで黙って貰えます?」


「この僕をバカだと......? 不敬だぞ!!」


 山猿のようにキーキーとうるさい王太子を無視し、私の視線をその隣へ向ける。

 まるで王太子を盾にするかのように隠れるノルム嬢を視界に捉えると、


「まずはここまでの用意周到な計画、実に見事でした。

 巧みな洗脳に、魔道具の穴をついた戦略......ノルム嬢、あなたは実に狡猾な女性だ」


「な、何を言っているの......?」


 私の言葉に、ノルム嬢が王太子の袖をギュッと強く握った。

 その怯えた仕草も演技であるならば、もはやそれは天性の才能だ。

 怯えるノルム嬢の代わりに睨む王太子の視線を無視しながら、私は話を続けた。


「それではまずこれから説明しましょう――これ、何かわかりますか?」


 見せたのは「看破の天秤」だ。

 ノルム嬢は首を横に振るが、代わりに王太子が答える。


「犯人の発言の真偽を確かめる魔道具だろ? それがどうした?」


「えぇ、そうです。

 この天秤には<看破>の魔法がかけられており、相手が嘘をついたかどうかを容易く判別できます。

 この国でも犯罪者に対する事情聴取の際に多く使われていますね」


 そう言いながらも、私はすぐに「ただし」と逆接を挟み、


「この魔道具には致命的な欠点があります。

 それは『相手が嘘を嘘と思っていない場合、真実になる』ということです」


 この魔道具は、相手の発言の真偽を確かめるためには優秀だ。

 しかし、人間という一貫性のない生き物が、果たして二択で済むだろうか。


 人間とは時に白ですら黒に変え、黒を白と思い込むことだってある。

 となれば、白は純粋な白ではなくなり、それが実は黒の可能性があるなどこの魔道具では判断できない。


 相手が黒を白と信じて疑わなければ、この魔道具は白に傾く。

 本来あるはずの嘘は隠され、あるはずもない真実が本当になるのだ。

 そしてノルム嬢はその穴をついた。


「村出身のノルム嬢がこの魔道具の効果をどうやって知ったか......それは定かではありません。

 というか、どうでもいい。今重要なのは、この魔道具の効果を知っていたという事実」


「何を言い出すかと思えば.....貴様も僕の最愛の人を侮辱するか!」


「侮辱? とんでもない。

 使い方はどうあれ、その穴を突いて行動に移す胆力は賞賛に値します。

 そして問題はその穴をどう突いたかですが......聞けば、あなたの得意な魔法は闇系統魔法らしいですね?」


「そ、それがなんですか......?」


「その系統の魔法は実に素晴らしい。

 魔族の魔法と揶揄されがちですが、他の系統にはない魅力をたくさん持っている。

 相手に暗闇を付与する<目隠し(ブラインド)>や相手を弱体させる<弱体化(ウィーク)>――それから相手の精神を操作する<精神干渉(マインドハック).....とかね?」


「――っ!」


 まるで演劇でも披露するかのように両手を広げて話す私に、ノルム嬢の顔が引きつった。

 恐らく今の言葉を聞き、自身が追い詰められていることに気付いたのだろう。


「相手が洗脳され、黒が白と思い込まされてるなら、この魔道具は意味を為さない。

 もっとも、その洗脳も解いてしまえば、再びこれの独壇場となりますが」


 まぁ、純粋悪みたいなガチのイカレ野郎なら話はまた変わってくるが、そんな奴はそもそもこんな回りくどい計画を立てないしな。


「全部でたらめだ! コイツは嘘を――」


「次に、アリシアの部屋にあったあなたの大事なもの......髪飾りの謎を解きましょうか。

 アリシアに聞けば何の痕跡もないとのことでしたが――」


「そ、そうです! それはどう説明するんですか!?」


「おや、自信があるようだ。

 では、その説明をするために、スライムの生態に対して少し話しましょうか」


 そう言った途端、再びノルム嬢の表情が引きつる。

 自信があったのだろう。残念だったね。


「スライムは体がゼリーで構成されており、子供の手でも容易に変形させられるほど柔らかい。

 また、そのゼリーに砂糖を加えると粘性が増すことで知られています。

 とある国ではスライムを使ったデザートがあるそうですよ」


「.....」


「それはともかく、その性質を利用し、あなたは捕まえたスライムに砂糖を加え、粘性のあるゼリーを作った。

 それを靴裏に纏わせ、それでアリシアの部屋まで移動したんです。

 その道中の見張りの兵士は、生徒同様に洗脳させたんでしょうね」


「しょ、証拠はどこにあるんですか!?」


「ありますよ――ここに」


 そう来ると思い、杖先の水晶を光らせ、証拠品を取り出す。

 特製の結界で作った透明な箱の中に、靴の跡がついたままのスライムがある。


 スライムゼリーは砂糖を加えると粘性が増すが、同時に時間経過で硬質化する。

 その結果、靴跡が残ったまま固まったのだろう。


「どうやって見つけたんだとお思いでしょうが、簡単です。

 このスライムがいる場所は、森を入ってすぐであり、そしてそこにはハクナ草があります。

 その植物が持つ花粉は魔力を帯びており、あなたが捕まえたスライムはその植物の前を通ったのでしょう。

 その結果、スライムの体には花粉が付着した。

 その花粉付きスライムをノルム嬢が捕まえ、犯行道具として使用した」


 ノルム嬢の体を小刻みに震わせている。

 頼りにならない王子から少しずつ離れていく様子も確認でき、少しでも私から距離を取ろうとしているようだ。


「となれば、普通<魔力探知>で探れるかと思いますが、魔力が微弱過ぎて通常の探知魔法ではすり抜けてしまうことがある。

 ですが幸い、私は育ての親の影響でそれを探る術がありました。おかげでこの通り」


 そう言ってニッコリ笑ってみせれば、ノルム嬢がその場で尻もちを着く。

 どうやら立ってられないぐらい膝が笑ってしまっているらしい。

 こんな拙い探偵ごっこで爆笑を誘えたのならなにより。


「では、これにて私の説明を終わりにします。

 最後にノルム嬢へ一つ質問があります――あなたが犯人ですね?」


 そう言って「看破の天秤」をそっと前に突き出した。

 その質問に対し、ノルム嬢が選んだのは――、


「......」


 沈黙だ。実に素晴らしい、この魔道具に対する完璧な解。

 しかし、その回避方法を知っていることがなにより、犯人である説得力を強めてしまった。

 最初から逃げ場はなかったんだよ。残念だったね。


******


 私――ノルム=アムルファは小さな村出身だ。

 若い夫婦が少なく、子供も数える程度で残りは老人ばかりの村。

 こんな村にいても未来はない......子供ながら私はすぐにそう思った。


 私には才能があった。魔法を扱う才能だ。

 常人に比べれば豊富な魔力量であり、だからこそ村では持ち上げられた。

 気持ち良かった。自分が上だとわかったから。


 自分は農作しか能がない連中とは違う。

 この魔法を扱う才能でもって、もっと裕福な暮らしが出来る。

 そう思った私は自分が得意とする魔法を磨くことにした。

 いくつかある系統の中で、一番覚えが早かったのは闇系統の魔法だ。


 今から昔、まだ人類が魔族と戦争していた時代、魔族は闇魔法をよく使っていたらしい。

 だから当時は、その魔法を使える人を「魔族のスパイ」と判断して処罰していたようだ。


「見ろ、闇魔法だ。汚らわしい」「魔族の魔法をよくもこんな堂々と」

「この娘は天才でも何でもない。ただの悪魔だ」


 時代は流れ、すぐさま魔族のスパイとして殺されることは無くなった。

 しかし、その思想だけは今も根強く残っており、特に年寄りが多い私の村では老害どもが闇魔法を使えるというだけで私を非難する。


 死ねばいいと思った。

 だけど、ここで罪を犯せば、私の生活はこの老害以下になってしまう。

 だから、耐えた。耐えて耐えて耐えて、耐えた。村に味方は両親だけだった。


 そんな日々を過ごしていたある時、私に一通の手紙が届く。

 どうやら魔法の才がある子供達を国が集めているらしい。

 ようやく自分の時代が来たと思った。これで自分の生活が変わると。


「......」


 入学した。生活環境は確かに激変した――だが、底辺だ。

 貴族も通うその学校では村出身なんてド底辺もいい所。

 ましてや、アイツらは生まれも裕福でありながら、私と同じく魔法の才があるという。


 ふざけんなと思った。理不尽だとも思った。

 なんでお前らは最初からなんでもかんでも持っているんだ。

 なんでここでも「魔族の魔法」と後ろ指を指されなければいけないんだ。

 服も食べ物も生活環境も何もかも変わったのに.......どうしてこんな苦しいんだ。


「ズルい」


 最初から持ってる奴を恨んだ。それ当たり前に振りかざす奴を憎んだ。

 しかし悲しいかな、魔法勝負では勝負にならない。

 相手は幼少期から英才教育を受けたエリートだ。勝てるはずがない。


 そんな私でも唯一勝負できることがあった――容姿だ。

 見た目だけは、母に似て美人であった。だから、それを利用することにした。

 狙いは当然貴族、それもとにかく格が上の相手。


「......見つけた」


 そんな時だった――クルス王子を見つけたのは。

 すぐにこれだと思った。狙うならこの男しかいないと。

 加えて、その王子は「無能」と他の貴族からも蔑まれているらしい。


 であれば、私がその心を救ってあげよう。

 甘く蕩かして、私なしではいられないようにしてあげよう。

 私は誰にも見下されず、そして今よりさらにいい環境を得るためにクルス王子を利用する。


 それからは笑っちゃうぐらい順調だった。

 クルス王子は簡単に私を信用し、だからお返しに丹精込めて魔法で私を刷り込んだ。

 依存させた。盲目にさせた。クルス王子は私を守るための騎士(ナイト)


 また、クルス王子を利用し、彼に取り入ろうとする連中を洗脳した。

 それで手駒を増やし、入念に計画を立て、最大の障害である婚約者を排除した――はずだった。

 それが今や、追い詰められているのは私だ。


「どうして......どうしてこうなった......?」


 よくわからない魔術師が次々と私の計画を暴き、挙句証拠を持っている。

 このままでは私は夢の王級暮らしどころか最悪の地下牢へ行くことになる。

 それだけは嫌だ。だったら、どうする――証拠品を奪うしかない。


「あ、そうそう一つ伝えておきたいことがある。

 洗脳に限っての君の魔法レベルは素晴らしかった。

 だから、私も少しだけ手本を見せることにしたよ」


 何を言っているかわからなかった。しかし、言葉からして何かしかけたのか?

 いや、あのリナイトとかいう魔術師は、クルス王子の婚約者と一緒に退室しようとしている。

 背を向けた。となれば、奪うなら今!


「こういう時に騎士はいるのよ!――お願い、クルス王子!」


「ノルムを害する奴は万死に値する! 死ね!」


 私が号令をかければ、クルス王子はすぐさま飛び出した。

 彼がいくら無能とはいえ、全く魔法が使えないわけじゃない。

 不意打ちで人を殺せる程度の攻撃力は持っている。


 そして彼は右手に炎の剣を生み出し、それで魔術師の背中をバッサリ斬り伏せた。

 魔術師は床に倒れて動かない。それを見て呆然とする婚約者。

 お前も同じだ。このまま死ね!


「ハハッ、ハハハハハ!」


 クルス王子が魔術師と婚約者の二人を斬り殺した。

 あれだけ私を追い詰めておきながら、最後の最後ではこのザマ。


「結局、最後は立っていた方が勝ちなのよ! ご愁傷様!」


 そっと立ち上がれば、私は床に倒れる二つの死体を見て高らかに笑う。

 なぜなら、ここは完璧な程に()()なのだから。

 コイツらはヤケになった私に殺されたと思ってるでしょうけど、全然違う!


「この場に目撃者はいないわ!

 だって、みーんな、洗脳した私の味方だもの! アハハハハハハハ!」



*****


「アハ、アハハハ......」


 床にへたりこみ、天井を見上げて笑い続けるノルムさん。

 そんな彼女を見て、わたくしはすぐに隣にいる幼馴染に尋ねました。


「......何をしたの?」


「彼女と目線があった時、少しだけ魔法をかけた。その結果がこれ。

 きっと自分にとって最高のハッピーエンドを見てるんだろうね。

 何をするつもりか知らなかったけど、これで私の仕事もようやく終わりだ」


「全然気が付きませんでしたわ......」


 わたくしはすぐそばでリナイトの活躍を余すところなく見ていたはず。

 しかし、そんなわたくしでもいつ魔法をかけたかわかりませんでしたわ。

 それがまさか目線が合った一瞬だったなんて.......。


「あ、後遺症の無いちょっとした幻術だから安心して」


「いえ、そこら辺は心配していないのですけど.......」


「それに話を聞き入れてくれた国王様達にも感謝だね」


 そう言ってリナイトが水晶に視線を向けます。

 というのも、その水晶は国王様の水晶と繋がっており、先程の光景をリアルタイムで目撃してもらっていました。


 クルス殿下がこのタイミングを狙ったのは、この場にいるのが学生だけになるから。

 さすがの殿下であろうと、国王様がいる前であのような発言は避ける考えはあったようですね。


 もっとも、婚約破棄した時点で、それもただの時間稼ぎにしかなりませんが。

 ここまで後先が考えられなければ、廃嫡というのも避けられないでしょう。

 ま、もはや今のわたくしにはどうでもいい話です。


「帰ろっか」


 そう言って歩き出すリナイト。

 その時、その背中を見てわたくしの記憶に一つの思い出が蘇りました。


 それは亡くなる前の大賢者ガラハト=ロークヴルム様との会話の記憶。

 王宮にそばにある魔術研究棟のガラハト様の研究室で話した時ことでした。


『ワシとリナイトのどちらが上じゃと?

 そりゃ、ワシに決まっておるじゃろ......今はな』


『今ということは、いずれ抜かれることがあると?

 『希代の天才魔術師』とも称されるガラハト様がですか?』


『ワシは天才ではない。天才とはワシじゃないような者を指す。

 ......時に、アリシア君は『心技体』という言葉をご存じかな?』


 机に山盛りになった研究資料を少しずつ片し、ガラハト様が告げます。

 その言葉に、わたくしは自身の腰にある剣の柄に触れ、


『えぇ、もちろんですわ。

 わたくしも剣を振るう際には、常にそれを意識しろと口を酸っぱく言われてますの』


『それは良き師を持ったの。で、ワシには『技』と『体』があった。

 それはワシがこれまで積み上げてきた実績と成果が物語っている。

 しかし、ワシには『心』が無かった』


『そうは思いませんわ。ガラハト様に『心』が無いなんて.....』


『無いんじゃよ、ワシには。ワシが思うに『心』とは『他者を慈しむ気持ち』じゃ。

 もっと簡単に言えば、優しさじゃの。ワシにはそれが無かった。

 自分本位に動き続け、若い頃は平気で他者を切り捨てた。

 切り捨てこそなくなったが、今もワシが自分本位で動いていることには変わりない』


 ガラハト様が手に資料を集める作業を一度止めました。

 それから何かを後悔するような目で一点を見つめます。


『そうでしょうか。

 ガラハト様が生み出した魔道具で多くの人が救われたと思いますわよ』


『それは結果的にじゃ。じゃが、リナイトは違う。

 あの子は最初からワシに無かった『心』を持っていた。

 あの子が最初にワシから学ぼうとしたのは薬学じゃて』


 その瞬間、ガラハト様の表情はまるで孫を自慢する好々爺になり、


『それで村の老人達の怪我を治していた。

 ワシに店を作らせたのもその延長線上じゃ。

 作成して販売している魔道具のほとんどが、老人達の動きをサポートする補助器具ばかり。

 もっとも、本人は『老い先短い奴らから金をもぎ取ってるだけ』と言っていたがな」


『素直じゃないのは昔からですわね』


『加えて、あの子はスラムにいるにはもったい無いほどの才能があった。

 それこそ、才能だけでいえばワシを超えるかもな」


『それほどまで......』


『他者を案じられる『心』。

 魔法や魔道具、錬金術すら扱える『技』。

 ワシが自ら鍛え上げた圧倒的な個の力である『体』。

 それらを兼ね備える者を、ワシは『天才』と呼ぶ』


『ガラハト様が認める天才......さすがわたくしのリナイトですわ』


『まぁ、まだまだ爪の甘さも考え方の甘さもあるじゃろうがの。

 『技』と『体』に対しても及第点も良いろころじゃ。

 じゃが、いずれはワシを超えるじゃろう。

 じゃから、ワシは今から期待と敬意と尊敬を込めてこう呼ぶことにする――希代の天才魔術師と』


 そう言った直後、ガラハト様は人差し指を口に当て、


『あ、これあの子には内緒じゃぞ。きっと調子乗るから』


 それがわたくしがガラハト様と交わした最後の会話。

 あの方もきっとどこかで自分の死期を悟っていたのでしょう。

 だから、最後にわたくしにあんな会話をしたんだと思いますわ。


「――希代の天才魔術師」


 そう口に含み、軽く唱えてみました。

 不思議と馴染んでしまうのは、わたくしの贔屓でしょうか。


「ん?......何か言った?」


「いえ、なんでもありませんわ」


「あ、そうそう。ちゃんと報酬は払ってよね」


「えぇ、わかりましたわ......なら、この体で支払いましょう!」


「ぶふっ、ちょ、その言葉は令嬢としてはどうかと思うけど。

 それからもう一度言うけど、私は女だから。お・ん・な!」


「それがどうかしましたか?」


「ダメだ、早くコイツをなんとかしないと......」


 ガラハト様、ご安心くださいまし。

 このわたくしが、必ずや世界中にリナイトのことを「希代の天才魔術師」と呼ばせてみせますわ。


「さぁ、リナイト! これからあなたの名声を世に広める旅に出ますわよ!

 まずはわたくしとの婚約声明から始めると致しましょう!」


「絶対嫌だ! 田舎に帰る!」

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)


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