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第十三章:海斗の夢

「……見つけた。ようやく、見つけたぞ」


ゴミの山に埋もれた部屋で、僕はPCの画面を指でなぞっていた。かつては財界のトップとして名を馳せ、今は都心の超高級介護施設で余生を送っているという一人の老人。

その名は、一条零いちじょう・れい


これまで僕がアステリアで葬り、あるいは失ってきた『名前』は、すべて現実の人物と完璧にリンクしていた。


「……アステリアの魔王、レイ」


口に出してみると、しっくりくる。確かに、そんな名前だった気がする。


異世界の魔王があれほど絶望的に強かった理由も、今なら分かる。この零という男が、かつてこの国の富と権力を一身に集め、他者の人生を糧に肥え太ってきた『欲望』そのものだからだ。たとえ今の彼が、死を待つだけの肉塊だとしても。


「これが僕の、勇者としての最後の務めだ。たとえこの僕がどうなろうと、あの世界を守るために……」


僕は、もはや痛みすら感じなくなった痩せ細った体を引きずり、アパートを出た。目的地は、静寂に包まれた高級老人ホームの最上階。

零の部屋は、あまりにも静かだった。高価な空気清浄機の規則正しい駆動音と、心電図の微かな電子音だけが、死の近い空間を支配している。


介護スタッフはちょうど交代の時間だったのか、廊下に人影はなかった。僕は幽霊のような足取りで、重厚な扉を開けた。

白いシーツの山の中に、その老人はいた。かつて国を動かした面影などどこにもない。肌は枯れ木のようで、開いた口からは力ない呼吸が漏れている。かろうじて生かされているだけの、無力な『魔王』。


「……レイ」


僕は囁き、ポケットからナイフを取り出した。老人は目を開けたが、僕を認識しているのかさえ怪しかった。

その混濁した瞳の奥に、かつてアステリアで僕を絶望させた、あの傲慢な暗黒の輝きが微かに過った気がした。


「……あっちで、待ってるよ」


迷いはなかった。静寂を切り裂くように、ナイフを老人の胸へと突き立てた。

柔らかな肉を貫く感触。老人の身体が一度だけ小さく跳ね、モニターが「ピー」という無機質な警告音を鳴らし始めた。


異変を察知したスタッフの叫び声が、廊下から聞こえてくる。複数の足音がこの部屋に向かって近づいてくる。

だが、僕の心は、かつてないほどの幸福感に包まれていた。


「……ふ、ふふ。あはははは!」


僕は血のついた手で、カバンから瓶を取り出した。海外製の、致死量に近い強力な睡眠薬。僕はそれを一気に口に含み、もはや飲み込む力さえ怪しい喉で、強引に流し込んだ。


扉が勢いよく開け放たれる。スタッフの悲鳴。駆け込んできた警備員の怒号。遠くで聞こえるパトカーのサイレン。だが、僕の意識は、すでに急流に飲めるように現実から引き剥がされていた。


(……ああ、聞こえる)


鈴の音のような、透き通った声だっただろうか。それとも、ただの風の音だったのだろうか。視界の端に、見慣れた草原の銀色が滲む。

遠ざかる意識の中で、背後を騒がせていた現実の喧騒は、すでに意味を持たないノイズへと変わっていた。伸ばした指先が、何かに触れたのか。それとも、冷たい床を掻いただけなのか。


「お帰りなさい、カイト様……」


そう聞こえた気がして、僕はそっと口元を綻ばせた。さあ、行こう。本当の人生が待っている――かもしれない場所へ。


次に僕が目を開けた時、そこにあるのは碧い太陽か、それとも病院の白い天井か。答えを知る者は、どこにもいない。

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