第5話 兆し――覚醒前夜
暖かな日差し。
ノワールと二人だけの秘密の場所。
……なのに、今日はどうしてだろう。
胸の奥がざわざわして、落ち着かない。
それでも、ノワールと並んで日向ぼっこをしているうちに、
その不安は少しずつ溶けていった。
気づけば、私は眠ってしまっていた。
だから、これはきっと夢。
長い綺麗な黒髪。
私と同じ、赤と黄色の優しい瞳を持つ男性が、
私の頭をそっと撫でている。
寝付けない私をあやすように、
慈しむような眼差しで見つめながら──
……ノワール。
おかしいよね。
ノワールは猫なのに。
でも……
この夢を、ずっと見ていたいと思った。
なのに。
胸の奥がざわりと騒いだ。
この優しい空間と、
私とノワールの大切な思い出を壊すような、
嫌な気配。
「やめて……やめてよ……!!
私とノワールの大切な場所を壊さないで!!」
胸の奥が、熱くなって──
弾けた。
「……っ!!」
声がする。
「……リア!」
ノワールだ。
ノワールが、私を呼んでいる。
起きなきゃ。
「リリア!!」
ハッと目を開けると、
可愛らしい猫の顔が、焦ったように私を覗き込んでいた。
「……ノワール? どうしたの?」
心配そうなノワールを安心させたくて、
私はぎゅっと抱きしめる。
「……どうしたのって!!
……何ともないのか?」
ああ……
最後に嫌な夢を見てたから、魘されてたのかな。
「うん。なんともないよ。
不思議な夢を見てたの。
途中から嫌な夢になったから……私、魘されてた?」
そう言って笑うと、
ノワールは呆れたような顔をした。
猫なのに、本当に表情が豊かで。
いつも、私を安心させてくれる存在。
「ノワール、あのね……」
夢の話をしようと口を開いた、その時。
遠くから、騒がしい声が響いた。
「……ロザリア!!」
「ロザリア様!!」
息を乱して、一心不乱に走ってくるロザリア様。
その後ろから、殿下や義兄様たちが追いかけてくる。
「リリア!!」
こんなに慌てて……どうしたんだろう。
「リリア!! 大丈夫!? 怪我は!?」
今にも泣きそうな顔で、
ロザリア様が私の体を確かめる。
「えっ!? はい! 元気です!
えっと……ロザリア様、何かあったんですか?」
「何かもなにも!!
ここに魔獣が──」
そう言いかけて、
ロザリア様は周囲の様子を見て、言葉を失った。
「ロザリア様、大丈夫ですよ。
魔獣なんて来てません。
私はここでノワールとお昼寝してただけです」
安心してほしくて、
彼女の手を握り、微笑みかける。
けれどロザリア様は、
強く手を握り返してくれたものの、
納得できないような表情をしていた。
「ロザリア様、きっとお疲れなんです。
最近、忙しそうですし……」
「そうだよ、ロザリア。君は頑張り過ぎだ」
殿下がそう言って、
後ろからロザリア様を抱き上げる。
「!!?
えっ……あっ……ユリウス様!?」
顔を真っ赤にして固まるロザリア様。
殿下は愛おしそうに彼女を見つめる。
……本当に、お似合いだ。
「リリア、貴重な時間を邪魔してすまなかった。
今度、必ずお詫びするよ」
そう言って、
殿下はロザリア様を抱いたまま歩き出した。
カイル様がその後を守るようについて行く。
「リリア、驚かせて悪かったな」
義兄様が申し訳なさそうに言う。
「いえ、大丈夫です。
ロザリア様が、少しお疲れなだけだと思います」
そう言うと、
義兄様は嬉しそうに私の頭を撫でた。
「にゃーおん」
ノワールの不機嫌そうな鳴き声に、
義兄様は笑って手を離す。
「夕暮れ前には戻るんだぞ。
侍女たちが心配するからな」
そう言い残して、
不思議そうに辺りを見回していたフェリクス様を連れて去っていった。
……。
「ノワール、何だったんだろうね?」
そう聞いても、
ノワールは不機嫌そうに尻尾を揺らすだけだった。
ああ……
なんだか、慌ただしい一日。
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――ノワール視点
今日のリリアは、最初からおかしかった。
胸の奥がざわついてるみたいで、
一緒にいても、どこか苦しそうな顔をしていた。
横になったリリアの頭を、
小さな肉球でぽすぽすと撫でる。
昔から、こうすると安心した顔で眠る。
……その瞬間だった。
毛が逆立つ。
嫌な気配。
近づいてくる。
慌てて、リリアの周囲に守護の結界を張る。
「リリア! おい、起きろ!」
呼びかけても、魘されて目を覚まさない。
「……ちっ」
結界を二重、三重に重ねた瞬間、
茂みの奥から、ドロドロとした魔獣が姿を現した。
──その時。
リリアから、強烈な魔力が溢れた。
凄まじい浄化の力。
一瞬で、魔獣は跡形もなく消し飛ぶ。
……覚醒が、近い。
いや、それより。
「リリア!」
無事か、それだけが心配だった。
「おい、リリア!!」
ゆっくりと目を覚ましたリリアは、
何も知らない顔で、俺を見た。
……呑気な顔しやがって。
はぁ……
無事なら、それでいいけどさ。
あれだけ力を使って、
本当に大丈夫なのかよ。
それでも――
目を覚ましたリリアは、いつもと同じ顔で笑った。
俺は、眠そうなリリアをじっと見つめながら、
小さく息を吐いた。
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兆しは、もう始まっている。




