第3話 ロザリア視点:歪んだ物語の中で
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王妃教育、生徒会の仕事、学園の日々。
忙しさに追われていると、一日が一瞬で過ぎてしまう。
ほんの少し休憩をとりたくて、夕陽の見える庭園のベンチに腰を下ろした。
ふぅ、と息を吐くと、胸の奥にいつものざわつきが蘇る。
──“本来なら、ここには別の主人公が立っていたはず。”
静かな風が頬を撫でる。
しかし心は、別の世界へ向かっていた。
***
4歳のとき、高熱にうなされて意識が遠のいた。
その時、突然“前世”が甦った。
地球、日本。
恋に不器用で、平凡で、どこにでもいる女の人生。
だけど──
私はひとつだけ、誰にも言えない恋をしていた。
乙女ゲーム『聖樹と純白の乙女』の王子、
ユリウス・フォン・エーデルシュタインに。
絵空事だと分かっていた。
ただ、それでも彼が好きだった。
だからこの世界で目を開いた瞬間、
ユリウス様が現実に存在するのを見たとき、涙が出るほど嬉しかった。
……同時に、絶望した。
私が転生したのは、
“悪役令嬢ロザリア・フォン・グリューネ”。
ユリウス様に迷惑ばかりかけ、
最終的には破滅して修道院行きになる女。
彼に嫌われ、
彼の人生を乱し、
物語の主人公である聖女リリアを傷つけ、
それでも最後まで反省しなかった愚かな令嬢。
──そんな未来を、私が辿るはずだった。
だから私は、物語を変えた。
ロザリアとしての“プライド”や“傲慢さ”を強引に押し潰し、
ユリウス様には誠実に向き合い、
幼馴染のセドリックには心を閉ざさせないように寄り添い、
カイルには差別的な扱いをしないよう心掛け、
フェリクスには前世で得た知識を使って友好的に接し、
ルネとは誠実な商売相手として出会った。
ゲームの“破滅フラグ”を、ひとつずつ折っていった。
みんなが幸せでいられるように。
誰も傷つかないように。
私が悪役にならないように。
……その結果。
本来リリアが救うはずだった闇は、
すべて私が取り除いてしまった。
気づけば彼らは、
誰一人としてリリアに恋をしなかった。
近づく理由も、心を寄せるきっかけも、
すべて“最初から存在しない世界”になっていた。
***
最初に彼女──リリアを見たとき、息が止まりそうになった。
白い髪。
赤と黄金のオッドアイ。
猫を抱いて笑う、ただの少女。
“転生者ではない”
“運命を自覚していない”
“誰の影響も受けていない”
純粋だった。
そして無邪気に言った。
> 「猫が怪我したのが悲しくて、泣いちゃったの」
それだけで聖女の力が目覚めたという彼女に、
私は心の底から思った。
──この子は、本当に“物語の主人公”なんだ。
なのに。
今のリリアは、
攻略対象たちと特別な関係にはならない。
恋をする気配すらない。
学園でひとり、日向ぼっこをして、
猫のノワールと笑いあう。
どんな噂をされても気にせず、
誰と比べられることもなく、
ただ静かに、穏やかに生きている。
……それは幸福なのだろうか?
それとも、私が奪った未来の残骸なのだろうか?
胸が痛む。
何度も、何度も。
「リリア……あなたは、本当にそれでいいの?」
心の中で問いかける。
だけど。
彼女は振り返り、柔らかく微笑んだ。
> 「ロザリア様。今日はノワールと一緒にお昼寝したんです。すっごく良い日でしたよ」
恋なんて、興味がない。
イベントなんて、知らない。
本来の運命なんて、求めていない。
ただ、猫と生きていたい少女。
私は、その笑顔を見てしまったから──
これ以上、何も言えなくなった。
でも胸の奥では、消えない罪悪感が燻っていた。
(ごめんなさい。
本当なら、あなたが選ばれるはずだった世界だったのに)
私が変えてしまった世界。
私だけが知っている“本来の物語”。
猫のノワールは、
そんな私を見つめるように、
金と赤の瞳でじっと睨んでいた。
まるで──
「お前がリリアを疲れさせる唯一の存在だ」と
言っているみたいに。
私は、小さく眉を寄せた。
“ノワールは誰にも懐かない。
──リリア以外の誰にも。”
その事実が、この世界の答えを示している気がした。
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