第16話 当たり前の昼
昼の鐘が鳴ると、学園の空気が少しだけ変わる。
廊下に人が増え、
声が重なり、
誰かが誰かの名前を呼ぶ。
私は、用意されていた昼食を受け取って、中庭へ足早に向かった。
中庭には、思っていたよりも人がいた。
二人組で歩く人。
並んで腰掛ける人。
自然と距離を詰めている姿。
私は、その中から少しだけ離れた、木陰を選んで腰を下ろした。
「……ここでいいかな」
小さく呟くと、黒い影が足元をすり抜ける。
ノワールだった。
当然のように私の隣へ来て、座る。
それだけで、場所が決まった気がした。
包みを開けると、丁寧に詰められた昼食が現れる。
温度も、香りも、申し分ない。
「いただきます」
ゆっくりと口に運ぶ。
毎日食べているはずなのに、やっぱり美味しい。
孤児院にいた頃には、考えられないくらい豪華な食事だ。
「ノワール。これ、すごく美味しいよ」
そう言って、取り分けた一口を差し出す。
ノワールは一瞬だけ匂いを確かめてから、躊躇なく口にした。
特別な猫だから、問題はない。
……それに。
嬉しそうに食べているのを見ると、
やっぱり、あげてよかったと思ってしまう。
こんな豪華なお弁当を、ノワールと二人で食べられることが、
私はとても嬉しかった。
時折、視線を感じて顔を上げる。
誰かがこちらを見ている気がして、
でも、すぐに視線は見当たらない。
気のせいかもしれないと思って、
私はまたノワールと二人の昼食に戻った。
食事を終えて立ち上がると、ノワールも一緒に動く。
帰り道は、人の流れと少しだけずれている。
ノワールは、私の隣を歩いた。
「ね、午後は何の授業だったかな」
そう言うと、ノワールは一度だけ鳴いた。
「ふふ……ノワールも一緒に授業を受けられたらいいのにね」
きっと私は、授業中も一々話しかけてしまう。
あれが難しい、とか。
これが分からない、とか。
そんな私を、ノワールは少し呆れた顔で見るんだろう。
「にゃー」
案の定、嫌そうな声で鳴かれた。
猫だけど、ノワールは私より頭がいい。
だから、つい頼ってしまうし、
甘えてしまう。
私が、いつだって素直に甘えられる相手。
それがノワールだということを、
私はまだ“特別”だとは思っていない。
ただ、当たり前のように隣にいるだけ。
――それで、十分だった。




