第15話 優しい人は、時々遠くを見る
ロザリア様は、優しい人だ。
それは、出会った頃から変わらない。
誰に対しても丁寧で、穏やかで、
困っている人を見過ごさない。
だからこそ、
私は安心して、ロザリア様の隣にいられる。
けれど――
最近、時々思う。
ロザリア様は、
“遠く”を見ることが増えた。
話している途中。
お茶を飲む合間。
ふとした沈黙の中で。
視線だけが、
私ではないどこかへ向かう。
「……ロザリア様?」
声をかけると、
すぐに微笑んで、こちらを見る。
「どうしたの、リリア?」
いつもと同じ声。
いつもと同じ表情。
だから私は、
それ以上、何も言わない。
きっと、
考え事をしているだけなのだろう。
ロザリア様は、
いつも先のことを考える人だから。
将来のこと。
国のこと。
誰かの幸せのこと。
そう思えば、
あの視線も、自然なものに見えた。
――でも。
本当は。
その視線は、
何かを“探している”ようにも見える。
待っているようで、
待っていない。
期待しているようで、
どこか焦っている。
何かが起きるはずなのに、
起きていない。
そんな、
落ち着かない空気。
私は、その理由を知らない。
知ろうとも、思わない。
ロザリア様が話さないなら、
きっと話したくないことなのだ。
優しい人ほど、
自分のことは後回しにする。
だから私は、
聞かない。
代わりに、信じる。
「今日のお茶、美味しいですね」
そう言うと、
ロザリア様は少しだけ驚いて、
それから微笑んだ。
「そうね。今日は、よく香りが出ているわ」
その瞬間、
あの“遠い視線”は消えた。
今は、ここにいる。
それでいい。
私は、
ロザリア様が優しい人だと知っている。
そして――
優しい人ほど、
時々、とても遠くを見ることも。
その理由が何であれ。
ロザリア様は、
私に酷いことをする人じゃない。
それだけは、
疑ったことがなかった。
帰り道、
私は一人で歩いていた。
夕暮れの空は、
やわらかい色をしている。
「……ノワール」
名前を呼ぶと、
いつの間にか、足元に黒い影があった。
当たり前のように、
隣を歩く。
「今日は、少し考え事が多かったね」
返事はない。
でも、
その歩調は、ちゃんと私に合っている。
世界は、静かだ。
誰かが迷っていても。
何かが噛み合っていなくても。
私は、今日もここにいて、
隣にはノワールがいる。
それで、十分だった。




