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陽だまりの庭で、聖女は黒猫と生きる  作者: Koro


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第14話 ロザリア視点:分岐の、その先で



分岐イベントは、もう終わっているはずだった。


長期休暇。

皆で過ごす時間。

誰の隣に立つのか。

誰と、距離を縮めるのか。


――そういう“節目”。


ロザリアは、ティーカップを持つ手に意識を向けた。

白磁の縁に触れる指先に、わずかに力が入る。


「リリア、週末はどう過ごしていたの?」


何気ない問い。

ただの雑談のつもりだった。


リリアは少し考えてから、にこりと笑った。


「ノワールと一緒に、お菓子を作っていました」


――一瞬、思考が止まる。


「……え?」


思わず、声が漏れた。


(それは)


(それは、本来――)


乙女ゲームでは、

攻略対象に渡すためのイベントだ。


距離を縮めるための、特別な時間。

分岐後、個別ルートへ入るための合図。


ロザリアの脳裏で、記憶が一気につながる。


(でも……相手が、いない)


戸惑いを隠そうとするより先に、

リリアが慌てて付け足した。


「あ、でもノワールは猫ですけど!

特別な猫だから、お菓子を食べても大丈夫なんです!」


必死な様子に、ロザリアは一瞬だけ言葉を失う。


(……知ってるわ)


(ノワールは、聖女に仕える聖獣)


(猫の姿をした、マスコットキャラクター)


「ええ、もちろん知ってるわ」


そう答えながら、内心では別の思考が走っていた。


(危ない……)


(今の反応は、完全に前世の知識に引っ張られた)


(リリアが“誰かに渡す前提”で、考えてしまった)


「……あれ?」


リリアは少し不安そうに首を傾げる。


「私、今の話……前にもしましたっけ?」


「いいえ。でも、だいぶ前に聞いたことがある気がして」


ロザリアは、そう誤魔化した。


(本当は、“ゲームで知っている”だけ)


(でも、そんなこと言えるはずがない)


リリアは安心したように微笑った。


「そうでしたか。

なんだか、うっかり忘れていたみたいで……」


(素直すぎる)


その表情を見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。


(もし、もっと疑う子だったら)


(もし、少しでも違和感を覚える子だったら)


(私は、もう少し楽だったのかもしれない)


「……楽しかった?」


そう聞くと、リリアは迷いなく頷く。


「はい。

ノワールと一緒に作ると、楽しいんです」


その言葉に、特別な意味はない。

比べる意図も、選ぶ意識もない。


ただの、事実。


(それが、一番厄介なのよ)


分岐は終わった。

でも、リリアは誰のルートにも入っていない。


それなのに――

“選ばなかった”のではなく、

“選ぶ必要がない”ように見える。


乙女ゲームでは、確かにここから物語が動き出す。


なのに。


「……何も、起きてない」


ロザリアは、紅茶のカップを静かに置いた。


目の前には、リリアがいる。

いつも通り穏やかで、柔らかくて、楽しそうで。


「ね、ロザリア様。

今日のお茶、とても美味しいです」


何も疑っていない顔。

何も隠していない声。


……いや。


隠している、というより。


選択肢そのものを、見ていない。


そんな感じだった。


「リリア」


少しだけ、探るように声をかける。


「最近、学園はどう?」


「どう……ですか?」


きょとんと首を傾げる。


「特に変わりませんよ。

授業も、修行も、いつも通りです」


――いつも通り。


その言葉が、胸に引っかかる。


本来なら、もう“誰か”との時間が増えている頃だ。

距離が縮まり、視線が変わり、

周囲が気づき始める時期。


そういう段階のはずなのに。


「誰かと……その……」


ロザリアは、慎重に言葉を選ぶ。


「よく話すようになった人とか、いない?」


リリアは一瞬考えて――

すぐに、微笑んだ。


「皆さんと、普通にお話ししてますよ」


皆さん。


個ではない。

特別ではない。


ロザリアの胸が、静かにざわついた。


(まだ……なの?)


(それとも、私が――見落としている?)


「……そう」


微笑みを崩さず、

ロザリアは再びカップに口をつけた。


お茶会は、穏やかに終わった。


何も起きず、

誰も選ばれず、

それでも、リリアは満たされている。


分岐の先で立ち尽くしているのは――

ロザリアだけだった。



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