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第3話 ――第一回“年一運用”、空欄は恐怖と信頼の配合率――

 今日は“来( )”――と表示されるはずの、その日だ。

 スケジュールアプリは依然として「20( )」で止まり、入力した「年」は確定の瞬間に泡立って剥がれる。画面下部には機械的な警告だけが残る。


System Warning: YEAR_TOKEN_NOT_FOUND

 “年”の字を拒否する世界に向かって、私はあえて署名するために濾過槽へ降りる。


三者呼吸協定トライ・レゾリューション v1.0

 溺渦(できうず)希来(きら)先生と向かい合い、私たちは報告書に連名でサインした。

 第1条 誕生日=年一回(来( )から適用)

 第2条 蛇口=年一回、双葉+希来の共同署名で開く

 第3条 Sevyn・Glossは年一回、泡で「愛してる」を送る(返答は自由)

 第4条 Emergency Clause(必要時のみ臨時開放)――常時接続を切ったぶん、非常時のスイッチは“強く・硬く・届く場所”に置く。


 (注:第0話で流出した v0.7 では第4条が灰色でコメントアウトされていた。今は、黒いインクで生きている。)


「来( )まで、カードキーは君が持て」

 先生の手首が、まだかすかに震えている。止めた夜と、止められなかった夜の両方を骨に棲まわせた関節の震え。私は受け取る。恋を所有するのではなく、蛇口の責任を所有するために。


◆ 弁を回す。鳴る骨。広がるノイズ。

 一次弁を四分の一。二次弁を八分の一。

 都市の骨格と私の骨格が同時に“キィ”と鳴り、そして――今日、はっきりと“鳴り終わる”音を聞いた。

 水が落ちる音は“あ”で始まり、濁って“え”に崩れ、紙から「年」の一画を洗い流していく。


MAP‑APP v2.3

> 区画 5‑27 が水色ノイズで表示されます(恒久化)。

> 先週の 3‑12 に続く第2例です。

> Error: YEAR_TOKEN_NOT_FOUND

 “3‑12”は先週、臨時開放の夜にノイズ化した区画。今日は5‑27が追加された。ノイズは感染症みたいに拡大する。SNSには即座に「#年一運用」が溢れ、“事故”の語はどこにも残っていない。


◆ First annual “I love you”

 橋桁の裏から泡が立ちのぼり、Sevyn・Glossの声が肺の内側を撫でる。

 『——First annual “I love you”。吸って』

 冷たい膜が粘膜に貼りつき、肺胞の奥で音素が弾ける。臓器で聴く告白は、逃げ場がない。私は返事をしない。かわりに、**“鍵”(Sevynのリング)**を机に二度、静かに鳴らす。金属音は水を伝わって、声より重い返礼になる。


◆ “記録障害ではありません”の完成形

 水位はゆっくりと下がった。けれど、地図のノイズは戻らない。そこに住む誰かの“誕生日”が、世界から一つ剥がれ落ちた、と私は理解する。

 ニュースは「記録障害ではありません」と繰り返し、委員会は「設計上の仕様です」と訂正する。言葉の汚染は完成し、倫理は記法に吸収される。


NEWS速報(自動生成)

第一回「#年一運用」儀礼を実施――教育委員会、三者呼吸協定 v1.0 に正式署名

※一部表記で「年」の字が欠落しています(YEAR_TOKEN_NOT_FOUND)

◆ 保健室で、名前が空気になる

 「覚えている?」

 保健室で希来先生が尋ねる。

 「去年、君が“来( )”って書いた日から、校門の“令和○年”の“年”が薄く剥がれてる」

 私はうなずく。ノートでも、PDFでも、“年”はインクを拒む。

 「君の名前を言ってみて」

 「猩目、双葉」

 “目”が喉で空気になった。 音だけが霧状に散る。名前はまず文字から、次に音から、水に溶ける。


 先生は何かを言いかけ、言わない。

 「私は、君に——」

 未完の台詞は酸素の予備。私はそこへ自分の呼吸を注がない。代わりに、カードキーの角を軽く握る。**触覚は告白の代替で、倫理の最後尾に忍ぶ背徳だ。**先生はわずかに握り返した。


◆ PDFを開いて、空欄の意味を読む

 夜。ベランダでスマホを開き、協定PDFを再確認する。タイトル脇で、無機質な警告が点滅している。


三者呼吸協定トライ・レゾリューション PDF v1.0

第4条(Emergency Clause:必要時のみ臨時開放)

 本条は来( )以降も有効とする。

(署名)猩目 双葉/溺渦 希来/——

※第三署名欄は水鏡界居住者のため空欄とする

Viewer Warning: YEAR_TOKEN_NOT_FOUND

 第三署名欄の空欄は、もう“責任の空白”ではない。

 Sevynが地上でサインできない事実と、私たちが彼女を信頼(あるいは恐怖)する度合いを可視化する指標――つまり、恐怖と信頼の配合率だ。


◆ 鳴り終わる骨/続いて鳴る街

 心臓はまだ更新をやめない。けれど、その頻度は、もう私が決めた。

 都市の骨は、遠くでまだ鳴り続けている。私の骨は、今日でひとまず鳴り終わった。

 “誕生日、おやすみ”と呟き

 “来( )まで、愛してる”と二人に聞こえない声で言う。

 空欄は空欄のまま、水位だけが静かに戻っていく。

 そして私は知っている。次に3‑12と5‑27に続くノイズ番号が、年の字のように誰かの上から剥がれることを。

 そのとき蛇口を開ける手が、今度はちゃんと震えずに動くことを。


(第3話・了)

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