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一巡する異世界の果てでまた君に逢う  作者: 花浅葱
第一章 一巡する異世界でまた君に逢う
9/9

第八話 死

 

 ──。

 ───。

 ────。


「──生きて……る?」

 死を錯覚するほど強烈な光に襲われた俺とティアラ様であったが、助かったようだった。

 閃光が理由で目を閉じていた俺が右手で目を覆いつつゆっくりと瞼を開くと、指と指の隙間から見えたのは俺達とその侵入者の間に割り込んだ一人の白いローブに身を包んだ男性──ティアラ様の騎士だと思わしき人物だ。


「──お嬢様の邪魔はしないでいただきたい」

 青髪の騎士は、冷たい声でそう言い放つ。白いローブが風で揺れ、その騎士が構えている剣の先がキラキラと光り輝いている。


「ガッハハハハハ!面白れェ、俺様の攻撃を受け止めるたァ、中々やるじゃねェか!」

 そう笑うのは、青髪の騎士の奥にいる大男であった。


 その姿を一瞥した直後に攻撃されたので先程はじっくりと見ることができなかったけれど、今は違う。

 青髪の騎士の奥にいる大男は、俺の二回りは大きいくらいはある大きな肩に鯨のように大きな頭が乗っていた。その鮮血のように赤い髪は、3本の太い線を描くようにのみ生えており、この大男の頭を上から見たら赤い川の字を描いているだろう。

 小さい目でこちらを捉えて、その大きい口から真っ白な歯を見せつけた団子っ鼻の大男は、俺達の方から視線を外し、俺達を守る青髪の騎士のことをしっかりとその双眸で捉え、先程〈極電気弾(スパーク・レールガン)〉などと口走っていた技を放った右の掌を大きく広げて向ける。

 その巨大な掌は、リンゴどころか人の頭蓋骨までもを簡単に砕いてしまいそうなほどに力強さを感じた。


「アハト、任せられる?」

「お任せください、お嬢様」


 アハトと呼ばれた青髪の騎士は、俺やティアラ様の方を一切見ずに、ただ剣を構えて大男の方をジッと見据えていた。


「──『民族武闘(フォークダンス)』アハト・ノークス」

「『暴虐児』ナンメル」


 2人はお互いにそう口上を終えると、アハトの方から動き出す。

 と言うのも、どうやら大男──ナンメルが先程放った攻撃を再度放つには、少し時間がかかるようだったからだ。


 その隙に倒さんと言わんばかりに、アハトはナンメルを外へと押し出し、自分もそこから落ちていく。

 ナンメルが侵入していたところには、つい数分前まで俺が売られていた奴隷市場が広がっており、人が多い中で2人は戦闘を開始したようだ。できれば、被害が大きくならなければいいけれど──と心の中で祈っていると、ティアラ様が「アオイ」と俺の名前を呼ぶ。


「なんでしょうか?」

「一つ、契約をするわ。左手を出して頂戴」

「は、はい」


 俺は、何の契約かも伝えられずに頭の中に疑問を残しながらも、ご主人様であるティアラ様に従って左手を出す。先程柔らかい唇でキスをされ、主従契約の刻印が押されていた左手にティアラ様は両手で触れて額を近付けると、そのままブツブツと念仏のようなものを唱え始めた。


「これは……」

 俺は何をしているのかわからず戸惑ってしまうが、ティアラ様のその集中力に言葉が詰まってしまう。

 きっと今は話しかけない方がいいだろう。ティアラ様の急いでいる理由が、先程の大男──ナンメルの敵襲が理由だとするのであれば、一刻も早く俺を連れてここから逃げたいはずだ。

 だけど、それよりも優先すべきこととして契約をしていると言うのなら、これは命に代えてでもしなければいけない契約だと言うことになる。


 アハトとナンメルが戦闘を行っている状況下、いつナンメルがこっちに戻ってくるかわからない。

 俺は自分の心臓の鼓動が速くなっているのを感じる中で、額に当てられている左手の甲がぼんやりと熱くなっていることを感じる。ティアラ様の額が直接当てられているので、どうなっているのかは見えないけれど、先程付けられた紋様が橙色に光っているような感覚がしていた。


「──」

 緊張により、無意識に喉が鳴る。

 ティアラ様は、絶えず口から呪文を詠唱し続けており、その詠唱は念仏みたいな感じで俺の理解できる言葉に変更できない。意味があるけど俺の知らないようなものなのか、初めからその詠唱に意味らしい意味はないのか。

 頭を働かせるだけ無駄だったから、俺は今か今かとその詠唱が終わる時を待ち、30秒。


「──ありがとう、終わったわ」

 ティアラ様がそう口にして俺の左手から両手を離し、契約が完了する。


「──えぇと、さっきのは何の契約だったんですか?」

 詠唱中は、ティアラ様の集中力を切らさないために話しかけなかったけれども、契約緒を終えた今なら話しかけてもいいだろう。


「今、私とアオイは『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』と呼ばれる契約を結んだのよ」

「『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』……」

 俺は、その契約の名をゆっくりと咀嚼し理解を試みる。言葉を反芻し思案しても、その内容を理解することはできなかった。


「わからない──って顔をしてるわね。無理もないわ」

 ティアラ様はそう口にして柔らかな笑みを浮かべる。そして、彼女は白く細い右手の人差し指をピンと突き立ててこんなことを口にした。


「まず、最初に1つだけこの契約のルールがあります」

「──ルール?」

「えぇ。今回結んだ『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』のことは私以外の誰にも話さないで」

「──わかりました。理由を聞いてもよろしいですか?」


 口外厳禁。

 俺を買ってくれたティアラ様のお願いだから聴くけれど、その理由は知りたかった。

 別に理由を教えてもらわなくても約束は守れるが、理由を聞いておいた方が自分を律することができると考えたのだ。まぁ、好奇心もあったけれど。


「理由としては2つあります。1つ目は、『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』の使用を誰かに知られてしまうと、その効力を実質的に失ってしまうからです。そして、2つ目の理由としては先程の契約が今では禁忌の魔法とされているからです」

「禁忌の、魔法……」


 俺は、ティアラ様の言葉を聴いて絶句する。

 禁忌の魔法──ということは、それなりに危険な契約なのだろう。

 それこそ、奴隷が多くいて殺意の高い攻撃が許可されているドラコル王国で使用を禁じられるほどに。

 そして、人に話すと実質的に効力を失う──というのも気になる。

 効力を失って意味がなくなるということは、少なくとも俺に害はないものだと考えられる。効果を失って困るのは、ティアラ様や俺なのだ。

 一体、どんな契約なのか本当に予測がつかない。


「話していけないというのは、先程の騎士の方にも?」

「はい。私の側近であるアハトにも話すことは許されません。アハトも、私が今アオイと『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』の契約を結んだことは知りませんから」

「じゃあ、本当にこの世界で『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』を契約したことを知っているのは俺とティアラ様だけってことですか?」

「はい、そうです」


 俺は、その事実を聴いて事の大きさを少し理解する。

 どうやら、かなり面倒なことに巻き込まれたみたいだった。一体この貴族令嬢は何を考えているのだろうか。外部どころか内部の人間にさえ契約を結ぶことを話していないし、契約を結んだことを話してはいけない契約となると、俺の存在自体がトップシークレットになることもあり得る。


「──誰にも話してはいけない。そのルールは理解していただけましたか?」

「はい」

「わかりました。では次は、『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』の効果をお話ししましょう」

「お願いします」


 俺は少し食い気味に返事をした。

世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』がどんな効果を齎すかどうかで、俺の立場や役回りもかなり変わってくるのだ。

 きっとこうして特別な契約をしている時点で、俺は普通の奴隷とは違った扱いを受けるのだろう。

 もしかしたら、その境遇の差に理由を付けるのに黒髪は都合が良かったのかもしれない。

 そんなことを思いながらも、俺は全神経を集中させてどんな微かな声も聴きとらんと言わんばかりに、聴力を研ぎ澄ましていた。


「『世界一巡(せかいいちじゅん)慮考(りょこう)』の効果ですが、私──ティアラ・へルネス・ショコラティエか、アオイのどちらかが──」


 言葉が、爆音で塗り替えられる。

 ティアラ様の言葉が耳に入るよりも先に、俺の耳の穴を埋めるのは何かが爆発するような轟音だった。

 生命の危機を察知した俺達2人は、つい先程ナンメルによって開けられた穴の方を見ると、その砂埃の中から姿を現したのは──


「随分と俺様のことを楽しませてくれたじゃねぇかァ!だが、損傷してやったぜェ」

 そんな言葉と一緒に俺達の方に投げられるのは、体に大きな風穴を開けられたアハトの死体であった。


「──んぁ」

 俺は初めて、人間の死体を見た。

 鳥の死体でさえ目を逸らしたくなるのに、人間のちょっとの血でさえ目を瞑りたくなるのに、人間の死体は刺激が強すぎた。

 細かい傷口が全身にあり、そこから赤黒い血が滲んでおり、アハトの青い髪と対比する様に体を彩っている。腹に開いた風穴からは赤黒く染められた内臓と思わしき物体がはみ出ていた。


「う……おえ」

 心臓が膨張するような不安感を覚え、それに押し出されるようにして口から真っ黄色の胃液がこぼれ出る。死体を見て吐き気に襲われた俺は、そのまま部屋の床にそれをぶちまけてしまった。


「ガッハハハハハ!女の方が吐くのはわかるが、男のお前が吐くとはなァ!随分と軟弱な野郎だぜェ。案山子は田圃に帰りやがれ」

 俺の耳にそんな言葉が入ってくるけれど、その意味を正しく掬い取るところまでには至らなかった。

 心臓の音が響いている。勇敢に戦った騎士の死体を前にして、自分の体は一生懸命に生を訴えている。

 生きている、生きている、生きている、生きている、とその鼓動で精一杯に小さな生命を表明している。


「──んじゃ、今度こそ死んでもらうぜェ。〈極電気弾(スパーク・レールガン)〉」

 先程と同じ技名が耳に入ると同時、床を吐瀉物を映していた俺の瞳が白で染まる。


 刹那、俺の体を電気の弾が穿ち、自分の命が奪り獲られるのを感じた。




 ──相生葵は、死んだのだ。

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