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一巡する異世界の果てでまた君に逢う  作者: 花浅葱
第一章 一巡する異世界でまた君に逢う
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第七話 麗人との契約

 

 大きくて落ち着いた印象を覚えるサファイアのような色をした瞳。バターを彷彿とさせる健康的な白い色をした肌。可愛らしい朱色に彩られた口に、顔の中心におかれた上品な高い鼻。細い三日月の形をした眉に、長く濃い睫毛。高名な芸術家が作ったような絶妙なバランスで設置された顔のパーツは、どれも人間における最適解と思わせ、見るもの全てが心を奪われるくらいに美しく整っていた。


 そして、外から漏れる光を反射させてキラキラと光っている金色の長髪や、奴隷は天地がひっくり返っても着ることが無いような美しさと可愛さを兼ね備えた奴隷市場には似合わない紅色のワンピースを身に纏ったその女性は、現在美しさとは対極である奴隷と言う立場に身を堕とした俺の購入を宣言する。


 ──俺の値段は8000万グランだ。


 1グランが何円に相当するのかは俺にはわからないけれど、最大限安く設定されているだろう愛玩具用の奴隷は50グランだと自分で口にしていたのが俺の脳裏に克明に刻まれている。


 その女性は、「アーキナーさん」と呼ばれていた黒いシルクハットとスーツを着た丸々と太っている男性と、俺を無視して何かを話していた。きっと、俺を購入するための手続きでも行っているのだろう。

 放置された俺は、俺の購入者であるその美しい女性の横顔をボンヤリと眺めていると、彼女がこの世界の貴族なんじゃないか──などという考えが頭に浮かんでくる。


 思えば、俺が異世界転移した時にはナール海岸という地名と一緒に「ファング家」という名前が出てきていた。そう考えると、このドラコル王国にも貴族や王族と呼ばれる立場の人がいるとかんがえるのが普通だろう。


「貴族か……」

 お金持ちであれば、この世界で大変貴重な黒髪である俺を購入できるのにも納得がいく。

 8000万グランと言う高い値段で取引される以上、想像するような酷い扱いをされることはないと思うし、目の前の麗人が奴隷を虐めている姿が想像できない。だから俺は、これから繰り広げられる目の前の女性との生活に思いを馳せてほんの少しの期待をしていると──


「出てきなさい、黒髪」

「は、はい」

 アーキナーさんと呼ばれていた肉団子の上にブクブクと太った顔を置いたような中年が俺のことを髪色で呼んでそう指図する。俺の黒髪は、この世界で最大のアイデンティティとなるようだけれども「黒髪」と呼ばれるのは癪に障る部分がある。だけど、俺──身分の奴隷で逆らうと首輪が反応して死ぬ可能性があるから、静かにその声に従った。


 柵が開かれて黄土色の地面を歩いてそちらに向かい、大勢の野次馬に見守れながら柵の外に出る。

 俺が振り向いてカリファのことを確認すると、最初と同じように隅っこで小さくなっていた彼女の姿があった。


 異世界に来て最初に仲良くなった彼女との別れは名残惜しいけれども、それを受け入れるしかない。

「ありがとう」と、誰にも届かないくらいの小ささで感謝を口にして、俺は「とっとと歩け!」というアーキナーさんの声に急かされて先程俺が髪をベタベタと事務員に触られた事務室の方へと案内される。


 ──と、黒髪を最後に一目見ようと俺の後ろをゾロゾロと付いて来る有象無象とは別に、俺を購入した麗人と思わしきこれまた顔の整った男性が俺の数歩後ろを歩いてきていた。


 あんまりキョロキョロしていると怪しく思われてしまいそうだったが、俺がチラリと一目見た感じでは目の前を歩く麗人にお似合いの男性──という感想だ。

 高身長であり、鍛え抜かれた体ではあるけどそれを見せつけようとはしない白のローブに身を包んだ彼は、麗人の騎士──と呼ぶべきだろう。

 麗人の瞳がサファイアのような青と表現したならば、後ろを歩く騎士の髪はそれよりも青い、海のような青だった。顔の細部までは見尽くせていないが、一目見ただけでもその美しさには男性の俺でも心が惹かれてしまう。


 そのまま事務室の方へ移動すると、後からゾロゾロと付いてきていた傍観者の列はいなくなり、俺と金髪の麗人・アーキナーさんと青髪の騎士の4人となった。俺の後ろを歩くその男性が、俺のすぐ前を歩く麗人の関係者であることが確定する。

 裸足でペタペタと床を歩きながら先頭を歩くアーキナーさんに連れられて一つの部屋へと入っていく。


 廊下と同じように清潔感のある白で統一された部屋の隅にはホールクロックが置かれており、部屋の中心には1人用のソファが2つずつ茶色い足の短い机を挟むようにして置かれていた。


「それじゃ、アハトは廊下で待ってて」

「承知いたしました。お嬢様」

 最後尾を歩いていた海のような青い髪を持つその騎士は深くお辞儀をする。どうやら、この部屋には俺と麗人とアーキナーさんの3人のようだった。


 アーキナーさんがその濃い茶色に塗装された重そうな扉を閉めると「さぁさぁ、座って座って」と麗人を座らせる。俺はどうしたらいいのかわからなかったけれど「来い、黒髪」などとアーキナーさんの隣に座るように指示されたので、俺は素直に従った。


 俺の隣にアーキナーさん。そして、俺の対角線上に美しいご令嬢が座っている。


「さてさて、本日は──」

「少し急いでおりまして。長話をしている時間はありませんから、もう購入の手続きに進んでもよろしいかしら?」


 アーキナーさんがその二重あごを震わせながら商談を開始するが、それを打ち切るのは未だに名称不明の俺のご主人様になるであろう麗人だった。8000万グランと言う貴族階級の人からしても決して安くはない値段で取引される黒髪の俺の購入を即断即決した彼女は、何やら急いでいるらしい。


「8000万グランはもう用意できています」

 そう口にする彼女は、どこからともなくアタッシュケースを取り出した。その中には、ズラリと光り輝く金貨が並んでいた。その輝きはまるで彼女の金髪のようで、俺は目を奪われてしまう。


「……確かに。確かに受け取りました。それでは奴隷との主従契約のご準備をお願いします」

「もうできています」

「──左様でございますか。では早速」

 アーキナーさんが少し困りつつも笑顔を絶やさずに会話を進めると、俺の左手を掴んで麗人の前に出す。


「え、今から何を……」

 俺は困惑してそんなことを口にするが、誰もそんな俺の疑問には答えてくれない。

 ただ麗人は目を瞑り、俺の左手の甲に顔を静かに近付けて──


「──完了しました」


 手の甲にキスをされた。確かに感触があった。

 その柔らかい唇が、俺の左手の甲に優しく触れて彼女の温度が俺に移る。キスをされた手の甲をアーキナーさんがその大きくて太い手で触れて確認してからこんなことを口にした。


「──はい、主従契約の方も確かに完了しています」

「ありがとうございます。もう少しこの部屋を借りてもよろしいでしょうか?少しこの人と話がしたくて」

 その麗人は、俺の方をチラリと見ると小さく微笑んだ。その笑顔はあまりにも美しく、自分の鼓動が高くなっていくのを感じる。


「わかりました。では、私はここで。廊下に事務員を配置しておきますので、何かございましたらそちらにお尋ねください」

「ありがとうございます」

 アーキナーさんはそう口にすると、その太った体を一生懸命に動かして俺と麗人を残して出て行った。

 隣にいた巨漢がいなくなっただけでも、俺を襲っていた圧迫感が消え失せたような気がする。


 俺は、先程麗人にキスをされた自分の左手の甲をチラリと見る。そして、一回視線を外したけれども、そこに紋様のような何かが描かれていることに気が付き、もう一度そちらの方に視線を戻した。


 俺の左手の甲に浮かび上がっていたのは、大きく言えば1つの円だ。その模様は、円の中心から8つの鋭い矢じりが放射状に広がる星芒形が刻まれており羅針盤のような形をしていた。円の中心を貫くようにして描かれている一本の線は矢型になっていおり、橙色に微弱に光るその紋様は克明に俺の瞳に焼き付いた。


「これは……」

「主従契約をしたの。何かあったらそれを見せなさい。アナタが私たちの奴隷であることを証明してくれるわ」

 そう口にする麗人はいたずらに微笑む。と、何かを思い出したように彼女はまたその口を開いた。


「と、自己紹介がまだでしたね。アナタの髪色に惹かれて購入させていただきました、ティアラ・へルネス・ショコラティエです」

 その麗しい女性は、ティアラ・へルネス・ショコラティエと名乗った。ティアラという装飾品の名前は、宝石のように美しい彼女に相応しい名前だろう。


「えぇと、ティアラ様──でいいですかね?」

 俺は、自分が奴隷と言う身分であることをしっかりと弁えているので呼び捨てでも「さん」でもなく「様」を使用する。


「はい、それで構いません。アナタには今日から、ショコラティエ家の奴隷として働いてもらいます。基本的な業務としては私の身の回りのお世話になりますがよろしいですね?」

「はい」

 どちらにせよ、既に購入された俺に拒否権はない。農園で酷使される──とかではなくて助かった。


「──では、そちらも自己紹介をしてくれると嬉しいです」

「わかりました。俺──私の名前は相生葵(あいおいあおい)。今年で19歳になります。戦う事とかはできません、魔法も使い方を知りません」

 俺は、地球から来たことは言わなかった。出身のことは、聞かれたら説明するのでいいだろう。

 それよりも俺は、戦闘どころか家事手伝いの範疇の魔法でさえも使い方がわからないことを説明した。

 奴隷としては、そのことを伝える方が余程大切だろうと考えたである。だけど、ティアラ様はそんなこと興味がないと言わばかりに口を開き──。


「アオイですか、わかりました。なんだか不思議名前ですね」

「よく言われます」

「それと、一人称は無理に私に改めなくてもいいですよ」

「わかりました、ありがとうございます。お言葉に甘えて俺を使わせていただきます」

 俺はそう口にして、机を挟んで対角線上に座るティアラ様に深く頭を下げる。


 ──奴隷のことは全くわからないのだが、俺は奴隷として上手くやれているのだろうか。


「それで、俺の方からいくつか質問があります。よろしいですか?」

「はい、構いませんよ。奴隷の疑問を解消するのはノブレス・オブリージュですから」

 ティアラ様はそう口にすると、優しく微笑む。きっと、俺に恐怖感を与えないようにしているのだろう。


「正直に言うと、俺はドラコル王国についての知識がほとんど無くて。ティアラ様は貴族なんですか?」

「──はい。ショコラティエ家は代々侯爵として十二貴族に名を連ねております」


 十二貴族──という単語は初耳だ。

 だけど、その単語の意味は考えてみればすぐに推察できる。きっと、この世界には合計で12の貴族の家系があるのだろう。その中の1つに、ショコラティエ家は組み込まれているのだ。


「ありがとうございます。それで、もう一つ質問があるんですけど。ティアラ様は先程から急いでいるように見えますが、この後何かあるのですか?」

 俺がそんな質問を投げかけたその時だった。


 ティアラ様の表情が途端に真面目なものとなりその口が動く、そして俺達のいる部屋の壁に穴が開き──。


「──は?」

 大きな音を立てながら崩れ落ちる壁の方に俺とティアラ様の視線が吸い込まれていく。

 そこに立っていたのは、体格のいい一人の大男だった。その来襲は、ティアラ様にとっても全くの予想外なのか開いた口が塞がっていない様子である。


「──対象発見だぜェ!直ちに損傷してやらァ!」


 大きな穴が開けられた壁際に立っていたのは、1人の大男。

 俺が状況を飲み込めないままに、その大男は俺達の方へと中心に穴の開いた巨大な右の掌を見せつけて──




「──〈極電気弾(スパーク・レールガン)〉!」

 俺とティアラ様の2人は大男の奇襲を受け、その掌に開いた穴から発射された攻撃で視界を白一色に染める。


 こうして俺の異世界冒険譚は幕を閉じ──

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