第六話 異世界のこと
相も変わらず、この世界では珍しい黒髪を持つ俺を一目見ようと集まる見物客は一向に減らず──それどころか、最初よりも増えているような気もしなくもないが、俺の頭髪の一点に好奇の目が向けられている中で俺とその紫髪の少女はその視線を無視して色々と思考を巡らせていた。
「──あなたは、どこから来たの?」
「……え?」
彼女が涙ながらに話してくれた後、俺達2人の間にはしばしの沈黙があったけれども、その沈黙を破り彼女は俺に話しかけてくる。その少女の目は泣いたからか腫れており、初対面の時よりも目つきが悪く感じたけれど、今はそれよりも投げかけられた疑問の方が問題だ。
「え、じゃなくて。私だって話したんだから。次はアンタの番」
出会った時と同じように、ぶっきらぼうな物言いをする彼女は俺がここまでに来るまでの経緯を話すよう強要する。
だが、俺は少し迷ってしまう。きっと、ここで「異世界転移をして」云々と説明をしても、彼女は俺にペテン師というレッテルを貼り付けるだろう。そうじゃなくても、俺の話を現実だと受け入れてはくれないだろう。だけど、盗賊に捕まったのは俺が助けを乞うたからであり、その理由は異世界転移して右も左もわからないからで──
「なんで無視するのよ」
そう口にして、彼女は右手で俺のことを小突く。それにより、異世界転移のことを話すか否かの思考から、意識をその少女の方へと持っていかざるを得なくなる。
「さっき触るなって言ったじゃん」
「私は良いの」
「なんだよそれ……」
「で。あなたは、どこから来たの?」
彼女から再度同じ質問がされて、俺は覚悟を決める。
ペテン師と言われ、嘘つき呼ばわりされても俺は異世界から来たことを話す。
「──俺は、異世界から来たんだ。気付いたら、ナール海岸って海にいて。迷ってたらそこの管理人に声をかけられてさ。結果として保護してもらうことになったんだけど、その管理人の中で奴隷って聞こえたから急いで逃げてきたの。林を抜けたところに道があったから、それに従って走ってたら一台の馬車がいて。迷子だって話したら盗賊の馬車でさ。抵抗することもできずに捕まっちゃった」
「……」
俺の話を聞いて、彼女は膝と肘を重ね合わせて頬杖をついて俺の話を聴いていた。そして、ジトっとした目で俺を睨みながら──
「──異世界から来た、ねぇ……」
「嘘だって言うか?」
「えぇ。だって信じられないもの。フォギーくらい信じられない」
彼女の口にするフォギーが何かを俺は知らないけれど、彼女の友達の名前だろうか。
──と、すっかり「彼女」と呼称していたけれども俺は彼女の名前を知らないし、彼女だって俺の名前を知らない。フォギーが何かを知らないことよりも、一緒に話をしている彼女の名前を知らないことの方が問題だろう。だからこそ俺は、自己紹介を試みる。
「フォギーが何かは知らないけど、とりあえず自己紹介をしない?」
「それもそうね」
「じゃあ、俺から。俺の名前は相生葵。18歳で、さっき言った通り異世界出身だ。これからよろしく」
「私の名前はカリファ・アルヒクマ。同じ18歳で、クフラ村出身よ」
俺の隣で体育座りを崩さないその艶やかな紫色の髪を持つ、目つきの悪いその少女の名前はカリファ・アルヒクマと言うらしい。
「アイオイアオイって、すごい名前ね。名前っぽくない響きなのに、スッと入ってくる」
「まぁ、カリファさんからしてみれば異世界の名前だからね」
「カリファでいいわよ、同い年なんだし」
「じゃあ、呼び捨てにさせてもらうよ。俺のこともアオイって呼び捨てにしてくれて構わない」
「ん」
カリファと俺の関係性は、「奴隷市場で同じ場所で売られた」などとかなり不思議なものだけれども、同い年で同じ奴隷だからお互いに呼び捨てにすることにした。
──そこから、俺とカリファは色々なことをお互いに教え合った。
カリファから俺は、ドラコル王国──いやそれ以前に、この世界についての最低限のことを教えてもらった。
まず、この世界には魔法があるらしい。
その魔法は強力なものから順に、S,A,B,C,D,Eの6段階に分類されておりBランクよりも上のものを使用するには魔晶石を埋め込んだ特殊なアイテム──多くの場合は、魔法杖と呼ばれるステッキが必要となるようだった。カリファも魔法を使えるらしいのだけど、現在は付けられている首輪によって魔法の使用が制限されて、魔法を行使できないなどと口にして自虐的に笑っていた。
魔法杖にも使用されている魔晶石は、魔法杖を作る以外にも今も俺達に付けられている首輪のような多くの魔法道具の製作にも使われているらしい。カリファの簡単な説明によれば、強力で複雑な魔法を使用するには必要不可欠なものだそうだ。
そして、この世界にはなんとドラゴンがいるらしい。
魔獣と呼ばれる、人間に敵対するドラゴンやそれ以外の生物が世界中に多く存在しているらしくて、その中でもドラコル王国内で猛威を揮っている魔獣の中の頂点に君臨する8体の怪物は「龍種」と呼ばれているようだった。
尚、カリファの説明を聞くに龍種は全員が全員ドラゴンの姿をしているわけではないらしく、ドラコル王国に伝わるドラコル神話でそう呼ばれているから、今もその名前で親しまれている──いや、恐れられていると言う。出会えばほぼ確実に死──などと告げられて、俺は体を震わせた。そんな龍種よりも上位の存在として『古龍の王』というのもいるらしいので、この世界は地球とは比べられないような戦力があるようだった。まぁ、核爆弾を落とせば『古龍の王』にも勝てるのかもしれないけれど。
他には、ドラコル王国の国内外こともザっと教えてもらった。
周辺国家としては、ドラコル王国の西側には現在も国境付近で今も睨み合いが続いているニーブル帝国が、南──俺が最初にいたナール海岸を真っ直ぐ泳いでいった先には多くの島で構成されたペラーシュ共和国があり、そして今俺達が立っている地面の遥か下にはパドゥ地下公国が、その逆に俺達が立つ地面からでは首が痛くなるほど見上げなければならないような雲の上にはウチョウ連邦があるらしい。
地下や天空に国があるなんて、地球を生きていた俺にとっては考えられないようなことだったけれども、この世界ではそれが当たり前のようだった。ちなみに、さっきカリファが言っていた「フォギー」というのは地球で言う宇宙人のことだという。
──と、そんなこんなで俺がこの世界のことを掻い摘んで教えてもらった後に俺は、地球のことを色々と話した。
地球のことを話せ──と改めて言われるとかなり迷ったけれど、東京のことだったり日本の文化とかを話してくれたら興味深そうに聞いてくれたし、試しに『シンデレラ』を話したらすごく気に入ってくれた。
この世界にも御伽噺は存在するらしいが、どれも勇者がこんな悪さをした魔獣を倒した──というような好戦的な話が多く、シンデレラや白雪姫のような話は少ないらしい。
そんなこんなで俺達はそれぞれの世界のことを語らい、自分が今奴隷として売られていて、黒髪という理由で興味の視線を集めていることすらも忘れてしまっていたその時に──
「見つけた!」
そんな甲高い声が俺の耳に吸い込まれるように入ってきて、俺とカリファの2人はその大きな声がした方向を見る。
そこにいたのは、1人の女性だった。俺達と同い年か数歳年上かはわからないけれど若々しい見た目をした、キラキラと周囲の光に照らされて輝いて見える金色の長髪を持つ国宝級に顔の整った女性は俺を見物する野次を退けながら俺達の方へと迫っていた。
「ほら、購入しない者は退いた退いた!商談の邪魔はさせないぞ!」
その麗しい女性の後ろから歩いてやってくるのは、ブクブクと太った丸い体に大きな顔を乗っけている黒いシルクハットを被った男性だ。黒いスーツに身を包んでいる鞠のように丸いその中年は、その見た目だけでも財を持っていることがわかる。
俺は一体何事なのか理解ができかねたが、彼女が放った言葉で状況を飲み込むことができた。
「アーキナーさん。是非この奴隷を買わせて下さい」
その言葉と同時に、俺はその美しい金色の髪をした女性に指を指される。
「──よかったわね。すぐにご主人サマが見つかって」
俺が喜びを覚えるよりも前に、カリファは膝に頬杖を立てながらそう静かに口にする。
地面に向けられているその視線は、どこか寂しそうだった。