表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一巡する異世界の果てでまた君に逢う  作者: 花浅葱
第一章 一巡する異世界でまた君に逢う
6/10

第五話 紫髪の少女

 

 ──奴隷市場に到着した俺は、奴隷市場に従事している事務員に引き渡された後に好き勝手に俺のことを視診及び触診されていった。


 中でも、俺の黒髪はやはり珍しいのかわざわざ石鹸で泡立てられて、それが地毛かどうか確かめられた。

 俺の黒髪は、地球──その中でも極東に位置する島国である日本では珍しくもなんともないものなので、無事に染色されたものでないと判断されて、高級黒髪奴隷の名が付けられたのだ。


 黒髪が地毛と判断する前も、俺の脱走を見張るために俺を捕まえた3人組は部屋にいたが、地毛と判断された後はそれ以上に筋骨隆々とした男がゾロゾロと入ってきて部屋中を囲っていた。

 貴族のお嬢様も顔負けの屈強で強面の護衛に見守れながら、俺はこれまたこの異世界では珍しいリュックと衣服を剥ぎ取られて、少し黄ばんだ白いぼろ布と下着が渡されるのでそれを身に纏う。


 着替えもジロジロと見られていて恥ずかしかったので、俺は奴隷であることを楽しみにしているかのようなスピードで着替えを終えると、俺は事務員にブレスレットのようなものを渡される。


「これは……?」

 金属でできているのかそのブレスレットはヒンヤリと冷たかった。

 いや、ブレスレットにしては少し大きすぎるだろうか。これは一体──。


「付けてやる」

 事務員は、俺の手から一度その大きな金属の輪っかを取り上げて、その輪っかを開いて俺の首に付ける。


「──ちょ、何を!」

「お前をこの首輪で管理する。勝手に外そうとしても、この奴隷市場から逃げ出そうとしても爆発する。死にたくなければ、わかってるよな?」

 事務員は、俺の顔を一切見ずに低い声で脅しをかける。俺は、ゴクリと唾を飲み込むと同時に、首に金属の冷たさを感じた。


「──それじゃ、早速奴隷市場に行く。付いてこい」

 そう口にして、事務員の人が立ち上がり、それに合わせて部屋の壁をグルっと一周整列していた屈強な護衛も動き出す。いつの間にか、俺をここまで連れてきたあの3人組はこの部屋からいなくなっていた。

 きっと、従来の業務に戻ったのだろう。俺の人生をぶち壊しておいて、あの3人組は平々凡々として日常の続きを演じているのだ。怒りが湧いてくるけれども護衛に囲まれた状況で、文句が言えるはずはなかった。


 事務員に連れられ、護衛に囲まれながら俺はその建物を出る。

 そこは、木の枠組みが丸見えになっており、黄色の幕がされており外が見えない状態になっている場所だった。護衛の隙間から見えたその風景が描くのは、残酷で無慈悲な真実。

 俺の入って来た黄色の幕が垂れ下がった半分外と言えるような場所には、俺の腰の高さくらいの柵に分けられた空間が何個も並んでいた。そこには3人から5人の老若男女を問わない、俺と似たような黄ばんだボロ布を身に纏った人間が入れられているのが見えた。彼らも、奴隷であり「商品」なのだろう。


「──」

 俺は、思わず喉を震わして言葉ではない声を漏らしてしまう。首に付けられた首輪に続き、こうしたところで売られる──もう既に「奴隷」になってしまったのだと実感させられて、胸が内側から張り裂けそうなほどに膨張していく不快感を覚えるのと同時に、心という感情を司る架空の臓器が、すっかり俺の中から消え去ってしまったような虚しさを感じる。


 そんな、俺の矛盾を抱えた精神的な圧迫など知らず、その事務員は歩き続けて、遂に一つの柵の前で立ち止まる。

 その中には、1人の少女しかいない。今日からしばらく、俺の同居人になるであろうその紫髪の少女は、高い所で結ばれたツインテールだけを見せて、その正方形の空間の俺から見て右端のところで体育すわりをして小さくなっていた。


「入れ」

 俺は、事務員にそう指示されて内開きに開いた柵の開閉部分からその中に半強制的に入れられる。


「逃げようとなんか思うなよ」

 念を押されて忠告された俺だが、そこまで逃亡しそうな雰囲気を醸し出していただろうか。

 俺は、声を絞り出して「はい」とだけ口にすると、事務員と護衛の集団はゾロゾロと事務室の方へ帰っていった。


 十数人が列をなして帰っていく姿を、俺はただ立ち尽くして眺めていた。そんな俺を──俺の黒髪を物珍しいような目で見ている客が既にチラホラ見えたけど、不思議と俺の目に傍観者は入らなかったし、俺の耳に喧噪は吸い込まれなかった。


 一体いつまでそうしていただろうか。

 事務員率いる護衛十数名が事務室の中に撤退してからも、俺はただその一点を見つめて呆然と立っていた。ただ無意識に無感情に直立不動のまま何を考えていたわけでもない俺だったが──


「高ッ!8000万グランもするのかよ!?」

 群像の中からそんな声が聴こえて、ビクリと肩を震わせた後に我に返ったようにその言葉の主の方を見る。

 その低い声のした方向には、誰が声を出したのかわからないくらいに人が集っており、俺の黒髪をキラキラと輝かしたような目で見ていた。俺は、そんなに人が集うとは思わなかったから思わずギョッとしたような顔をしてしまい、その視線から逃げるようにゆっくりと腰を下ろした。


 すると、その途端に俺の意識していなかった喧騒の声が入ってきて俺は奴隷市場の賑やかさに中てられる。俺のことを好奇の目で見ている客に、漠然とした恐怖心を覚えながら俺は何もできずにいた。


 ただ受動的になって様々なものに圧倒されていると、奴隷市場の中に広がっている様々な会話の中から1つの声がピックアップされる。


「お願いします、私を買ってください!安いですよー、私!たったの50グランです!お願いします、買ってください!」


 遠くから聴こえてくる、媚びたようなその女性の声が吸い込まれるように俺の耳に入ってきて、俺の体躯を震わせる。


「実は私、今日売れ残ってしまうと家畜の餌にされちゃうんです!だからお願いします!家事は一通りできますし、愛玩具にもなります!どんな過酷なこともできますから、どうか人助けだと思って私のことを買ってくれると嬉しいです!」


 人間としてのプライドが感じられない、媚びたようではあるが今にも泣きそうな、そして俺が生きてきた現代日本からでは考えられないようなその発言に身震いが止まらない。

 俺は50グランがどれだけの価値があるのかは知らないけれど、俺の売値である8000万グランと比べたら二束三文にさえ達しないようなお金だろう。そんなはした金で人身売買なされようとされている現実に驚きが隠せないし、今日売れ残ってしまったら家畜の餌にされてしまう──という奴隷の末路も恐ろしすぎる。


「売れ残ったら……家畜の餌にされるの?」

 俺はその事実に恐怖すると同時に、今向けられている好奇の視線が、俺に救いの手を差し伸べてくれるものではないことに気が付く。俺が持っているのは珍しい黒髪で、超高級だ。だが、それだからこそ一般庶民には手が届かないような値段で、誰も俺を購入することはない。

 そうなると、俺が購入されるのは──


「──ひ」

 俺の脳裏に浮かぶのは、殺された後に細かくされて豚に自分の亡骸が食われているところを客観視したシーンであった。途端に気持ち悪くなり、口から胃酸を漏らしそうになるがなんとかそれを抑えて胃に戻す。


 心臓がドクンドクンとこれまでにない程の悲鳴を上げ、俺の首筋からは嫌な汗がダラダラと流れる。

 つい数分前までは棒立ちしていたのにもかかわらず、今の俺の足は上がるどころか動きそうにも無かった。

 このまま、1人でこうしてへたり込んでいても周囲からの視線と発言に殴られて死んでしまいそうだったから、その気を紛らわす為にも俺の今いる空間の端でずっと体育座りをしている紫髪のツインテールをした少女の方へと、怪我をしたわけでもないのに恐怖で動かない足を引きずりながら移動し、話しかけることを試みる。


「あ、あの……」

 心臓の鼓動が収まらない中で、俺はその少女の肩に触れようとするが──


 パシン、と酷く乾いた軽快な音がなったと同時、俺の右手にヒリヒリとした痛みが、生の実感が生まれる。そして──


「触らないで」


 伏せていた彼女の頭が上がり、俺のことをその鋭くて凛々しい目でキッと睨むと同時に、俺にそんなことを告げた。


 一瞬、自分の身に何が起こったのかわからなかったけれど、俺の手が弾かれて空中に打ち上げられたのと同じように、彼女の手も虚空を掴んでいるのとその発言から考えるに、どうやら彼女は俺に肩を触られたくなくて小さな抵抗をしたらしい。


 その少女の名前はわからないけれども、年齢は俺と同程度だったし白皙で顔立ちも整っていた。

 目つきが悪く、俺を鋭い視線で睨んでくるけれどもそれも怖さと言うよりかは魅力になるだろう。

 服装だって俺と同じような黄ばんだボロ布を纏ってはいるが、綺麗で可愛いものを着させれば今よりもっと可愛くなるはずだ。

 そんな彼女が、どうして俺のことを拒んだのか。弱弱しい声で俺は、つい言葉を漏らしてしまう。


「……どうして」

「処女だから」

「──は?」


 彼女の恥ずかし気のない「処女だから」という突然の宣告に、俺は意味が理解できず目が泳いでしまう。

 やっとの思いで、俺は口からたった一音の疑問符を出すと彼女は呆れたように補足で説明をしてくれる。


「奴隷には処女ってだけで価値があるの。だから触らないで」

 彼女のその強い口調による説明で、俺はやっとその意味を理解した。理解したくない、悪意の塊のような奴隷売買の価値基準の氷山の一角を理解してしまった。


「……ごめん」

 俺は、小さくなっている彼女にそう謝り、触れ合わない程度の距離に座る。すると、彼女は俺の顔を睨んで、こう告げる。


「なんで隣に座るの」

「なんでって……」


 俺は、彼女の疑問に答えることができなかった。

 いや、隣に座る理由としては「この奴隷市場で1人でいるのは怖いから」という理由になるのだろうけれど、そんなことを言うのは情けないし、俺が来るまで彼女は1人で端にしゃがんで伏せていたのだ。だから──


「君が、1人で寂しそうにしてたから」

「……」


 俺が口に出したのは、完全に言い訳だ。御為ごかした発言であり、俺が自分の弱さを認められないが故の虚栄だ。それだと言うのに彼女は、俺の発言を耳にした途端に体を震わせて下唇を噛んでその鋭い瞳に涙を浮かべるので、俺はビックリして声をあげてしまう。


「え、なんで涙が……」


 自分でもビックリするほど素っ頓狂な声が出てしまったけれど、彼女はそんなこともお構いなしに零れる涙を両手で拭いながら、嗚咽をあげつつ言葉を紡ぐ。


「──怖……かった。ハル君が、ハル君がぁ……!」

 心のダムが決壊したかのように、その少女は涙を流しては手首で拭う。彼女の口にする「ハル君」という人物が誰かはわからなかったけれども、彼女に親しい人だったに違いない。


 半分悲鳴に近い泣き声をあげながら、俺はその少女が落ち着くのを待つ。触れないで──と言われたから、俺にできることはただ隣に座っているだけだったけれども、彼女が鼻を真っ赤にして涙が収まったところで身の上話を始めてくれた。


「デートしてたら、盗賊がやってきて。私とハル君は逃げたんだけど、私が転んじゃって。盗賊に捕まっちゃったんだけど、ハル君が、ハル君がぁ」

 涙ながらに話してくれているのは、彼女が奴隷に堕ちてしまった経緯だろう。この世界の奴隷は、誘拐される人が多いみたいだ。


「ハル君が、私の目の前で殺されちゃったぁ!」

 彼女は、そう口にして再度涙を流す。体育座りはとっくに崩され、彼女は両足のふくらはぎを外側に開きお尻を床に付けながら号哭する。デートと言っていたことからも考慮して、彼女の目の前で彼女を助けようとした恋人が殺されてしまったらしい。

 話だけを聴いていると、このドラコル王国の治安は最悪だ。弱肉強食の世界であり、盗賊が跋扈していて警察もほとんど機能していないようだった。


 それから数分、俺がこの国の治安を憂慮していると、目に前にいる彼女がやっと泣き止んだのか、服の裾で涙を拭っていた。

 その時、彼女が履いている俺と同じ下着や可愛らしいおへそが見えてしまっていたために俺は目を背ける。

 俺の前で平然と「処女だから」と宣言している以上、もう既に彼女も羞恥心はどこか欠落しているかもしれないが、彼氏持ちだ。死んでしまった彼氏さんも、彼女の体を見られたくはないだろう。


「──何、どこ見てるの?」

「い、いや……」

「──?あ……」


 急にそっぽを向いた俺に違和感を覚え、すぐにその理由に彼女も気が付いたのか

「……変態」

 と、小さな声で少女は呟き、泣き腫らして赤くなった頬を更に朱色に染めたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ