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一巡する異世界の果てでまた君に逢う  作者: 花浅葱
第一章 一巡する異世界でまた君に逢う
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第一話 はじまりの海

 

 信号待ちをしていた俺の足元に、ふと質量が加わった。

 何かに引きずられるような、何かを引きずるような感覚を覚えた俺は、閉じていた目を開く。


 眼球に映る世界は、雑踏と喧噪が飽和している東京都心の眩いネオン街にある車通りの多い、大きな横断歩道──ではなく、砂浜だった。


「──は」


 砂。砂。砂。砂。流木。砂。砂。砂。砂。砂。貝殻。砂。砂。砂。砂。砂。砂。


 状況が理解できていない俺の焦燥感を駆り立てるのは、一定のリズムを刻むようにして寄せては返す波の音。

 俺の2本足を襲う冷たく不快な感触が海水であると理解するのにさえ、俺はかなり時間がかかった。


 目の前に広がる無人の砂浜。雲一つない快晴の空。雲がない割に照り付ける力が弱く感じられる太陽。


 海だ。

 俺は今、海にいる。


 そんな結論に至ったのは、俺の足が水に晒されて体感5秒が経ったころ。


 海にいる。

 理解はできたが納得はできかねる。

 東京のど真ん中にいたはずなのに、大学に行った後に本屋に寄り道して家に帰るはずだったのにどうして俺は海にいる。


「うおっ!」

 波に足を引かれた俺は、その場で尻餅を付いて共に修学旅行と大学受験を乗り越えたリュックと尻と手を濡らす。

 すると、衣服を通じてその不快感はより一層俺にのしかかり、俺を焦らせる波の音がより一層近くに聞こえた。


「──んだよ、クソ」

 替えもないのに服を濡らし、乾かすのに時間がかかるのにリュックの底を湿らしてしまった鈍臭い俺は、何一つ納得できない状況にも含めて悪態を付く。


 俺は、右手で体重を支えて立ち上がり、普段使いしている黒のリュックを背負い直す。

 そして、水に曝されて重くなり、砂が混じって違和感のする靴を履いた足を動かして、波のやってこない砂浜の内陸の方へと移動する。

 波の音をバックに、歩きずらい砂の上を今さっき歩きずらくなった靴で歩く。


 誰もいない海だった。

 つい1分前までいたネオン街とは打って変わって、この海に来てからは人を一人だって見ていない。

 俺は、数十歩歩いた先にあった物置として利用するには丁度いいサイズの流木にリュックを置き、チャックを開けてその中身を確認する。

 リュックは黒色だからほとんど色の変化はないが、中身は大丈夫だろうか──。


「──うわ、最悪だ。パソコン濡れちゃったよ、壊れてないかなぁ……」

 アホみたいな声で俺はそんなことを口にする。愛用のノートパソコンが水に濡れ、使用できるかわからない状態になっていた。

 高校受験の際、第一志望に見事合格を果たした時に両親が買ってくれた、高校と大学の4年と数ヶ月を共に過ごしたパソコンだったが、こんな意味不明な状況に巻き込まれて濡れたのを最後に使えなくなったのだとしたら、これが冗談だったとしても笑えなくなる。


 パソコンの水分を拭き取りたかったが、履いているジーンズの右ポケットにあるハンカチも濡れていてほとんど使い物にならない。

 絞っても水滴が出てくるわけではないが、少し触れただけで濡れているとわかる濃い青のハンカチを応急処置として、ノートパソコンに付着した飛沫を拭き取る。


 ──と、パソコンを拭きながら現状を確認する。


 今俺がいるのは、正真正銘本物の海だ。

 決してVRでも高画質の再現でもない、疑う余地のない海だ、砂浜だ。

 先程まで東京を包み込む人工の灯りに照らされていた俺が、どうして波の音だけが一定の間隔で聞こえてくるような長閑な海にいるのか。


「とりあえず、なんか使えそうなものを探してみるか」

 濡れたノートパソコンを黒いリュックの中に戻し、他の中身を取り出す。

 大学で配られた数枚の資料の下半分は完全に濡れていて、色が変わっておりふやけていた。

 キレイに保管しておいたのにも関わらず濡れて少し変形してしまったことに苛立ちが隠せないが、捨てるわけにはいかない。


 と、資料の他にはレモンティーのペットボトルと学生証。家の鍵に財布、手帳。

 入れているのはこのくらいだ。

 履いているジーンズの右ポケットにはハンカチが、左ポケットにはスマホがある。


 防水機能のあるスマホよりも、ちょっと湿るだけでも一発アウトのノートパソコンの方にばかり注目が向いていて、スマホを後回しにしていた俺は、ここに来てやっとスマホを取り出し、電源を付けるが──、


「──圏外かよ。クソ」

 察していたが、スマホの左上には小さく白い文字で「圏外」とのみ表示されており、スマホが使えないようだった。

 一体全体、俺はどうしてこんな僻地に飛ばされてしまったのだろうか。


 東京から近い海で言ったら、東京湾になるだろう。

 だけど、こんなにも人がいないところが東京にあるのだろうか。

 いや、そもそも東京湾なら圏外にならないはずだ。


 現実的には考えられないが、俺が信号待ちの間に目を瞑っている間に、特殊な能力が目覚めて地球にあるどこかの無人島にワープしてしまったのかもしれない。

 人間の常識では考えられないフィクションのような話だが、そうじゃないと考えられないようなノンフィクションを、体感して体験している。

 パソコンはもう救えないだろうから、任意の地点にワープできる権能が俺に付与されていなければ採算は合わない。


 ──と、そんなこんなを考えて頭を回してみるものの、何一つとして俺が追い求めている状況の改善に役立つような案は出てこない。


 仕方ない、尻の部分が濡れていて若干変色しているが、無人島でさえなければどこかにあるであろう海の家か古着屋でズボンを購入していしまえば問題はない。

 そう思い、無人島でないことを願って、俺のこれまでの人生において全く見覚えのない、足を運ぶのも最初で最後になるであろう名も知らぬ海を後にしようとしたその時、後方から声がかけられた。


「──君、珍しい髪をしてるね。こんなところでどうしたの?」


 その声は、無人島でないことを証明し俺を安堵させると同時に、何かいけないことをしてしまったのではないかと言う不安や焦りを俺の胸に孕ませた。

 俺は体を半回転させて、後方に立つ声の主の方向を向くと、そこにいたのは2人の男性であった。


 片方は身長160cmくらいの少し小柄の丸い顔をした少しふくよかな茶髪の男で、少し上目遣いになりながら俺の顔を──いや、俺の髪の毛をキラキラした目で見ていた。そして、その丸い印象を受ける男の半歩後ろに立つ、身長176cmの俺よりも大きな銀髪の男は、卵型の顔に小さい目で俺のことをどこか見下したような表情で、同じく俺の髪の毛を見ていた。

 2人共、見た目や肌質から三十路ももうすぐ終わりそうな年だと判断するが、大学生の俺には35歳から50歳の間は大体全部一緒に見えるから正しいかどうかはわからない。軍服と警備服の中間のような服を身に纏う彼らは、茶髪に銀髪と日本では中々見ない目立った髪色をしていた。


 2人共、俺の至って普通の黒髪を水族館の魚を見るかのように見ているけれども、俺にとっては茶髪や銀髪の人間の方が珍しい。


「あ、あの……えっと……」

 状況が理解できていない中で初めて遭遇できた人間だ。色々聴きたいことがあるが、ありすぎるがあまり言葉が詰まってしまう。

 俺が、言葉を紡ぐ準備をしている中で、その茶髪の男が俺に質問をして来た。


「君、どこから来たの?」

 その優しい声に、俺は自分の質問をせずに相手の質問に答えることを優先した。

 理由としては、相手の質問に答えて行けば、ここがどこかを教えてくれるんじゃないかと考えたからだ。


「えっと……新宿です」

 俺は、つい数分前までいた地名を答える。本屋に行きたくて新宿に寄ったが、目当てのものはなかったので帰路につこうとしていたのだ。その帰り道で俺はこの海にやってきた。


「シンジュク?どこだい、そこは?」

 その茶髪の男はそう口にして、まるで新宿という単語を初めて聞いたような顔をする。そして、後方に立つ銀髪の男の方を見るが、その賢そうな卵型の顔をした男さえもわからないと言わんばかりに、両の手のひらを肩の高さまで上げて首を振った。


 馬鹿にしたような態度ではなく、本当に知らない地名を聞いた時の反応をした2人を見て、俺は声をかけられた時よりも数段強い焦りが胸に襲い掛かってくる。


「東京──いや、日本です。ジャパン」

 新宿が伝わらないのなら、ここは日本ではない。

 そう考えた俺は、日本語で通じているから海外というのもおかしな話だが、目の前に日本ではあまり多くない髪色の人がいて、新宿が伝わらないからここは海外だと断定し、日本から来たことを伝える。


「ジャパン?そんな地名、聞いたことあるか?」

「さぁな、わからん。少なくとも、俺の知ってる国ではない」

「んな……」


 日本でさえも通じない。

 ここがどこの国かはわからないが、2021年にオリンピックをやった以上聞いたことがない──ということではないだろう。


 俺は思考を逡巡させて、自分のおかれている状況を考える。

 まず、先程まで東京の街を歩いていて一瞬で場所が変わった以上、何か超常的な力が加わったと言ってもおかしくはない。原理などは理解もできないが、このような状況に置かれては、そっちの方が納得させられる。


 まず、考えたのは世界のどこかにワープしたというものだ。

 数分前まで俺がいた日本はネオン街の広がる昼間よりも目に悪い明かりを発している夜だったが、今は雲一つない快晴だ。空には太陽が存在感を放っており、そのことからもここは日本でないことが容易に察される。

 だが、そうなると一つの矛盾が生まれてくる。


 目の前の2人は日本語を話しているのにもかかわらず、日本を知らないなどと口にするのだ。

 どんなジョークだ──とは思うが、もし目の前の2人が話している言語が、日本語ではなく日本語とそっくりな──いや、日本語と全く同じものであり、尚且つその言語自体が「日本語」ではない別の言語と認識していればどうだ。


 例えば、ここは俺の想像したことのないような異世界で、魔法が使われ龍が空を飛ぶ、そんなファンタジーが夢いっぱいに広がる異空間だとしたら──。


「──では、逆に質問させてください。ここはどこにあるんですか」

 俺はそんな質問を投げかけて、ここがどこかという問いの答え合わせをする。

 目の前に立つ名も知らぬ茶髪の男は、俺が必死に絞り出した考えを後押しするように、ここがどこかという答えを口にした。


「ここはナール海岸、ファング家の領地だよ」

 ナール海岸。ファング家。


 その聞いたことのない地名と家名を耳にして、俺の考察は確信に変わる。



 ──どうやら俺はしてしまったようだ、異世界転移というやつを。

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