第十二話 生きるための道
「──ありがとう、終わったわ」
ティアラ様の美声がスタートの合図となり、俺が未来へ進むための2分間は7度目のスタートを迎える。
7度繰り返して、やっと生き残るための手掛かりを掴んだような気がする。
ティアラ様の騎士であるアハトに全力で戦って貰える戦場を用意する──それが、俺達が生き残るために必要な活路だ。
アハトは、奴隷の命を優先して、自らを散らす。
結果として主君を守ることに失敗している彼を糾弾したい気持ちはあるけれども、彼の優しさを否定するのも気の毒だ。
ファーストインプレッションとも言える今日の出来事でアハトと衝突するのは避けたいから、彼に最高の戦場を用意するのが俺の仕事だった。そのためには──
「──ティアラ様。今から俺の言うことを実践してください」
真剣なまなざしで、俺はティアラ様にそう語りかけるのだった。
***
──8度目の挑戦の今、俺は一人で奴隷市場の建物の中を走っていく。
「どこだ、アーキナーさんはどこに」
吐く息の間に俺の言葉が混ざって口の中から逃げていく。
──あれから、一度失敗した。
俺が──ではなく、ティアラ様がナンメルに殺されて一度死に戻った。
初めて、俺ではなくティアラ様の死がトリガーとなってループしたが、脳から意識が引き剥がされるような感覚だった。死ぬのとはまた違った奇妙なもので、不快感や嫌悪感は今も残っている。
死んだ時間から考えて、アハトより先にナンメルが迫って来たところをやられたのは想像できたから、アハトを呼んだらすぐに横に避けるよう指示を付け加えておいた。
ティアラ様は俺を購入したお貴族様なのに、俺が指示できるというのはどこか変な感覚だ。
主客転倒しているような気がして、胸の底がムズムズするような感覚を覚える。
──と、そんなことより今はアーキナーさんを見つけなければ。
「すみません、アーキナーさんはどこにいるかわかりますか?」
息も絶え絶えになりながら、俺は奴隷市場で働いているだろう男性に声をかける。
俺より4歳ほど年上に見える細身だが筋肉質の男性は俺のことを見て驚いたような顔をするけれども、すぐに「ティアラ様の」と訊いてくる。
どうやら、ティアラ様が俺を購入したことは奴隷市場の中でも大きなニュースになっているようだった。
黒髪ってだけでも珍しいらしいのに、8000万グランという大金で即日取引されたというのが話題を大きくしたのだろう。
1グランがいくらか知らないが、8000万グランが大金であることくらい俺にもわかる。
「はい。アーキナーさん──様の場所はどこか探してて」
「成程……店長の場所を」
その男性の顔色が、みるみる青くなっているのがわかる。
俺は、咄嗟に「あ、返金とか苦情とかそういうのではなくて」と必死に弁明する。
きっと、8000万グランの買い物に対しての取り消しや保証というのは色々と大変なのだろう。
俺は、急いで訂正をいれてすぐにこう付け足す。
「今、外でナンメル──暴れてる不審者と、アハト様──ティアラ様の騎士が表の奴隷市場で戦っているじゃないですか」
「──そうなんですか?」
青くなっていた男性の顔が次はきょとんとしたような顔になる。体つきは屈強な男性そうなのに、随分と表情がコロコロと変わる。
──と、今は男性の表情が次から次へと変わるのがどこか面白おかしいことなどどうでもいい。
「──あ。もしかして何回か揺れたのって」
「そうです、戦いの影響です」
「そーれは大変だ。わかりました、店長のいるであろう部屋へ案内します。付いてきてください」
「急いでいるんで、小走りでお願いします」
「了解しました」
俺は、その男性に付いて行く。
できれば次が無い方が嬉しいのだけれど、俺は次に備えて一応道を覚えていく。
左折と右折を一度ずつ行って、建物の入り口が遠くに見えるところにある扉を開く。すると、そこには──
「2階の一部が崩壊してます!」
「現在も交戦中だと思われる模様!安否不明です!」
「──お客様の避難を優先しろ!」
事務室だと思われるその部屋は、多くの人が声を荒げながら情報を飛ばしていた。
その中心で、机の上に立ちながら支持を飛ばしている肥えた中年は見覚えがあった。
──そう、俺の目的であるアーキナーさんだった。
俺がその肥えた体を凝視していると、忙しなく指示を飛ばすアーキナーさんと視線が交錯する。
一度は剥がされた視線であったが、すぐに再度絡み合ってアーキナーさんは目を剥く。そして、騒がしい室内にアーキナーさんの声が響き渡る。
「どうして君がここに!」
「ティアラ様の伝令を授かりました!」
俺も、アーキナーさんに声が届くように大きな声を出す。すると、アーキナーさんの耳にも届いたようで、彼はその巨躯を机の上から落として俺の方へと向かってくる。
歩くたびに腹の贅肉がタプタプと揺れているのが、黒のスーツの上からも確認できた。
この奴隷産業で、一体どれだけの財を成したのだろうか。その腹の肉の分だけ、犠牲になった人がいるのは想像に容易い。
──と、冷めた目でアーキナーさんを見るのはやめよう。
あくまで今は、市場にいる奴隷の避難が最優先だ。変に対立軸を作るのも面倒だった。
「失礼。こちらも今、少々立て込んでいてね。単刀直入に済ませて欲しいのだけれど、ティアラ様の要件とはなんでしょう?」
素人でも偽りとわかるような商人らしい笑みを浮かべるアーキナーさん。手を揉みながら、つい数分前まで奴隷だった俺に敬語で話しかけるその姿には醜さまで感じた。
──が、嫌悪してはならない。今は、一刻も早く協力を取り付けなければ。
「その立て込んでる件が議題だと思います。今、ティアラ様の騎士──アハト様と、襲撃者が戦闘を行っています。襲撃者を追い返すのに協力してほしいんです」
俺がそう口にすると、アーキナーさんは目を輝かせて脂ぎった大きな手で俺の手を握ってくる。
「願っても無いことです!まさか、ショコラティエ家の騎士が戦ってくださっているとは!百人力ですな! ──と、我々は何を強力すれば良いのでしょうか?戦力は足りているのでは?」
「はい。戦闘要員はアハト様1人で十分です。問題は、戦闘場所なんです。表の奴隷市場で戦闘を行えればアハト様も戦いやすいのですが、奴隷市場には奴隷も多くいて戦闘に適していないのです」
「──成程。そうすれば、奴隷を避難させればいいですかな?」
流石は商人だ。アーキナーさんは話の飲み込みが早くて助かる。
「はい!表に出ている全奴隷を避難させてください。そうすれば、アハト様も心置きなく戦うことができます!」
俺は目を光らせながらそう返事をする。アーキナーさんも、ティアラ様の使いである俺の願いを無碍にできないのか、それとも奴隷市場を襲われている現在藁にも縋る思いなのかわからないが、素直に頷いてくれる。
どうやら、すんなりいけそうで†こフカヽっ†こ──。
***
「──ぁ」
「──ありがとう、終わったわ」
──9回目。
ティアラ様の合図から、世界が再構築されていく。
死んだ。
また、ティアラ様が殺された。
脳みそが引き剥がされるような感覚がまだ残っており、吐き気がする。
殺されるよりも、こっちの方が残留する不快感が多いような気がした。
「──また、やり直しかよ」
そう口にして、左手で頭を抑える。すると、ティアラ様が小首をかしげて「どうしたのですか?」と訊いてくれた。俺は、小さく息を吐いて先程と同じ説明を行い同様に二手に分かれたのだった。
***
「はい!表に出ている全奴隷を避難させてください。そうすれば、アハト様も心置きなく戦うことができます!」
道案内の時間が無いだけ早く到着した俺は、自分からもアーキナーさんの方へと駆け寄りながら話を付けた。
だから先程と違うのは、ティアラ様が殺されるまで猶予があることと喧噪の真ん中にいることだろう。
9回目にして、やっとアハトとナンメルの正々堂々とした戦闘が──俺が生きるための唯一の道が見えて来た。
だが、まだ安心できない。まだナンメルが何をしでかすのか予想が付かないのだ。俺達の知らない攻撃をする可能性も十分にある。卑怯の限りを尽くして俺達を窮地に陥らせようとするのは間違いなさそうだった。
「──奴隷の首輪の設定を解除しろ!そして、すぐに奴隷を安全な場所に移動させるように!ティアラ様の騎士の戦闘を邪魔させるな!」
アーキナーさんが勢いよくそう指示すると、部屋中から「了解」という声が飛んでくる。
「ありがとうございます」
俺はアーキナーさんにお礼を言い、頭を深く下げる。
もしアーキナーさんが非協力的であれば、俺はこの死のループから抜け出すことはできなかっただろう。
既に9回繰り返しており、今回死んだら2桁を突破してしまう。
「いえいえ。こちらこそ襲撃されたのが今日でよかったです。ティアラ様の騎士がいなければ、被害はもっと大きかったでしょう」
襲撃者ナンメルが狙っているのは俺だから、原因は俺にあるのは言わない方が良さそうだ。
責任を取らされてティアラ様に迷惑はかけたくない。
「──奴隷の方はこちらでなんとかします。アナタもティアラ様の方にお戻りになられては?」
「はい、そうさせていただきます」
アーキナーさんの提案に俺は頷き、事務室を出ていく。これ以上いても墓穴を掘ってしまいそうだったので、一番いいタイミングで部屋を出れたと言えるだろう。
──俺は、再度ティアラ様のいる部屋の方へと走る。
先程ティアラ様が殺された──ということは、ナンメルがアハトを倒したか隙を狙ったかのどちらかだ。
それを回避しなければ、俺のループはまだ続くことになる。
走る。走る。走る。
何回か人にぶつかりそうになりながらも、ほとんど足を止めずに廊下を走った。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、ティアラ様の元へ急ぐ。そして、アハトとナンメルが戦いティアラ様の戦っている部屋の扉を開け──
「──うわっ!」
突如、扉が俺の顔の方に迫って来たから思わず声をあげてしまう。体に扉がぶつかり、ほんの少しだけ痛い。
「──アオイ。戻ってきていたのですね」
扉を開けたのは、どうやらティアラ様だったようだ。俺がここにいるのはティアラ様にとっても想定外だったのか、目を丸くして驚いている。
「ティアラ様!2人は?」
俺の頭を埋め尽くしているアハトとナンメルの戦闘の顛末を知りたかったからここまで走って来たのだ。
その戦闘は今も、ティアラ様の後ろで行われて──
「──あれ?」
いない。
毎回ナンメルに殺されてしまっているアハトどころか、襲撃者のナンメルの姿さえない。
先程まで戦闘を行っていた部屋に、アハトとナンメルはいないのだ。
「──アハトは、ナンメルを外に吹き飛ばして、再度表の奴隷市場で助かっています」
ティアラ様の言葉を聞き、俺はすぐに破壊された壁の方へと走っていく。次第に見えてくる奴隷市場の中心で、巨漢と美男子がいた。前者がナンメルで、後者がアハトだ。
視界の端の方では、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う奴隷の姿があった。
地上を覆っている戦場の喧噪の中から、首輪の設定を解除したから逃げろという旨の案内が聴こえてくる。きっと、俺がアーキナーさんと話した後ですぐに対応してくれたのだろう。
「──これで、アハトさんはナンメルに勝てる」
俺はそう口にする。アハトもナンメルも、こちらに視線を寄越そうとはしていない。お互いにお互いのことで集中しているようだった。
「──アオイ。私は今から1階に移動します」
「──どうしてですか?」
少し考えてみても、わざわざ戦闘の行われている一階に移動する理由がわからなくて、ティアラ様に答えを求める。すると、ティアラ様は簡潔にこう説明してくれた。
「アオイが教えてくれたように、ナンメルは短距離を瞬間的に移動できるようです。そうなると、ここは場所が割れており危険です。人が多い一階なら、姿を隠すことが出来そうですしより安全だと思いまして」
「わかりました。俺も1階に付いて行きます。案内しますよ」
そう口にして、ティアラ様と契約したこの部屋を後にする。
そして、来た道を戻ってティアラ様を一階に案内したのだった。
──後は、アハトとナンメルの一騎打ちがアハトの勝利で終わることを願うだけだ。




