第十一話 アハトとの作戦会議
──4回目。
アハトの元へ駆けつけようと、迷子になりながら建物を駆けてみたものの、アハトが殺害されるのに間に合わず、そのままナンメルの魔法で殺される。
──5回目。
先程学んだルートを駆使してアハトの元へ駆けつけるものの、言葉を交わす前にナンメルの魔法の餌食になる。
──そして。
「──ありがとう、終わったわ」
5回目の死──要するに、6回目の挑戦が、ティアラ様の声をゴング代わりに開始する。
5度目の死によってもたらされた違和感が体の中に残っている中で、俺はティアラ様に事情を説明する。
ループのことが説明されてから行い始めたものだが、この短時間で事情説明は随分と洗練されてきたような気がする。
「ティアラ様、俺は今ループしてます。死因はいずれもナンメル。殺されたのはいずれも俺です。死ぬまでの時間は約2分。アハトさんとの接触を図ろうと思ってます」
俺がそう口にすると、ティアラ様は美しい双眸で真面目に僕を見据えて「わかりました。何かお手伝い出来ることは?」と問いかけてくれる。
「アハトさんをこの空間に呼び込むことは可能でしょうか?」
「呼べば来ると思います」
そう口にして、彼女は穴の開いた壁の方へと歩き出す。
アハトとナンメルが戦っている奴隷市場では逃げ惑う人とその場で蹲る人の二極化しているのが見える。
彼女は、そんな殺風景を見ながら大きく息を吸い込み──
「アハト!私の元へ!」
すると、アハトはティアラ様の方へと一瞥し、大きく剣を振ってナンメルから距離を取った後に、俺達の方へと走り出す。
「──逃がすかよォ!」
ナンメルの大きな声が奴隷市場中に響き渡ると同時、アハトを追い詰めるために動き出す。
──が、俺は知っている。ナンメルには瞬間移動のような能力を持っていることを。
だから、ナンメルがしようと思えば、アハトの方へと一瞬で移動することができるということだ。
それをしないというのであれば、何か理由があるはずだった。
例えば、もしそれが一度使用したら次に使用するまでブランクがあったり、移動できる距離に制約があったりだ。
それを踏まえて考えると、ナンメルの狙いは──。
考えると、言葉よりも先に体が動いていた。
多少乱暴になってしまうのを承知で、俺はティアラ様の体を突き飛ばして自分もナンメルの見える位置から外れる。すると──
「──ッチ、まさか勘付かれるとはよォ!」
先程まで遠くでしていたはずの声が、すぐ真後ろで聴こえた。
振り向かなくてもわかる。俺の想定通り、使用回数であったり移動できる距離に制約があるのだろう。
──と、ナンメルは俺のことを勘がいい人のように思っているが、2回目に急接近してきたことと、5回目の速すぎる移動を想い出して、考えついたことだった。
「だが、次で殺すッ!〈極電気──」
「だから、させないと行っているじゃないですか」
俺とティアラ様の2人が動くこともできずにもつれているところを攻撃しようとしてきたナンメル。
だが、それを妨害するのは青髪の剣士──アハト。
もう既に死体の印象が強い彼だけど、現状の彼は今もこうして生きて俺達の元へ──まぁ、厳密にはティアラ様の元へ駆けつけてくれた。
そして、俺とティアラ様が『世界一巡慮考』を契約する前に助けてくれたように、こうしてナンメルの攻撃を防いでくれた。
「クソッ!邪魔が入りやがった!」
これまでのループから考えても、ナンメルは俺を殺すためならティアラ様の殺害を厭わない部分がある。
敵襲がナンメルだけかはわからないが、俺の近くにいるとティアラ様を危険に晒すことになる。
ティアラ様が死亡しても俺がループするのなら、俺とティアラ様は一方的に一心同体だ。別室にいてもらった方が安全かもしれない。
そんなことを考えていると、アハトは剣でナンメルの腕を止めた後で、その筋骨隆々とした胴体に強烈な蹴りを入れて部屋の反対側に吹き飛ばす。
「──お嬢様、何の御用でしょう?」
アハトはナンメルの方へ剣を構えながら、目線だけをティアラ様の方へと向けてそう問う。
「アオイが話があるそうです」
「──奴隷の少年が」
俺は、ティアラ様を助けるために抱きつく形になってしまった彼女から剥がれて、アハトの方へと視線を向ける。
「お嬢様を助けてくださりありがとうございました」
アハトはそう口にする。真面目な表情の奥で何を考えているのかはわからないが、とりあえず皮肉や嫌味の類では無さそうだ。
「こちらこそ、先程は守ってくださってありがとうございました」
多分、アハトは俺ではなくティアラ様を守ったのだろうけれど、曲がりなりにも守られたのだから感謝の言葉は必要だろう。そう考えて返事をした。
「──それで、話とは?」
俺はアハトにそう問われ、どう答えるべきか一瞬迷ってしまう。
ループして、アハトが敗ける未来を見た──と話すことは、ティアラ様との契約を理由に禁止されている。
これを破ったらどうなるかわからないけれど、それに遵守しておくに越したことは無いだろう。
「さっきまで戦いを見てたんですけど、どこか戦いにくそうでした。何かあったんですか?」
「戦いにくそう、ですか……」
アハトはそう言葉を濁す。すると、壁にぶつかったナンメルが立ち上がりながら、こんなことを口にする。
「コイツはよォ、わざわざ奴隷まで守りながら戦うんだ!死んだところで、大した損失もねェ奴隷を守りながら戦うような馬鹿なんだぜ?笑っちまうだろォ!」
そう口にしながら思わず耳を塞いでしまいたくなるような大笑いをするナンメル。
視線をアハトの方へと戻すと、彼は少し悲しそうな顔をしながら言い訳のようにこう口にした。
「奴隷だろうと、人であることは確かです。私達の戦闘に巻き込まれた死亡者を出したくないんですよ」
「アハトは、心優しい方なんです」
アハトが先程の戦闘で不利になっていた理由を説明し、ティアラ様がそれに捕捉をする。
奴隷を助けたいがあまり自分が死んでそのまま俺達も殺されてしまうのなら、使命の不履行ではないか──と、糾弾したくなる気持ちもある。誰かを護りたいという信念は、十分の実力があるからこそ振りかざせるもののはずだ。
でも確かに、奴隷を殺したくないという考えも同感だった。
俺も奴隷だから奴隷の皆に同情してしてまうような気持ちもわかる。
何も知らないまま誘拐されて、勝手に値段を付けられて売買される──というのは、あまりにも理不尽だ。
その上、知らない貴族の攻防に巻き込まれて死亡するとなると、報われないだろう。
「──では、奴隷を撤退することができれば、ナンメルに勝てますか?」
「ええ。奴隷がいなければ私は他に何も気にせず戦うことができます」
アハトはナンメルの方へ真っ直ぐに視線を向けながら、そう口にする。すると、幹のように太い右手をアハトの方へと伸ばしながらナンメルがこんなことを口にする。
「面白れェことを言うじゃねェか!お前が俺様だけに集中しようと、俺様には勝てねェ!お前は弱いからなァ!〈極電気弾〉」
そんな言葉と同時に、アハトに向けて放たれる球体の雷魔法。
「その技はもう私には通用しませんよ」
アハトはそう口にして、〈極電気弾〉に向かって一閃を放つ。
雷の球体は半分に切られ、アハトの左右を通り過ぎて行って奴隷市場の上空で小爆発を伴い消滅する。
ここは2階だから、爆発によって地上にいる誰かが怪我をすることはないだろう。
アハトは、そこまで考えて戦闘しているようだった。
「──ティアラ様、奴隷を戦場から離せばアハトは戦えるようです。どうしましょう?」
俺と一緒に部屋の隅で小さくなっているティアラ様に、俺はそう声をかける。
そして、そう口にしたところで奴隷市場のあちこちにいた頭を抱えながら伏せてその場をやり過ごそうとしている人たちが奴隷であることに気付いた。
──彼ら彼女らは、逃げられないのだ。
奴隷は首輪を付けられており、それによって管理されている。だから、戦闘からの逃亡という名目であろうとその場から移動すれば「脱走」と判断される可能性は大きい。
逃亡しても死ぬのであれば、伏せてやり過ごす方が得策──そう考えるのが普通だろう。
「アーキナーさんに頼んで、奴隷市場に出されている奴隷をなんとか別の場所に移動するように頼み込むのが一番ですね。この緊急事態なら、アーキナーさんも納得してくれるでしょうし」
アーキナーさんって誰だろう──などと一瞬そんなことを考えてしまうけれども、すぐにこの奴隷市場を取り仕切っていた黒いシルクハットを被る丸々と太った男性のことを思い出す。
確かに、ここの主任であれば奴隷の首輪に関する権限を持っているだろう。
そうでなければ、購入する際の手続きをして連れて帰る時に首輪が反応して買った奴隷が死ぬような事故が起こってしまいそうだ。
「──じゃあ、そのアーキナーさんのところに」
襲撃者であるナンメルの相手はこれまで通りアハトに任せて、俺とティアラ様の2人はアーキナーさんの元へ行こうとする──が、ナンメルが唯一の出入り口の前に立っていた。
横を通れば俺が殺されてしまうので、アハトにこの場を任せて通り抜けることもできない。
「──行けなさそう、ですね」
「そうですね」
俺とティアラ様は、同じ結論に至ってお互いに顔を見合わせる。
そして、俺達の視線はすぐにアハトの方へと向けられた。俺達では、到底ナンメルに勝ち目などないので、アハトにここを任せるしかないのだ。
──と、俺達2人がアハトのことを注視しているのが伝わったのか、アハトはこちらを見ることなく剣を構えているのにも拘わらず「わかりました、再度ナンメルを抑えておきますので、アーキナーさんの元へ2人は行ってください」と口にした。
「おいおい、俺様が黙って見過ごすと思ってんのかァ?俺様の目当てはお前じゃなくて、黒髪のガキなんだぜェ」
ナンメルはそう口にしながら、再び〈極電気弾〉を放とうと力を溜めている。
これまで攻撃を見ていたが、ナンメルの使う技は〈極電気弾〉ばかりだ。
もちろん、筋骨隆々とした見た目から察するに肉弾戦を得意としているだろうし、原理はわからないが、多分魔法で短距離のワープを使用する。
が、基本的に技名のあるものは〈極電気弾〉だけだった。
アハトが「その技はもう私には通用しない」と宣言しているのに執拗にその技を使うということは、ナンメルが使える強力な魔法は〈極電気弾〉だけなのかもしれない。
──そんなことを考えていると、チャージを終えたナンメルが、アハトの方へと走り出す。
「至近距離で撃ったって、私は対処できます」
そう口にして、剣を構えるアハト。だが、〈極電気弾〉がナンメルの手から離れるタイミングは来ない。
「随分と真面目な野郎だなァ、そんなお前に俺は倒せねぇよォ」
「──斬る!」
ナンメルの軽口を無視して、剣を振るうアハトであったが、その剣は〈極電気弾〉とは反対の手で受け止められる。
──いや、正確に言えば受け止めきれていない。
刃を掴もうとしたその手は切れて、そのまま縦に切られてダラリと垂れさがっている。
剣は紅く染まっているものの、その体の全てが切り落とされているわけではない。
「残念だったな、真面目君。俺様には勝てねぇ」
「アハト!」
「──ッ!」
ティアラ様がアハトの名を呼び、アハトが喉を鳴らして後ろに下がろうとしたその一瞬を、ナンメルは逃さなかった。〈極電気弾〉を持つ手でアハトに抱きつくような形になり、自分を巻き込む形でアハトを殺害する。
──自爆特攻。
ナンメルは、アハトを確実に殺すために〈極電気弾〉を直接当てたのだ。
その爆発が自分にも少なからずダメージがあるのを知っていながら、特攻したのだ。
「──あ、あ……」
ティアラ様の絶望したようなうめき声が後ろから聴こえる。
ナンメルの腕の中から、ゆっくりとアハトが滑り落ちて、うつ伏せに倒れる。ポッカリと心臓の部分に穴が開けられたアハトの死体から、至近距離で放たれた〈極電気弾〉の凄惨さが理解できる。
「──手遅れ、か」
今ならナンメルの横を通り抜けてアーキナーさんを探しに行けるかもしれないが、アハトが死んでしまった現在、アーキナーさんの元へ駆けつける意味はない。
ここは一度死んで、次頑張るしか無さそうだった。
「──残念だったな、俺様の勝ちだ。文句は地獄に言ってから語り合えやァ」
そう口にして、ナンメルは俺の方へとゆっくり迫ってくる。俺はもう諦めているから、逃げるようなことはしない。
「──アオイ」
ティアラ様が俺の名前を呼ぶ。俺は、ゆっくりと振り返りティアラ様に目配せだけをする。
彼女は、ヒュっと息を鳴らすだけでそれ以上何か声をかけるわけでもなかった。
ナンメルの血濡れた手が俺の首に伸びて──。




