第九話 他人事
「──ありがとう、終わったわ」
「──あ……?」
その声の主は死後の世界にいる天使か、それとも地獄にいる閻魔様か。
先程の閃光に目を焼かれた俺だったが、その視界は良好で──。
「──あ?」
疑問符にも意味を成した言葉にもならないような嗚咽のような息が、俺の体から抜け出る。
理解ができない、状況が。今置かれている現状が。
──死んだはずだ。
俺とティアラ様が話しているところに、元気そうなナンメルの手によって、死亡したティアラ様の騎士であるアハトを見せつけられて吐いたことは明確に覚えている。
アハトの体から零れ落ちる血液や内臓の色を、匂いを、冷たさを克明に思い出すことができる。
そして、防御することも逃げ惑うこともできずに俺は、〈極電気弾〉というナンメルが放った技の光に、体を焦がされたのだが──生きている。
どうして生きている?
「──ア、アオイ?大丈夫?」
俺の耳を横切るティアラ様の言葉。生きているのは俺だけではない、ティアラ様も生きているのだ。
その言葉に返事をすることも忘れて、俺が横を見てもそこには誰の存在も見えない。
俺を殺した犯人であるはずのナンメルの姿や、そんなナンメルに殺されたアハトの姿も見えない。
「な……にが」
自分の身に起こった状況が飲み込めない。
ナンメルが強襲した時、一番最初に放った〈極電気弾〉から免れたのは、アハトが駆けつけてくれたからだ。だがしかし、今回は騎士であるアハトも死んでいたし、ティアラ様も俺も非戦闘員だ。だから、誰も動けないはずなのに俺はこうして生きている。
「なにが、なにがなにが……」
これまでの人生で一度だって死んだことはないけど、本能と理性の両方で「死」とわかる感覚が身を襲ったことを克明に覚えている。〈極電気弾〉が放たれて、閃光が俺の身を焼いたその感覚を今だって体は再現できる。
一番ナンメルに近かった頭頂から、燃えるような感覚と痺れるような痛みが襲い掛かりバラバラに崩れていくのを自覚した。
体ごと消滅していくような感覚を覚え、意識が削ぎ落されると思ったと同時、こうして今のように椅子に座っているのだ。
「アオイ、何があったの?私に教えてくれる?アオイ」
俺が猛烈な吐き気に襲われる中で、ティアラ様は心配そうなことを口にして俺の方へと身を乗り出している。首筋を嫌な汗が伝い、言葉が震えて飛び出ない。
「──俺は、えっと」
ティアラ様は強かな女性だ。
俺がこんなに身近に死を感じ、ここまで震えているのに彼女は身震い一つしていないし、それどころか心配そうな顔をして俺の方を見てくれている。奴隷である俺に対して、優しく接してくれる。
──と、ふと俺の頭の中には「何があったの?私に教えてくれる?」と言う投げかけられた疑問に対する疑問が頭の中には生まれる。
何があったの──に対する答えなんて、火を見るよりも明らかだ。
わざわざ聞くまでもないし、ティアラ様だって直面しているはずなのだが、それなにこんなことを聞いて来る?
何があったの──だなんて答えは決まってる。
それなのに、どうしてこんなことを聞くのだろうか。俺には理解ができない。
「何があったのって……一緒に見たじゃないですか!」
恐怖。焦燥。緊張。不安。
自分の上司の前では表現できないような、粘り気のある濁った感情が俺の心の中で渦巻いた後に、それが火山のように噴火して俺の口から弾け出る。
言った後で俺は、自分の発言を顧みて思わず目を開いた。慣れない状況下、自分は混乱していていたのだ。奴隷になったのも初めてなのに、いきなり激戦が始まる。そんな非現実の連続に揉まれて、俺のメンタルはズタボロだ。
「──ご、ごめんなさい」
俺は自分の鼓動の高鳴りを耳を通さず聴きながら、ティアラ様に謝罪の言葉を口にする。
その美しい顔を見て謝ることができなかった。ティアラ様も俺と同じ状況に直面しているのに「何があったの?」と聞いたからには、何か特別な理由があるのだ。そう、例えば──。
「ううん、謝らなくていいの。その焦り具合からして契約は上手くいってるようね」
──契約。
ティアラ様が俺と違って冷静でいられている理由があるとすれば、俺とティアラ様の間で結んだとされる契約に理由があるはずだ。さっき教えてもらった情報によれば、俺とティアラ様が結んだ契約は禁忌の魔法である『世界一巡慮考』と呼ばれるもので、2人だけの秘密にしてほしいという話だった。
その契約の具体的な効力はまだ聞いていない。ティアラ様の「私──ティアラ・へルネス・ショコラティエか、アオイのどちらかが──」と、大切なところを知るより先にナンメルの襲来があった。
だけど、今はその影響も跡形もどこにも存在していない。
まるで、何もなかったかのように、時間が戻ったかのように、綺麗さっぱり片付けられているのだ。
──と、もしかして。
「──あぁ……」
どうして、ここまで気付かなかったのだろう。あまりの自分の愚かさに呆れたような声が出てしまった。
一回死んで気が動転していたのか、それとも今日1日で起こった全ての情報の多さに頭がパンクしてしまったのか。原因の断定はできない。
「契約ってどんな内容なんですか。教えてください!」
「わかったわ。今、私とアオイが結んだのは『世界一巡慮考』と呼ばれる──」
「その話は聴きました!」
俺は、ティアラ様の話を無礼にも遮り声を荒げる。もし、この不可解な現象に契約が関わっているのなら、大切なのはその内容だ。どんな内容にかによって、俺の動き方も大きく変わってくるだろう。
「じゃあ、ルールの話はもう聞いた?」
「はい、聴きました。禁忌の魔法だってことも聴いたし、ルールのことも話してくださりました!だから、その内容を!」
俺は、必死に口を動かして時間との戦いに挑む。もうすぐナンメルが来てしまう。アハトの死体を担いでここまで。
「わかりました。では、『世界一巡慮考』の効果をお話しします」
「お願いします!」
俺は前よりも更に食い気味にそう返事をする。ティアラ様も、俺の焦りを感じ取ってくれたのか言葉にするのを把握してくれた。
「『世界一巡慮考』の効果ですが、私──ティアラ・へルネス・ショコラティエか、アオイのどちらかが──」
聴きたい言葉の続きが聴ける──そう思った時。
再度、言葉が爆音で塗り替えられる。ティアラ様の言葉を、先程と同じようにかき消し、俺の耳に嫌と言う程入ってくるのは、何かが爆発するような轟音。
──間に合わなかった。
ティアラ様の口数は先程よりも少なかったけれど、俺が状況を飲み込めずに何もできていなかった時間が存在した。だから、その時間が俺の足を引っ張ったのだ。
因果応報。
今の俺の置かれた状況に、これよりも正しい言葉はないだろう。
俺はその音の正体を先程も経験しているけれども、ティアラ様は俺との会話の内容を覚えていなかったように、この音の原因も覚えていないのだろう。だから彼女は、その音の方向であるつい先程ナンメルによって開けられた穴の方を見ていた。俺も、その敵意の方に睨みを利かせて、その姿を捉える。
爆撃によって生まれた砂埃の中からその巨体の影がぼんやりと浮き出て、その凶暴な男はさっきと一言一句同じ言葉を口にして、先程と同じようにアハトの死体を放り投げた。
「随分と俺様のことを楽しませてくれたじゃねぇかァ!だが、損傷してやったぜェ」
体に風穴を開けられた死体が、先程と同じところに投げられる。
視線を死体から逸らしても尚、さっき見た記憶が脳裡にこびりついて離れない。
俺は、顔を歪ませながら吐き気が襲い掛かってくるのに耐える。今回は、鼻を突くような血の匂いだけで、死体を再度しげしげと見たわけではないから吐くことはなかった。
「アハト……」
先程は、俺が吐いてしまったために気付かなかったけれども、ティアラ様は死んだ騎士の名前を呟いていたようだった。横目でその顔を見ると、蒼白しており絶望に暮れている。
「ガッハハハハハ!随分と軟弱な野郎だったぜェ。奴隷を守りながら戦うたァ、女の騎士はかなりの大馬鹿だったなァ」
死んだティアラ様の騎士──アハトを嘲笑うようにして、破顔する大男──ナンメル。
アハトとの接点は全くと言っていいほど無いけれど、俺のことを一度は助けてくれた方だ。
命の恩人が蔑まれることに、俺は苛立ちを覚える。反論したくてもできない俺は、強く唇を噛み、キッとナンメルのことを睨む。
──が、ナンメルはそんなことなど一切気にせずに、先程と同じように俺達の方へその大きな手を広げる。そして、その掌から放たれる超高電圧の破壊砲が世界を震撼させた。
「──んじゃ、今度こそ死んでもらうぜェ。〈極電気弾〉」
ナンメルがそう口にすると同時に、俺は椅子を蹴とばし机の上に足を乗っけて、そのままティアラ様の方へとダイブした。それは、貴族令嬢相手に行う行為ではないだろう。
だけど、今の俺にはこうやって乱雑にティアラ様を〈極電気弾〉の脅威から逃がすことしかできなかった。
俺は、目を見開くティアラ様に抱き着き、そのままティアラ様の後頭部を両の手で守りながら、そのまま前に倒れた。ティアラ様が先程まで座っていた椅子がガタリと音を立てて倒れて、俺とティアラ様も床の上に横倒しになる。ティアラ様が頭を打たないように庇った腕がヒリヒリと痛むけれど、そんなことを気にしている暇はない。
先程まで俺達が座っていた机を目掛けて放たれた〈極電気弾〉は、正確無比に机へと着弾し、光を発する。それはまるで、火のない爆発だ。
爆炎の代わりに閃光がまき散らされて、俺とティアラ様の体を焦がす。
──が、俺の行動が功を奏したのか、俺もティアラ様も死んでいない。
着弾地点に近かった足が、針に刺されたかのような細く鋭い痛みを自覚するけれども、それを無理矢理意識から突き放し、ガバリと顔を上げてナンメルの方を見る。
「まさか俺様の攻撃を回避するとはよォ!」
「ティアラ様、ここは一先ず逃げましょう!」
そう口にして、俺はティアラ様の手を引いてそのまま部屋の扉の方へと走りだ──
──ドンッ、と体に大きなものにぶつかったような衝撃が加えられる。
何が、と俺は前を向こうとするとそこにいたのは、俺を見下すようにして仁王立つ巨漢。
「──速」
ナンメルはさっきまで、扉とは反対側に開いた壁の穴のところに立っていたはずだ。それなのに、俺がティアラ様の方を向いた一瞬で扉の前まで移動している。
その巨体からは考えられないほどのスピードで動いていたのだ。あまりにも速い、速すぎる。
「残念だが、お前を殺すのが任務だ。逃がすわけにはいかねェ」
その言葉と同時、俺は首を掴まれる。ティアラ様の手を握っていた手を離し、その太い手を引き剥がそうと苦闘する。が、しかし。
ゴキッと、鈍い音が俺の耳には届き、自分は鶏にでもなったんじゃないかと錯覚する。
無慈悲で無痛で無感覚。
赤子の手をひねるようにして、俺の首の骨は粉砕される。
あぁ、また死んだ。
あまりの呆気なさに俺は、自分の死をどこか他人事のように捉えてしまった。
【お知らせ】
誠に勝手ながら、私花浅葱が受験勉強に専念するため、しばらくの間休載とさせていただきます。
続きの掲載予定はまだ未定ですが、できるだけ早くお届けできるように尽力いたしますので、しおりを挟んで待っていただけると幸いです。




