04(月彦の視点) 髪と黒板1
職員室の前で少し待たされたあとで、出て来たとある先生に言われた。
「じゃあ、おいで」
四階の一番西の教室に連れて行かれた。
「転校生を紹介するから席ついて~、あ自分の席にね。そこ、人の膝に座らない。机に座るな。別の教室の奴は早よ帰れよ――って、そこ通せんぼするな」
個性豊かな同級生を前に、黒板に名前を書かれた。
「さぁ」
と先生に促されて――。
「雅川月彦です。こんな感じですけど男です。よろしく」
「え!」
と、先生は驚いて、目の前の数人から「いや先生もかよ」とツッコミを入れられた。
「月彦っていう名前じゃん」というツッコミも。
だけど先生は。
「いや男っぽいのをあえて付けられたのかと思って」
「ああ……」
その後、向かって右から三番目、最も奥の席に座らされた。左隣がない席。用意してくれていたらしい。
ワーキャーグフゲヘと声が届く中、右隣から「よろしく」と声が掛かった。男子だ。
「よろしく」
とこちらが返すと。
「俺、古依沢口定。クッチーかサダッチ、好きな方でいいよ」
「じゃあサダッチで」
「ツキちゃんって呼んでいい?」
「いいよ」
カメラはサブバッグに入れていて、学校では出さない。多分、その話を学校ではしない。だから、
「何か部活は? 入るの?」
と言われたが、返しは決まっていた。
「入らない。学校外でやりたいことがあるから」
もちろんカメラなど見せない。
「あら、やりたい事ってなあに?」とは、近くに来ていた女子の声。
「秘密」
と、僕が言って何のジェスチャーもしないでおくと、サダッチは――
「教えて教えて教えて」
「教えないよ」
「教えて教えて教えて」サダッチがまだ言う。
「秘密だってば」
「教えて教えて教えてんてけ赤ダルマ」
サダッチの目がぎょろっとして、それで固まった。……なんて独特な願い方なのか。
「お前いつも急なんだよ」と誰かが言った。いつもらしい。ちょっと困る。
「髪、長いよね。似合ってる」前の方から来た女子が言った。
「うん。ありがと」
「短いのも似合いそう」
「かもだけど、長い方が好きなんだ」
「そっか。でも大丈夫かな」
「……? 何が?」
「風紀チェックが、今日……今からあるから」
成績はいい方のつもりだ。前の学校の実力テストでも上位だった。髪型が何だと言うのか。
その問題の風紀チェックの時間になった。
体育館のステージの上の先生の前からずらりと、うちのクラスの男子の列が伸びている。女子は別。クラスや学年によっても別で、外や校舎内に並ぶ列もある。
自分の番となると、男性の先生がまず目を大きくした。そして僕の髪の毛先を手で触った。
「おいおい、長いぞ、キミが雅川か」
「長いのダメですか? 私服校も、髪型自由な所があるくらいなのに」
この髪が長いのも、そんな中学校に通っていたからだ。許されていた。
「決まりってワケじゃないけどな、染めてるのもあると……二個アウトじゃなぁ~」
「……? 今、僕のこと、染めてるって言ったんですか? 染めてないんですけど」
「じゃあ証明してもらわないと」
先生がそう言ったあと「どうしたんだ」とサダッチが戻って来た、もう終わってたのにわざわざ。
手をわずらわせてしまう……と申し訳なくなってから、僕は。
「髪を染めてない証明をしろってさ。そんな簡単にできるの? それすら知らないよ。染め方すら知らないのにどうしろと」
「先生は決まりだから言ってるだけだぞ」
生徒がこう言っているのに、決まりだからと言っているのは、ザ・先生だなと思った。
「染めてないのに染めてるって一旦判定が下るのは不服です。そもそも髪の色って生徒の悩みの表れになる可能性もあるんですけど、染めないのが普通っていうのはそういう問題があろうがないように扱うみたいに聞こえるんですけど、本当にそれでいいんですか?」
「え……え?」
うろたえたあと、先生が何も言わないので、僕はうんざりしてしまった。
――地毛の人や何かに悩んで染めた人はどうすればいい……?
そういう心をどうするのが人として正しいのか。先を生きる者の背中には、快い答えを見たい。そんな快い人で世界がいっぱいだと思えない限り、僕は人を撮らない。
その時だ、サダッチが言った。
「パッセ、ちょっと来て」
呼ばれたパッセという男子が前に出て来た。
「またアレか。染めたエクステでもいいから持っておくのも、結構面倒なんだぞ」
「困ってるヤツにはそんなの関係ない」
「ま、そりゃそうだけど」
サダッチに言われて、パッセが――サブバッグを持って来ていて――そこからエクステを取り出した。
パッセはそれに念じたようだ。
「はい、今これは金髪から黒髪に変わりましたね。つまり地毛に戻せます」
そしてパッセが僕の頭に手をかざした。
「はい、何も変わりませんね、彼のは地毛です」
そう聞いた先生は、パッセの方を向いた。
「友達を守りたくてそうしたのか? でもそれじゃあ信じることはできないな。STEOPを発動させたフリをして使ってない可能性がある」
「そこで先生ですよ」とはサダッチが言った。「先生なら先生同士STEOP能力を知ってますよね? 真見先生のも」
すると男性の先生は。
「も、もちろん……。彼女は……嘘を見抜く……」
するとパッセが大声で。
「真見先生~!」
ステージの左の階段を下りた付近にいたらしいひとりの女性がこちらへとやって来た。それが真見先生か。その先生が何やら手間そうに。
「はいはい……八瀬くん、また? じゃあ見るけど……はい、取って」
真見先生が差し出した紐をパッセが持った。その紐が白から赤に変わった。
「嘘だったら真っ黒、真実なら赤。ホントみたいね」
僕の目の前にいる男性教師は、その言葉を聞いて、なぜか、舌打ちした。
――別に、怒ることでも何でもねえだろ。何なんだ? こういう教師ってホント……――
と、僕が思っていると問題の先生が。
「そっか! それならいいんだよ! いや凄いね、えらいよ、友達想い! 感動した! じゃあ、一組はもう帰りな」
僕はまだイラッとしていた。そのままその先生に背を向けた。
何だかなと思いながら教室に戻った。
その時、クラスの女子が青い顔をしているのが分かった。
「どうしたの」
と誰かが聞いた。
「黒板……見て」
言われた通りに見てみると、黒板の文字が目に飛び込んできた。
『雅川月彦は女のチラ写を撮る変態だ』
――どいつもこいつも、ふざけやがって!
これじゃ以前と変わらない。
――新ヶ木島の人達は、コンプレックスで悩んだことがあるんだろ。ほとんどの人がそうで、そうじゃなくても関係者がそうで……人の苦しみを理解できるはずなのに。それなのに!
やっぱり僕は、人を撮らない。