37(呼夢の視点) STEOP特定開発研究所への出張ファッションショー
「文化祭の影響でかな、ラブレターが靴箱にあったんだよ」
月ちゃんがそう言った。
文化祭から数日が経っていて、今は昼。いつもの食後。校舎裏のあの木の下で話している。
「で、ど……どうしたの?」
「断ったよ。武道場裏でね」
「体育館裏じゃないんだ」
「こんな校舎裏でもない。剣道部の男の人」
「あ、だから武道場裏」
「かもね。呼夢はそういうのなかったの?」
「なかったねぇ。……あ、それで……時期的なことで大事な話があるんだけど」
「何?」
月ちゃんは長い髪を撫で整えて若干乗り出すようにして耳を、澄ましたんだろう。だから私は、その耳に届くように、とは意識した。
「STEOP特定開発研究所での出張ファッションショーがあるの。幽霊部員みたいにまたショー出てみない? 私が作った服で」
「その服をくれるならという話がまだ有効なら」
「もちろんっ」
「じゃあいいよ。というかそんな所にまで行くんだね」
「その時期の人にしかうちはできないけど、被験者の気を紛らわせるためみたいよ」
「へえ。で、その時期だけ……。別の時期のカバーもできたらいいのに」
「それはできてるんだよ」
「ん? そうなの?」
風が少しだけ強く吹いて、それに揺らされた月ちゃんの髪が、綺麗にふわりと動いた。この時ばかりは奇跡的な芸術作品のように思えた。
「おーい」
「あ、うん、えっと……新ヶ木島の中学校とか大学の被服部とかファッション研究会、そういう類似の部活かサークルが、別の時期の癒しの時間を担当してるの」
「そっか……癒されるといいね」
「そうだね……」
月ちゃんは、なんというか、スマートに笑う。綺麗な笑顔。だけどどこか儚げ。元気な時の笑顔が一番好きだけど、そんなの珍しい。どうかこの人が苦しまないようにと、私は思う。
――どうなんだろう、私はそういう事を気に掛けたから提案してたのかな、月ちゃんに、色んな事。最初は……オススメしてみたくて、だけの気持ちしかなかった気がする。
「もし嫌なら言ってね」
強制はしたくない。
「大丈夫。やるよ。やれるからね」
そう言った月ちゃんの顔が、頑張った笑顔みたいに見えた。
だから、私はどうにかしてやりたくなった。帰り道で見た珍しい大きな月ちゃんの笑顔を思い出して、今までのいい時を思い出して、だから私自身くすりと笑えた。これからもいい事がある、そう思うと、もっと口角を上げれる。
――そうだ、そうだよ。
「月ちゃん、よかった時を思い出すといいよ、最近嫌なことがあったけどさ、そんなことがあっても、すぐに! 回復だよ」
「……そうだね」
「もっと!」
「……ふふ、そうだねっ」
「そう、その調子! ふふ」
月ちゃんはよく空を見る。今も、会話が終わってすぐ空を見た――何度か写真に撮った枝葉の隙間から。
その横顔はやっぱり儚げ。
――そこに、何を思い描いたの……?
どうしてか、それを声に出せなかった。
STEOP特定開発研究所でのショーのための衣装は、せっせと夏休みから今までの時間を使って作っていた。以前から聞いていた月ちゃんの服の好みや今までの傾向を加味して、月ちゃん用のものも。文化祭の分もというのは、月ちゃんの予定なんかも諸々考えて、無理が出ると困るからやらなかったけど。
そしてその日。
STEOP特定開発研究所の中に設置された控え室に今はいる。
「ハムリン先輩、以前はすみません、今回も私は月ちゃんを参加させるんですけど……特別扱いさせてください」
「……うん。あ、あのね。どうして参加させたいのかだけ聞いてもいい?」
「え、あー……最初は、単に面白そうだから勧めて……でもそのあとからは、交換条件のおかげなんです」
「交換条件?」
「はい。条件っていうのは……その……作った服をあげるから、ショーに出てみない? っていう……単に私が楽しみたくて」
「そ、そうだったんだ……私も、別の機会にあげるからって言えば……だめかな」
「あの」私は真剣にまっすぐ見た。「私だから月ちゃんは乗ってくれたと思うんです、前にハムリン先輩が言った時、拒否したのも、私のことを考えてだと……私が言うのもなんだけど……だから……」
「あ、ああ、はは、そうだよね……ごめん。忘れて。お騒がせしました」
「いえ」
衣装を着た。私はずっと昔の女子制服のセーラー服というものを作って着た。濃い灰色を基調とした。
月ちゃんは、首の苦しくない白毛皮風もこもこノースリーブと、黒ジーンズ風ダボ系ハイウエストのハーフパンツ。
さて、いざ――という時。
部長が私と月ちゃんがいる所に来た。
「月彦くん、また参加?」
「はい」
「どうせなら楽しんで、存分に楽しませてやって」
「はいっ」
それからすぐ、所員の女性がやって来て。
「ねえ、この人にも何か着せて出させてもらえない? 前向きな気持ちにさせてあげたくて――」
「あ、え」と私が戸惑っていると。
「いいんじゃない? だめなの?」月ちゃんが言った。
「そうだよね。月ちゃんに私、頼んでるし。部長」
部長は、その時にもそばにいた。
「うん。いいよ」
部長は了承すると、控え室に誘いながら――
「えっと、じゃあこっち……何さん? お名前、何て」
「……ムツキです」
私たちは控え室前で待った。
女子控え室になっている部屋に入ってもらって出てきた時には、彼女は、部長が「もしもの為に持って来てたの」という衣装を着ていた。ラメ入りの、森の闇のような黒のタートルネックの長袖。そして、ズボンはかなり明るい小豆色の、柔らか素材のもの――しかも左右で丈違い。大人っぽい。
「あ、可愛い。凄く綺麗ですよ」
部長がそう言うと、ムツキさんの表情がパァッと明るくなった。はにかむのもまた魅力的で、まぶしいと思った。
――なんかまた、次元の違う人。こんな人が前向きじゃなかったなんて、信じられない……。
「さ、行きましょ」
部長がそう言って、大広間横、舞台が置かれた部屋の脇に来た。
研究所大広間でのファッションショーは大盛況だった。みんなの心に花が咲いたんじゃないか、そんなことを思う。突然参加したムツキさんも、終わったあと控え室で嬉しそうにもじもじしていた。
私服に着替えて、あとは帰るという時。
月ちゃんだけは、記念祭の時のショーのあとと同じように、着替えずにそのままの格好で帰りのバス停へ向かった――私とともに。
外の風が当たる。周りの緑がざわざわと踊っていて――
「ふわふわ。いいでしょこれ」
と、私が月ちゃんの背に歩きながら触れると。
「うん。呼夢のおかげで着れるよ。ふふ」
同じ速度で隣をゆくその顔を、私は、撫でたいとさえ思った。




