30(月彦の視点) カップ作り体験のメモリー
――とにもかくにも、焦ることはない。なにせお世話になってるんだ、きっと三年間はここにいる。
僕は気持ちを整理した。
ここにいたい。
趣深い写真を撮りたい。
一緒にいたい。
呼夢がもし僕のために衣装を作るなら、そんな服は、できれば欲しい。なんというか、今はもう――その特別感ごと欲しくなってる。
――ああ、もう……僕だけだったりして、こんなの……。僕の側だけ。一方的な……だったりして。
呼夢の気持ちはどうなのか。知りたい。
でも知らないと何もできない自分は小さいみたいで、ちょっとショックだ。
――みんなよく恋愛できるな、怖くないのかな、関係がどうなるかってこと……。
この前の夏祭りや海を思い出す。
自分だけの光でいてくれたらどんなにいいか。呼夢のことをそう思った。そばで見ていて、元気をもらえて、じゃあ自分からも何かしてやれと思ったりして麦わら帽子を被せたりして――
――どうしよう。告白しちゃった方がいいのか? でも関係……この関係を……修復不能にはしたくない……一緒にいられないようにはしたくないから、だから怖い……。
とりあえず、次にどこで撮りたいか、ということを考えて、この気持ちを少し落ち着けようと思った。
腕時計をワンボタンでケータイ化させていたので、そのいつものフォンボードを操作して、調べてみた。
「いいとこないかな」
それで見つけたのは、コーヒーカップの製造体験ができるお店だった。
自分の部屋に呼び、呼夢が来たら、
「次に写真を撮りに行く場所が決まった」
とだけ言った。まずそこがどこかを言う前に、「その時の服なんだけど」と前置きして。
「場所はコーヒーカップの製造体験ができるお店で――そこに合う服がいいんだけど、じゃあこれで、っていうのは、もう今思い付く?」
「んー……まあ、待ってよ……? ガーリーでもボーイッシュさもある……何かの製造に似合う服……あ、あれいいんじゃないかな。魔女。毎回違う服じゃなくてもいいしさ」
「魔女……? あ! ダムに行った時の?」
「そうそう」
「いいかも」
呼夢がダムの時にも指定した、あの思い出の「お嬢様は魔女で初心」の魔女の衣装。あれは凄く好きな服だ。肩見せ偽デニムの濃紺シャツと、すね見せ偽デニムの濃紺ズボン。一見ワンピースに見えなくもないけど、だからこそコーデとしてイイ。
出発の時、呼夢が言った。
「汚れを気にしたら黒なんだけど、その服、やっぱ白い靴を合わせたいなぁ。でも真っ白じゃない方が今回は汚れたらって……」
「こっちの紫基調のやつもあるけど」
「……じゃあそれ! いいじゃんいいじゃんっ」
ということで、呼夢は、僕に合わせて今度は若執事みたいな格好で外に出た。
まずは歩いてバスへ。
しばらく揺られたあと、降り、少し歩いた。
すると路地裏に、お洒落なお店を発見。
カップの形の看板が近くにある。その看板には、
「製造体験で作ったものは出来上がりを宅配します」
とあった。
――作る過程もシャッターポイントだ。
戸を開け、入ると、少し年配な女性が駆けてきて。
「いらっしゃいませ、体験ですか?」
「はい、撮影もいいですか?」
と、言ったのは僕。
「いいですよ」
年配の女性は、そう言うと、入ってすぐの所のカウンターの向こうへ行き、何かの準備をした。
記入用紙を差し出された。僕らはその紙に名前や住所なんかの必要事項を書き、代金を支払われた。
「はい、ではこちらへどうぞ」
言われてから店の奥へと。
ひとつの大きな部屋があって、そこで職人の中年の、渋い男性が待っていた。
「うん? カメラ少女か」
「いえ、カメラ少年です」
首からカメラの入ったカメラケースをぶら下げているからその僕の姿を見てのやり取り。ネタみたいになっていた。
「……? まぁいっか。さあそこに座って」
そうして作り始めた。
カップ作りはなかなか難しい。
合間合間に、自分の作品の写真も撮ったし、呼夢のも。主人のも撮らせてもらった。
「どうだ、凄いだろう」
とは主人の言。さすがのプロさがありありと見えた。超絶だ。
絵付けもして、それも撮った。周囲の小道具も撮らせてもらった。
糸で台から切り離す時も。シャッターチャンスは逃さない。
塗る呼夢のことも……。これは自分だけの秘密の写真になるかも……。
いい思い出だ。
しかもそれが増えていく。
「中々筋がいいな、特にそっちの女の子」
「そっち? どっちのですか?」
「こっちの子は男なんだろ?」
その時、何かが、僕の中で、にじんだような気がした。
今だからなのかどうなのか――当然のように単調に他人から言われたからなのか――なんだか違った。
――男とだけ言われるのが嫌なのかも……。どういうイメージで言われたのかって事も考えちゃったかも。別に女でもないけど……多分……。なんか、やっぱり、僕は違う……。違うんだなぁ……。
その顔や態度を察してか、呼夢は僕に、こそっと言った。
「月ちゃんは月ちゃんだよ」
数日前からか、月ちゃん呼びになっていた。サダッチとの連絡のやり取りなんかを傍で見ていたのかも。ちょっとした変化でしかないけど、それがなんだか嬉しい、以前よりももっと近い気がして。
「……うん。……うん、ありがとう」
呼夢は光だ。それを受ける僕は月。少しだけ生じた不安みたいなものが、この時、じんわりと消えた。




