29(呼夢の視点) 麦わら帽子と涼し気コーデの天使
夏休み中に部活をしないワケではない。もしかしたら違う時期より部活をしている。夏休みが明けるとすぐに文化祭があるし、そのあとにも実は催しがあって、その分も忙しくなる。補習を受けない人なら授業はないけど。
去年も同じような年を過ごした。
だから、これはさほど大事じゃない。
今の私にとって大事なのは、月彦くんとの過ごし方だ。
月彦くんの服の好みなんかはだいたい聞いていて把握している。実際に幾つか持っている服も見せてもらって参考にもしているし。だからやっぱりそこじゃなくて、一番は、「一緒にどこに行くか」で――。
ある夜、月彦くんの部屋にお邪魔した。
月彦くんはカメラの背中を見てデータを確認してたり写真のための本なんかを読んでいたけど……ある時、ふと。
「今度海に行こうかと思っててさ」
大情報が飛び込んできた。耳と胸に。
――海! ロマン!
「いい! 凄くいいっ!」
「え、う、うん……。でさ、どんなのがいい? 服」
「あー、月彦くんも日焼け止めどうせ塗るでしょ? 涼しげにとは思うけど肌は出してもいいし……七分丈のズボンと首ゆったりのシャツ……とかがあればいいんじゃない?」
「ん、まあ、任せるよ」と月彦くんは。「僕は案内してもらう立場だし。僕がどういう服を着るかは、呼夢の希望であまり無理じゃなきゃいいよ」
「そう? ん、じゃあ色は? 指定の色とかはない?」
「水色か……黄色か……いや緑……うーん……そうだな、ズボンは緑で。シャツはそれに合うようにしてもらえればいいよ」
「分かった」
そうして出来上がったコーデは、お嬢様風ガーリッシュボーイの格好! ということになった。一方私はその友人のお嬢様風になろうか。
そして海に行く日。
用意した服を渡して「じゃあ部屋で」と言ってリビングで待った私は、お嬢様風の服を着た状態で、その登場をそわそわと待った。
そして着替えた月彦くんが出てきた、その瞬間。
「似合う!」
結局、薄緑のズボンに合わせたのはほんのり水色が香る程度の白いシャツ。私が作ったのはズボンだけだけれど、探して合わせたシャツは中々オシャレで相性も抜群そうに見える。
「いい……! いいよ……! 最高だよ!」
「そ、そお?」
少しだけ照れて笑う月彦くんが尊過ぎるし好き過ぎる。
海に行って、月彦くんが開始したのは、砂浜にあるものの写真を撮ることだった。泳ぐ気があったらそういうものが必要だと言いそうだし、そんな言葉がなかったから――まあ、分かっていたようなものだったけど。
「ちょっと休憩しよっか、呼夢も疲れたでしょ?」
「そ……そうだね、じゃあさ、ちょっといい?」
「うん?」
そんな時にあることを頼んでみたくなっていた。
実は、その辺で帽子が売られていた。「日焼け止めを塗ってるけど雰囲気としてもさ」と念押しして、買った。それを被ってもらおうと思っていたからで……。
「分かった、いいよ」
と承諾してもらえて、被ってもらうと、つい、声が出てしまう。
「ほああぁぁっ」
――麦わら帽子が似合い過ぎるぅ!
そんな月彦くんの写真も、順調に撮れているようだった。蟹、貝殻、海全体や、雲、波そのものだったり。はたまた猫や防波堤。
月彦くんは、STEOP能力で防波堤を床みたいにして歩いて、その上に乗って撮ったりもした。
「危ないよー」
「大丈夫」
そんなことを言ったりも。
岩場を撮る姿も眺めた。
そんな時、麦わら帽子が風に飛ばされて岩場の隙間に落ちてしまった。岩にのぼって覗き込んだ下の方にある。周りは岩ばかりで、上からしか取れない。
「ああ~」
と、そこでまた月彦くんは、STEOP能力。岩を歩いて横に手を伸ばしたようなものなんだろう、そうして下の帽子を手に取って戻って来た。
「凄い、便利だね」
「そう?」
それからも撮影は続いた。
灯台、桟橋、船着き場の色んなもの、それからまた波、砂浜、足跡、近くのヤシみたいな木、出店、パラソル……。許可を取ることも。
あらゆる情緒を、彼は何度も何度も撮影する。
――やっぱりこうして熱が入ってる時の月彦くんが、一番イイなぁ……。
ずっと眺めていたい。
それを、私の用意した服で飾れるなんて……私、役得過ぎない?
このポジション、やっぱり、誰にも譲りたくないな――。
そんな事を思いながらついて行ったりして……砂浜を歩いている時――
「えい」
いつの間にか後ろにいた月彦くんがそう言って私に何かを被せた。感触で分かる。麦わら帽子だ。
振り返ると、眼前には、照れが若干ありつつも、無邪気に笑う月彦くんの姿が。
――心臓麻痺させる気っ? そんなの天使の反則でしょ!
胸が持たない日がいつか来ないか、それだけは心配だ。
……その一方で、この気持ちをいつ伝えればいいんだろう、と、少しだけ悩んでしまう自分がいる。
月彦くんは、私のことを、どう思っているんだろう。もし兄弟みたいな感覚しかなかったら……。
それは少し……いや、かなり嫌かも。




