01(月彦の視点) はじまり1
西暦2200年にどこかの研究施設でライブ中継が行なわれ、何の不手際か、研究員にも謎な白い光があふれたところが配信された。それから300年が経った。
西暦2500年。5月2日。
カメラを持って、朝早くに学校近くのビルの階段を上がっていった。この階段の一番上の踊り場まで来た時、手すりに身を預けるように前へのめり出して東の空を見た。
格別の空がそこにはあった。
まだ日が昇ったばかり。
ピンク色の空だった。
このために早起きするのは苦ではなかった。むしろやってみたかったほどだ。
空の一部を切り取り、風景写真のコレクションを一枚増やす。その喜びを胸に満たす。じんわりとしたものが胸に生まれる。
だけど、これから学校だ。そう思うと億劫だ。
――またいじられるのかな。
弱く息を吐いてしまう。そんな時、全身に痛みが走った。体をエビみたいに丸めて耐えていると、いつの間にか――
「あれ? どこ、ここ」
――気絶して、目が覚めた?
そういえば聞いたことがある――STEOP能力の発現に伴って痛みが発生し、その後眠ってしまう、と。
緑色の部屋にいた。薬っぽい匂いもする。病院か。
ほどなくしてナースが部屋に入ってきた。男性だ。
彼は僕の顔を確認すると、聞いてきた。
「名前を言えますか?」
「 雅川 月彦です。あの……」
「大丈夫ですね。先生を呼びますので、じっとしていてくださいね」
「はい」
こちらから聞こうとしたけど知りたいことを知れたからいいやと思い、ナースが部屋を出ていくのを見送った。
それから窓の外に目を向けた。
ビルを背景にして雨が降っているのが見える。薄暗い。部屋に備え付けの時計もあったので、確認した。どうやら夕方に目を覚ましたらしい。
窓の西の方が右だなと思ってすぐ、半自動ドアの開く音がした。
見ると、白衣の女性が入ってきた場面が目に入った。彼女が言う。
「ちょっと目を見せて。……この指を見て。目で追って――」
何かの確認が終わると、女性は、ベッドで上半身だけを起こした僕から見て左にある電子的なボードに目を向けた。
僕の手首に指二本を添えて脈拍を確かめると――
「いいですね、じゃあ、症状についてですが、STEOPの発現によって痛みと眠気に襲われたはずです」
「それは何となく分かります」
「ん、じゃあ、研究所にお送りするので裏口へ――案内してあげて」
女性は途中から男性ナースに向けて話し始めた。対する「はい」の返事のあと、女性医師は去ってしまった。すると――
「じゃあ点滴を外しますね」
それをすると、男性ナースは「じゃ、こちらへ」と案内し始めた。
ついて行く。階段を下り、少し歩いて右へ。すると、そこには、横に長い楕円に近い形をした白いワゴン車があった。
その運転席にいる男性が、助手席側の窓をワンボタンか何かで下げ、話し掛けてきた。
「さあ乗れ、キミが 雅川 月彦――くんなのか? それにしては髪も長いし、女に見えるが」
「僕がそうです」
乗り込むと、すぐに出発した。
車窓の向こうを流れる景色を見ながら、運転手の男性が話すのを聞いた。
「どんな変化が起こったのか聞いてもいい?」
僕は自分の着せられている病院服(で合っているのか? 正式名を知らないが、とにかく、それ)の袖をまくり上げてみた。違いがあるかどうか微妙だったから、今度はズボンの方をまくった。
「えっと……あっ、足の毛がなくなってる」
――多分腕もだ。すねも……太腿も……あ、脇もない。
「ヒゲより下の毛が全部ない」
「そういうの、濃いのをいじってくる人いるからなあ……よかったね、原因がなくなって」
「……はい」
STEOP能力というものに目覚めると、コンプレックスのひとつが解消される。
むしろ原因は逆ではないかとも言われている。悩みがある状況で生きる上で、遺伝子が選んだ肉体的変化。だからこそその変化によってSTEOP能力というものを得ている、という方向性だ。だからこそその際に痛みや眠気に襲われるのではと。防衛反応のひとつなのかもしれない。
Super-TEchnic-Or-Power、略してSTEOP。分かりやすくSTEOP能力と呼ぶことも。
「2200年頃に不思議な力を持つ人達が出始めたんだよな」
運転しながら男性が言った。
「前兆としては倒れて丸まってしまう――痛み信号も検知されてる。……激痛なの?」
「凄く痛いですよ」
この人は発現者じゃないんだな、と思いつつ、また窓の外を見た。
STEOPが発現した者をサポートする場所がある。もちろん各国に存在するが、日本だと、それは島だ。静岡県の太田川橋から120キロメートル南に北端がある、かなり大きな島。この島は
STEOPと科学技術とで作られた人工島だ。
名は 新ヶ木島。
こんな車で研究所とやらへ運ばれるだけでいいということは、ここがその新ヶ木島のはず。
見える風景に、この場所に、これからはお世話になる。
車窓の向こうを見る姿勢のまま、心の中であいさつした。
――よろしく、新ヶ木島。
「キミ何歳くらいなの?」
ふと、運転席の男性が言った。
その頃には、辺りは崖や森ばかりになっていた。どんどん山を登っていく。
「今年十六になります、高一です」
「ふぅん。やっぱりアレかなぁ……多感な頃に悩みがあると、発症しやすいのかなぁ……」
「まぁそう……でしょうね……。僕ら子供世代って、大人よりやれること、少ないんで。小学生とかも、多いのかもしれないですね」
「だとすると……赤ちゃんや幼稚園児は……。でも、そんな話、多くは聞かないから、どうなんだろうな」
「動物の幼体と成体では随分と違いがあるものっていますよね、それみたいに、体がある程度できあがってから発現するらしいですよ。――って、オルフォン・ヒューザキ博士が言ってました」
窓の外や前方、彼の向こう側なんかも気になってつい視線を向けてしまう。たまに彼自身にも目を向けながら話した。
「へぇ~……よく知ってるね。俺そういうの苦手だったな。……最低限でいいやと思っちゃって」
「まぁそういう人もいますよね」
そうこうしているうちに木々に囲まれた大きな建物の前へとやって来た。
「よし、降りて」
運転手につれられて――STEOP特定開発研究所と書かれた看板の下を通り、入っていく。
奥の部屋まで来て「ここだ」と示すと、運転手は「じゃあな」と去っていった。
そこに入って待つと、ひとりの男性がやって来た。
「いらっしゃい、まず、部屋へ案内するよ、それからキミの――月彦くんのSTEOPを特定していく。……キミが月彦くんで合ってるよね?」
「はい」
こうして能力の特定をする生活が始まった。部屋として903号室が宛がわれた。