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「動機は……」

 松田がそう言いかけて、「困ったことに分からないんです」

「それじゃあ、私が犯人とは言えませんよね?」と、小黒は言った。

「いや、犯人は小黒さん、あなたで間違いないです」と、松田は言う。

「どうして?」

「先ほどからも言っていますが、あなた以外にいないからです!」

「私以外の部外者ということは?」と、小黒が訊いた。

「部外者という点についても考えました。しかし、それにあたる人物が見当たらないのですよ……」

 松田はそう言って、一度黙る。

「そう言えば」と、羽田野が口を開いた。「三月三日のひな祭りに、家族全員が集まっていたんですよね?」

 羽田野の問いに、「ええ」と、小黒が頷く。

「どうして、その日に皆さん、集まったんでしょうか?」と、羽田野が訊いた。

「その日は……」と松田が言いかけて、「ひな祭りだからです」と、小黒が答えた。

「ひな祭りだから? どうしてひな祭りに集まるんです?」

 羽田野がそう訊くと、小黒は彼女たちを見て唾を呑む。

「集まるのには、少々複雑な理由があります」

 それから、小黒が口を開いた。「私の三人の娘たちには、それぞれ一人の娘がおりました。私の孫娘になります。実はその三人の孫娘と言うのは、それぞれ亡くなっておるのです……。一人は病気です。一人は交通事故で、そしてもう一人は……」

 小黒が言いかけて、「自殺ですね」と、松田が言った。

「ええ、そうです。ご存知でしたか……」と、小黒はぽつりと言った。

「近所に住む阿部さんからお聞きしました」と、松田は答える。

「そうですか……」

「それじゃあ、もしかして、その日に集まったというのは、その三人のために集まったということですかね?」

 松田がそう訊くと、「ええ……まあ」と、小黒は言った。

「その三人の忌日とは違うんですけど、女の子だということで、三月三日に家族全員で墓参りをしようということに数年前からそうなりましてね、それで集まったというわけです」と、小黒は話した。

「なるほど」と、羽田野が頷く。

「そういうことか」と、松田も小さな声で言った。

「でも、どうしてその日に殺人なんか起きるんでしょう?」

 それから、羽田野が松田を見て訊いた。

「小黒さんは、ご家族を恨んでいたんじゃないかな」と、松田は言った。

「恨み?」と、羽田野が訊き返す。

「はあ?」と、小黒も困った顔をする。

「いや、正確に言うと、ご家族の方が圭蔵さんを恨んでいたのかもしれませんね」

 松田がそう言うと、「どうして?」と、羽田野が訊いた。

「なぜひな祭りに集まらないといけないのか?」

 松田はぽつりと言う。

「だって、それは……」

 羽田野がそう言いかけて、松田が口を開く。

「そう。小黒さんはお孫さんのためにその日、家族全員に集まってもらうことにした。しかし、圭蔵さん以外の誰かがそれを拒んだ。だから、それが嫌になった圭蔵さんは家族全員を殺すことにしたんじゃないかな?」

 松田はそう言って、にやりと笑う。

「なるほど、それなら納得です!」と、羽田野は嬉しそうに言った。

「いや、それは違う」

 それからすぐに小黒が口を開く。「その日は、全員が来ているんだ。彼らは別に私を恨んでいないはずだ!」と、小黒は言った。

「それじゃあ、別の問題と言うことになりますね……」

 そう言って、松田は考える。

「そう言えば、一点おかしい気が……」

 少しして、羽田野が口を開いた。

「おかしい点?」と、松田は彼女に訊いた。

「はい。ひな祭りって、本来、女の子の健康を祝う日ですよね? それなのにどうして家族全員で集まるんでしょうか?」

「それは、さっき小黒さんが仰ってた通りだと思うけど。お孫さんのためだって」と、松田は言う。「ですよね?」と、松田は小黒に訊く。

「ええ」と、小黒は頷く。

「それは確かに今さっきお聞きしました」と、羽田野は言う。「後ですね、あの家を調べた時、ひな壇を見て思ったことがあるんです。そのひな壇が新品の様に見えました」

「新品?」と、松田は首を傾げた。

「ええ。小黒さん、あれは毎年飾っていましたか?」と、羽田野は訊いた。

「はい。ええっと、確か五年くらい前からかな……」と、小黒は答えた。

「五年前からですか……」と、羽田野は呟く。

「ええ」

「それと、あのひな壇を見て、おかしなところが二つありました」

 羽田野がそう言うと、「ああ」と、松田が思い出したように声を上げた。

「七段目に置かれていたモノの配置じゃない?」

 松田はにやりと笑って言う。

「そうです! 本来、左から順に御駕篭(おかご)重箱(じゅうばこ)御所車(ごじょぐるま)という風に置くんです。けれど、重箱以外の二つが左右逆に置かれていたのです!」」

 羽田野がそう言うと、「なんと!」と、小黒は目を丸くした。

「それともう一つ間違っていたところがありました!」と、羽田野は続ける。

「五段目にある仕丁(しちょう)です。三人上戸(さんにんじょうご)とも言いますが、彼らの持ち物の配置が違っていたんです!」

 羽田野がそう言うと、「へー、それは気付かなかった」と、松田は感心した声を上げた。

「そうなんです。因みに言うと、関東の三人上戸は、左から『台笠(だいがさ)』、『沓台(くつだい)』、『立傘(たてがさ)』という風に置くんです。関西だと、(ほうき)塵取(ちりと)り、熊手(くまで)を持たせるそうです」

「それは気付かなかった……」と、小黒は呟くように言った。

「しかし、どうして配置が間違っていたんだろう?」

 松田はそう言い、考える。

「それはおそらく」羽田野が口を開いた。「犯人がひな祭りの前日か、もしくは全員を殺した後にでも咄嗟に作ったんじゃないですか?」

 なるほど、と松田は思った。「そうとも考えられるね」松田はそう言って、にやりと笑った。

「それが、私とどう関係するんだ!」

 それから、小黒が大声で言った。

「新品だった理由って、毎年、ひな祭りに飾ってなかったからじゃないですか?」

 羽田野が二人に聞こえるように言った。

「じゃあ、五年前からあるというのは嘘かい?」と、松田は訊いた。

「ええ、そうだと思います」と、羽田野は言う。「あの家には、あのひな壇以外ありませんでしたから」

「確かに……」と、松田は思い出して言った。「そういや、小黒さんには娘さんが三人いましたね?」と、松田は小黒に訊いた。

「そうですが?」と、小黒が言う。

「娘さんが三人もいたなら、毎年ひな祭りをお祝いしていたんじゃないですか?」

 松田がそう訊くと、「ええ、していましたよ」と、小黒は答えた。「それはよく覚えています」

「その時使っていたひな壇のセットはどうされたんです?」

 松田がそう訊くと、小黒は口を開いた。

「美沙が――三女が二十歳になるまで使っていました。ですから、三十年以上前になりますかな。その後は、もう使わないだろうと家内と話をして、捨ててしまいましたよ……」

 小黒は懐かしむように言った。

「三十年も! それはすごいですね」と、松田が驚くように言った。

「本当ですね」と、羽田野も相槌を打つ。

「それから数十年間は、ひな祭りとは無縁でした」

 ふいに、小黒は話し始めた。「しかし、毎年三月三日になると、私はその時のことを思い出すんです。ああ、あの時は楽しかったなと。長女が結婚して六年後に女の子が誕生したんです。それで、長女一家では毎年、ひな祭りを祝っていたそうなんです。その後、次女や三女にも、女の子が生まれて二人も家族と共にひな祭りをしていたそうです」

 小黒は一度、カバンからペットボトルのお茶を取り出し、それを一口飲んだ。それから、また話を続けた。

「私も久しぶりにひな祭りを一緒にお祝いしたい、そう思って私の家で三月三日に集まろうと言ったことがあるんです。しかし、娘たちに断わられてしまいました。もう子供じゃないんだし、と。そう言われて残念ですが仕方ありません。でも、もし機会があればやりたかった。そんな矢先に長女の娘が病気で亡くなったと聞きました! 私はビックリでした。それから、二年後に、今度は次女の娘が交通事故に遭い、その半年後に、三女の娘が自殺を図ったと聞きました。

 どうして女の子ばかり死ぬのだろう。私は神様を()らしめてやりたい気持ちでいっぱいでした。しかし、それは無理な話です。だったら、彼女たちを精一杯弔おうと私は思いました。それで、娘家族に集まって彼女たちの死を償えないかと話しました。すると、長女が三月三日に集まるのはどうかと提案したのです。それはいいアイデアだと私は思いました。そして、五年前の三女の娘の自殺をした翌年から、全員で集まることにしました。

 その時私はあることを思いついたのです。せっかくなら、ひな壇を飾ろうと。しかし、家内が反対しました。――女の子もいないのに、健康など願うい必要もない――と。確かにそうだとも思いました。結局、却下されてしまいました。それでも、毎年、ひな祭りの日には、全員が集まりました。孫娘たちのためです。私は全員で集まれれば、それで十分だと思いました。しかし、正直、物足りなさも感じていました。それは、あの頃の記憶でした。娘たちと一緒に祝ったひな祭りの思い出です。

 それから、私はもう一度、ひな祭りをお祝いしたいと思いました。今年、改めて私は娘たちや家内に相談しました。もう一度、ひな祭りをやろうと。しかし、彼女たちは無駄というばかりで、一歩も譲ってくれませんでした。そこで私は頭にカチンと来ました。どうしてそう言うんだ、いいじゃないか! それで私は……」

「殺人を企てた?」と、松田が口を挟んだ。

「ええ……そうです」と、小黒は白状する。

「つまり、動機というのは、孫娘たちが自殺や病気、事故などで亡くなり、ひな祭りを祝えなくなってしまったから……ということですか?」

 松田は呟くように言った。

 小黒は頷く。

「分かりました」と、松田は言う。「あの……小黒さん。自首して頂けませんか?」

 松田がそう言うと、「自首ですか」と、小黒は言って考える。その後すぐ「ええ……分かりました」と、彼は言った。

「ありがとうございます」

 松田は感謝の気持ちを述べる。

「……しかし、私としたことがうっかりでしたね……」

 それから少しして、小黒が呟くように言った。

「ひな人形の配置のことですか?」と、羽田野が訊いた。

「ええ……」と、小黒が頷く。「よくお気づきになりましたね」

 小黒はそう言って、照れ臭そうに笑う。

「私も女子ですから」と、羽田野は舌を出して言った。

「そうか」と、小黒は頷いた。

「私の家でも、ひな祭りの日にはひな人形が飾ってありました」と、羽田野が口を開く。「昔、父が作ってくれたんですけど、右大臣と左大臣が逆になっていたことがあって……」と言って、羽田野はその時のことを思い出して笑う。

「そうでしたか」と、小黒は笑顔で言った。

「はあ、そういうことか!」

 それから、松田も納得して言う。

「はい」と、羽田野は笑顔で返事をする。

「それじゃあ、小黒さん、署までご同行願いますか?」

 その後、松田が彼に言った。

「はい」と小黒は返事をして、そのテーブルから立ち上がる。

 それから、松田たちは小黒と一緒に車の所へ行き、三人は車に乗った。すぐに松田は車を走らせた。

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