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「やっぱりそうですか!」と、羽田野は言った。
「うん。となれば、小黒圭蔵が怪しいね……」
松田はにやりと笑って言った。
「ですよね。しかし彼はどこへ――」羽田野はそう言って口を閉じる。それから、「彼の所へ行ってみよう」と松田は言った。
「彼の場所?」
「小黒圭蔵、いや、東山圭蔵先生の出版社だ!」
「あー、そうか!」
「羽田野さん、彼のファンと言ったね?」
「ええ」
「彼の出版社はどこか知っているかい?」
「ええっと……、確か、森林社です!」
「森林社ね! 早速、そこへ行こう!」
松田はそう言うと席を立ち上がり、すぐにその部屋から出て行った。
「あ、松田さん! 待って下さい!」
羽田野も席を立ち、すぐに彼の後を追った。
松田は車に乗った。羽田野も彼の車の助手席に乗る。すぐに彼は車を走らせた。
三十分くらい車を走らせ、松田たちはようやく東山圭蔵の出版社である森林社に到着した。
入り口から入ると、正面に受付があり、女性の受付が二人いた。早速、松田は警察であることを述べ、東山先生はいるかどうか訊いてみた。
受付の女性は電話を掛けた。電話を終えた彼女が「東山先生は、本日はお休みです」と言った。
「そうですか。先生の担当の方はいらっしゃいますか?」
松田がそう訊くと、「担当ですか……。ええ、おりますけど」と彼女は言う。
「その担当の方と少しお話しさせていただけませんか?」
松田がそう訊くと、「確認しますので、少々お待ちください」と彼女は再び電話をした。
「お待たせしました。担当の三浦が少しでしたら、お話ししてもいいそうです」
電話を終えた彼女がそう言った。
「分かりました。ありがとうございます」と、松田は言ってペコリと頭を下げた。
それから少しして、一人の男がエレベーターで降りて来た。黒のスーツを着た短髪で黒縁眼鏡を掛けた長身の男である。「三浦です」と、彼は松田に挨拶した。
「松田です」と、松田も名乗った。それから、「こちら羽田野です」と、松田は彼女を紹介する。すぐに羽田野も自己紹介をする。
「どうも」と三浦さんは笑顔で言い、「ここではアレですから、向かいの喫茶店でいいですか?」と、彼が提案した。
それから、松田たちは三浦さんに着いて行き、向かいにある喫茶店に入った。
三人は奥のボックス席に案内され、コーヒーを三つ頼んだ。
「それで、お話しというのは?」
三浦さんが口火を切った。
「小黒さん、いや、東山先生と仰いましたね。彼がすでに亡くなっていたとか……」
松田がそう話すと、三浦は不思議な顔をした。
「亡くなった? いやいや、そんなはずはないですよ。だって、昨日、彼から連絡があって、しばらく一人で執筆したいと仰っておりましたから」と、三浦は言った。
「そうでしたか。それは失礼。ところで、先生はどちらへ行くと仰っていましたか?」
松田がそう訊くと、「さあ、それは私たちも知りません……」と、三浦は答えた。
「行先を伝えないんですか?」
「ええ……まあ」
「彼を捜しているんですが、どこか心当たりの場所を知りませんか?」
松田がそう訊くと、「そうですか……。うーんと……、群馬かな? よく先生は草津温泉へ行っているみたいだし……」と、三浦は言った。
「群馬か」
松田は呟くように言った。「ありがとうございます」と、松田は彼にお礼を述べる。
「よし! 羽田野さん、今から草津に行こうじゃないか!」
それから、松田は意気込んでそう言った。
「え? あ、はい。分かりました」
羽田野は返事をした。
「あ、そうだ」
それから、松田はくるりと向きを変え、三浦という男性を見た。「東山先生から、もしお電話があったら、どこにいるのかを聴いてみて下さい」
「え、ああ、はい」
「何か分かったら、私に連絡をいただけますか?」
松田はそう言って胸ポケットから手帳の紙を一枚破り、そこに自分の携帯番号を書いてそれを三浦さんに渡した。
「分かりました。頑張って聞き出します」
三浦さんはそう言って、にやりと笑った。
「よろしくお願いします」と、松田は彼に頭を下げた。
それから、三浦さんが腕時計をちらりと見た。
「ああ、そろそろ戻らないと……」と彼が言って、席を立つ。「では」と彼が出ようとして、「ああ、そうだ」とこちらへ戻って来た。「お金、これでいいですか」と、彼が千円札をテーブルに置く。
「あ、結構ですよ」と松田が言った。「こちらで持つので」松田はそう言って、にこりと笑う。
「いいんですか? すみません」と、三浦は申し訳なさそうに頭を下げ、その喫茶店を出て行った。松田たちは三浦さんを見送った後、会計を済ませてその店を出た。
それから、松田たちは車に乗り、カーナビを草津温泉へと合わせると、すぐに出発した。
「松田刑事、私、一つ気になることがあるんです」
ふいに助手席に座る羽田野が口を開いた。
「なんだい?」と、松田は正面を向きながら訊いた。
「純子さんの旦那さん、つまり、藤平素生さんのことです。犯人はどうして彼を他の人たち同様に死体をバラバラにせず、毒殺したのでしょう?」
羽田野は松田の方を見る。
「さあ?」と、松田は肩を竦める。「確かに僕も気になっているんだ……。どうして彼だけ、バラバラにされなかったのか?」
「犯人は、彼だけ殺せなかった、とかですかね?」と、羽田野は言う。
「まあ、可能性としてはそれもありうる。しかし、何かしらの理由があって彼をそう殺したのかもしれない」
「何かしらの理由? 例えば?」
「例えばか……」と松田は言って、うーんと唸る。それから、「いや、本当は理由なんてないのかも……」と、松田は羽田野の方を見て笑った。
「え? 理由ないんですか?」と、羽田野は呆れて言う。
「うーん、理由かあ……」と言って、松田は黙り込んだ。
三時間程、車を走らせて、松田たちは草津温泉に着いた。
車を近くの駐車場に停め、松田たちは早速、温泉街にいる人々に聞き込みを始めた。
いろんな人たちに小黒のことを聞くも、皆、彼を見ていないというばかりだった。
それから、松田たちは温泉街のお土産屋へ入る。店主である年配の女性に話を聞くと、「一か月くらい前に、ここへ来たのを見ましたよ」と言った。
「一か月くらい前にですか!」
「ええ」
「お一人でしたか?」
松田がそう訊くと、「そうだったわ」と、彼女は答えた。
「最近はお見かけしましたか?」
「いや、見てないわね」
「はあ、そうですか。ありがとうございます」
松田はそう言って、彼女にペコリと頭を下げた。
羽田野も彼女に一礼して、そこを出た。
「うーん、ここにはいないのかな……」
車に戻ると、松田は呟くようにそう言った。
「みたいですね……」と、羽田野は相槌を打つ。
「羽田野さん、悪いけど帰ろう」
松田がそう言うと、「えー」と、羽田野が残念そうに言う。
「えーって? 君は帰らないのかい?」
「そうじゃなくて、せっかく草津に来たんですから、温泉に入りましょうよ!」と、彼女は言った。
「温泉? いやいや、今仕事中だよ? 温泉に行くなら、休みの日にでも行けばいいさ!」と、松田は言った。
「松田さんのケチ!」
それから、羽田野がそう言った。
「ケチって……」
松田が呆れてそう言うと、突然、松田の携帯が鳴った。すぐに松田は電話に出る。
「はい、松田です。あー、三浦さん! え? 電話が? はい。あーそうですか! 分かりました。そっちへ行ってみます。はい、ありがとうございます。はい、失礼します……」
松田は電話を切ると、羽田野を見る。
「羽田野さん」
「はい?」
「小黒さんは、箱根にいるそうだ! 今から行こう!」
「え?」
松田はカーナビを今度、箱根へと入れると、すぐに車を発進させた。