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「藤平啓輔って、純子さんの息子さんですか?」
羽田野が訊いた。
「ああ」と、松田は頷く。「彼女には、二人の息子がいたらしい。殺された俊亮は弟で、啓輔はお兄ちゃんらしい」
「彼の死体だけ見つかっていないということは、彼が犯人でしょうか?」
再び羽田野がそう訊いた。
「断定はできないが、その可能性が高いね」と、松田は言った。「とにかく、彼を捜そう!」
早速、松田たちは、彼に関係する全ての場所を捜索することにした。
彼の学校の関係者や友人、知人に当たる人たちの所へ行き、片っ端から訊き込む。一週間程、捜索するも彼をここ数日間、見たという者はいなかった。
「全然見つからないですね」
羽田野が溜め息をついて言う。
「うん……」と、松田も唸る。
「こうして捜しても見つからないってことは、彼も殺されてるんじゃないでしょうか?」
それから、羽田野がそう言った。
「うむ……それも否定できないね……」と、松田は言った。「それより、もう一つ気になる場所があるんだよ……」
「気になる場所って?」
「現場だよ」
松田たちは、もう一度、小黒家を捜索することにした。
どの部屋も遺体は片付いていた。
二人は改めて小黒家の自宅を片っ端から見て回る。
「松田さん、ここって見ましたか?」
ふと、寝室の奥にある押し入れに扉を見つけた羽田野が言った。
「こんなところに、扉があったのか!」
松田は驚いて言った。「それは気付かなかった。中へ入ってみよう」
松田がそう言い、羽田野がその部屋の扉を開けようとしたが、そこは鍵が掛かっていた。
「ダメです。鍵がないと、開かないみたいです……」
「そうか。鍵を探そう!」
二人は寝室を調べた。ベッドの下や押し入れ、仏壇、それから、寝室にある机を探した。
「あ!」
松田は机の引き出しに扉の鍵を見つけた。「これじゃないかな」
松田は羽田野に見せるようにしてから、その扉の鍵を捻ってみた。すると、その鍵で扉が開いた。
「ビンゴだ!」
松田はにやりと笑う。羽田野も笑顔になる。
「じゃあ、中を見てみよう」
松田がそう言い、二人はその中へ入った。
そこは書斎のようであった。そこにはたくさんの本棚があった。
「うわ!」
すぐに松田は床にあるものを見つける。死体である。それは、男の子の死体のようだった。
羽田野もそれに気付き、キャーと叫んだ。
それから、松田は床に落ちているのに気付いた。電動ノコギリである。それには血が付いていた。
鑑識を呼ぼうと松田は思いつき、すぐに電話を掛けた。
翌日、松田は鑑識に呼ばれた。鑑定結果によると、彼は藤平啓輔であることが判明した。
「うそ!?」と、松田はビックリした。
「本当です」と、鑑定は言った。
「となると、内部ではなく、外部の犯行によるものか……」と、松田は呟くように言った。
「それがですね……。書斎にあった電動ノコギリの指紋を確認したところ、小黒圭蔵氏の指紋が付着していたんです!」
「なんと!?」
「あの……松田さん」
羽田野が松田を呼んだ。
「何?」
「小黒さんの自宅にあった仏壇の写真見ましたか?」と、羽田野が訊いた。
「ああ、見てるけど?」
「私、あの顔、どっかで見たことある気がするんです……」
「え? 知り合いかい?」
「あ、いえ」
「いつ見たの?」
「いつかは覚えていないんですけど、つい最近……何で見たんだろう?」
彼女は下を向いて考える。
それから、「あ」と、声を上げた。彼女はカバンから一冊の分厚い本を出した。
「小説?」
松田が羽田野の持っている本を見て訊く。
「そうです。これ、東山圭蔵先生の『ピエロ旅館の殺人』っていう作品です」と、羽田野が言った。
「東山圭蔵って、あのミステリー作家かい?」
「そうです」
それから、羽田野はその本の最初のページをカバーごと開いた。「ここです」と、彼女はにやりと笑って言った。松田はその開いたところを読む。そこには、東山圭蔵の写真があった。それに、名前、作者の経歴や作品タイトルなどがずらりと書かれていた。
「小黒圭蔵って……。もしや、この東山圭蔵先生って言うのかい?」
松田が羽田野を見て訊いた。
「どうみてもあの仏壇にあった写真とそっくりじゃないですか!」と、羽田野は言った。
「そっくりというか、同じ写真のように見えるね……」
「東山圭蔵はまだ生きているのかい?」
松田がそう訊くと、「当然、生きていますよ! 一応、私、ファンですから」と、羽田野がふくれっ面で言った。
「ゴメンゴメン。それは知らなかった」
松田は謝った後、「となると、あの仏壇はダミーということか!」と言った。
「おそらく……」
「そうだ! 阿部さんに確認してみよう!」
松田はそう言うと、すぐに阿部さんに電話を掛けてみた。
「奥さん、一点気になったんですがね。ひな祭りの日に、小黒圭蔵さんを見ませんでしたか?」
松田がそう訊くと、『ええ、お見かけしてますよ』と、彼女は答えた。
「では、彼が亡くなったとかそう言う話は、お聞きしてませんか?」
そう訊くと、『え? 亡くなった? そんな話、私、一度も耳に挟んでませんよ……』と、彼女は言った。
「そうですか。分かりました。すみません、突然のお電話にもかかわらず……失礼いたします」
電話を切ると、松田は羽田野を見た。
「やっぱり、阿部さんはあの日、旦那さんを見たらしい。どうやら彼は生きているようだね」