2
2
「しかし、今度の事件は謎がいっぱいだな……」
警察署に着いて、松田は自分のデスクに座り、コーヒーを飲みながら独りごちた。
「謎がいっぱいって?」
彼の隣のデスクに座っていた羽田野がそう訊いた。
「気になるところがいっぱいある。例えば、死体だ。君も見ただろうが、多くの死体があった。おそらくあの家族全員の死体に違いない。そして、それぞれの死体が手や足、首などがむごたらしく切断されていた」
「あれは悲惨でしたね……」
「ああ。それから、もう一つ。リビングにひな壇があっただろう? あれをよく見たかい?」
「見ました。あのひな壇の人形も死体同様に手や足、首などが切断されていましたね」
「そうなんだよ! 『死体同様に』切断されていた! ここがポイントなんだよ」と、松田は言った。
「ポイント?」と、羽田野が訊き返す。
「そう、ポイントだ! つまり、犯人はひな人形とそれぞれの人物を結ぶ付けるようにして、殺人を犯したんだ!」
松田が強調するように言った。
「なんてひどいことを!」
羽田野は驚き、叫ぶように言った。
「俺もそう思う。おそらく犯人は気狂いに違いない」
松田は睨むように言った。
「犯人は内部の人間でしょうか?」
それから、羽田野が松田に訊いた。「それとも、外部犯の仕業ですかね?」
「まだ見当はつかないね」と、松田は言った。「死体の鑑定などが進めば、そこにいる人物たちが誰なのかは分かる。思うに、おそらくだけど、そこに居ない人物が犯人の可能性が高いんじゃないかな?」
「なるほど……。確かにそこに居ない人物が犯人の可能性ありますね」と、羽田野は納得して言った。
「しかし」と、松田は続ける。「もしかすると、全員が死んでいる場合だってある。となると、外部の犯行ということになる」
「ですね……」
それから、二日後。
鑑識の結果によれば、殺害されていたのは、十人だった。
寝室に刃物で背中を刺されていた女性は、奥さんの小黒春花さんだった。彼女の横には、背中を一突きにされたお雛様の人形があった。
左手首を切断されていた女性は長女の純子さんで、彼女は自身の部屋で殺害されていた。彼女の死体の横には、左手首を切断された三人官女の一体があった。
右手首を切断されていた女性は次女の友葉さんで、彼女も自身の部屋で殺害されていた。彼女の死体の横には、右手首を切断された三人官女の一体があった。
右足を切断されていた女性は三女の美沙さんで、彼女も自身の部屋で殺害されていた。彼女の死体の横にも、右足を切断された三人官女の一体があった。
それから、ダイニングに一人の男が倒れていた。彼は、長女の旦那である藤平素生さんである。彼から毒物の匂いがし、彼は何者かに毒物を飲ませられたようである。彼の死体の横には、右大臣の人形があった。
そして、リビングに二人の男たちが死亡していて、一人は首を切断されていた。この男は、次女の友葉の旦那である塙晃一朗さんであった。彼の死体の横には、首を切られた左大臣の人形があった。
もう一人、上下真っ二つになっていた男は、三女の美沙さんの旦那である朝比奈隼也さんであることが分かった。彼の死体の横には、上下真っ二つにされていた五人囃子の一体があった。
さらに、長女の純子さんの部屋には、左足を切断された男子の死体があり、それが彼女の息子の藤平俊亮くんであることが判明。彼の死体の横には、左足を切断された五人囃子の一体があった。次女の友葉さんの部屋にも右腕を切断された男子の死体があり、彼は彼女の息子の塙光輝くんであった。彼の死体の横にも、右腕を切断された五人囃子の一体があった。そして、もう一人。三女の美沙の部屋に、左腕が切断された死体があり、彼は彼女の息子の朝比奈充くんであった。彼の死体の横にも左腕が切断された五人囃子の一体があった。
「十人も殺されていたんですね……」
羽田野が驚くように言った。
「そうみたいだね」
「これで全員でしょうか?」と、羽田野が訊いた。
「いや、もう一人いるよ」と、松田は言った。
「え?」
「旦那さんだ」
「旦那さん……?」と、羽田野は思い出すように言った。「ああ、でも、寝室に仏壇がありましたよね?」
「そう。亡くなっているんだね」と、松田は言った。
「亡くなっているのなら、犯行は無理ですよ」と、羽田野は言った。
「そうだね」
「他に家族に当たる人はいないんですかね?」
それから、羽田野が訊いた。
「さあ?」と、松田は首を傾げた。「いるのかもしれない。あ、そうだ。阿部さんに電話してみよう」
松田はそう言って、デスクの電話から阿部さんの自宅に電話を掛けた。
「もしもし? 私、警視庁捜査一課の松田と申します。阿部さんのお宅で宜しいでしょうか?」
『はい、そうですが』と、女性の声が言った。阿部さんのようだった。
「一点お聞きしたいことがありまして、小黒一家のことです。小黒家で殺害されていた人物たち全員で十人でした。小黒家は十名、いや、十一名であってますかな?」
松田がそう訊くと、阿部さんは考えるために少し沈黙した。ややあって、彼女は口を開いた。
『十一名? いや、全員で十二名だったと……』と、彼女は言った。
「十二名?」と、松田は訊き返した。
『ええ』と阿部さんは言って、彼女は名前を挙げて言った。
『旦那様に、奥様、娘さんが三人で、娘さんの旦那さんたち三人。それから、純子ちゃんには二人の息子がいたし……』
「え? 純子さんに二人の息子がいるんですか!?」
松田はそれを聞いて驚いた。「本当ですか!?」
『ええ、そうです。それから、友葉ちゃんと美沙ちゃんには、一人ずつ男の子がいたわね……』
「その、純子さんの息子の二人の名前って、ご存知ですか?」
それから、松田がそう訊く。
『ええっと、なんだったかしら? ああ、そうそう。お兄ちゃんが啓輔くんで、弟ちゃんが俊亮くんって言ったかな?』
「分かりました! ありがとうございます」
『ああ、いえ』
「お忙しい中、すみません。失礼いたします」
松田はそう言って、電話を切った。
「羽田野さん、小黒家にはもう一人いたんだよ。藤平啓輔だ」