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三月三日。
ひな祭りに起きた一家殺人事件!?
この事件に、警視庁捜査一課の松田一磨刑事と、ある女性刑事・羽田野杏珠が挑む!
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三月五日。午前十時。松田一磨刑事は、東京都渋谷区代々木の住宅街のとある一軒家に来ていた。そこに住む小黒一家が殺害されていると近所の女性から通報があり、松田刑事は同署の女性刑事・羽田野杏珠と一緒に捜査を行っていた。
まず二人がその家へ入ると、異臭がしていることに気付いた。
その家の間取りはこうだった。玄関を入ると、廊下が直線に伸びていて、その奥がリビング・ダイニング・キッチンであった。玄関から見て左側に三つの部屋があり、三人の娘たちの部屋のようである。それから、右側に夫婦の寝室と洗面所にバスルーム、それとトイレがあった。
松田たちは、それぞれの部屋を見て回る。リビングには、二人の男性の死体があった。ダイニングには、男性の死体があった。寝室には、女性の死体があって、三つの部屋には、それぞれ女性の死体が一体と男児の死体が一体あった。
驚いたことに、ダイニングの男性の死体以外、全死体が手や足、首などが切断されていた! 絨毯には血痕も見られた。
「松田刑事、これって……」
リビングにいる羽田野刑事が、松田に言った。彼女は黒髪ロングで紺色のスーツパンツに薄化粧をした美人である。彼女の前には七段飾りのひな壇があった。
「ひな壇だよな?」と、松田は言った。
「はい」
「ああ、そうか。一昨日は、三月三日。ひな祭りだったね」
「ええ。でも、これ、人形が何体かないんです」と、羽田野は言った。
そのひな壇をよく見ると、お内裏様とお雛様、三人官女、右大臣、左大臣、五人囃子といった人形がそこには置かれていなかった。
「本当だ!」
「松田刑事、死体の側を見ましたか?」
それから、羽田野刑事がそう言った。
「いや」
そう言った後、松田はすぐに死体の横に転がっていた人形を見つけた。
「これって、その人形か?」
「おそらく。これ、左大臣みたいですね」と、羽田野は言った。
「左大臣か。しかし、首ちょんぱとはひどいなぁ……」と、松田はその人形を見て残念そうに言った。
「ええ。確かこの死体も、首が切られていましたね……」
それから、羽田野が言った。
「ああ。もう一つの男性の死体は、上下真っ二つだね」
「その横にも人形がありますね。これは……五人囃子の一体ですね」
「これも、上下で真っ二つだな……」
「ですね……」
「犯人は、死体と人形を同じように殺しているみたいだな」
松田はリビングを見回す。リビングのテーブルに四つのカップがあるのに気付いた。空のカップもあったが、中には半分ほどオレンジジュースが入っているのもあった。おそらく子どもたちが飲んでいたに違いない。
それから、松田は再び、ダイニングへ移動する。ダイニングのテーブルには、ワイングラスが七つある。ワインはほぼすべてが半分残されている。それから、男性が倒れている辺りにも一つ割れたグラスがあった。絨毯にそのワインの染みができている。
家の中を一通り見た後で、松田たちは第一発見者の阿部という女性に話を聞いてみることにした。
インターフォンを押すと、すぐに「はい」と返事があった。松田は自分が警察であると伝えると、彼女は玄関から出てきた。
「小黒さんの事件で、お話を聞きたいのですが」
松田がそう言うと、「はい。良かったら、中へどうぞ」と、彼女は家へ入れてくれた。
すぐに彼女はリビングに松田たちを案内する。
「どうぞ」と、彼女は松田たちをソファへ勧めた。「いま、お茶を淹れますね」と、彼女はキッチンへ立った。
「お構いなく」と、松田は言った。
少しして、彼女がキッチンから出てきた。松田たちにお茶を出した後、彼女も二人の向かいのソファに座る。
「それで、お聞きしたいことと言うのは?」と、彼女が口火を切った。
「まず、阿部さんが発見した時のことをお聞きしてもよろしいですか?」と、松田は訊いた。
「はい。発見したのは、昨日の夕方五時頃です。その日の午前中に、回覧板を回しに行ったんです。いつもなら奥様がいらっしゃるはずですけど、その時は留守にしていたっぽくて、また後で届けに行くことにしました。そして、五時頃にもう一度、行ってみたんです。回覧板だけ渡したかったので、声を掛けて誰か出てくるのを待ちました。けど誰も出てきませんでした。どうしたのだろうと思い、扉に手を掛けました。そうしたら、扉が開いていて……」
扉を開けると、異臭がしたのだという。それから、玄関に回覧板を置いて帰ろうと思ったが、あまりの臭さに何かあったのではないかと思い、彼女は中に入ってみることにしたという。
「廊下を歩いてリビングの方へ行くと、男性二人が倒れていたんです! 私はビックリして、すぐに一一〇番通報しました」
彼女はそう話すと、お茶を一口啜った。
「なるほど……」と、松田が頷く。「現段階の捜査だと、小黒家の全員が殺されているみたいですね……」
松田がそう言うと、「え? そうなんですか!」と、彼女は驚いた。
「ええ」
「あ、そう言えば」と、阿部さんは思い出したように言った。「三日前くらいに、奥様から聞いたんですが、ひな祭りの日にご家族全員が集まるって」
「ご家族全員がですか!」
「ええ」
「なぜ全員が集まったのでしょう?」
松田がそう訊くと、「私もそれを聞いたんです」と、彼女が口を開いた。「奥様の話によると、三人の娘さんたちには、亡くなった三人のお子さんがいたみたいなんです」
「亡くなった三人のお子さんたち?」と、松田は訊き返す。
「ええ……三人とも女の子と聞きました」
「女の子ですか……。その話、詳しくお聞かせ願いませんか?」
それから、松田がそう訊いた。
「私もあまり詳しくはお聞きしませんでしたけど」と、彼女は前置きして話した。
三人の娘たちには、息子たちの他にそれぞれ女の子が一人ずついた。その三人の子どもたちは、それぞれ病気や事故、それから、自殺をしたのだという。
「病気に……事故に、自殺……」
松田は呟くように言った。
「もしかして」
それから、羽田野が口を開いた。「今回集まったのって、三人の女の子たちに関係があるんじゃ……」と、彼女は言った。
「なるほど……」と、松田は呟く。「他に何か聞いたりしませんか?」と、松田は訊いた。
「いえ」と、阿部さんはかぶりを振る。
「そうですか。分かりました」
松田はそう言って、ソファから立ち上がった。「また何か思い出したことがあれば、警察の方へご連絡ください」
松田がそう言うと、「はい」と、阿部さんは返事をした。
「では、この辺で失礼いたします」
松田はそう言うと、すぐに阿部さんの家を出て行った。羽田野もその後、彼女にお辞儀をして、そこを出た。