呪いの幽霊 3
(ええと…)
自室に戻った雪英は、遅めのおやつを頬張りながら頭の中を整理する。
『呪い』の噂を誰も知らなかったのは偶然だろうか?
依玲たちが知らないとなると、情報の速度というよりは、紅梅宮だけで広まっていると考えるのが普通だが。
噂がそこまで広まってないのは、呪われた人が居ないから?
(……いや、)
この場合は、呪われた者が実際に居てはならない。実害が出ては、「事件」として広まっているだろう。
そもそも、『幽霊』の存在に怯えているという紅梅宮の女官にのみ『呪い』の噂が広がる理由は?
恐怖心だって噂を広める一因ではあるが、本当に恐れていたら口に出すのも躊躇われていくものだ。
いつだって、噂を広めるのは面白がっている人間なのである。
仕事への影響も出ている中、噂を止めるような自制心は紅梅宮内に無いのだろうか。
(………となると)
幽霊と、その呪い。
一人分多く申告された女官。
伏せっている李妃、減った食費。
李妃からの依頼。
後宮に入ってきたばかりの后妃。
李妃様が、『易先生』に言ってほしい言葉は何だろうか。
(まあ、今夜になったら分かるか)
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そして夕餉の時間。
雪英は食堂に居た。
「そうだ。昨日の夜、紅梅宮の子が易先生に相談に行ったらしいよ。耐えられなくなったって」
「そうなんだ」
仕事中に仕入れたであろう最新のゴシップを、依玲が話す。
「あそこも大変だよね、もうすぐ皇帝帰ってくるのに」
「そうだね」
一年近くかけて南方遠征に出ていた皇帝がもうすぐ帰ってくる、とふた月ほど前に伝令があった。
李妃からすれば、あちらで見初められて以来の再会となるだろう。
『幽霊』の噂話も、半ば皇帝不在が故に可能だった嗜みであって、後宮の主である皇帝が帰ってきてからは、后妃に関する噂話は気軽に出来なくなる。
后妃の悪い噂は、皇帝からの渡りに直結するからだ。後宮では人の噂が最上の娯楽と言えど、皆そこまでの責任は負いたくなかった。
『皇帝の居ぬ間に悪事』、これは階級にかかわらず後宮内の鉄則だった。
…………
………
(ああ、そういうことか……)
雪英はまた一つ、この『幽霊』騒動を理解するための鍵を手に入れた。
(でも、この調子だと明日には『呪い』の噂も広まってるな…)
種を蒔いたのは、他でもない雪英自身だ。
(……まあ、良いか)