表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮のインチキ占い師  作者: 寄付
恋を招く石
13/19

恋を招く石 5



次の日の朝。

雪英シュウインは食堂で朝飯を食べながら、噂話好きの友人・依玲イーリンと話していた。


「そういえば、依玲は『蝶の石』あんま興味なさそうだね」

「そうだねー。熱心に探してる子よりは」

「恋を招く『蝶の石』なんて、依玲好きそうじゃん」

「いやー…紅梅宮の噂に比べたら、全然」


半月以上経った今でも紅梅宮の赤子の噂はまだ現役で、李妃とその子を守っている。どうやら筆頭侍女の子も元気に生きているようだ。


「それに、『恋を招く』って言われてもね。私は後宮で恋しなくて良いし」

「まあ、そうだよね…」


後宮は、皇帝のためだけに設けられた恋愛の場だ。

それ以外の恋愛は原則禁止。隠れて付き合っている者や密かに片想いする者などはいるが、どれも不毛なことに変わりはない。

女官と宦官、あるいは女官同士。

歪なつがいは、外の世界へ出るまでの時間潰しでしかないのだ。

しかし、どんなに心を削ると分かっていても、恋愛に逃避することでしか心を守ることが出来ない者が大勢いる。

女たちを閉じ込め、徹底して男を排除した不自然さの弊害。

後宮とはそういう場なのだ。


「でも、結局外歩いてる時は気にしちゃうね」

依玲が可笑しそうに言う。

「はは、みんな下見て歩いてるから?」

「そう!面白いぐらいみんな探してるから」



「そんなに恋が招かれてほしいのかな…?」

「うーん…、雪英は意外と奥手なところがあるからなー」

「奥手って…」


「もし私が誰か…その辺の宦官でいいや、その宦官と付き合い始めたらどうする?」

「…え、あり得な」

「『もし』の話!」

「だったら、止める」

「ははは!そう言うと思った」

依玲は笑いだす。


「…え?」

「みんな、やめといた方が良いなんてことは分かってるんだよ」


「じゃあ、依玲はどうするの?」

「相手が良い人であるように、ひたすら願う」

「止めた方が良くても?」

「そう」


依玲は雪英の三つ歳上である。

そのことを今、雪英は初めて実感していた。



———————————————



雪英は昼食を簡単に済ませ、着替えて東門の畑に向かった。

髪は出来るだけまとめ、弟のお下がりの服を着た。畑に向かう道中、周りの視線が気になったが、依玲の言う通り、皆面白いほど下を向いて歩いていた。



紅梅宮の横を通ると甘い香りが鼻を掠める。周りを見渡すと、一本の桃の木があった。


(ああ、この木……)


去年、後宮から来たばかりの雪英が先輩に教えてもらった木である。遅い時期に実をつけるらしく、雪英も桃の実をとったことがある。

木を見上げると、実はほとんどついて無かったが、良さそうな桃の実が一つだけあった。


(………まさか)


雲花へのお土産に良さそうだと思ったが、そこで李妃の顔が頭をよぎった雪英は、いそいそと紅梅宮から離れたのだった。




目的の畑に着くと、二人の人間が立っていた。


「こっちでーーす!!」

雪英に気づいた雲花ワンファが大声で呼ぶ。畑に入る人間は限られているため、すぐに分かったのだろう。呼ばれた雪英は二人の元へと駆けて行った。

「こんにちは」

「こんにちは、貴方が雲花さんのお友達?」

雲花と宦官が次々に挨拶する。


「はい。初めまして、雨辰ユーシンと申します」

雪英は、生意気な弟の名前を使うことにした。宦官のあと、雲花にも軽く会釈をする。


「雨辰君ね」

「はい。今日は無理を言ってすみませんでした」

「いやいや、ウチは人手が足りないから助かるよ。今日は二人に任せても良いかな?」

「はい!」

雲花と雨辰に種のまき方を簡単に説明したあと、宦官は畑近くの医務局へと帰ってしまった。



———————————————



雲花が丁寧に掘り返した畑はふかふかで、触り心地が良かった。今は念のために再度土を耕しながら、雲花が『蝶の石』を探しているところである。


「土、やわらかいですね」

「はい!探す前はもっと固かったんですよ。掘り返している最中は、食堂の畑が輝いて見えました」

「ふふふ」


「でも、結果的には医務局の方のお手伝いになりましたし、頑張って探して良かったと思ってます!」

「良く頑張りましたね」


「…ふふ」

「どうしました?」

「雨辰さん、先生と同じこと言うから、本当にお弟子さんなんだなって」

「あ、」


「そうですね」

「ふふふ」

「あの、今回師匠の手伝いをするにあたって、雲花さんの相談内容を少し聞いてしまったのですが…」

「別に、気にしませんよ?」



「……どうして雲花さんは『蝶の石』を探しているんですか?」

昼間のぬるい風が二人の間を通り抜ける。


「もう一度会って感謝を言いたい方が居るんです」

「感謝?」

「はい、以前……詳しくは言えないのですが、仕事上のトラブルに巻き込まれてしまったことがあって」


(やっぱり、危なっかしい…)


「その時に、こっそり助けて頂きました」

「そうでしたか」

「はい、その方のおかげで私も不問になって、今は別の場所で働くことが出来ています」


恐らく仕事上のトラブル。言い方から察するに「上から押し付けられた仕事を悪事と分からないまま行っていた」とか、そのようなことだろう。


「その宦官の方にお礼が言いたいのですが、名前も所属先も分からないので……」

「それで、恋を招く『蝶の石』ですか」

「はい」


「……その、分不相応なのは分かっていますが、その方のことが気になってしまって」

雲花が、風で乱れた髪を耳にかける。



——「相手が良い人であるように、ひたすら願う」

——「止めた方が良くても?」

——「そう」



「…会えると良いですね」

「はい!」


「では、私は私が出来る方法で貴方に幸運をもたらしましょう」

「え?」

「水を貰ってきます。日差しも強いので、少し休憩していてください」


雲花を木陰に置いて、雪英は医務局へと歩いていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ