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ver1.08-感染ウイルス

 一日の終りを示すチャイムが鳴ると同時に、ユヅキは席を立った。


「ユヅキくんっ!」


 が、ミナトの呼ぶ声に振り向く。


「ん? 何?」


「あ……いや、その……」


 どうも昼間からミナトははっきりしない。何か聞きたいことでもあるのだろうか。やはり、あの夜のことか。

 そんな思考を巡らせている間にも、ミナトの口から次の言葉が出ることはなかった。どうしたものかと頭を掻いていると、


「ユッヅキー! 帰ろう〜〜!」


 激しく頭痛がした。

 その声にユヅキとミナト、二人して顔を向ければずかずかと教室へと侵入してくる上級生こと学校の有名人ことアンナがいた。屈託のない笑顔を浮かべながら、帰ろうなんて腕を取ってくる。


「あのっ!」


 途端に、さっきまでまごつかせていたミナトの瞳にははっきりとした意思が籠められていた。

 ユヅキは知らず、背中に汗をかく。


「ど、どういう関係なんですか……? お二人は」


 口は笑う様に吊りあがってるのだが、それはぴくぴくと安定していなかった。

 その問いかけにアンナはえ、と一声漏らした。

 止めてくれ止めてくれその先は言わないでくれ。もう先の展開は読めるじゃないか。オレの居場所を失くすつもりかそれとも社会的に抹殺するつもりかどうでもいいけどそれ以上は何も言わないでくれ――。


「……一緒に住んでるんだけど?」


 ユヅキはアンナの腕を思い切り掴んで、教室から怒涛の勢いで逃げ出していった。


 ひとまず、逃げ込んだ先はマンションだった。恐らく一番安全だから。ああ、でも今思えば人に見られたかも知れないが……まあ、でもあの場にいるよりかはマシだろう。それにどこかほかの所というのは考えにくい。やはり一番秘匿性に富んでいるのはアンナのマンションであるのだから。

 “何であんなことを言ったんだ”とか“もう学校行けねえよオレ”というユヅキの愚痴をそんなことよりの一言で一蹴したアンナは、


「君の《デュエルサモナー》だけどね」


 と話を切り返してきた。色々と文句を言いたいのが正直なところだったが、流石にその話題の先は気になった。自分の体に入っているもの、更に言えば自分の、或いはアンナの命を守る代物だ。知っておく必要はあるに決まっている。


多分スピードタイプなんだね」


「スピード……?」


「そう。まあ、そのまんまの意味でね、身のこなしが速い《デュエルサモナー》はこう言われる。この他には威力面に特化した《アサイラント》と、身体が頑丈な《ディフェンド》とかがある。……ま、あくまで目安だけどね。ちなみに《オルトロス》も多少はこの分類に適応する。ユヅキが闘ったあの狼みたいなオルトロスは《アサイラント》で、鳥みたいな奴は《スピード》かな」


 言われてみれば、あの狼のオルトロスは比較的遅かった。素人であるユヅキが見切れたのだから。けれど、あの牙は強力な武器であったと思う。だから攻撃型の――《アサイラント》。

 あの鳥のオルトロスは確かに速かった。あの翼を使用した飛翔や降下は目を見張るものがあった。


「そして次の派生には《フィジカル》か《ウェポン》、そして《エクセプション》に別れるんだ。……《フィジカル》もまたそのままの意味で肉体強化型かな。極端に硬かったりとか。でもまあ……これは元々分類が曖昧でね、ぶっちゃけ言うとあんまり特徴がないサモナーに対して強引に当てられたところはあるかな。さっき言った派生前の分類の域を出ない訳だしね」


 それは、確かにそうだ。


「そして《ウェポンタイプ》。これはサモナーに対してそれ専用の武装があるという事。これもまた単純だね」


「じゃあ……《エクセプション》は?」


「《例外エクセプション》が特殊系。これは一概には何も言えないね。いっろんなタイプが有り得るから。まだ何とも言えないけど、ユヅキがもし専用武器を持っていないのならば、キミの《デュエルサモナー》を表現する場合は《スピード》タイプの《フィジカル》、脚部特化型ってことになる」


 概要としてはこんなところ、なんてアンナは締めくくる。


「きっとキミは、サモナーの状態でなら何百メートルっていう距離を一瞬で無いものに出来るくらいの疾走が出来る。だけどそれは体力を使う。……CPUの限界がくるみたいにね」


「……ああ、それは分かった」


 自分の身を持って体験したからな。確かに身体に力を入れれば極端に加速出来た。でも直後、体は凍結フリーズしてしまったかのように動けなくなってしまった。そしてその後の《デュエルサモナー》の“強制終了”が起こったのだから。

 けれど一つ疑問が浮かぶ。これだけカテゴライズしているということはだ、無駄に行っている筈はないだろう。必要性があって作られているということだ。

 だったら――。


「……《デュエルサモナー》っていうのは、何人いるんだ?」


「それこそ分からないよ。まあ、少なからず100人はいるけど」


「100人? ……どうしてそんな具体的な数字が出る?」


「簡単な話だよ。ランキングが100位まであるんだから」


「…………はあ?」


「ああ、ごめんごめん。説明してなかったね。いや、実はさ《デュアルサモナー》間のSNSサイトがあるんだよ」


 いやいやいや、ちょっと待て。話が急展開過ぎる。全力で頭の中を整理させろ。

 SNSってのは……あれだよな、ある一つのサイトにブログとか載せたりとか色々やるやつ。あと小説とかあるやつ。……え、それがデュエルサモナーに関してあるってことなのか?


「ほら、このコードを入力してみてよ。大丈夫、オフラインで行けるから。ボードの方で入力して? ていうかボードじゃないと行けないし」


 それにキミも自動登録されてるから、なんて言いやがる。

 とりあえず、ユヅキは言われた通りに入力した。無論オフラインで。本来ならば繋がる筈はないんだが……昨日の例がある。きっと繋がってしまうのだろう。

 全て入力し終わり、コード入力バーの横にある矢印のボタンを押してリンク先に飛ぶ。殆ど一瞬で、そのサイトは開かれた。

 思わず、そのサイトのバカバカしさに鼻で笑ってしまう。

 全体的には灰色のシンプルな背景が施されている。サイトの上部には大きく、《サモナーシティ!》と黄色の爛れた文字で描かれていた。下へとスライドして行けば色々な項目が似た様な雰囲気で設置されていた。ざっと見て、あるのは《サモナーニュース》、《お知らせ》、《オルトロス情報》、《ランキング》、《コミュニティ》、《買い物》、《ヘルプメニュー》などがあった。……《買い物》って何だよ。


「何……? これ?」


「何って。《デュエルサモナー》のコミュニティサイトだよ」


「……まるでゲームだね」


「大体の人はゲーム感覚でやってるんじゃないのかな。基本的にそこまで命の危険はないしね」


「……そうなのか?」


 アンナはその言葉に迷いなく頷く。


「オルトロスにさえ気をつければ、ね。それにサモナー同士の決闘デュエルで負けると命を失うなんてことはないし、SPサモナーポイントを剥奪されるだけだよ」


「ちょ、ちょっと待て……《デュエルサモナー》同士で闘う? サモナーポイント? オレの知らないことだらけだぞ……?」


「そうだね、言ってなかったよ。忘れてた」


 アンナはけらけら笑っている。いや、そこは笑う所じゃないんだが……。

 まあ、じゃあしっかりと説明しようか、なんてアンナは言ってくる。


「んー、どっから説明すれば良いのかな……って殆ど最初からだよね、ごめんごめん。んー……めんどくさいなぁ」


 そうだよ。――ってめんどくさいってなんだよ! ざけんなよ。それはこっちの専売特許だ。……いや、そんなことはどうでも良い。とりあえず《デュエルサモナー》について何も分からないんだ。一から説明してくれないと困る。何かもっと特撮臭いかと思ったら全然違うじゃないか。何だよ、コミュニティって。マジでゲームかよ!

 ユヅキは頭の中で必死に突っ込みを入れ手繰るが、どうにか押さえつけてアンナの話を聞く体勢を作る。


「んー、まずは《デュエルサモナー》についてちゃんと言うと、《デュエルサモナー》は人間がウイルス――《メタフォリックメタファープログラム》に感染した場合に変身出来るものだっていうのは良い?」


 おう、と頷く。


「キミの《デュエルサモナー》……《アスカロン》についてだけどね。《アスカロン》はキミが感染したその瞬間から喚べる存在。だから《アスカロン》の事をキミの《オリジナルサモナー》っていうの。それに対して――まあ、見てみるのが早いかな。ちょっとアスカロンに変身してみてよ」


 言われるがまま、ユヅキはその場で立つ。


 ――来い、アスカロン


 呟きの瞬間、ユヅキの身体は黒い騎士に変身した。


「うん。じゃあタスクバーのデュエルサモナーのアイコンを開いてみて。多分、フォルダが幾つかあって、一つのファイルには変な名前のアプリケーションファイルが二つほどある筈」


 ……あった。二つ、ファイル名がそれぞれ《agitostrike.lv2.exe》と《agilebody.lv1.exe》だ。

 うーむ、英語訳すると……えーと、よく分からんものと身体なんとかだろうか。……すまん、オレは学力低いんだ。

 そう自分の頭の低さに軽く絶望してから、ボードの翻訳アプリを起動し、そのファイルの名前に当てればすぐに結果が出た。《アギト攻撃lv2》と《身軽な身体lv1》らしい。アギトって多分、顎の事だよな。《lv》は……レベルだろうか。


「うーむ……とりあえず意味が分からんな。開いて良いか?」


 そう興味本位で言った瞬間アンナがダメダメダメダメ! とぶんぶん首を振り始めた。

 ……え、何、そんなヤバいのものなの?


「へ、部屋の中では止めてね。壁壊しちゃうかもしれないから。高いんだらね!? 壊したら! ……まあユヅキが倒したオルトロスはそんなにレベル高くないから強力なものじゃないとは思うけど……」


「レベルが高くない?」


 話しながら、《デュエルサモナー》からどうすれば戻れるのかなぁ……何て思いながら身体から力を抜いていると、鎧は粒子になって消えて行った。どうやら使用者の意思に同調するらしい。


「そうだよ。比較的、ユヅキが倒したオルトロスは弱い。それはもう勇者が街を出て……二つ目の街の周辺で会うくらい?」


 ……あれでかよ。でも、確かに脆かったようにも感じる。とはいえ、あの犬のオルトロスに関しては殆ど身体の大きさはユヅキと同じだった。それだけ、すくかなからず見た目凶暴な、恐ろしい奴でさえ雑魚だというのか。


「まあ、だから誰も相手にしないんだよね……出現してもスルーしちゃうんだよ、皆。……それでも一般人には凄い危険なのにね」


「……それで、お前が一人で戦ってたのか?」


 そう聞くと、アンナは照れたように笑う。


「まあ、ユヅキ助けてからは変身出来なくなったから、ただひたすら逃げてただけだけどね」


「……」


 苦笑混じりで言うアンナに、ユヅキは何も言い返せなかった。目の前の少女はオルトロスから街の人間を護っていたと言っているのだ。抗う術もない身体のまま。

 何となく、居た堪れない心境になってユヅキはソファに腰掛ける。


「……で、何なの、あれ」


「ああ、うん。あれがね、《スキルサモナー》っていう追加アプリケーションのこと」


「つ、追加アプリケーション……」


 ちなみにアプリケーションストリーミングによく似た方法で使用されるよ、なんて付け加えてくる。

 何だかとてもゲームの香りがしてきたぞ……っていうか実際ゲームなんじゃねえのか? こうテレビのサプライズで仕掛けられた痛覚体感リアル重視の……なんかどっきりカメラでもあったんじゃねえのかなあ。んで銀鏡がスポンサーでさ、目の前のアンナは仕掛け人、みたいな。

 ユヅキは疑いの目をアンナに強く向けるが、まるで意に介していないようにアンナは話を続けようとする。


「あれを起動すればキミは新しい力を手に入れる。昨日と一昨日でキミはオルトロスと闘って勝利したからね。それらは戦利品としてキミが手に入れたわけ」


「ふぅん……要は雑魚敵を倒してアイテム手に入れたようなもんだな。――はっ、ホントにゲームじゃねえか」


 そうユヅキが鼻で笑うと、アンナは突然目を細めた。思わずその雰囲気の変容ぶりに、ユヅキは汗を一筋流す。


「な、なんだよ……」


「いや。確かにゲームみたいだけど……キミに限っては命を賭けたゲームなんだってこと、忘れない方がいいよ」


「な――」


「生半可な気持ちでやってるとね、ユヅキ、直ぐ死んじゃうよ」


「……どういう意味だよ」


 そのアンナの口ぶりにユヅキは苛立ち、何となく声色を固くして聞き返した。しかしやはり、アンナは一切動じない。


「さっきSPがあるって言ったよね? あれが無くなったサモナーは、強制的にメタファーがアンインストールされる。――そうなればつまり、君はもう《デュエルサモナー》じゃないってこと」


「――ッ」


 ユヅキはその言葉に、何も返せなかった。それは暗に、ユヅキに対して死ぬと言っているようなものなのだから。


「まず、感染した瞬間に与えられる初期ポイントが500SP。そして、一月毎に100SP消費される。まさに、プログラムの更新といった具合でね」


 ということは、ユヅキは何もしなかったら5ヶ月でアンインストールされるということだ。それは即ち、ユヅキの死を意味している。黙っていれば5ヶ月の命だっていうのか……。


「……どうすれば、そのSPは増えるんだよ」


 そこが重要だった。まさか増えない、ということはないだろう。


「方法は二つあるよ。一つ目はオルトロスを倒して回ること。そして二つ目はデュエルサモナーとの戦闘に勝利すること」


「……」


 ユヅキは歯軋りを止められなかった。事態は思っていたよりも深刻だったということだ。ユヅキはただ、《メタフォリックメタファープログラム》を所持し続けていればいいものだと思っていた。けれどこれでは思っていたのとは全然違う。これじゃ……永遠に戦い続けるしかないじゃないか。

 他のサモナーにとってはちょっぴり命の危険性があるだけの、スリルのあるお遊びなのかも知れない。けれどユヅキにとっては全く違う。ユヅキは命を賭けたゲームとして参入しているのだから。

 その様子をアンナは苦い表情で見つめていた。


「……初期状態では、オルトロス出現が自動通知されるようになってるけど……どうする?」


「決まってんだろ。そのままだ」


 そうだよね、とアンナは重く返事をする。


「……当面の目的はひたすらにオルトロスを倒し続けることになると思う。そしてある程度SPが貯まったら、相性の良さそうなサモナーにデュエルを申し込もう。それがきっと、一番良いSPの稼ぎ方だから」


 その言葉に返事をする気は起きなかった。

 本当に、冗談じゃない。何だってこんなことになってしまった。ただ、遅くまでにあいつらと一緒に居ただけだというのに。……これの事なのだろうか。アンナがあの時言っていた、“覚悟”というものは。……そんなの、出来る訳がない。

 ユヅキは口を閉ざしたまま、不意にソファを立つ。


「ユヅキ?」


「……部屋で休む」


 そう端的に告げると、荒く音を立てながら、ユヅキはリビングから設けられた自分の部屋へと足を進めた。

《アプリケーションストリーミング》

アプリケーションのインストールイメージについて、その各部の実行順序、依存関係等を解析し、その解析結果に基づいてバイナリを小さな単位(通常4キロバイト)に分割し、それをストリーミングサーバと呼ばれるサーバ上に登録し、クライアント側におけるユーザによるアプリケーション操作に応じて、その操作に必要なバイナリ部分を逐次配信するという方法である。ちょっとだけ本編での意味とは違う。けれど要は一時的に起動するという所は同じ。

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