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ver1.01-感染ウイルス

「――しまった」


 再びアウラを始めて数時間後。不意にユヅキは呟いた。その呟きは共にゲームをしていたメンバーの全員に伝わり、あちこちから何があった!? と驚く声が上がった。彼らはゲームに於いて何か“しまった”という事を仕出かしてしまったと思っている。だからそれをユヅキは弁解して、メンバーに別れを告げ、仮想デスクトップを落とした。

 ユヅキは教師から渡されたメモリを忘れていたのだ。基本的に授業中アナログにノートを取ると言う事はなく、全てが一時ヒューマンボードに記録されていく。フリーハンドで記録していくのか、テキストエディタを用いて記録していくのか、それらは好みによって分かれるものの、とにかくヒューマンボードに一時記録されていくことは変わらない。何故一時かというと、学園から配布されたプロテクトが施されたフラッシュメモリにデータを移さなくてはならない。まあ当然、そのまま《ヒューマンボード》に記録して行っても良いのだが……それが知られてしまったら処罰が下されてしまう。だから移さなくてはならない。その移す先のフラッシュメモリに掛けられているプロテクトというのは対泥棒なんていうものに向けられたものではなく、対生徒用だった。つまりは、不正に生徒間でコピーすることを禁止している。

 だから講義が終わった後、最終的にデータが残る先はフラッシュメモリ。それは自身の手で記録していっても不正にアプリを使って記録しても同じもの。

 そしてそれゆえに、フラッシュメモリがないということは、復習が一切出来ないというものである。無論、普段からそんなことをやってるわけがないのだが、今日は違う。そう、テストなのだ。心底めんどくさいことに。最低限でも赤点は免れなくてはならない。その為には一夜漬けをしなければ。一日にやる教科数は四教科。普段から何もユヅキにとってはかなり高いハードルではあった。


「うぉおおおおおおおお……めんどくせぇえええええええ〜」


 一人ユヅキは唸る。誰かにパシらせるという事も無理である。そんな要件誰かに頼もうものならば、「お前が悪い」の一言で切られるのが落ちである。かといって諦めるのはさらに選択肢として有り得ない。留年なんてしてしまっては余計にめんどいこと極まりない。

 だから諦めて、ユヅキはぼろぼろの玄関を跨いだ。

 幸い、昇降エレベーターは年中無休二十四時間稼働であり、無料搭乗で受け入れている為なんら問題はない。問題なのは、面倒だということだけ。

 心の中で愚痴愚痴言いながら、ユヅキはやっとこさ学園の門へと辿り着いた。白い門は明るい街灯に包まれ、何とも言えない不気味な雰囲気をかもし出している。

 しかしここでようやく問題に気がつく。


「校舎………………入れなくね?」


 今の時代、個人の家にさえ、更に言えばユヅキが住むボロアパートにですら泥棒が入る余地のないセキュリティーが掛かっているのだ。ならば学園などという教育機関にない筈がない。ましてや私立校。金に物を言わせて企業と同レベルのセキュリティを掛けているに違いない。

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜

 とユヅキは心の中だけで数秒雄叫び、がっくり肩を落として家路に着くことを決意する。そして一瞬でも思った。普段から赤点取らないぐらいの勉強はしておけば良かった、と。とぼとぼした足取りで、再び昇降エレベーターへと向かった。

 ――遠くで鳴く、不気味な遠吠えに気づかぬまま。



「それで、結局何もやってないのか」


「……悪いか」


「それで、結局今必死にやってるって訳か」


「だあああああああああああああ! うるさいお前! オレの邪魔をするなぁああああああああ!」


「おぉう……血の叫びだ」


「音声ミュートにするぞ、もう!」


 ユヅキは小さく“《ヒアリングシステム》、オールミュート”と不機嫌混じりに呟いた。それと同時、ユヅキの世界から音というものは遮断される。流れる音は脳に植え付けられた《ヒューマンボード》が発するシステム音のみ。目を瞑りぶつぶつ呟くのは物理の公式であり、公式さえ覚えれば赤点は免れるという事を、長い経験から分かっているユヅキは必至こいてやっていた。

 その姿を見て、ショウは昨日と同じく溜息を吐いた。


「――どうしたんだ?」


 二人の様子を見て近づく人影があった。長い茶髪をふわふわと浮かせながら、短い赤チェックのスカートを棚引かせながら歩いてくる女子生徒がいた。その紺色のブレザーを着た女生徒は、立っているショウより頭二つ分弱ほど小さい。ショウはその人物――三嶋ミシマミナトに顔を向けると、またも溜息を吐き、


「見ての通り」


 と公式を不気味に呟いているユヅキの姿を親指で差した。それを見たミナトもショウと同じように呆れが十分に込められた溜息を吐いた。


「懲りないなぁ……ユヅキくんも」


 そう言ってミナトは数秒見つめた後、ユヅキが何も反応がないことに気づく。


「こういう時って無性に悪戯したくなるよね。ユヅキくんがいつまでおねしょしてたかとか大声で言っちゃおうかなぁ」


「それは止めとけ……結構可哀そうだぞ……」


 そうする、とミナトは席に戻ってしまう。ショウも時計を見やれば、既に着席時間の一分前だと言う事に気づき席へと向かった。ユヅキは一人、音を遮断してぶつぶつと呪文のように物理公式をである《x=vt+1/2at^2》等と繰り返し唱えていた。


 テストを始めた数時間後。今まさに帰りのホームルームが終わったところで。


「さーて、帰るか! ショウ!」


 と、教諭が教室から立ち去った瞬間、鞄を肩に掛けながらユヅキは立ち上がった。そのユヅキにしては恐ろしいまでのハイテンションに一瞬肩を震わしつつも、汗を一筋垂らしながら何とか返答する。


「あ、ああ、それは良いが……」


「今日は遊ぼうぜ!? どうする? 《モールエリア》にでも久々に羽を伸ばすか!?」


 つかつかと歩み寄ってユヅキはショウの強張った肩を何度も叩く。

 《モールエリア》――。それは若者で賑わう娯楽施設の集合している区域だ。ブティックももちろんあるし、ゲームセンターもギャンブルの施設も数多く存在している。ただ、人がハンパじゃなく多い。その為歩くのも一苦労だ。だから、普段のユヅキならば絶対に行く事などはない。


「いや、明日もテストあるから……」


「あっはっは! テスト? 何それおいしいの!? ……おいしいのかよぉ」


 二度目の言葉を繰り返した直後に、ユヅキは膝を抱えてその場にうずくまってしまった。構図的にショウがユヅキを泣かせているよう。

 そう、結果は惨敗。当然だった。そんなものは。学園にフラッシュメモリを置き忘れ、かつそれに閉門時間まで気づかなかった時点で決められたことだったのだ。


「まあ、明日の教科から頑張ろうや。なっ?」


 そう言って身長の高い身体を酷く矮小に感じさせるまで屈んでいるユヅキの肩をぽんと叩いた。その感触をユヅキは受け止め、僅かに首を縦に傾けた。その様子によし、とショウは頷くと。


「遊ぶのは無理だけどさ、今からハンバーガーでも食いながら、一緒に勉強しようぜ。覚えるコツとか、ヤマとかも教えてやるかさ」


「え〜……」


「え〜ってお前……やばいんだろ?」


「そうだけどさ……え〜……めんどくさい……もう良いじゃん。赤点確定なんだしさ……」


「まだ分かんないだろ! ほら、行こうぜ、ユヅキ」


 その二人の様子を見て、こつこつと近づいてくる人影に涙目のユヅキと、頬に汗を垂らしたショウは気づく。


「じゃあ……ボクも行って良い?」


 楽しそうな笑顔を浮かべて、ミナトは言った。


 ――学園の近くの店に入った数分後、既にユヅキの身にはある症状が起きていた。


「やっぱ……めんどくさい」


 アイスコーヒーの入った白いコップから伸びるストローを口に咥えながら、両手を前に出してテーブルにユヅキは体を投げ出していた。

 やっぱり、友達と一緒にやったからってめんどくさいものはめんどくさい。コツやヤマをショウからボードに送られたって、結局は自分で覚えなくちゃいけない。それじゃあ、やっぱりめんどくさい。よく漫画とかだと楽しそうにわいわい勉強をしてるけどあんなのは幻だ。夢だ。よって嘘だ。めんどくさいものはどうあったってめんどくさい。

 心で思いながら、ユヅキは前に座るショウの鉛筆を指で触って書くのを邪魔する。


「おま、俺の邪魔すんなよ。勉強してんだから」


「良〜ぃじゃん。勉強なんかしなくたって。死にゃあしないよ、死にゃあ……」


 顔をテーブルに伏せたまま、ユヅキは手をひらひらと振る。その仕草を見て、本日何度目かの深い溜息を吐いた。

 めんどくさいめんどくさいと何度も心で呟く。

 そうだよ。努力なんてしなければいいんだよ。どうせ報われない。陸上競技会の時だって足から血が出るほど練習したのにタイムは伸びなかった。周りが遊んでいる間にも塾で必死に勉強したというのに私立中学には入れなかった。練習に練習を重ねて走り込みに走り込みを重ねても結局レギュラーには選ばれなかった。

 だから、努力というものをする気など起きなくなってしまった。報われないのならやらなければいい。楽な方へ楽な方へ。そうやって惰性で流れていけばいいんだ。そう思うようになった。そうすれば自分が傷つくことはない。変化などなければいい。変化を望んで努力さえしなければ、膨らましたその期待に裏切られることはない。傷は未然に防げるんだから。それで……それで良いじゃないか――。

 だっていうのに、昔と変わらず周りは努力を強いてくる。


「ボクも来てあげたんだからさ、真面目にやろうよ」


「……別にミナトには来てくれなんて言ってないだろう」


 良くないと分かっているのに、こんな言い方をしてしまう。止まるミナトの言葉に続く沈黙が、胸に刺さる。

 伏せたままのユヅキは小さく“《ヒアリングシステム》、オールミュート”と呟いた。その後数秒を待たずして、二人は深い溜息を吐いた。

 結局、何もしなかったユヅキは欠伸をしながら夜の街を歩いていた。

 まあ、最悪、帰ってからやればいいという事だ。テストが始まるまで今から数えて十二時間以上ある。睡眠なんていう余計な事は計算に入れなければ、三教科ぐらいなら消化できるはず。メモリーには取ってあるのだ。家に帰って幾らでもやれる。

 “明日頑張れば良い”公式を感じなくもないユヅキだったが、一先ずはそれで納得することにした。それより何より早くアウラがしたくて堪らない。そう思って仕方がないのだ。

 ――ふと、ユヅキの耳には奇妙な音が聞こえた。いや、音というよりは声。そして声というよりは、咆哮。まるで犬が唸っているような、狼が吠えているような、重く不安を掻き立てる凶暴なもの。それが脳を巨大な音を伴って脳を揺さぶる。

 ユヅキは何かに掻き立てられるように、二人へと投げかけた。


「何だ――今の!? 聞こえた!?」


「え? 何が……?」


「俺も、聞こえた……。なんだ……動物のような……でも、何かこう……破けているような」


 ショウは耳に意識を集中させるように目を瞑りながら言った。

 そう、まるで獣のように威嚇した遠吠えだが、確かに獣のそれとは決定的に違う。聞こえたこえはもっと、体の芯に――脳に訴えかけるような。そんな恐怖の塊。それが空気を伝わり、耳へ叩きこまれた。お陰で心臓は一瞬で収縮し、その反動でばくばくと鼓動を刻んでいる。

 何を思ったか、ユヅキは駆けだした。声の、する方へ。


「おい! ユヅキ!?」


「ちょっと見てくる! なんか――気になるから!」


 その言葉にショウは頭をぼりぼりと掻きながら。


「何だってアイツは不意にアクティブになるんだ!」


「でも、放っておけないよ。行こう、ショウくん」


 ああ、と頷くと二人は先を走るユヅキを追いかけて行く。

 一分ほど、ユヅキは全力で駆けた。過去の経験を活かし、整ったスプリントのフォームで暗がりの街を駆けた結果、後ろの二人を大きく離して走り続ける。右へ左へ。不規則に見えるがそれは一点を目指して。

 何故か、ユヅキには聴こえて来た場所が大まかに分かっていた。それは無論方角とかではなく、もっと座標的に。走る視界の前にはビルが在った。その裏だ――そう直感的に理解する。

 たかが遠吠えにこんなに不安に掻き立てられるのか分からない。けれど確かに、耳ではなく脳に直接響くようなそんな錯覚がした。

 走りながらユヅキは思考を走らせる。

 オレとショウは確かに声を聞いていた。そして、声は決して小さい訳ではない。音量的には、鼓膜が破れるんじゃないかっていうほど大きく感じた。だけど、ミナトは気づいていないようだった。

 それはどういうことだ――。と相違点を探した結果ある一つの物に辿り着いた。……ユヅキとショウは《オンライン》状態だった。《オンライン》でなければ聴こえないのかもしれない。そう思いながら足を動かす。

 ビルが乱立する上階。その節目に穴ぼこのように存在する死角地帯――。ユヅキは走り、左へ曲がって暗い路地裏へと駆け込んだ。

 瞬間。息が止まった。

 ユヅキの目の前に或るものは四つん這いに立っていた。息は荒い。赤い、爛れた様な舌を長く出している。その黒い身体は炎で燃えたように裂け上がっているが、揺らめいている訳ではない。鋭く後ろに流れているその様は、機械の印象を受ける。そして、デカイ。普段見る大型犬なんていうものよりも何倍もある。全身の大きさはゆうにユヅキの身長を超えている。


「は……はっ、はっ」


 その目の前の化け物に目は釘付けになってしまう。逃げたいのに、反らせない。逃げたいのに、凍った脚は動かない。ただ過呼吸のように息を荒くするだけで、思考すら回らない。

 怖い怖い怖い怖い――――。近づく化け物を目の前に、ユヅキはそれしか考えられなくなる。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ――――。そんな合理的な考えは既に消え失せてしまった。

 逃げる為の脚は動かなくて、それを動かす為の脳はいかれてしまった。


「あ――あぁ……」


 じりじりと迫りくる恐怖に身を震わすだけ。

 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな――。必死に祈っても獲物を見つけた獣のように黒い狼の様な化物は近づいてくる。

 そしてそれは、巨大な口を開けて――ユヅキへと噛み付いた。


「あああああああああああああああああああああああああああぁ!!!」


 極太の牙が刹那の間に胸を貫通し、上顎と下顎を閉められる。しかしまだ右肩は体に繋がっている。ぶちぶち千切れそうになっているけれど、久しぶりに感じる強烈な激痛と共に確かに繋がっている。痛みで気が狂いそうになる。血が流れて逃げて行く熱にとても不安になる。


「離れろ! 離れろ! 離れろよ!」


 自分へと喰らい付いた顎を必死で押し返そうとするが、それはびくともしなかった。それどころか、咥えた肉を千切ろうと何度も頭を振る始末。


「あああああああああ!! 止めろ! 止めろ止めろ止めろぉおおおおおおおおおおお――!!」


 願い空しく、ヒートアップしたその動きにユヅキの腕は耐えられず。

 ぶちっ。

 という音を立て千切れ、犬の口へと咀嚼された。

 直後に、犬はその場から飛び退いた。


「あ、ァあ――ぁ」


 血がドクドクと流れる肩を片方しかない残った腕でユヅキは押さえ地面を這う。死ぬ、死ぬ、死ぬ――。そう思いながらユヅキは顔を上げた。

 視界に入ったのは、紺色のブレザーに身を包んだ一人の少女だった。その長くて純白のような銀色の髪は、血と痛みの世界の中ではとても神秘的だった。まるでそこだけ異世界のよう。

 ユヅキはその綺麗で細い足首を、残った血塗れの手で掴んだ。ゆっくりと、長い睫毛を携えた綺麗な赤い瞳は、同情の表情を伴って振り向かれた。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない――死にたくないぃ!」


 惨めにもユヅキは名も知らぬ少女に懇願した。血塗れの腕で、しゃがれた声で。

 悲しみを帯びた瞳で、少女は数秒見つめると、意を決したように両目を見開いた。


「覚悟は――ある? 生きる為なら、過酷な運命を背負う覚悟はある? キミは死ぬより大変な目に遭うかも知れない。それでも良い?」


 その質問は、地獄の様な場に於いて酷く場違いだった。諭すように優しい声で、少女は血塗れのユヅキへと語りかける。


「する! 何でもするから! オレは生きたい! 死にだくないっ!!!」


 降りてくる瞼。動きにくくなっていく舌。冷めていく体温。霞む視界。遠のいて行く意識。それら全てが同時にユヅキの身へと降りかかり、圧倒的な死というものを脳髄に刻みつけていく。それから逃れたい一心で、ろくに言葉を理解せずに何度も頷く。


「……分かったよ」


 そう言って少女は屈んだ。這いつくばるユヅキの頬へと優しく両手を伸ばし、包み込む。ユヅキはその手の平から温度を感じ、それだけで生きた心地がした。

 直後。少女はユヅキの額に、少女の額をくっつけた。何故そんなことをするか分からず、霞む視界の中懸命にたじろぐが、


「――なんだ。もう感染してるじゃん」


 そうあっけらかんと言うと、一度ユヅキの額を人差し指でつつくだけで、少女は何事もなかったかのようにに立ち上がってしまう。――その瞬間に、ユヅキの視界には仮想デスクトップが重ねられていた。


「さあ、これで大丈夫。早くそのアプリケーションを開いて。そして、変身して。――《デュエルサモナー》へと」


「デュエル、サモナー……?」


 仮想のデスクトップには、確かに一つのアプリケーションアイコンが追加されていた。いつそれが入ったのか分からないが、とにかくそれは既に存在して居た。どうやってボードのセキュリティを潜りぬけてきたのか見当もつかないし、信じられないが、現実として表示されているのだから仕方がない。

 剣と楯をぶつけた様なグラフィックのそれに、仮想カーソルを言われるがままに持って行き、クリックする。

 その瞬間に、ユヅキの視界から色が失われた。そして映っていた視界の全てが、黄色の、0と1のたった二つの物へと分解されていく。酷く奇妙な光景。まるで自分が――電子の世界へと入ってしまったような――。

 肺に息を送りながら拳を握る。……気づけば、体は楽に動かせるようになっていた。抉れた肩を押さえながら、よろけつつもユヅキは立ち上がった。


「ほら、早く、んで。君の《デュエルサモナー》を!」


 それで君は助かるかもしれないから――と。

 視界に重なるデスクトップには一つのウィンドウが開かれていて、黒の背景に白の数字と英字が目で追えないほどの速さを持って、まるで滝が逆流しているかのような勢いで大量に上へと流れていく。しかしそれも直ぐに終わり、完了音が頭に響いた直後には一つのスペルが赤く表示されていた。

 文字を見れば、不思議とユヅキの身体には戦慄が走った。圧倒的に優美な物を見た時の様な、究極的に壮観な景色を見た時の様な――。

 生命の本質に訴えかけてくるそのスペルを、確かに理解した。


「アス、カロン――」


 その言葉に、確かに少女の顔は驚きに包まれた。

 しかしユヅキはそんな表情に気づくことは決してない。ただ背筋を走る本能に従うだけ。

 ユヅキは自身の胸の前に左腕持って行き、まるで何かを潰し割るように強く握りしめた。何もない筈のそこから、はち切れた様に閃光と、暴風が巻き起こる。


「――――来い! アスカロンッ!!!!」


 その瞬間、辺りは光に包まれた。

 ユヅキの身体は幻のように揺らぐ。まるで蜃気楼のように、風で霧が流されるように、元あった身体は希薄になり、やがて黒い何かへと変わっていく。足から胸へ。胸から腕へ。そして頭部までも。一見して鎧の様な、けれども燃え盛る炎のようにシャープな姿形を描いたモノへと徐々に徐々に。

 全身に怪異現象が行き渡った後に、少女は一言漏らした。崩れそうになる体を壁に押し付けながら、


「……喚べ、た」


 一言そう呟いた。

 全身に、足の先から頭まで、鎧を着込んだような無骨な――けれども細身でシャープなフォルムに象られている甲冑。流れるように僅か後ろに靡いたフォルムに、所々ラインが血の筋のように、赤く刻まれていた。背中から僅かに突出する背骨の様な物が、見る者に何処か凶暴な印象を与える。それに反し、秩序に満ちた様な製鐵な矛盾な印象も植え付ける。頭部にも鎧。口に当てられたマスク。そして目は感じられず、中世のイメージを浮かばせる横長の三本の刳りぬきが正面にあるバイザー。バイザーの奥で、赤い、赤い眼が二つ光る。――それは決して、人間などではなかった。

 ユヅキの全身は一瞬のうちに――闇に溶けるような漆黒の騎士に変化していた。

《ヒューマンボード》

超高性能小型マザーボード。これが人類の首筋――脳辺りに植え込まれていて、文字通り脳と直結している。乗っかっている物自体は通常と同じようなものだが、不必要なモノは排除されている。

基本的に、脳の発する電気信号を感知して思考のみで操作を行えるが、それは非常に細かい動作が必要になってしまう為(例えば、一つの音楽ファイルを開こうにも《C:\Documents and Settings\YT\My Documents\My Music\yuduki.wmv》というように頭に正確に浮かべるなど)、殆どの人間は仮想デスクトップと呼ばれる脳内でのパソコンの画面のようなものを開き、その画面上にあるカーソルをまた想像だけで動かしていく(カーソルのスピードも自由だし、アイコンなどを直接クリック出来るタイプもある)。

また、通信媒体は脳波に乗せられた電波回線である為、LANケーブルといったものは存在せず、空気がそれに値する。

通信手段には二つあり、一般的に行う通信であるノーマル接続と、ユヅキとショウが行ったようなヒューマンボード特有の電波で接続を行うリミテッド通信がある。

ノーマル通信とは一般のワイヤレス通信に概念が非常に近く、周波数(正確には違うが)も自由に変えられる。携帯のサブアドレス、のようなものと考えると分かりやすいかもしれない。こちらを使っていれば、《ヒューマンボード》の中枢まで入られることはない(腕のあるクラッカーならば何かしらの手段で入れるが、普通にしている分には全く干渉できない)。こちらが普段ネットに繋ぐ際やオンラインゲームをする際に使用するモード。

逆にリミテッド通信はヒューマンボードと直接繋がる様なもので、こちらは容易にヒューマンボード内(例えばファイルとか)を見ることが出来る。その為、これを行う者同士は親しい事が常。そんな危険性を孕んだ通信だが、通常回線の何倍も速い。

そしてこれら通信を行う際も、超高度なセキュリティが掛かっている。

脳に繋がっている為、五感にも強く干渉出来るところが特徴。




《マザーボード(Motherboard)》

コンピュータなどで利用される、電子装置を構成するための主要な電子回路基板である。主に搭載されているものはCPU及び、チップセット、記憶媒体メモリ。音源や拡張スロットが存在しない為、今現在のパソコンよりかはかなり少なめ。




《Local Area Networkローカル・エリア・ネットワーク

広くても一施設内程度の規模で用いられるコンピュータネットワークのこと。その頭文字をつづったLANランと書かれる場合も多い。一般家庭、企業のオフィスや研究所、工場等で広く使用されている。




《IPアドレス(アイピーアドレス、 Internet Protocol Address )》

パケットを送受信する機器を判別するための番号。IPで定義されている。




《クラッカー》

=ハッカー




《ストリーミング (streaming)》

主に音声や動画などのマルチメディアファイルを転送・再生する方式の一種である。

通常、ファイルはダウンロード後に開く作業をするが、動画などの大きいサイズのファイルを再生する際には非常に時間がかかる。そこで、ファイルをダウンロードするのと同時に、再生をすることにより、待ち時間が大幅に短縮される。この方式を大まかに「ストリーミング」と称することが多い。

データとして残らないことが昨今では多いような気がする。




wikipediaを参考にさせていただきました。

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