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ver1.15-感染ウイルス

 「おい……冗談だろ? なぁ、ショウ?」


 上ずった声で、、ユヅキは問い掛ける。じりじりと砂を踏みしめて歩み寄る陰に、親友に、――敵に。

 知られたくないと思っていた。自分が《デュエルサモナー》何ていう訳の分からないものであるなど。

 子供が虐めを始める原因の大半が、その対象が何を考えているのか分からないことに起因している場合が多い。嬉しいのか悲しいのか楽しいのか辛いのか――。何を考えているのか分からない、不透明な得体の知れないものだからこそ、攻撃し、感情を与えて、不透明さを透明なものにするんだ。

 だから、嫌だった。別にショウとミナトが虐める、なんていうことを恐れていたんじゃない。けれどやはり、得体の知れないものは気味が悪いんだ。

 ――けど、その相手自身が《デュエルサモナー》だった。安心出来る……なんてことは絶対に有り得ない。――依然、赤い瞳は灯っていて、それは明らかな殺意を孕んでいるのだから。


「ユヅキ、あいつは不当デュエルを仕掛けるつもりだよ。だから、早く変身して」


 アンナが右から言う。


「でも、あいつは――」


「知り合いだって関係ない。キミはアスカロンに成らなきゃ……ユヅキの命が……」


 ――命が、何だって? ああ、確かに、宣戦送信を受けていない。


 ゲリュオンは尚、近づいてくる。


 ――だったらこれは不当デュエルなのだろう。


 砂を踏み締め、ただ真っ直ぐに赤い瞳を向けてくる。


 ――不当デュエルは命の保証がない、ポイントの変動もない。だったら――。


 その瞳には冷たいものしか感じない。離れていた彼我の距離がだいぶ縮まってしまった。


 ――これは私闘ということか。


 ゲリュオンの拳が握られる。


 ――むしろ、私怨なのだろうか?


「何で……お前がデュエルサモナーになってるんだよ!?」


「――ユヅキィッ!」


 答えは返らない。

 ショウの叫びと共に、右の拳が振りかぶられた。


「クソッ――アスカロンッ!」


 瞬間、ユヅキの身体は変化する。

 同時、ユヅキは振られる拳を左の手の平で受け止める――が。


「お、重い!」


 押し付けるような拳に、腕は耐えられず、ゲリュオンの拳はユヅキの手を通過する。直後に、破裂音。ショウの拳に兜は殴られ、ユヅキはたたらを踏んだ。

 左へよろけたユヅキへ、再度ゲリュオンは拳を振るう。

 生身であったら内臓をその口から吐き出したであろう拳を、ユヅキは腹で受ける。

 兜の中でユヅキは呻いた。

 そのまま、後ろへ倒れそうになり、どうにかそれを耐える為脚を小刻みに動かす。

 揺らぐ視界の中、尚もゲリュオンは歩み寄っていた。その拳は俄然、握られている。


「ショ、ウ……」


 ゲリュオンが再び右のストレートを放った。それをユヅキは腰を折った状態で、左へ倒れるように回避する。まま、ユヅキはゲリュオンから距離を取る為、一息ステップ。

 外した拳をゆっくり納め、ゆらりとゲリュオンはユヅキへと振り返った。

 その様は不気味だった。獣の様に巨大な肢体に、暗闇の中肉食鳥類の様に灯った赤い瞳。――あらゆる意味で、目の前の存在が自分の親友なのだとは思えなかった。


「ユヅキ……お前は、お前はぁ!」


 ガシャガシャと重低音を響かせ、ゲリュオンは拳を後ろに駆けてくる。

 しかし、その動きはユヅキにとっては遅い。

 直前まで引き寄せ、振られた拳を紙一重で回避。回り込むように背後へ足を捌き、回し蹴りを頭部に入れる――が、強硬。ゴッ――と詰まる音がするだけで、吹っ飛びもしなかった。

 止まるユヅキの脚へと、ゲリュオンは腕を伸ばしてくる。

 それに気づき、咄嗟に足を引っ込め、後退。

 亡霊のようにゲリュオンは振り返る。


「なぁ……お前はお前じゃないよ」


 そう、ゲリュオンは赤い瞳を向けて言う。


「……何を言ってるんだ?」


「お前はあの日以来――お前じゃなくなったッ!」


 怒号。共に振られる拳。

 ゲリュオン自身が前に傾くほどの体重を乗せた拳が、後退したユヅキの鼻先を掠める。際に、空気を切り裂く轟音がユヅキの耳に届いた。


「お前は、あの日に死んだ!」


 そのままもう片方でのストレート。それをどうにか身体を右に傾け、回避するも、更に拳の連打が来る。

 ――脇腹へ人刺し。ユヅキは呻き、よろける。

 間髪入れず、ゲリュオンはもう一発。金属の噛み合う音共に、ユヅキの身体は宙に浮き、地面を転がって吹き飛んでいく。


「三年間待ってたけど、まだお前は帰ってこない!」


 咳きこみながら、ユヅキは片手をつき、どうにか立ち上がる。

 ゲリュオンはユヅキを赤い瞳で見下ろし、巨躯な身体で拳を握っていた。

 それは不気味に、月明かりを背中に浴びて。


「どうしてお前は努力を忘れた?」


「な、に――?」


「どうしてお前は怠惰になった?」


「それ、は……」


「逃げてるのか?」


「違う……オレは……」


「お前は――どうして俺がお前を殴ったのか理解しちゃいない!!」


 ガチャリ、とゲリュオンは一足踏み込む。不意に、天に腕を伸ばした。

 直後。

 

「アンフォールド! ――《アイギス》!」


 呟き。

 次の瞬間には空気が二つ、ゲリュオンを囲う様に空気がぶれた。じりじりとグラフィックが崩れる演出。

 それが一瞬。収まった直後には、中空に盾が出現していた。形状は真っ黒な正五角形を逆さにした、中世的なイメージを思わせる形状。表面には金色の竜の様な文様が輪にして描かれている。

 数は、二つ。その二つはゲリュオンを中心に、まるで衛星の様に地面と平行にぐるぐると回っていた。


「何だ、あれ……」


「ウェポンタイプ……あれが、彼の《専用武装》」


 そう、アンナが遠くで呟くのが聞こえた気がした。

 直後、盾の一つが速度を持った。ユヅキは咄嗟に地面を転がる。

 一瞬の差を持って、飛来した盾は地面へと突き刺さり、砂を巻き上げた。


「クソッ!」


 転がりながら、ユヅキは両手で地面を着き、体勢を整え即座に立ちあがった。

 そして、地面を蹴る。クラウチングスタートに似た態勢で、右手を振り上げてユヅキは駆けていく。

 しかし当然、それはゲリュオンの赤い瞳によって見定められている。近づくユヅキに右の手の平を伸ばして向けると、もう一つの盾が前方に出現。


「――ッ!」


 まま、盾は突進してくる。

 一瞬、ユヅキの視界が盾に埋め尽くされるも、どうにかそれを再び転がり避ける。

 直後に、ユヅキは背後に風を切る音を聴いた。眼だけで後ろを見やれば――後ろからは初めの盾が戻って来ていた。 

 苦渋の呻きを上げながら、再度地面を転がる。しかしその後も、もう一つの盾が飛来するだけ。

 これでは――無限に繰り返される。


「お前は一生懸命になれる男の筈だ! 何事にも全力でぶつかって! 血反吐吐いてでも立ち向かう精神が、お前にはあっただろう!? なのに、どうして!」


「――何を、分かった風に」


 勉強も、運動も、何でも出来るお前に――。

 視界に重ねられるデスクトップ。開かれたファイル。

 迫る盾。それにユヅキは、兜で頭突きして受け止める。鐘を鳴らすような音が校庭に響き、盾は停止する。


「お前に……!」


 デスクトップ。そこに在るのは剣の形をした――《LEVEL2》への《レベルアップパッチ》。


「――何が分かるって言うんだッ!!」


 途端、ユヅキの視界に数値が羅列する。


 上書きされる――。


 書き換えられる――。


 爆発する――。


 叩きこまれる――。


 増幅する――。


 “COMPLETED -VER.LEVEL2”


「アンフォールド――《アスカロン》ッ!!!」


 刃の鳴る音共に、伸ばされた右腕には、漆黒の剣が握られていた。それは伝説を基にした、聖なる剣。漆黒の輝きを持って、刃の形を形成している。

 ユヅキは衝動に駆られたまま、盾へと刃を突き立てた。しかし当然、貫けるなんてことはない。鈍い音を立てながら、アイギスは後退していく。

 ユヅキは爆ぜた。跳躍。一息で彼我の距離を半分まで詰める。が、着地と同時に盾が斜めに飛来してきた。それを垂直に跳ねることで回避し、突き刺さった盾の面に足をつけ、踏み台にし、尚跳躍する。

 空中にユヅキが身を預けている間、飛んでくる敵を見据えながら、ゲリュオンはもう一つの盾を自身の目の前へと移動させ、右手で持った。

 ユヅキは月を背に、刃を両手で振り上げる。着地の直前、ユヅキはゲリュオンへ向かって渾身で振り下ろした。ゲリュオンも即座にそれに対応。右手に持った盾を前に構えた。

 一閃。

 甲高い金属の噛み合う音を鳴らし、火花が散る。


「オレは、お前の顔を見る度に、劣等感を感じていた! お前は何でも出来るから! 直ぐにレギュラーだって取るし、勉強だって出来る!」


「それは――」


「――だからッ!!」


 ユヅキはショウの言葉を遮るように、刃をもう一度振る。

 ガチィィィィ――と二つは噛み合ったまま離れない。

 ユヅキは顔を前面に押し遣る。二人のサモナーは兜と兜を至近距離まで突きつけ合った。


「オレはもう努力することなんて嫌なんだ! 何も上手くいかない! 全てが悪い方へ行く! 意味無いじゃないか! 成功しない努力なんてぇッ!!」


 母さんも褒めてくれない。陸上だって上手くいかない。ミナトだって――。


「――違うッ!!」


 叫びと共に、ショウは盾を突きだした。刃は弾かれ、僅か浮く。

 その隙を、ゲリュオンは目を光らせ盾でユヅキの身体を突き潰そうとする。咄嗟に、ユヅキは剣を握り締め、振り下ろす。

 再び、二つは噛み合う。

 ショウは顔を前面に押しやる。二人のサモナーは兜と兜を至近距離まで突きつけ合った。


「お前が、一生懸命だったからこそ、ミナトは――ミナトは、お前を! だから、だから、そんなお前だからって――俺はぁッ!!」


「ショ、ウ……!?」


 何だよそれ、どういう事だよ。意味分かんないよ。そんなこと一回も聞いたことない。いつからだよ。なんで言わないんだよ。

 お前は――。お前は――。


「ミナトの事が、好きだったのか――?」


 一瞬、ショウが息を呑んだ気がした。


「――当たり前だッ!!」


 ショウは再度ユヅキを弾き飛ばす。先程より強い力に、ユヅキは宙に飛ばされる。それからどうにか着地した直後、横目の視界に、背後から飛来するアイギスの姿が見えた。

 横に転がり、それを回避。通り過ぎていったアイギスは、ショウの左手に装着された。


「あんなに優しくて、可愛いんだ……好きになるに決まってんだろ!!」


 ショウは叫ぶ。

 全然知らなかった。もう、十年の付き合いなのに、そんなことは、全く。


「お前だから! 全力でぶつかるお前だから、お前だからと思って――そう思っていたのにッ!」


 ゲリュオンは二つの盾を天に掲げる。

 直後。


「――ブート!」


 ゲリュオンは叫んだ。

 金装飾の漆黒の盾は、グラフィックがさらさらと崩れ始める。


「――《セクスタプルラヴァーズ》!!」


 霧散した盾は――粒子は再び形を形成した。――六つの盾として。


「な――」


 しかしそれも直ぐに雲散。再び形成した時には、極端に巨大な刃。

 それは巨躯なゲリュオンの数倍もある大きさ。とても剣とは思えない。もはや、城壁を突き破る杭の様な大きさ。けれど、紛れもなくそれは剣の形をしている。

 金色の装飾が月明かりを受けて、禍々しく光る光る――。


「行けぇぇぇえええええええ!!!」


 それが、飛来してきた。迷うことなく、刃先を一直線にユヅキの中心を目掛けて。

 咄嗟にユヅキは手に持った剣で防御する。――しかしそんなもので防ぎきれないのは明白だった。

 火花を散らしながら、刃先を地面に向けたユヅキの剣はセクスタプルラヴァーズを正面から受ける。

 ぎりぎり、ぎりぎり、と。

 受け止めていられたのは数秒もなかっただろうか。アスカロンは即座に砕けてしまった。さすれば、残ったのはセクスタプルラヴァーズ。

 その刃の光に背筋を悪寒させながら、ユヅキは僅かに、苦し紛れに腰を捻る。

 セクスタプルラヴァーズはユヅキを通過した後、虚空へ突き刺さった。ユヅキはその場に倒れ込む。

 腹の中心を穿たれるのは免れた。しかし、脇腹を諸に削られた。本来なら強制終了。しかし、これは不当デュエル。


「ショウ……お前……」


 ユヅキの背後のセクスタプルラヴァーズが霧と成る。

 それをゲリュオンは赤い瞳で認識すると、再び天に手を掲げた。

 ユヅキは腹を押さえながら立ち上がる。


「…………ブート」


 またか!? ――クソ、何か、何かないのか! あんなものは防ぎれない。何か、対抗し得るもの――。

 そこでユヅキは気づく。

 ――自身の《ハートアプリケーション》の存在に。


「――ブート!!」


 ゲリュオンが叫んだ直後、ユヅキも叫ぶ。

 頭に流れる文字列。アスカロンに成った時と同じ感覚。本能に、欲求に、根源に訴えかける恍惚のスペルが、視界に浮いている。


「セクスタプル――」


「ドラゴン――」


 掲げたゲリュオンの両手に、再び巨大な剣が出現していく。それはもはやミサイルで、所々に刻まれた金の線が不気味に映える。

 右後ろに引かれたユヅキの手に、漆黒の剣が握られる。線の様に刻まれた血の文様が、笑う様にさざ波蠢く。


「――ラヴァァァァァァァズッ!!」


「――ヘッドォォォォォォォッ!!」


 ゲリュオンは右手で支えたセクスタプルラヴァーズを投げるように射出する。月明かりに爛々と恐怖を放射しながら、ミサイルの如く飛来する。光る刃は一瞬で対象を両断するだろう。

 ユヅキの呼称が終えた途端、覆う様に赤い線が膨れ上がった――と同時にユヅキは剣先をゲリュオン目掛けて突き刺す。届く訳がない。距離は離れ過ぎている。

 前屈みになったユヅキの眼前、隕石のように巨大な刃が降り注ぐ。

 前屈みになったショウの眼前、アスカロンを覆った霧は伸びてくる。

 ユヅキは両眼を見開き、迫る刃を見据えた。動きはスローモーションだった。どう動けばいいか、その刹那の内に判断する。既に剣先は目の前。だからこのまま身体の重心移動に身体を乗せて、前のめりになれば――。

 ユヅキの兜を刃が抉り、風の斬る音が聞こえた直後にユヅキは地面に倒れ伏した。背後に刃は吹き飛んでいく。砕かれた兜の中から、白い粒子が吹き出ていた。

 その痛みに耐えながら、ユヅキは地面の上前に目を向ける。

 そこには、兜が砕かれたショウの姿。その体は力なく地面へと投げ出されている。その下、纏っていた巨躯な鎧は上から粒子となって消え失せていっていた。

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