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ver1.14-感染ウイルス

 ユヅキは一人、道を歩いていた。周りには談笑しながら歩いている生徒の姿。その中で、ユヅキは明らかに一人浮いていた。

 メッセージの内容は時刻と場所の指定のみだった。今日の12時、凪都市高の校庭。たったそれだけ。何をするとも書いていない。……が、想像はついた。

 その日の学校ほど最悪なものはなかった。教室についてもショウとミナトはいない。事故のことを何処かから聞きつけて、ユヅキに質問して来る生徒もいたが、正直そいつを相手にする気は起きなかった。

 だから早退した。教師にも何も届け出など出していない。正直、そこまで気が回らなかった。

 帰っても部屋には誰もいない。いつも煩いくらい元気だったアンナの姿は何処にもいない。一人。一人。一人だった。

 別に一人には慣れていた。母親が死んでからというもの、一人だけで部屋にいたのだから。でも、慣れていても辛いものは辛かった。

 頭に過るのは、自分が突き飛ばした時にアンナが見せた表情と、最後に自分が呼ばれた時に向けた虚ろな瞳。そのどちらもが、ガラスの様に脆くて悲しいものだった。

 つくづく、自分が最低だと思った。何をしているのかもう分からなかった。

 全てが上手く行かない。自分の感情も制御出来ない。

 ミナトが傷ついたのは自分のせいだ。アンナのせいじゃないだろう。あそこでアンナに責任を押し付けようとしたのは、単純に自分の弱さだ。

 だから、行かなくちゃ。

 時刻は既に11時30分を回った。

 助けなくちゃ。

 コートを羽織ってユヅキは立ち上がる。アンナから渡された家の鍵を手に持って、ドアを開け鍵を締める。

 例え自分の身に何が起こっても。

 空を一度見上げ、冷えた空気を肺に詰めた。

 アンナを――護らなくちゃ。


 流石に学校まで近付けば人通りはなかった。駅前やモールエリア何かに行けばまだ人混みでごったがえしているのかも知れない。

 校門を潜れば、目の前には校舎がある。8階建の大きいもの。それの影に校庭は存在している。

 校内へ踏み入れたその瞬間、タスクバーのデュエルサモナーのアイコンが表示された。驚きに足を止めていれば、そこからまた地図が出現した。示されて地点は――ユヅキの目の前だった。

 傷つくアンナの姿が思い浮かぶ。

 だから走って、ユヅキは聳え立つ校舎を回り込んだ。


「な――」


 そこに広がる光景に、ユヅキは思わず息を呑む。

 何を意味しているのか――アンナは巨大な十字架のオブジェに吊るされていた。両手を後ろ手に縛られ、体全体をバツ状に縛られ、十字架に括り付けられているその様子は、まるでこれから穿たれる運命にある聖者のようだった。

 そして、おぞましい光景はその足元にも広がっている。

 群棲で蠢いているオルトロスがいた。姿形は初めて闘ったあの狼のオルトロスに似ていた。サイズとしては一回りほど小さい。その犬の様な化物が、がりがりがりがりと、十字架の根元を爪や牙で齧りまわしていた。上の獲物を目指すように。

 アンナは首を垂らしたまま動く様子はない。


「アンナッ!」


「……ん」


 ユヅキの叫びにアンナは僅かに反応し、身動ぎした。けれどそれより、群れていたオルトロスの赤い眼が一斉にこちらを向いた。

 その目の数は数えきれない。暗闇に浮かぶ赤い斑点はゆらゆらと蠢いているが、決してユヅキの姿から外すことはなかった。

 顔を上げたアンナがこちらを見た。良かった、無事だ――。そう僅かにユヅキが息を漏らした直後に、


「ユヅキ! 逃げてっ!」


 アンナが叫んだ。それを引き金に、オルトロスは一斉に駆け出す。――きっと、新たな獲物を見つけたのだ。


「来いッ! アスカロンッ――!」


 天叫び、ユヅキの身体は騎士になる。

 咆哮と共に彼我の距離は焼失し、黒い狼は前足を上げて飛びかかって来た。それをユヅキは右の裏拳で弾き飛ばす。甲高い悲鳴を上げてそれは砂の上を転がっていった。間髪入れず別の一匹が再度食って掛かる。それをどうにか回し蹴りで吹き飛ばすが――まだ脚が戻りきる前に別のオルトロスが飛びかかってきた。

 為す術もなく、ユヅキは腕をその牙で噛まれた。しかし鎧のお陰で痛みは何もない。仲間の喰いつきのそれに便乗するかのように、更に三匹の牙がユヅキの腕と足に喰らいついた。腕にしがみ付いたオルトロスを、腕を振ることで地面へと叩きつける。直後に、肘で脚に喰らいついたオルトロスを殴り潰す。それらは粒子となって夜空に消えていった。

 しかしその間にも、尚後続のオルトロスはユヅキへと牙を向いていた。背後に回ったオルトロスは背中に爪を立て、また別のオルトロスは正面から横腹へと噛みついてくる。


「く――そぉ!」


 ユヅキは背中に貼り付いたオルトロスを左手で鷲掴み、前方に迫るオルトロスへ投げつける。数匹巻き込んで、地面へと飛んでいく。次いで右手で脇腹のオルトロスも掴み、倒れたオルトロスを回り込むように迫る狼達へ投げつける。それもまた悲鳴のような声を上げて地面を転がっていった。

 埒が明かない――。ユヅキは心で毒づく。


「インスタレーション! 《アギトストライク》ッ!」


 詠唱と同時、ユヅキの右腕は崩壊していく。その崩壊した鎧の破片の奥から、狼のオルトロスの貌が腕として現れた。

 バク――と巨大な口を牙と共に広げ、目の前へと駆ける。距離を詰め込むと、左足で大きく踏み込んで、右腕を前へと突き出した。

 風を切った大口は数匹のオルトロスを噛み砕く。頭に、腹に食いつき、オルトロスの腕はオルトロスの腕を呑みこんでいった。そのまま腕を横に薙ぎ、幾重ものオルトロスを吹き飛ばしていく。

 喰われたモノ、叩きつけられ拉げたモノ。それぞれは白い粒子に成り消え失せる。

 しかしまだ、まだ大量にいるのだ。何匹だろう。30匹? 50匹? ――100匹?

 分からなかった。終わりは見えない。果てが予測付かない。でも――やらなくちゃ。


「うぉぉぉぉぉおお!」


 唸り声を上げてユヅキは跳躍する。迫って来ていたオルトロスを越え、群がる中心に着地する。

 同時。ユヅキは右手を振り回し回転する。何匹ものオルトロスがその腕に巻き込まれ、連鎖的に吹き飛んでいった。多くが白い霧となって消えていく中、やはり消えていないやつはいる。

 ユヅキはそこへと跳ね、飛びつき、右腕で地面ごと噛み砕いた。喉を鳴らして右腕がそれらを呑みこむ。

 振り向けば、まだ残っているオルトロスが牙を向いている。それらをユヅキは殴打し、貪り、喰らいつくしていく。


「――はぁ、はぁ……はぁ」


 極度の興奮からか、それとも人間離れした運動のせいか。ユヅキの息は上がっていた。鎧姿のまま、肩で荒く息を吸う。

 首筋が熱かった。

 ユヅキは重たい右腕を抱きながら、アンナの元へと歩いていく。左右を見渡してもオルトロスはもういない。全て喰らった。殲滅しつくした。

 恐らく鎧のお陰で外傷はない。けれど――頭が酷く熱い。

 少し重い足取りで、ユヅキは歩いていく。途中、右腕の貌は粒子と成り霧散し、元の右腕へと戻っていく。


「ユヅキ……大丈夫?」


 吊るされたまま、アンナは弱々しく言った。


「ああ、大丈夫だ。……今から、行くから」


 そう言う自分の声も、アンナの声も、酷く聞き取りづらかった。何か、反響しているような、耳鳴りがする様な。

 けれどそれも一息肺に空気を詰め込めば直ぐに消えていった。気を取り直して、アンナを見上げる。

 高い。きっと30メートル弱。これではこのアスカロンの姿のまま、アンナの元へ跳び、縄を解くしかない。

 ユヅキは両手を着き、クラウチングスタートの構えを取り、走る。そして、跳ねる。

 跳躍したユヅキは一直線にアンナへと進んでいく。


「うぉ――っと」


 高く飛び過ぎて、通り過ぎそうなり、咄嗟に十字架の頂点を掴みぶら下がる。


「今解くからな」


 そのまま十字架の横になっている部分へと掴まりながら、アンナの背中の縄へと指を這わせた。

 しかし、結び目は酷かった。固結びという次元じゃなく、太い縄がぐるぐるに回されている。それを見て解くのは無理だと判断し、十字架に跨りながら、両手で縄を持つ。


「アンナ、まずは手を解く。そしたらとりあえず落ちないように掴まってて」


「う、うん」


 不安げに頷くアンナから目を離し、後ろ手に結ばれている縄をユヅキは両手で掴み、引き千切る。凡そ人間では出し得ない力。けれど、《デュエルサモナー》なら出せる。

 自由になった両手でアンナは上へと腕を伸ばし、十字架の横の棒に捕まる。後ろ向きに、懸垂するように掴んでいる為、かなり不安定だろう。この後、アンナの腰に括られている縄を引き千切らなくてはならない。そうするとアンナの身体が落ちてしまうかもしれない。そして、それをアンナが自分を支えられる保証はない。というより、支えられないだろう。

 だから、動きは迅速にしなくては。

 ユヅキは腰に巻かれた縄を掴み、引き千切る。ぶちっ、という音を立て、ぱさぱさに縄は千切れた。身体を巻いていた縄は一本だったらしく、一部を引き千切っただけでそれはするすると下へと落ちていった。そしてそれは、アンナを支えるものがなくなったという事。


「う、……く」


 アンナの口から力を込めた息が漏れた。その細い手首をユヅキは掴み上げ、直ぐに自分の体へ抱き寄せる。


「あっ」


 という声と共に、ユヅキはあんなを抱き抱えた。所謂お姫様抱っこ。

 アンナを抱えたまま、ユヅキは跳び下り、着地した。

 足を下ろしてやると、アンナは少したたらを踏みがらも、しっかり立った。それと同時に、ユヅキは鎧のアスカロンを解く。


「大丈夫か?」


「うん。……ありがとう、ユヅキ」


「……ああ、全くだよ。めんどくさい」


 そうユヅキが溜息混じりに答えた瞬間、足音がした。砂を擦る音。

 知らず、ユヅキは髪を振り乱して振り向いた。

 そこに居たのは背が高く、短髪で、日焼けしている、とてもよく知っている人間だった。


「――ショ、ウ?」


 ユヅキは震える声で呟く。


「なんで……お前がここにいるんだ?」


 嫌な予感。不明な訳。分からない分からない。でも自分の中で何か一つの答えはもう出している。その証拠に、背筋には悪寒が走っているのだから。

 鼓動が速くなっていた。ショウは何も言わずにただ距離を置いて立っている。何も言わない。表情には何も無い。――そう思った直後。


「お前は……いつもそうだ」


 そう、表情を歪めながら、ショウは地面へと吐き捨てた。


「何がだよ……?」


「めんどくさいめんどくさいって……ふざけるなよ」


 そう口にするショウの声は、恐ろしく低い。普段――いや、今までで一度も耳にしたことはない。


「……だからって、何でお前がここにいる? 合宿だったんじゃないのか?」


「あの日から、お前はずっと――ずっと――ずっと!」


 会話が噛み合わない。

 ショウはさっきからずっと低い声で地面へと呟き続けている。その拳は強く握られていた。そして気づけば、ユヅキもその両手を強く握っていた。


「おい、ショウ。一体……どうしたんだよ?」


 背中に汗が伝わったのを感じた。声が震えているのも分かった。


「……赦さねえ」


 そう一言、ショウは強く言った。ユヅキの目を、真っ直ぐに見詰めながら。


「――出ろッ! ゲリュォォォォォォォオオオオオンッ――!!!!」


 ショウが天に叫んだ途端、周囲の空中に黒い物体が浮かび上がった。それは、鉄板、いや、装甲――鎧だ。同時に、ショウの体が黒くカラーアウトしていた。

 それらの鎧は次々とショウの体へと跳び、装着されていく。

 その全てが終わった時に居たのは――昨日の夜の《デュエルサモナー》。――《デュエルサモナー=ゲリュオン》だった。

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