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ver1.13-感染ウイルス

 それは停車線前にいる車両を押し退けてて滑ってくる。ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てながら、火花を散らしながら荷台のコンテナを擦りつけていた。

 弾けた様に顔を戻せば、既に歩行者は逃げていた。――ミナトを除いて。

 震えていた。事故の記憶が蘇っているのかも知れない。


「逃げろ! ミナト!」


 叫びにも、ミナトは反応しない。固定されたようにトラックを見つめている。トラックは尚も猛進している。足は震えている。動かない。動かない。

 ユヅキは拳を握った。

 叫ぶ。


 アスカロンッ――!


 一瞬で、ユヅキの身体は漆黒の騎士と成った。

 右手を伸ばして、加速する。指の間からは脅えたミナトの姿が見える。小指には、大型の白いトラックが見える。横転している。叩きつけるように、地面の上を滑っている。


「うぉぉぉおおおおおおおおお――――!」


 駆ける。駆ける。駆ける。走れ。走れ――走れぇ!

 数歩踏み込んだ所で、強烈な地面を叩きつける音を鳴らして、ユヅキは跳躍した。未だ勢いを失わずトラックは滑っている。

 間にあってくれ――! もう、嫌なんだ――――!

 ミナトに飛び付き、鎧の両手で抱き締めた。もうユヅキには何をしているのか分からなかった。無我夢中に、ただ必死にミナトを――大切な人を抱き締める。

 ミナトを抱きしめながら、ユヅキの身体も滑るように地面の上を移動した。激しい摩擦で肩から火花が散っていた。熱い。でももっと――心が熱い。

 滑りは甘かった。今だ横転したトラックの荷台からは逃れられなかった。助走が不十分だった。まだ逃げ切れていない。

 顔を上げれば、トラックは直ぐ目の前。さらに横転して、荷台の上部をこちらに向けながらもう一度倒れようとしていた。

 ――潰される!

 ユヅキは倒れたまま右足を突き出した。そしてここで気付く――世界がとてもスローモーションなことに。

 突きだした右足が、トラックんも荷台の側面に突き刺さる。メキメキと音を立てて、減り込んでいく。

 そこで停止した。ユヅキはそのまま左手でトラックを支えながら、右足を引き抜き、倒れるトラックを背中で支える形に移す。変わらず、右腕にはミナトがいる。

 一息吐いて、胸の中のミナトに即座に目をやった。


「ミナト!? ――ミナト!?」


 腕の中のミナトはぐったりしていた。ユヅキは兜のまま話しかける。額からは血が垂れて来ていた。ユヅキが飛びついた際に頭をぶつけたらしい。

 瞼をゆっくり開きながら、何処かおぼろげな瞳で見つめてきた。唇が微かに動く。


「大丈夫か!?」


 その声を聞くと、ミナトはユヅキの腕の中で小さく笑った。


 ――ありがとう、ユヅキ。


 そう言うと、ミナトの体から力が抜け、首が後ろに垂れた。


 白い世界を歩く。

 床は綺麗に掃除されていて、壁も白で装飾されている。目の前にも白いベッド。そこには、蒼白とした女の子が寝込んでいた。その身もまた白い病衣を纏っていて、長い茶髪をベッドに放りだしていた。

 幸い外傷は少ない。頭に包帯が巻いてあるだけ。

 パイプ椅子に座りながら、じっとユヅキはミナトのことを見つめていた。

 一命は取り留めた。けれどやはり意識はない。いつ目を覚ますか分からないらしい。――最悪だった。過去の再来。三年前の巻き戻し。

 知らず、ユヅキは自分を責める。組んだ手を額に何度もぶつける。骨が砕けそうに痛いけど、それがきっと丁度良い。だって、ミナトがあそこに留まってしまった理由はオレが――。

 不意に、その手が何かに掴まれた。目を開けてみれば、白衣を着た看護師の女性がいた。悲しそうに目を瞑りながら、首を横に振った。その姿にまたユヅキは歯を軋ませた。


「本当はもう面会時間は終わってるけど……特別ね」


 ユヅキの肩を叩きながら言った。ろくに礼も言わず、少し頭を動かすだけでそれに返した。

 脳裏に何度も蘇るのはあの時の光景。伸ばした腕。迫るトラック。――傷ついたミナト。

 そして、奇妙だった。

 アスカロンを解いてトラックから這い出た時、動かした視界には運転席があった。けれど、そこに居たのは運転手だけではない。運転手は胸を穿たれていた。血を流して、細い何か黒いものによって。

 黒い何かは蜘蛛のようだった。四つの足で、運転席の前にへばり付いていた。どういう事だ。どういう事だ。何度考えても答えは一つ。あれは――。けれどそれはおかしい。だって……そんなことは一切知らなかった。

 突然、ばたばたという足音が聞こえた。と思ったら病室の扉が開かれる。仄暗い病室に、廊下からの明るい光が差し込んだ。その光を背後に立っていたのは、アンナだった。

 連絡は入れておいた。だから駆けつけてきたのだろう。

 その姿を見て、ユヅキの中で何かが弾けた。パイプ椅子から乱暴に立ち上がる。その拍子にパイプ椅子は倒れてしまった。静かな病室に、荒い音を立てて。まるでユヅキの心境を体現しているかのように。

 ユヅキはアンナに駆け寄り、両肩を掴んだ。


「オルトロスがいた! どういうことだよ!? 何であれがいるんだよ!? オレは通知設定してた筈だろ? 何も無かった。いつの間にかいた。何でだよっ!?」


 アンナは左手を乗せられたユヅキの手に重ねて小さく横に首を振った。導かれるように病室を出る。


「少し落ち着こう、ユヅキ」


「これが落ち着いていられるかよ!」


「静かに。ここは病院だよ?」


 その言葉に歯を鳴らして、ユヅキは一度深呼吸した。


「良い? 落ち着いて聞いてね。オルトロスは全ての出現を通知出来る訳じゃないの」


「どういう、ことだよ」


「自分のレベル以下のオルトロスしか、出現は分からない」


 その言葉に、ユヅキの視界は激しく揺れた気がした。

 ふらつく足取りで自分が倒したパイプ椅子を立て直して座り込む。アンナはついてくることはなく、廊下のベンチで座っていた。

 ユヅキは過去の光景と重ねていた。目を閉じているミナト。緩やかに、静かに――まるで死んでいるかのように上下する胸。その姿を見て、ただ祈ることしか出来ない。

 ユヅキは頭を掻き毟った。まだ事故に遭ってから二時間しか経っていない。時間の流れが酷く遅い。もう感覚的には一日経っていてもおかしくないのに――。

 ミナトの頭の上にある心電図は安定した波を刻んでいる。命に別状はない。けれど――。危惧する点があった。過去にもあったこと。

 ユヅキは頭から手を離して、充血した目でミナトを見つめる。穏やかだった。安らかだった。もう、目を覚まさないかのような――。

 違う。信じろ。信じろ。信じろ。ミナトは――目を覚ます。

 外傷は少なかった。けれど、側頭部を強打したことによる意識の昏睡。そして――内臓の圧迫。看護師の人が言うには、何か“強い力で圧迫”されたらしい。その事実に、またユヅキは頭を掻き毟る。唇を噛む。涙が流れた。

 ユヅキはミナトの細い手を両手で包み込んだ。祈りを込めて、願いを込めて。ひたすら信じる為に。

 ユヅキはそのまま、嗚咽を堪えながら、自分の手へと額をつけた。少しでも気持ちが伝わるように。ミナトが決して孤独じゃないように。近くに自分がいるということを、ミナトに伝えたかった。

 その瞬間。ピク、とミナトの指が動いた。その感触を受けたユヅキは弾けた様に顔を上げる。


「ミナ、ト……?」


 震え掠れた声をユヅキは出す。泪する瞳でじっと見る。

 確かにミナトの指が動いた。でも――それだけだった。その瞳は開けられず、ただ死んだように閉じていた。呼吸も、心拍数も、何も変わっていない。


「ミナト……」


 更に涙が溢れた。悲しかった。自分のせいでまたミナトは傷ついてしまった。そんな呟きがずっと続いている。何も変わらない。何にも変わっていない。結局傷ついてしまった。オレのせいで。オレのせいで。オレのせいで。オレのせいで――。

 そのまま、凡そ五時間が過ぎた。ミナトが目を覚ます気配はない。ユヅキは看護師の人に押され、半ば強制的に病室を出た。というより、もはや反抗する気力がなかった。

 病室を出ると、そこにはまだアンナが座っていた。少し充血した目で、こっちを向いて来た。それから無意識にユヅキは目を逸らした。そして、アンナの顔を見て、一つの感情が生まれてしまった。

 しばらく白い病院の廊下を歩く。エレベーターに乗る。その間、ユヅキとアンナは無言だった。というより、ユヅキが一方的に話したくはない気分だった。その様子をアンナは心配そうに首をかしげて除いて来た。


「大丈夫……? ユヅキ?」

 

 その言葉を尻目に尚もユヅキは、ロビーの中歩を進めていく。透明なガラスの扉の前に立つと、センサーが反応して自動的に扉は開かれた。

 外は暗かった。時刻は三時。開いた扉から入った凍えるような風が、ユヅキの少し長い前髪を撫でた。

 外へ出て、ユヅキは尚も歩いた。アンナを背後に。その様子が明らかに不自然なことはアンナも気付いているだろうし、自分でも自覚していた。

 耐えきれなくなったのかアンナが駆けて、ユヅキの前に立った。立ちふさがるように両足を広げて、


「ねえ、大丈夫? しっかりして? ユヅキ」


 自分の胸に手を当てながら言った。

 その顔を見て、ユヅキは歯軋りした。爆発しそうだった、感情が。ユヅキの心に渦巻く感情は、とても黒いもの。

 渦巻いて渦巻いて――。


「……オレが見たオルトロスは、オレじゃ受信できない、そう言ったよな?」


「……うん」


「じゃあ――お前は?」


 え、とアンナの口から漏れた。


「お前は、アンナは、分かってたんだろ? オルトロスが出た事を」


「それ、は……」


 アンナは言葉を詰まらせた。それと共に、ユヅキから目を逸らした。自分の胸に当てられていた手は、今は自分の片腕を抱いている。

 その様子にユヅキはまた歯を噛んだ。


「お前のせいだ」


「え――」


「お前がオレに知らせてれば良かったんだよ! そうすりゃオレが駆けつけて! あんな奴は倒してやった! そうすればミナトが事故に遭うことなかったんだ! お前のせいだ!」


 そう言ってユヅキはアンナの肩を突き飛ばして先を歩いていく。コンクリートを不機嫌に蹴飛ばして、どんどん歩いていく。後ろからアンナがついて来ていないことは分かっていた。それでも背中を見せて歩き続ける。

 ――違うだろ。そうじゃないだろ。

 言ってからユヅキはまた、直ぐに後悔する。

 ――いつもそうだ、感情に任せて真実を見れない。冷静に見れない。直ぐに逃げる。仮にオレに知らせたとしてどうなる。レベルが高いオルトロスにオレが勝てる保証なんてない。だからアンナは知らせなかったんだろう。そうだ。オレがもっと――。

 今言った言葉を直ぐに訂正すればいいのに。振り向いてただ一言、ごめんとせめて言えば良いのに――。

 不意に、背後からアンナの短い悲鳴が聞こえた。ユヅキはそれに勢いよく振り返る。


「なん――だ、お前」


 そこ居たのは、黒い甲冑に身を包んだ《デュエルサモナー》。――騎士だ。けれどユヅキの《アスカロン》とは極端に趣が異なる。

 巨躯だった。角ばった鎧を全身に装着していて、それぞれの太さが《アスカロン》の二周りほどある。そう、まるで全身が《オクシス》の腕の様だった。また全身に金で線のように装飾が描かれていることも独特な空気を吐きだしていた。

 そして、頭部には鼻から口元が空いた兜を被っていて、その下にある口は黒いマスクを当てられている。目は人の目のような形に刳り抜かれていて、そこから赤い眼球が灯っていた。

 赤い眼球が一度ユヅキを睨みつけた。その腕には、気を失ったアンナが握られていた。

 状況は直ぐに理解出来た。コイツは、敵だ。敵に、違いない。敵なんだ。倒せ。倒せ。倒せ。倒せ。


「……アンナを離せ! ――来い!」


 ――アスカロン。そう叫ぼうとした途端、謎の《デュエルサモナー》はアンナの両手首を片手で握り、まるで吊るし上げた様に自身の甲冑の前にぶら下げた。

 人質。そんな言葉がユヅキの頭に浮かんだ。


「……お前」


 呻くユヅキの声には何も反応しなかった。ただ赤い瞳が睨み続けているだけ。

 アンナの首に手を添え始めた。思わずユヅキは駆け出しそうになってしまうが、堪える。そのままじりじりと《デュエルサモナー》は後退していき、茂みへと姿を消してしまった。

 去り際に、アンナの呼ぶ声が聞こえた気がした。

 拳を握り、立ちつくしているユヅキの視界に、突然仮想デスクトップが重ねられる。タスクバーからは、新着メッセージを告げるポップアップが飛び出していた――。

〜 サモナー道場! 〜


アンナ「一つ物申したい」


ユヅキ「うお、いきなりなんだよ」


アンナ「私は今、世界の中心で声高々に問いかけたいッ!」


ユヅキ「はぁ?」


アンナ「この作品の《メインヒロイン》は一体誰なのかとッ!!」


ユヅキ「――――――え? ミナトじゃねェの?」


アンナ「違うでしょ!? 私でしょ!? だって主人公と同棲までしてるんだよ!?」


ユヅキ「同棲じゃねえよ」


アンナ「なのに明らかにミナトちゃん中心じゃないの!? このロリコン作者! ちゃんとメインヒロインを出せ!」


ユヅキ「何でロリコン?」


アンナ「いや、前々話のネタが」


ユヅキ「……猛烈に否定してるっぽいけど」


アンナ「んなこたぁどうでも良いんだよ!(AA略」


ユヅキ「あ、さいですか……。まあ、良いじゃん。ヒロインっぽく攫われたし。茸の国の姫様みたいで良いじゃないか」


アンナ「い〜や〜だ〜!」

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