ver1.11-感染ウイルス
一時間ほど、視界の端にタスクバーを縮小させた状態で何も考えずテレビを見ていた。ポップアップはまだ来ていない。流石に毎日来るようなものではないらしい。
壁に掛けてある一本の棒から、ホログラムでテレビは画像を照射している。今の世の中、こういう正真正銘の視覚で見る映像機器は必要ないものだが、手に入れる余裕がある家庭は大体が購入している。理由は単純で、家族の団欒の為だった。家族全員が各自のヒューマンボードにテレビ映像を映し、リアルタイムで流せば、それはこうして食卓を囲んでテレビを皆で見ているのと同じことにはなる。けれど、それはやはり不気味だろう。初めからボード何ていうものがあるユヅキですら、それは感じていた。
でも、ユヅキの過程には物質的なテレビなど存在しなかった。
母親は早くから逝去した。何故かはよく分からない。ただ事故と聞かされたような気はする。正直良く覚えていない。
父親は元々無口な人間だった。けれど、それは母が死ぬことで拍車がかかった。朝方、忍び込むように帰って来てはユヅキが登校している間に起きて出社という生活サイクルだった。けれど別に不満はなかった。元々いないような父親だったからだ。母が亡くなってから数年後、突然安アパートに放られて海外へと行ってしまった。特に、ショックではなかった。
そんな家庭環境だったから、テレビなんて言うものはなかった。帰っても一人、寝る時も一人、起きる時も一人。別に不満はなかった。学校へ行けば、ショウやミナトがいたから。少なからず、孤独ではなかった。
……けれど、その少ない友人ですら今は関係が危ぶんでいる。
「……はあ」
とはいえ、解決策が分からない。
言えば確実に三人の関係は変わってしまう。……ただでさえ、三年前に変わってしまったんだ。これ以上変化は起きて欲しくない。
ユヅキはソファに座りながら、大きく伸びをする。反った背骨から小気味良い骨の鳴る音がリビングに響いた。ふと何となく、テレビを見ているのも飽きたし、便所にでも行こうと立ち上がる。
リビングを見渡すが、誰もいない。何故なら、アンナは今入浴中だからである。
リビングから出るガラス窓のある扉を開ければ、玄関口までの長い廊下が広がっていた。その先まで歩けばトイレに到達できる。ユヅキは薄暗い中、ひたひたと歩く。
ただここで問題なのは、トイレに行くまでの間に……風呂場へ入る為の扉があるのだ。20歩か30歩歩けば右側にトイレの扉。けれど10歩ほど進んだ所の左側に風呂場へと続く脱衣所の扉。そこから蛍光灯の光が漏れていた。
微かにシャワーの音が聞こえる。思わず、ユヅキは光の前に立ち止まってしまう。
当然、中は廊下から覗けない。扉には一部がガラスで構成されているものの、それはモザイクが掛けられたようになっていて、中の詳細な様子は分からない。精々、着替えていることがおぼろげに分かる程度だろう。
「――って、オレは何をやっているんだ!」
脱衣所の光へと身体を正面に向け立っている自分に気づく。恐ろしく変態っぽかった。というか純度の変態だった。きっとポリスマンには檻の中へとご招待されてしまうだろう。その位変態だ。
――ああ、そうだ。こんな時、漫画やアニメの変態チックな主人公はこういう場面で電撃作戦へと移行するのだろう。だが、硬派なオレは断じて違う。そんなことはする訳がない! 紳士だからな。変態という名のではないぞ。大体だ、風呂に入るのだって、湯船を使っていないんだ、オレは。何故ってそりゃあ……悶々とするに決まっているからだ。認めたくはないけれど、アンナは飛びっきりの美人なんだ。学校で《銀のお嬢》なんて言われているだけはある。だから……って何だかよく分からなくなってきたが、とにかく覗くなんてしないぞ。覗いて“バカ〜!”なんて殴られる展開は決してしない。ええ、しないですとも。
そうユヅキは自身に強く言い聞かせ、身体をトイレの扉へと向けた直後。
「きゃああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
という甲高いアンナの悲鳴が風呂場から突如聞こえた。
殆ど何も考えず、目の前にある扉を勢い良く開ける。脱衣所を駆け抜ける間、過る想像はオルトロスの姿。ユヅキは風呂場の扉も開けた。
「おいっ! どうし――」
「急に水になったぁ〜〜〜〜〜〜〜!」
開けた瞬間、まっ裸のアンナがラグビーで通用するようなタックルをユヅキへとかました。予想だにしていなかったユヅキはそのままそのタックルを受け、後ろへと倒され、後頭部を強打する。目の前には一面肌色。後ろは死にそうなまでに痛いけれど、前は良い匂いと共に柔らかい。
――heaven or hell?
そんな格ゲー顔負けのコールが頭に流れた気がした。ユヅキはアンナに押しつぶされながら、ゆっくりと意識を失っていった。際に、ほっぺたを叩かれたのは気のせいだろうと祈りながら――。
――やる気ない、気力ない。それらの塊みたいなものがユヅキなのだとミナトは思っていた。いつも寝ていて、いつも聴力機能を失くしているとてもやる気のない少年。ミナトが“知っている”のはそんな少年だった。
それを自分とショウが呆れながらも注意する。日常だった。比較的よく繰り返される日々。きっと頻度は毎日だろう。
でも最近はちょっと変だ。やっぱりあの夜からだと思う。正確な表現の仕方は分からない。けれどとにかく、今のユヅキとは変化しつつあるように感じた。
ミナトの脳内では、仮想デスクトップが開かれていた。白い花柄のデスクトップに二列ぐらいしかないアイコン群。あまりミナトはヒューマンボードが好みではなかった。どちらかと言えば物質的な物を好む傾向にあった。テレビを見るにしても、本を読むにしても、ゲームをするように身体を動かしたいという様に。けれどそれは高校に上がってからは――いや、目が覚めた時からはそうしないようにした。そうしたいと思う事はきっとそれが自分だからだ。
ミナトはじっと、仮想デスクトップのタスクバーに鎮座するコールアプリケーションをじっと見つめる……とは言っても眼球が動くだけでなく、意識的に。
ダブルクリックをすれば、そこからにゅっと吹き出しが現れ、ウィンドウが形成される。左側に十数人のコールナンバーと共に名前が登録されていて、それをクリックすれば表示されるプロフィール部分の為に右側は空欄になっている。
少し躊躇してから、ミナトは《ユヅキ》の欄をクリックした。すると名前の欄が緑色のカーソルに埋められ、右側にはプロフィールが表示された――が、それは随分に古い情報らしい。最終更新日が3007年と書いてあった。
プロフィール欄にある電話マークまでマウスカーソルを合わせる――がそれをすぐ外すという行為を繰り返していた。
勇気がなかった。本当はあの夜のことを詰問してでも聞き出したい。それは決して好奇心などではなく、ただ純粋にユヅキのことが心配だからだ。
でも、聞けばきっとユヅキからは邪険に見られてしまう。それは、距離が更に遠くなるのを強く感じる為嫌だった。
けれど何もしなくても距離が空いているのも事実だった。絶対に、ユヅキは自分を避けている。そう確信を持ってミナトは言えた。しかし同時に、それは今に始まったことではないとも感じた。
「……はぁ」
溜息を吐く。それでも何も気持ちが変わることがなかった。
自身の凡そ女の子らしくないシンプルな部屋に重なって、デスクトップが浮いている。未だコールリストが開かれたままだ。ユヅキに合わされた緑のカーソル。その下に、ショウの名前がある。
この吐露しようのない気持ちをどうしたらいいのか。今後ユヅキのことを見て見ぬすればいいのか。……自分は、どうすればいいのか。
そんな縋りたい思いでショウの名前欄をクリック、次いで電話マークまでクリックした。それによって、電波が飛ぶようなエフェクトが表示されるようになる。
そのエフェクトを何も考えずに見始めて数分。ショウが出ることはなかった。もしかしたら合宿でとても忙しいのかも知れない。嘆息と共に、ミナトはヒューマンボードの電源を落とした。
丁度その瞬間、下から母親の大声が聞こえた。風呂に入りなさい、だそうだ。その声にこちらも大声で返事してから、着替えを持って一階へと降りていった。
次の日になっても、オルトロスが出現することはなかった。安心したのか残念なのかよく分からないまま、ユヅキはベッドから上半身を起こした。重い毛布を退けて、高く背伸びする。
首を鳴らしながら思う事は、今後夜中にもオルトロスが出現する可能性があるという事。そうだ、オルトロスが出現するのは日が沈んでからだと言っていた。当然深夜の丑三つ時も条件に合致してる。となればある意味ではいつでも出れるようにユヅキは準備しておかなければならない。ユヅキはこのシステムの上では命が掛かっている。仮に出現してめんどくさいなどとは言っていられない状況であった。めんどくさいことに。
更新まではまだ猶予があるし、何よりSPに余裕があるのは有難かった。既に940SPであるなら、余裕は十分にあるということ。
眠い頭で再びめんどくさい現状を咀嚼しながらリビングに行けば、アンナがソファに座りながらうつらうつらとしていた。……ここでふと、昨夜の記憶が曖昧なことに気づく。
昨日はどうやって寝た? 寝る直前にどうしていた? というよりも――何で起きた時の服装が制服だったのだ?
答えは簡単。昨日ユヅキはアンナにノックアウトされたからだ。理不尽なタックルと共に。そしてその後あのままベッドに運ばれたんだろう。
右頬に手をやれば痛い。ちょっと腫れてる。
うむ。ちょっとイラッと来た。いや確かに勝手に入ったことには非は認める。しかしあんな世紀末に上げるような悲鳴を聞いたら無我夢中で飛び出すのが人間てものだろう。ましてや今自分が置かれている状況は特殊だ。あの化物がいつ襲ってくるか分からないようなものなのだから。
ユヅキはずかずかとリビングを歩いて行き、涎を垂らして頭をがくっとソファに寄り掛からせているアンナを睨み見下ろす。実に情けない顔だ。美人の顔が台無しである。どうでも良いけれど。
上から下へとアンナを観察すれば、頭には左右に分ける為の黒い髪留め、銀のハート形のネックレス、ピンクのカーディガン、青いジーンズスカートの下に細い脚にフィットしている膝下までの黒いズボンをはいていた。明らかに外出用の恰好だ。
その姿を前にユヅキは思案する。如何にして昨晩の仕返しをしてやろうかと。……いや、昨日は良い物を拝めたんだろ? と思う無かれ。何にも覚えてないし、見る暇もなくボディブレスを喰らったのだから。
とりあえずマジックで掻き分けた額に、ダーツのようなターゲットマークと共に《発射》と書いておいた。きっとここを押せば大気圏に発射するのだろう。
無駄に達筆に書いた《発射》の文字に一度頷くと、ユヅキは昨晩入り損ねた風呂場へとシャワーを浴びに行った。
髪をバスタオルで拭きながらリビングへと戻ると、有りがたい事に発射ボタンがお早うと出迎えてくれた。テレビでは芸能人がどうしたというニュースが流れていた。
「そんな格好してるけどさ、どっか行くの?」
何ともなしにユヅキは尋ねる。発射ボタンはこちらを向きん〜、と悩む仕草をすると、
「いや、そろそろ食料が切れそうだから買いに行かないとなぁって」
「そ。行ってらっさい」
「ちょっとユヅキ!? キミも行くんだよ!?」
「え〜……めんどくさい」
「ここに住んでるって自覚はあるの?」
「自覚はあるけど行く義理はない。住んでって言われただけだし」
そうユヅキは発射ボタンを見ながら言う。笑いそうだった。
「……はぁ。まあいいや、とりあえず顔洗ってくるよ」
「行ってらっさい」
手をひらひらさせながらアンナを見送り、どさっとソファに座る。タオルで頭をぐしゃぐしゃしながらテレビを見るが、いまいちよく聞こえず面白くなかった。けれど何もする気が起きないのでそのまま見続ける。
そしてふと、さっきのアンナの言葉に気がつく。――顔を洗ってくる?
まずい――そう思ったユヅキの背後には、鬼の仮面――笑顔とも言う――を被ったかのようなアンナが立っていた。
意外と順応能力は高いらしい。そうユヅキは自分で判断した。
けれどそれが悪い方向に働いてしまっている。冷静に、町中歩く中で少しばかりの危惧を覚えてしまった。そう――周りにいるのは《サモナー》なのではないかという。
周りは、ユヅキ以外の参加者にとってはゲーム感覚なのだ。バーチャルリアリティオンライン格闘ゲームとでも称するか。そんなものだから、あまりにも極端な行動は取らないとは思う。人間がおかしな行動を取るというのは、精神的に何かしら追い詰められた時だ。けれど、やはりそれの例外はいるのだ。
今、ユヅキは《モールエリア》を歩いていた。色々な人間がいる。ユヅキの身長の半分もない女の子、ユヅキと同じぐらいの男女のカップル、少し大人びた会社員、買い物袋を提げた中年の主婦。きっと大体の人物が《ヒューマンボード》をオンラインにしているのだろう。そして、どんどん感染していく。
自分が命を賭けて《デュエルサモナー》を演じているからだろうか。その広まっていくゲームというのは、酷く不気味に見えてしまった。
「――どうしたの?」
目の前を固く凝視して歩いていたユヅキは、不意にアンナに顔を覗かれた。その突然の出来事と、顔の近さに面喰いながら咳払いをした。
「何でもない」
「顔色悪い気がするんだけど……」
「何でもないって。まだ買い物終わってないだろ? とっとと行こうぜ」
そう言ってアンナを振り払う様にユヅキは歩いていく。
「あ、待ってよ!」
ぱたぱたと人混みの中、ユヅキの隣に駆け寄る。
「ねえ、もしかして疲れた?」
「そんなことないよ」
ん〜、と指に手を当て、首を傾げると、
「私は疲れたっ。だからコーヒーでも飲み行こう?」
ほら、何て手を握って引っ張ってくる。
いつもならめんどくさいと手を振り払うユヅキだが、言い知れぬ不安に満たされた心の中ではアンナの存在が非常に有難かった。朗らかに笑うアンナの顔に苦笑と共に溜息を吐いて、その身を任せて歩いていく。
と、人混みの間から不意に、前方から見知った顔が見えた。長い茶髪を靡かせて。ユヅキは思わず立ち止まってしまう。
何だかひどく驚いているじゃないか。いやそれも当然か。何せ学校で噂の同居生活カップルが笑いながら手を握っているのだから――。
「ユヅキ、くん……? に……銀鏡先輩?」
「ミ、ミナト……」
ミナトの視線はユヅキの顔、アンナの顔、繋がれた手、再びアンナの顔で停止した。
何となく。何となく、ミナトがアンナへと向ける目に、ユヅキは嫌な予感というものを感じ取った。
そして気づけば、ユヅキは二人の間に座ることとなってしまった。いや、気の持ちようでは挟まれているのは誰でもそうなのだ。着いているテーブルは円上で、三人それを囲んで座っているのだから。
何故こうなってしまったのか、アンナのまるで可愛いものを見て笑っているような目を、ミナトが正面から真剣に見返しているこの光景を前に、ユヅキは記憶を反芻する。
確かミナトはアンナに目を向けていた筈だ。丁度今目の前にあるように少なくとも好意的とは見えない目で。その目を見て、何を思ったかアンナは満面の笑みでミナトの手もがっちりと握り、そのまま二人をコーヒーショップへと連行。警察顔負けの行動力で即座にテーブルに着かされ、流されるまま注文を頼み、現在に至る。
「んふふ〜……」
「……」
さっきからアンナは肩肘をつきながらずぅっとミナトの顔を見ていた。笑顔で、ミナトの表情など意に介さず。それを見るユヅキには、何だかアンナの心の声が聞こえてくるような気がした。
周りはカップルだらけで甘い雰囲気だというのに、何だかここのテーブルだけ殺伐としている、というかギクシャクしている。ぴりぴりと肌に電撃を感じなくもない。
「あの……」
「うん? なーに、ミナトちゃん」
「な、何でボクの名前を」
「んー、可愛い女の子の名前は全部インプットされてるんだぁ……私は」
少し顔を引きつかせながら、そうですか何ていうミナト。
明らかに引いている。というより、何だか蛇に睨まれたハムスターというか。心なしかミナトの身体がアンナから遠ざかっている気がした。どうやらアンナの心中を察したらしい。
不意にすっく、と立ち上がったアンナはそのままミナトの傍へと歩いていく。その突然の出来事にミナトは肩を震わした。アンナはミナトが向ける視線を受けながら、背後に立つと、
「ん〜〜〜〜〜可愛い!」
「な――」
不意に抱きついた。重なる驚く声はユヅキとミナトのもの。
「え、あの、ちょ」
「んふふ〜……良い匂いがするぅ〜」
鎖骨辺りにアンナは両手を回すと髪に顔を埋め始めた。
「肌もすべすべだぁ〜」
そのまま頬を自分の頬に擦りつけ――。
「おっぱいもおっきいねぇ……」
「ひゃわぁ!?」
思わずユヅキは吹き出してしまった。
アンナの細くて綺麗な指が、ミナトのカーブを描いている胸をつついていた――それが直ぐに包むようになっていた。ユヅキの目は自分の意思とは裏腹に、目の前に繰り広げられる光景へと釘付けになってしまう。
「ちょっと、先輩、くすぐったいですよ!」
「んふふ〜」
いかん、とユヅキは思った。このままでは何だか男として危ない気がする。色々な意味で。何とは言わない。
「あ、じゃあオレ、トイレ行って来るわ」
ごゆっくりぃ〜と囁きながらユヅキは席を立つ。ミナトの助けを求める上ずったような声が聞こえた気がするが、南無三と心中で合掌しつつトイレへと足を進めていった。
別に足したくもない用を無理やり足して、いつもは気にしない癖に鏡で自分の髪型や自分の肌を吟味して約五分程。流石にもう終わっただろと思いユヅキは男子トイレの出口を開けた。大体あのまま居たら周りから好奇な目で見られっぱなしだ。
テーブルに戻れば、既にミナトの姿はなく、目を瞑ってコーヒーを飲んでいるアンナしかいなかった。そのコーヒーはミルクが大量に入ってるようで、もはやベージュ色になっていた。
「ミナトは?」
聞きながらユヅキは椅子に座った。
「ん、帰ったよ。何か用事あるんだって」
それは絶対に嘘だ。そう思いながら殆ど呑まれていないミナトのコーヒーカップを見て思った。
かちゃり、とコーヒーを置くと、宝石の様な瞳をアンナは向けてきた。
「ユヅキ……大丈夫だよ。昼間は、というより人目があれば安全だから」
「え……?」
「キミは何処かにいる《サモナー》相手に恐怖した。……違う?」
違わなかった。その通りだった。けれどそれを素直に口に出すことは躊躇われた。
「まあ、そうじゃなくても良いけど……とにかく、昼間人目があれば安心して良いよ」
「……どうしてそう言い切れる? いきなり襲ってくる可能性があるじゃないか。レベルが下の《サモナー》からは戦闘を拒否できないんだろ?」
その言葉にアンナは苦笑した。何故苦笑するのか、ユヅキには理解出来なかった。
「忘れてない? ユヅキはまだ《LEVEL1》だよ?」
下なんている訳ないよ、なんて微笑みながらアンナは言ってきた。先程の笑顔とは全く違う、大人の、包容力のあるような優しい笑顔。
ユヅキはアンナの言葉に口が空くのを止められなかった。そうだ、そうなのだ……自分はまだ《LEVEL1》、最底辺なのだ。
「それにね、ユヅキのレベルに関係なしに、昼間襲うってことは――まあ、そりゃ絶対とは言えないけど、ほぼ絶対大丈夫だよ」
「なんでさ」
「《デュエルサモナー》で構成された自警団がいるからね」
「自警、団?」
「《ヴィジランスガーディアン》。通称《ガーディアン》。彼らがいる限り、《サモナー》達は不当デュエルを起こそうなんてそうそう思わない」
「警察か」
「そうだね。ちなみに構成されるメンバーはトップ10の内五人が所属してるよ」
五人!? そりゃ……強そうだなぁ……誰も勝てそうにない。
「ちなみに《デュエル》は複数戦闘になる場合は必ずチームで同人数同士で別れて行うのが原則なんだ。それを破れば即座に《ガーディアン》達が飛んでくる。そして、死なない程度に《不当デュエル》を仕掛けてくる」
その光景はもはやユヅキには想像できなかった。《LEVEL2》の《スキルサモナー》である《アギトストライク》でさえ、あんなに恐ろしい代物なのだ。それをトップ10の連中の実力なんて計り知れない。
「……ん? 今思ったんだけど《LEVEL》の上限って幾つだ? まさか……100とか?」
「上限は、13だね」
13……確かランキングを見た時には《LEVEL13》に到達していたのは5人くらいだった筈だ。
「じゃあ、その《ガーディアン》の中には何人の《LEVEL13》がいる?」
「4人」
そうアンナは端的に答えた。
その瞬間に、周りの雑多な音が聞こえなくなるぐらいに、ユヅキは衝撃を受けた。
「それは……おっかねえ」
でしょう、と言ってアンナはコーヒーを飲む。
「でもさ、何で分かるんだ? 《不当デュエル》が行われてるって」
ユヅキの言葉にアンナは少し考えるように顎に指を当てた。
「彼らは複数のアプリケーションを利用してそういう風にしてるんだよ。まあそれは、後々ユヅキも手に入るようになるよ」
「レベルが足りない?」
「そういうこと」
最後にコーヒーを全部飲みほしてアンナはそう言った。それに倣い、ユヅキもコーヒーをブラックのまま飲み干すと、店を出た。
あとは特に何も無く買い物をしただけだ。お金持ち何だからどこか妙な店に行って高級な食材でも買うのかと思ったら全然違った。店内からのタイムセール開催の放送に食いつくぐらいに普通だった。お陰でユヅキの両手に持たされる袋は大きいものとなった。