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ver1.00-感染ウイルス

時々出てくるコンピューター用語は後書き等のスペースを利用して解説していきたいと思います。


感想等下さると嬉しい限りです。評価欄だけではなくともメッセージなどでも。辛口評価、誤字報告とか、もう是非是非送ってください。大喜びさせて頂きます。


それでは、楽しんで下さることを祈って――。

 ――眠い。

 そう思いながら瞼を擦るが一向に眠気が覚める気配がない。手の甲を抓る? そんなものはとうに試した。不思議だよな、生命の危機である筈の痛みよりも眠気が勝ってるってことなんだぜ。これって何かの陰謀じゃないの。教えて、エロい人。……とかふざけたこと思っていても眠いものは眠い。頭を働かしていれば眠気が覚める、なんてのは嘘だね、ソースは俺。

 遊月ユヅキは教師が熱弁する中、一人船を漕いでいた。周りはテスト前だと言う事もあり、いつもは完全に突っ伏して寝ているような生徒も真面目に顔を上げて聴いている。だっていうのに、ユヅキは別だった。ユヅキは、学校の勉強なんか役に立たないジャン、と未だに言っているような高校2年生なのである。しかし、次の日がテストなのにこの態度はそういう次元ではない。結局睡魔への抵抗を完全に諦めた思考の中で、ユヅキはぼんやりと考える。どんだけの生徒が記憶媒体を起動しないで真面目に聴いてるのかねぇ、と。

 そして気づけば、授業は既に終わっていた。


「ふあ〜ぁ……」


 周りが教科書を机に仕舞っている中、顔に服の折り痕を残しながら大きく口を開けてユヅキは欠伸をした。自分でも馬鹿っぽいな、とは思うが眠いものは眠いので仕方がない。欠伸は脳が酸素を欲している救難信号であり救助活動なんだ。抵抗してしまったら死んでしまう死んでしまう、脳が。酸素足りなくて。

 ユヅキはそのまま、三度目の欠伸をした。眠、眠……と口をもごもご動かしてもう一度寝る。

 確か次も移動教室ではない筈だ。流石に移動教室なのに教室に残ってガン寝などは厳ついというものだが、まあ……始業前に寝てるなら自然だ。大丈夫。オールオッケーである。

 そういうことでグッバイ教室。ハロー夢。精々都合の良い状況を作り出してくれよ――と、ユヅキの意識が停止しかけたその瞬間。ユヅキの耳には甲高い笑い声が入り込んで来た。

 煩いなぁ……と心の中で呟くと共に、口で小さく呟いた。


「――《ヒアリングシステム》、オールミュート」


 その瞬間に、ユヅキを包む騒音は一切合切消滅した。まるで誰もいない世界のように静かな世界。これでこそ眠る態勢ってもんだ、とユヅキは自分勝手に頷く。

 大体授業なんて要らないんだよ、《ヒューマンボード》があれば――。

 ――そう、《ヒューマンボード》。3010年現在まで、恐らくこの人類史上で最も崇高な発明だろう。嘗て主流であった、今では最早《オールドインフォメーションデバイス》、古代文明機器であるパーソナルコンピューターのマザーボードの超高性能化、超小型化に成功したその後は、人類そのものへと移植したのだ。元々、生き物の神経を通っている情報は電気信号情報であり、コンピュータ機器と非常に似ているものだった。だから理論上はいつでも移植は可能であったが、危険性が大きかったため見送り。しかしそんな状況にも終止符が打たれたと言うことだ。既にこの国では、いや恐らく世界の主要国家は《ヒューマンボード》の生誕時の移植が義務付けられている筈だ。

 《ヒューマンボード》を端的に表すのならば、それは“頭の中にPC”があると言う事。……今では頭の中で何でも出来るのだ。まさに、かつてのパソコンがあるというのと同義なのだから。……別に、現代ではパソコンが完全に廃れていると言う訳ではない。《オールドインフォメーションデバイス》とは言ったものの、現在では普及当初とは本当に比べ物にならないぐらい発達している。けれど、《ヒューマンボード》を既に持っている人間にとっては大半の人にはそんなものは必要ない。《ヒューマンボード》がある自分の頭だけで事足りてしまうのだから。パソコンを必要としているのは大企業や、一部のマニアだけだろう。

 夢も自由に見れるようになればいいのに……なんてもごもごユヅキが考えてる最中、


「――でっ!」


 突然の頭部の衝撃に舌を噛みそうになる。電子的な衝撃ではなく前時代的な物理的な衝撃。まあ、簡単に言えば、拳骨で殴られたらしい。涙で滲む視界の端に握られた無骨な拳が見えるからだ。

 ユヅキは顔を上げ、拳の持ち主である初老の男性教諭を見る。何やらべちゃくちゃと口を動かしていた。とんでもなく絵面しては煩いことこの上ないのだが、如何せん何も聞こえない。

 ふざけてるのか? それともあれか、居眠りした生徒に悪戯しようっていう魂胆か?

 そう思いユヅキは頭を左右に振っても皆呆れたように溜息を吐いていたり、口を押さえて笑っているだけ。二、三席斜めに離れた黒髪短髪日焼けの男子生徒が、何やら耳を人差し指で必死に何度も差していた。

 ……そんなにばっちい耳なのだろうか。……どうやら違うらしい。耳、耳――ああ!


「――《ヒアリングシステム》、オールリリース」


 その声と共に、何事もなかったかのように、徐々に騒音が舞い戻って来た。笑い声とひそひそ声、机を叩く音。

 ……何ともまあ、雑多な世界だろう。こんなんじゃさっきの無音の世界の方が幾らか居心地良いってもんだ。何だってこんな耳になだれ込んでくる音だけで疲労を重ねなくてはいけないんだ。何もしなくても疲れるなんて、そんなのめんどくさいの極まりじゃない――いてえ!

 と、頭を押さえながらユヅキが顔を上げれば初老の男性教諭。

 ――まだ居たんすね。めんどくさすぎて忘れてました。

 みたいな顔をしていると、ユヅキはもう一度殴られる。モスキート音でもなく特定《ヒューマンボード》に流す大音量ボイスでもなければ、あくまで生身の拳骨。まあ、年寄りにはアナログの方がいいんだろうさ、なんて勝手に優越感に浸りながら、去っていく背中を見送る。


「……はあ」


 溜息を吐きながら、久々に起きたままチャイムを聞く。大体だ、授業なんてものは記憶媒体メモリーに保存できるんだから意味ないだろ。どうせみんな聞かないんだ。意識とは関係なしに音声を録音できる外付けの聴力アプリ、それをメモリに保存するだけで授業は聞いたことになる。後はテストの直前に一夜漬けでもすれば大丈夫だろう。……まあ、アプリの使用がばれたら停学ものだけどね。

 悪態を吐くユヅキは、アプリを起動してはいない。つまりは、素で聞いてない。けれど不安なんて気持ちは全くない。何故なら、ユヅキの将来の夢は。


「ニートだからね」


「あ? お前……何言ってんの?」


「ああ、ごめん。独り言。気にしないで」


 ユヅキはまたも机に突っ伏してしまう。その姿に隣に立った男子生徒――水澤ミズサワショウは、紺色のブレザーの腰に手を当て溜息を吐いた。

 どうせまたか、とか思ってるんだろう。ああ、そうだよ。どうせこんなキャラさ。起きてる時はゲームしてるか飯食べてるかしかしないんだ。学校なんてめんどくさいだけ。だって、意味無いじゃないか。今必死に学んだって将来は頭に植え付けられた《ヒューマンボード》に頼る日々。どうせ使わない知識を入れたって、意味無いじゃないか。


「お前、またネガティブなこと考えてるだろ?」


「良いんだよ、オレはもう存在自体がネガティブなんだ……」


 またも溜息を吐いたショウの姿はまさしくユヅキと真逆と言えた。黒髪の短髪に爽やかな顔立ちに健康的な日焼け。硬式テニス部で良い成績を残しているショウとユヅキではそれこそ月とすっぽん。ショウに対するユヅキは帰宅部であり、帰った瞬間には脳内のボードの仮想電源へと指が伸びているような人間なのだ。家に帰ればベッドで脳内サーフィン。3010年、今流行りの引き籠り究極体になりつつあると言う事だ。

 ……そんなことは分かってるんだよ。でも、《ヒューマンボード》があれば本当に動かなくていいんだからしょうがない。そして有難い。後はトイレの問題さえ解決出来れば……。


「ユヅキ、今日のニュース見たか?」


 思考の海に流されようとしたユヅキを、ショウはその一言で引き寄せた。


「んん? ニュース……何の? ……ああ、もしかして行方不明の」


「そうだ。流石にボードで四六時中ネットしてるだけ、知ってるか」


「いや……今日のやつは知らない……」


 はあ!? とショウは驚く。何もそこまで驚かなくても良いと思う。オレという人間を分かっているのだから。基本的に興味のないことは見聞きすらしない主義なんだ。ニュースなんてそんなもの、大人が見ればいいじゃないか。選挙権のないガキにとっては必要がないんだよ。

 そうユヅキは自分勝手に思い、溜息を吐いた。


「自分の街で起きてんだからさあ……ほら、開けよ」


 “開け”――。そう言ってショウは頭を突く。その意図をユヅキは察し、


「……はい、《オンライン》にしたよ」


「了解。今送る……」


 そう言ってショウは目を瞑った。

 ……そう、これが人間間の間接通信だ。頭に植え込まれた《ヒューマンボード》のワイヤレスシステムをオンにすれば、それでボードは世界と繋がったことになる。やれることはパソコンと同じ。ネット回線に繋げたり、今みたいにファイルを交換したり。ただしIPアドレスをこまめに登録したりと基本的に個人でのセキュリティのレベルでさえ上げている現在では、ユヅキやショウのように親しい間柄でなければ、直接通信を行うことは通常有り得ない。


「……送ったぞ」


「うい」


 ぴこーん、という弱々しい電子音が頭に響くのを確認して、ユヅキは脳内の指を動かす。基本的に思考のみで“ファイルを開く”等の行動は行えるのだが、やはり映像はあった方がやりやすい。だから大抵の場合は脳内に仮想のデスクトップを構築して、仮想のマウスカーソルで色々なアイコンを選び作業に移ることが主。まして、ショウから送られてきたものは《X3HTML》だろう。だったら脳にイメージなしで情報のみが“まるで予め知っていた”かのように頭に入り込むよう、《ヒューマンボード》という外部メモリからストリーミングするのも良いが、それでは人間の生命としての脳味噌には記録されないし、味気ないにも程がある。幾らめんどくさがり屋のユヅキでもそれはしなかった。だから、脳内デスクトップに送られてきた《X3HTML》ファイルを開き、表示した。

 表れたのは何やら公式のサイトではなく個人のサイトの一ページ。生徒間で少し噂の、都市伝説の様なマスコミが馬鹿馬鹿しくて取り上げない事件を数多く取り扱っているサイト――の、とある一ページ。そこには、ずらずらーっと長い文面が記されていた。大体、横30文字の縦10行だろうか。


「うへ〜……読むのめんどい……」


「そんぐらい読め、バカたれ」


 ――要約すると、またもユヅキの住む街から行方不明者が出たということ。これで十人目だとか。……とは言え、街の人口が多いため、高々その人数では驚かないのが現状。街、というか世界そのものの人口が桁違いに多い。前に歴史の授業で2000年の人口の数を見たけれど、少なすぎてユヅキは驚いた。

 もはや、今の医術では癌以外に治らない病気はないほどで、かつ延命処置もかなり効率が良いらしく、中々人が減らない。その上、《ヒューマンボード》のお陰で子育てに無理がなく、中々出生率が高いのもその一端。今では30階建の“地下”低層マンションが沈み並ぶのを“団地”と呼ばれている。……そんな現状。


「……大したことなくない?」


「いや、お前……そういう問題じゃ……まあ、ユルヅキに言っても仕方がないか」


 ユルヅキ。いつの間にかユヅキが付けられた渾名である。一応由来は“ユルイ”と“ユヅキ”らしいが……そのセンスはどうかと思う。

 まあそれは兎も角、総人口比と比べれば微々たるものだ。今、もはや“市”の単位で人口を百万以上の値を叩きだしているいるんだ。たかだか十人位……そのぐらいならいなくなるだろう。その、家出とかそう言うので。めんどくさいのでそんなのは一切したくないが。

 そんなこんなで、街を歩く人口というのが果てしなく多く、対する土地が不足していることになる。それを解決したのが、世界二階建計画――とでも言うべきか。正式名称は現代社会の時間に聞いたけど忘れた。正直どうでもいい。とにかく重要なことはほぼ全世界が二階建になっていると言う事。単純に土地が上にもあり、エレベーターで昇るようなものと考えて問題ない。ただし、下の階から空が見えるように配慮はしてあるので、そこら辺は通常の建物の二階建とは少々異なる。……大まかに分離すれば、上階が職業関連。オフィス街や教育施設、公共施設が連なっている階層。下階が住居施設。地下に伸びているのだから当然と言えば当然なのだが。それに、上階にも住む場所がないわけではない。ただ、当然都会の為、金が高い。凡そユヅキなど一般人に届く生活水準ではないのだ。


「じゃあお前でも興味を引くような話をしてやろう」


「……? 何」


「それはな……行方不明者はウイルス感染したっていう噂が流れてるんだよ!」


「……何百年前の映画のネタだよ、それ」


 そう、それは数百年前の映画のネタだ。《ヒューマンボード》が開発され、ある程度普及されてから流行ったサスペンス物のネタだ。まあ逆に、流行ったのが昔すぎて今知っている若者は少ないと言う事だ。

 ユヅキはまた腕を組んで寝に入ろうとする――が、めんどくさいことにショウは必死に引き留めようとした。


「いやいや、その後がまた怖いんだって! ……いいか。感染した人間はな、そのウイルスに――」


「――操られて何処かへ消えてしまうって? それは外国の妖精の逸話だね。勘弁してくれ。ごちゃごちゃになってるだけじゃないか」


 そう言うとショウは唇を少し尖らせた。断言しよう。男がそんなことをやってもなんとも思わない。加えて長身短髪体育会系爽やか日焼け男だ。そんな仕草が似合う筈がない。……というか、何でユヅキとショウが友達やってるのかが、ユヅキ自身にもよく分からない。ギャップが激し過ぎて。

 似合わない仕草を未だ携えながら、ショウは言う。


「……ユヅキが詳し過ぎるんだよ、そういうの。何で数百年前に流行ってた映画の内容知ってるんだよ」


「いや……体育祭の日、暇だったからトイレの中でずっと観ててさ……あれ? どうしたの? ショウ?」


「何……お前の将来を心配しただけだ」


「大丈夫。ちゃんとニートになるから」


 その言葉にショウが盛大な溜息を吐くとほぼ同時に、始業を知らせるチャイムが鳴った。


 下校時刻になれば、水を得た魚のように帰るのがユヅキの日常だ。それは別に走って帰るとかではなく、ただ単にHRの挨拶を終えた途端に鞄を持って立ち去ると言う事だ。その度に清々する学園生活に一時のさよならを送る。

 早く帰りたい理由は言うまでもない。とっとと家に帰り、ベッドの上でネットへと身を興じたいのだ。特に、最近は体感型VRFPS《A.U.R.A.》に深くハマっていて、気づけば深夜という事がざらだった。そして、それに無理はない話だった。脳に植え付けられた《ヒューマンボード》にゲームをインストールし、感覚に痛覚以外の全てをフィードするシステムを起用した超究極なバーチャルゲーム。ハマらないわけがない。流行らない訳がない。あの銃声、あの硝煙、あの爆炎――。全てがユヅキの目と、耳と、肌を震わすのだ。下校途中の今でさえ、早くゲームを起動したくてうずうずしているほど。

 何故、家に帰ってからでないとやらないのか。その理由は単純で、ゲームの最中は五感全てをゲーム内に放り投げてしまうからだ。お陰で体は放置状態。身体に衝撃や騒音が与えられたり、空腹、便意などが起こらないとゲームは終了しない。一見すぐに解除されるように思えなくもないが、危険なのは見てとれる。仮に強盗が入っていてナイフを突き立てられていても気付きやしないのだから。それのお陰で、ゲームの廃止を望む声が上がっているが、恐らく需要が高すぎて通ることはないだろう。……まあそれに、今の世の中、防犯セキュリティというものは恐ろしく発達していて、不審な人物が家に侵入できる余地などは皆無に等しいのだが。

 それでも放置状態の身体が安心できる場所以外にあるのは頂けない。だから、ユヅキは家に着くまで我慢する。

 綺麗に整備されたプラスチックだか金属だかいまいち判別しにくい道路をユヅキは歩く。数分歩けば、大きな白い筒状のものが見えた。昇降エレベーターである。あれに数百人単位で搭乗し、まるで電車のように下階へ降りる。当然、その逆もある訳だが、今は学園から家へと向かう為下降のみ。

 上階と下階との標高差は実に三百メートル近くあり、そうなると当然酸素濃度なんかも変わってくるのだが、そこはもう現在の技術で何とでもなっていた。恐ろしい科学技術なのだろうが、生まれた時から全て存在していたユヅキにとっては当たり前のことだった。

 まるで講義室のように椅子が並べられているエレベーターの中、ユヅキは一人椅子に腰掛け、備え付けられているシートベルトを着用する。それとほぼ同時に、エレベーターの筒状の自動ドアが閉鎖した。それから、乗客が全員余裕を持って着席する時間を設ける為に、約三分ほどの時を待たなくてはならない。

 呆――とユヅキが考えることは《A.U.R.A.》――通称アウラのこと。主に戦略を立てていく。まずは武器の選択から。リアルに作られている為、アサルトライフル、サブマシンガンなどという大雑把な分け方ではなく、シングルアクション、ポンプアップ式、口径、弾丸の種類までありとあらゆるものが選べる。そしてそれらは超高度なリアル物理計算を行われている為、風向きや重力などを計算して飛んでいく。だから、全世界の人間が燃えるという訳だ。めんどくさがりなユヅキも、これだけはやめられない。


「――あぶね。オンラインだった」


 そこで、《ヒューマンボード》がオンライン状態になっていることに気づき、慌てて仮想カーソルでオフラインへと切り替えた。

 ユヅキは基本的に、野外でオンラインはしない。それは何故かというと、現在の主流はワイヤレスである電波回線であり、ということは通信媒体は空気なのだ。そうなるとウイルスが入り込んでくるのを防ぐセキュリティを何処に置くかという問題になるのだが、それはやはりとりあえずは《ヒューマンボード》に極めて近しい位置でということになる。当然、それだけでは不安だ。だからもう一つクッションを置く。そのクッションの位置が建物なのである。現在では特殊な技巧が建造物に施されていて、回線を受け持つルーターのようなものとなっている。だから、雨水から体を家が守るように、電波の面でも家は守っていることになる。

 これらから、屋外でオンラインをしつづけるということはセキュリティが一つばかり少ないと言う事になる。それは自分の脳に埋めているだけ、ユヅキにとってはとても不安だ。ただやはり、そんな代物だから《ヒューマンボード》は恐ろしいほどに厳重なセキュリティが掛かっているのだが。それこそ、クラッカーなんてものは最早根絶やしにされたのではないのか、というレベル。とにかく、それだけ恐ろしいセキュリティが《ヒューマンボード》に掛かっている。

 だから、結構オンラインのまま動きまわる人は多い。それだけ安心出来るシステムなのだが……万が一にも面倒なことに関わりたくないという一心で、オンラインで野外を歩くと言う行為は、ユヅキはしていなかった。

 ぴんぽ〜ん、という軽快な電子音と、お気をつけてお降り下さい、という女性の録音されたアナウンスがエレベーター内に響いた。それを聞き届けながらユヅキはシートベルトを外していく。

 まだ時刻は四時を過ぎたばかりで、歩く人の殆どは学生や主婦で埋め尽くされていた。立ち話をしている主婦の間を縫って、ユヅキは自宅へと向かっていく。

 今時有り得ない木造“風”建築のボロアパート。レトロな風貌が流行るとか言われて建てられたこの集合住宅は、結局は底辺アパートへと成り下がってしまった。ぎいぎい煩い扉を両手で開けて何とか身体を滑り込ませる。そのままベッドへと体を放り投げ、仮想マウスカーソルでアウラのアイコンを押そうとするが。


「……あ、手、洗ってないや」


 ……まあ、良いか。

 ユヅキはそのまま、VRFPSアウラへと精神を埋没させていく。


 ――恐らく、数時間後。


「う、お〜……腹減った」


 腹から蟲の大合唱が聞こえる。虫じゃなく蟲だ。もうそんぐらいいる気がする。それも重低音で鳴きしゃくるやつ。

 なんて事を考えている間にもぐぎゅるるるる〜、なんていう音が腹に響く。

 仮想デスクトップを切る際に見た時刻は既に十時を回っていた。家に着いてアウラを始めたのが大体四時半ちょい過ぎだから……おおっと、既に五時間以上もやってるじゃないか。当然夕飯など抜きで。流石に育ち盛りの身には死にそうってもんだ。けれど一々料理を作る気などは起きない。カップラーメンで良いや。

 ユヅキはそう思いながらどっこいしょ、と立ち上がる。

 テーブルの上に、お湯が入ったカップラーメンが一個鎮座している。それを男一人が座って待っているのはとても惨めな姿だった。

 ふと、三分の暇つぶしに《ヒューマンボード》でゲームでもしようと仮想カーソルを動かしかけるが、前にそれで滅茶苦茶に麺が伸び切ってしまったという苦い思い出があった為、それは堪えた。

 ズルズルと麺を啜って完食し、さあ何をしようかと思考は途中の筈なのに、既に仮想デスクトップが起動されていていて、アウラのアイコンがクリックされていた。

 ユヅキは溜息を吐き、自分の馬鹿さ加減に呆れつつもまたゲームへと没頭していった――。

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