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五話:エルムヴァニアと呪いの行方

 どんっ、と机が揺れた。

 パトリシアは書庫室の机に積まれたその資料の多さに、「ひゃっ」と声を出してしまう。


「これで全てです」

 グレースが数多くの呪いに関する資料を集め、パトリシアの前に積み重ねてくれたのだが、全てに目を通すのは一週間あっても足りない数だった。

 朝食を終えたパトリシアは、グレースに頼み、呪いに関する知識を深めたいと、書庫の資料を集めて貰ったのだ。


「こ、こんなにあるんですね」

「我が国も、それだけ王子の呪いに対して必死に解呪方法を探しているのです」

 ヘクトールの呪いを解くための方法を探すため、異国の書物を翻訳した資料もあるようだ。

 元より、エルムヴァニアには黒魔術教団が蔓延っていたこともあり、呪術に体する書物は多いし、海外貿易も盛んな土地柄、様々な異国の本を入手しやすいのだろう。


 パトリシアは積み重なる書物に、少しひるんだものの、王子の呪いのことをしっかりと知っておきたくて、気合いを入れた。

 一冊手に取り、呪いとはそもそもどういうものなのかということから、知識を仕入れていく。


「……呪いは……、基本的には強い恨みや嫉妬、怒りなんかの負の感情を、誰かにぶつけ、不幸にさせるものですね」

「そうですね。それはどの国の書物を見ても共通しているように思えます」

 グレースも、パトリシアと共に、呪術の本を見ながら作業を手伝ってくれた。


「あら……この書物は……?」

「それは遠い東の国の書物ですね」

 陰陽道と名付けられているその書物は、明らかにエルムヴァニアにはない文化で作られたものだった。もちろん、ファウンティア国ともかけ離れた雰囲気がある。

 翻訳は済んでいるらしく、翻訳済みの資料を読んでいくと、この陰陽道という術法も、呪いと似ていた。


「人の念、精神や想いを力にして、対象に呪いを与えるのですね」

「……パトリシア様は、そういういったものを、どこまで信じておられますか?」

「……? どこまで?」


 グレースはパトリシアへと理知的な目を向けていた。

 パトリシアは、グレースのその言葉の意味がいまいち分からなくて、首をかしげた。


「エルムヴァニアが、黒魔術教団との大きな戦になったことは存じておられると思いますが、その原因は何であったかはいかがでしょうか?」

「あ……、それは、現国王の啓蒙思想に対し、教団が反論し、治安を乱し始めたことから、ですね?」

 エルムヴァニアに嫁ぐことが決まってから、国のことを調べ学習したので、戦の原因は知っている。

 エルムヴァニア国王……、すなわちヘクトールの父が、啓蒙主義を掲げ、国に多くの学士や学校の建設などを始めたことで、それを快く思わない集団が、国の各地で治安を乱した。

 やがて、それは国中を巻き込んだ戦になり、多くの傷跡を残しながらも、今、こうして平和を取り戻したのだ。


「お見それしました、パトリシア様。その通りです。エルムヴァニアは今、改革の時代が訪れています」

「改革……」

「我が国は、大陸の玄関口ということもあり、他国の様々知識を技術交換で獲得しています。その結果、国王はこの世の仕組みに関する知識を深めることを推奨するようになりました」

「この世の仕組み……それが啓蒙思想なのですね」

「はい。しかしそれは、呪いや悪魔、霊的なる存在の否定にもつながる主張を生み出しています」

「……なるほど、グレースの言いたいこと、よく分かりました。知識を得れば得るほど、呪いや霊障などはあり得ないと考えるようになるということなのですね?」

 グレースは、パトリシアの飲み込みの良さに、少し驚いたような顔をしたが、静かに頷き、言葉を続けた。


「エルムヴァニアは、呪いなどはあり得ない、という考え方を広めつつあるのです。そんな中、国の王子が呪われたとあれば、それは新たな邪教の火種になりかねないのです」

「……だから、王子の呪いは他言無用……」

「はい。実際、あの王子の姿を見ると、呪いは存在しますし、魔法や悪魔、精霊なども存在しうると思わざるを得ません」


 グレースの言葉は尤もだ。現在エルムヴァニアが啓蒙主義を掲げ、世界の仕組みを開明しようとしても、呪いは事実存在している。

 それに、まだまだ解明できない奇妙な出来事は存在する以上、魔術教団は完全に無くなったわけでもない。


「呪いは、実在する……。私はそう思っています。パトリシア様はどう考えておりますか?」

「私も……ヘクトール様を間近で見た以上、呪いが存在することは認めるしかないと思います」

「……だとしたら、国王のお考えをどう思いますか?」

「えっ……?」


 グレースは切れ長の目をパトリシアを射貫くみたいに向けていた。

 確かに、この考えは啓蒙主義を否定する考えにもつながる。黒魔術教団よりの思想になっているのだから。


「疑心暗鬼に陥ってしまいますね。ですから……危険なのです」

「戸惑いが、争いにつながるのですね」

「すみません。このような話を……。ですが……私も戦争を見てきたので、どうしてもパトリシア様にはお伝えしたくて……」


 グレースは少し硬い声をしていた。

 パトリシアは、小さく頷いてグレースに、ありがとうと返した。

 他国から嫁いできた姫に、これからこの国の王の妃として自覚を得て貰うためにも、それは知っておいて貰わなくてはならないことだった。

 それを、グレースはこの機会に、教えてくれたのかもしれない。

 改革の時代と評したグレースの言葉通り、まだまだこれから国は大きく変わっていくことだろう。

 きっとそれをするのが、ヘクトールなのだ。

 この国の未来を背負う王子の妻として、パトリシアもしっかりとした信念を持っているべきだ。


「……あら?」


 ふと、パトリシアは手元の資料の一文に興味を引かれた。

 東の国の古い書物に、こんな言葉が書いてあったのだ。


「人を呪わば穴二つ……?」


 どういう意味なのだろうと、パトリシアはその視聴をしっかりと読み解いていく。

 どうやら、先ほどの陰陽道の話につながっているらしく、人に呪いをかけるとき、相手も呪い返してくることから、呪いをかけると、墓穴が二つ必要になるぞという意味のようだ。


 怨念を送れば、送られた相手を殺害できるかもしれないが、その呪われた相手も、呪った相手に対し、殺意を返すだろう。

 それは醜い負の連鎖だ。おそらく、これは教訓のような言葉なのかもしれない。

 相手を恨んでも、自分に痛い目が返ってくる……。

 エルムヴァニアの戦争のように……。


 荒んだ心は、相手と自分を傷つけるのだろう。


 ヘクトールは呪いをかけられた……。

 だったら、呪いをかけた存在が居て、その者にも、呪いが発生しているのかもしれない。

 いや、それとも逆だろうか?

 エルムヴァニアが、教団を攻撃したことから、怨念が教団に向けられ、その呪いが教団から王国に返っていった……。

 結果、エルムヴァニアの王子に、こんな奇妙な呪いがかかった……とかだ。


 まさしく負の連鎖……。

 何かを呪えば悪意は広がり続けるばかり――。


「ふう……」

 考えるだけでも、気分が滅入ってしまう。エルムヴァニア王がやつれていたのも頷けるというものだ。

 だが、パトリシアにとって、まだまだ呪いの勉強ははじまったばかりだ。

 なんとか少しでも力になりたい。王子の呪いを消してあげたい。

 そう思うから、パトリシアは更なる資料に手を伸ばした。

 呪いの解き方の調査資料の数々だ。


 これも大量にある。

 呪いをかけた者を殺害するだとか、誰か身代わりを用意して呪いを擦り付けるとか、怨念の浄化のため呪いの原因となった者の怒りを静める、などなど。


「殺害とか身代わりだとか、あまり良い気がしませんね……」

「そもそも王子の呪いの場合、呪いをかけた者が何者なのかも分かっていないので、解呪方法に困っているのです」

 国の調査隊が呪いをかけた呪術師を探しているものの、引っ捕らえた魔術師教団の中には誰も王子に呪いをかけた者が見当たらなかったのだとか。


「エルムヴァニアの呪術調査隊の方にも、お会いしてみたいですね」

「調査隊長ならば、城におりますので、後ほどお会いになりますか?」

「そうですね……。王子があと、どのくらいで消えてしまうのか……呪術を研究されている方なら、分かるのでしょうか……」

 パトリシアは王子が消えてしまうことを考えると、心苦しくなって、声が沈んでしまった。

 もし……、王子の消滅までの期日が残っていないのなら……、パトリシアもこの城に来た役割のため、覚悟を決めるべきな気がした。


(ヘクトール様は、私が選ぶまで待つと言ってくれたけれど……猶予なんてどれほどあるのか分からない……)


 自分が消えてしまうかもしれない状態で、パトリシアを気遣い、慌てなくて良いと言った彼の優しさに、甘えきるわけにもいかない。

 ヘクトール王子が消えたら、呪いのことも国中に広まるだろう。

 そうなったら、黒魔術教団の勢いがまた強まり、戦火が広がることだろう。

 グレースの話も聞いたことで、パトリシアは自分に渇をいれて責任感を持たなくてはならないと戒めた。


 結局、昼食の時間が来るまで、パトリシアは書庫に籠もりきり、呪いに関する知識を貪欲に集めることに集中した。

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