決行
ーバルクスト王国宮殿正門
そこには多数の馬車が並んでいた。
「では行って参ります。レリーズ王女殿下。お見送りありがとうございます」
「いえいえ。お気をつけて」
必死に作り笑いをする。王女として教育をされてきたから、顔を作ることは簡単なのだが、だんだん顔がこわばってしまう。
「レリーズ王女殿下」
「…っ!はい。なんでしょうか?」
「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です」
こいつと喋っているとボロが出そうになる。
「皆様!出発致しましょう!」
「「はっ!」」
やっと。やっと作戦を決行出来る。
「お気をつけてください」
「はい。レリーズ王女様も、お気をつけて…。」
そう言ってメリアは外部調査に出かけた。
お気をつけて…。メリアが最後に言ったこの言葉に、気になりつつも指示を出す。
「では、始めましょうか」
その小さな声で、作戦が決行された。
***
リーズが来た次の日から拷問が始まるはずだったのだが、リーズが拷問をしてはならないと言ってくれたおかげで、拷問をされることはなくなった。
平和な日本にいた俺からしたら、拷問は酷いものだったのだろう。殴る蹴るはもちろんのこと、鞭打ち、残飯のようなご飯。
本当だったら、このような拷問をされていたらしい。
地下牢にいるせいで、あれからどのくらいの時間がたったのかわからない。連絡も一切できない状態なので、作戦がメリアにばれてしまったかと不安になる。
「貴様っ!誰だ!」
急に衛兵たちが騒ぎ出した。
「うるさいですね。眠っていてください。」
ボンッ!
白い煙が衛兵たちを包み込む。
そして、俺の前に黒ずくめの人が来た。声からして女の人だろうか。
「お久しぶりです。ヒノサカ様」
誰だろう。俺こんなに人に会った覚えがない。
「この姿では分かりませんね。クレイネです。剣の修行を一緒にしていた。クレイネです」
外套のフードからきれいな銀髪があらわになる。
「クレイネさん!どうしてあなたが?」
「私は元々、王女様に仕えていましたので。この作戦に参加したのです。隠密系も得意なので。」
そう言いながら、クレイネは鉄格子の鍵を解錠してくれた。
「王宮から少し離れたところに、馬車を用意しています。そこまで、走れますか?」
「はい」
クレイネからもらった黒のローブを羽織り、ついて行く。
王宮内は静かなものだった。いつもなら、執事や見張りをしている衛兵がいるはずなのに、見当たらない。
そういえば、地下牢の衛兵達はクレイネさんが眠らせていた。王宮内の人たちも眠らされているのかもしれない。どちらにせよ、逃げやすいに越したことはない。
王宮内はスムーズに進むことができ、外に出ることが出来た。
「馬車のところまでもうすぐです。まだ、走れますか?」
「はい」
あともう少しで馬車があるらしい。いつも、訓練をしているところに来た。いつもとは違い、何だか黒い靄がかかっている。不気味だ。あともう少しで訓練場の出入口に来た時、大きな影が道を塞いでいた。
その影は3メートルほどの大きさで、鼻は豚の鼻で、口には牙が生えている。
オークだと一瞬でわかった。その出で立ちはオークそのもの。だけど、でかい。
「なんでこんな所に、ハイ・オークが!」
ハイ・オークということは、オークの上位種ということか?ここは王宮の訓練場。王宮の訓練場はもちろんのこと、町の中にさえいてはならないもの。
ハイ・オークはやっと獲物を見つけたと言わんばかりの大きな咆哮をあげた。
「ヒノサカ様っ!さがって!」
ハイ・オークが手に持っていた棍棒を振り下ろす。クレイネに引っ張られ、後ろに下がる。俺がいた場所は地面が陥没していた。
死ぬ。この二文字が、頭の中をを駆け巡る。
こいつには敵わない。レベルが違いすぎる。
「ヒノサカ様。私があいつを引きつけるので、その隙に出入口まで走ってください」
「それじゃあ、クレイネさんが!」
「安心してください。こんな豚野郎になんか、負けませんから」
クレイネは優しく微笑んだ。だが、小さく震えている。置いてなんか行けない。
「俺も!ここに!」
「黙って言うことを聞けっ!」
いつものクレイネからは想像もできない口調と声量だった。だがクレイネの表情は、穏やかだ。
「貴方は弱いっ!私のそばにいると、邪魔だっ!足でまといなんだ!」
「…っ!」
「こいっ!豚野郎。お前なんぞに負ける私ではない。バルクスト王国近衛騎士クレイネ!いざ、参る!」
クレイネがハイ・オークに向かって走る。ハイ・オークは棍棒を振り下ろすが、クレイネを捕えきれず、その攻撃は空振りに終わる。そのすきを見逃さずに、クレイネがハイ・オークの体に浅くだが剣で切り込んだ。
ハイ・オークはクレイネのことを脅威だと感じたのか、標的を彼女に移した。
ハイ・オークとクレイネは間合いを開け、睨みあう。
ハイ・オークとクレイネの間に少しの時が流れ、同時に前へ飛んだ。その時一瞬だけ、クレイネがこちらを向き微笑んだ。
俺は、ハイ・オークとクレイネの決着を見ずに走り出す。後ろからはハイ・オークが地面を壊す音が聞こえる。クレイネが命をかけて戦って作っているチャンスを逃さないように、がむしゃらに走る。
(あと少しっ!あと少しで出られるっ!)
出口まで10mのところで目の前に大きな物体が飛び込んできた。
ハイ・オークが大跳躍をし、俺の前に立ち塞がったのだ。
ハイ・オークは俺を抹殺せんと、棍棒をふりかざす。
「おいっ!お前の相手は、この、私だろーがぁー!」
クレイネの怒りを持った叫びが訓練場にこだまする。
その叫びはハイ・オークを一瞬の間だが、ひるませた。
背中に強い衝撃が走る。その衝撃でハイ・オークの股の下を滑って潜らされ、出口に到達する。
振り返ると、クレイネは笑っていた。クレイネが俺の背中を蹴って潜らせたのだ。
「ヒノサカ様。生きてください。貴方はここで死ぬべき人ではない!……さあ、私と遊ぼうか。豚野郎」
ハイ・オークは目の前の獲物を逃がされたことに怒り狂い、先ほどから狩りの邪魔をしてくる女騎士を標的とした。
後ろでは、クレイネとハイ・オークの叫びが交わり、響いている。けど、振り返っては行けない。
自分の力の無さを嘆くのは後でいい。クレイネの決意を無駄にしないために、走る。
***
「ヒノサカ様!」
50メートル程先でリーズが手を振り俺を呼んでいる。
「クレイネさんが!訓練場で!ハイ・オークと一緒に!」
「落ち着いてください。ヒノサカ様。深呼吸をして」
荒げた息を深呼吸をして落ち着ける。
「何があったのかを教えてください」
さっきあったことを、簡潔に話す。
リーズの顔はわかりやすく青ざめていく。
「ハイ・オークが訓練場に…。まさか、」
リーズは何かを知っているのだろうか。
「ヒノサカ様。馬車に乗ってください」
「えっ?!」
クレイネを助けに行かなくていいのだろうか。今ならまだ間に合うはず。
「はやくっ!クレイネの決意を無駄にしては行けません。この袋を持っていってください」
そう言って渡されたのは、黒い革でできた巾着のような袋だった。
「この袋は魔法鞄です。これから必要となるだろうものを入れておきました。それと、中に入っている手紙をマスルール王国ナシュ村に居る魔女に渡してください。あなたの面倒を見てくれるはずです。訳があり、この馬車はマスルール王国との国境付近までにしか行けません。」
魔女?マスルール王国?どういうことだ?
「考えるのは後にして乗ってください。ほらっ!」
リーズに押されて馬車に乗る。
「ヒノサカ様。私たちのことは心配しないでください。強い味方もいます。ヒノサカ様はまず、自分の命を優先させてください。では、進んでください」
思考が追い付かない。何が起きているのだろうか。
頭が真っ白のまま、馬車は進んでいく。
「リーズ様!俺は必ず、あなた達を救える力を身につけて、必ず戻ってきます!」
これが今俺が言える言葉。
ただ、今分かっていることはこのままではだめだということ。強くならなくてはならないこと。
「はいっ!楽しみにしてます!」
リーズは満面の笑みをこちらに向けている。
最後まで俺に不安な気持ちを隠すかのように。
馬車は異世界の不思議な夜空の下を駆け抜けていく。
御者が居ることなど気にせず泣いた。クレイネやリーズのことを思い。また、自分の力の無さを嘆きながら。